17日から5泊6日の東北自転車旅、身体も車体(愛人1号)も任務を完了して参りました。コースは前回書いたとおりです。
とはいっても始まりからつまずきました。当然のことながら単独行の積りでいたところ、家人が「心配だから」と言って同行を言い募るので、(言い出したら絶対に引かない性格です)「走り初めまでなら」という妥協をいたしました。そんな事情で5泊の内最初の2泊は家人同宿です。
次に、当初の出発は18日の積りでしたが、直前の予約だったせいか希望時間の東北新幹線の指定が取れず、前日17日の希望よりかなり早い時刻になってしまいました。
これには「輪行」ならではの事情があります。自転車を折り畳んで車輛に持ち込むわけですが、その置き場所が問題なのです。小口径の自転車でも(20㌅)折りたたんで専用袋に入れたとしても相当がさ張り、他の乗客の迷惑にならない場所としては「その車両の最後尾の二人掛けの座席の後ろのスペース」が最も適するというのが常識となっているのです。それで相当早い時刻の東北新幹線になってしまったのですが、うかつにもそれに間に合う東海道新幹線「新横浜⇒東京」がなく、結局一旦は購入した「新幹線自由席券」は手数料を払ってキャンセルしました。東海道本線経由となり家を出る時刻もそれなりに早くなりました。それだけではなく、乗り継ぎの「いわて銀河鉄道・盛岡⇒奥中山高原」がうまく行かないというおまけまでくっついてきました。
※ 以下の写真等はクリックすると拡大できます。
(第2日目 6月18日(日))
目覚めると雲低く小雨。そんな予報では無かったのでどうせ止むさ、と楽観する。
朝食を済ませ、そそくさと愛車「愛人一号」を展開して、装備を積載し出発準備を入念に済ませる。
今日の予定は、昨日銀河鉄道で辿ったコースを逆に下ります。600㍍の高原から家人が待つ盛岡駅前のホテルまでダーっと下るだけのボーナスステージ。約50㌔の予定。楽勝の予感。只々国道4号線の歩道・側道事情が不安なだけです。 9時出発。
気温26度程度で本当に疲れも感じず15時ホテル到着。心配だった「側道」もほとんどの部分に付いていて危ない目には一度も会いませんでした。下り基調とはこんなに楽ちんなものかと予想通りに満足しました。コース設定の勝利❕。弱者の戦略とはこういうものではないでしょうか。
只ホテルの自転車対応が不満で(ホテル内には駐輪場所がなく公営の駐輪所を指示される)折り畳んで室内に持ち込みました。夜は居酒屋で「旅行割」を使って豪華夕食。
走行距離 53.52㌔ 平均速度14.9㌔ 最高速度 49.0㌔
走行時間 3時間35分
(第3日目 6月19日(月))
いよいよ本格的な?ツーリングの始まりです。良い天気。家人に見送られ8時出発。その後家人は真っ直ぐ帰宅したそうです。
実は事前の準備として、「ツーリングマップル」(バイク旅行者の必須地図帳)を切り取り、コース順に揃え、それを基に旅程表を作成するなど一応の計画は立てております。
それによると本日の予定は「北上」まで51.2㌔となっています。今回のツーリングに際して1日に40~50㌔くらいが適当ではないかと考え、全体が230㌔なので5日間を想定したわけです。
とにかく順調に進み、花巻を過ぎた辺りから北上より先の水沢まで行けるのではないかと思い始めました。そのための欲が出たせいか、何故か道を2回も間違え(ちゃんと道標に従っていたので原因不明)、おまけに工事中個所が多くその度に緊張を強いられて65㌔を過ぎた辺りから走るのに飽きてきました。疲れもありました。
あと数キロで水沢という所の道際に「民宿さとう」の看板を見つけ走り込みました。金ヶ崎という町でした。 15:30民宿着。
走行距離 71.55㌔ 平均速度 15.3㌔ 最高速度 31.2㌔
走行時間 4時間40分
(第4日目 6月20日(火))
天気は最高、しかも珍しく北風が吹いている。つまり追い風。今回のコースはひたすら南下するだけなのでありがたい。
8時民宿出発。
とても気持ちよく走れて、時間の余裕がありそうな気がして、今回唯一の観光地「中尊寺」へ寄ってみました。しかし自転車は奥に見える鳥居までしか行けず、茶屋で一休みしようとしても自転車を店前に停めるなと言われ、そそくさと退散しました。
メモによると13:30にはもう50㌔を走っていました。
今日のコース上には峠という程ではありませんが、標高差数十㍍、長さ1㌔~2㌔の登りが(多分)10個所以上あり段々ボディーブローのように効いてきました。それでも2年程以前に地元のサイクル店に無理を言って大ギヤを1枚増やしもらった効果で1回も歩かずに済ませました。(休憩はしましたが)最終日まで貫徹しました。根性です。何と言っても今回のツーリングはリハビリ、体力・筋力快復の確認が目的なのです。
「栗原」を目的に決めてからのホテル探しには苦労しました。休憩中の作業員に聞いたホテルは教えられた通りにあったのですが(最近の若者はスマホですぐに探して地図を出して、ここを真っ直ぐの5㌔程の右側です、と教えてくれます)、ツインの禁煙室しかないとの事で別のホテルを教えてもらいそこに向かうも、満室ですとの事。ほんまかいなと疑いつつ、街中で高校生にどこかこの辺で泊まれるところがないかと尋ねたものの(聞いた相手が悪かった)何かとんでもない遠方を教えられ、少しそちらに向かったのですが思い直し、一番目のホテルへ取って返し、さっきの部屋は未だあるか聞いて、結局そこに決定。
15:40ホテル到着。
走行距離 65.76㌔ 平均速度 13.8㌔ 最高速度 35.9㌔
走行時間 4時間45分
(第5日目 6月21日(水))
5時半ホテル発。
ホテル近くのセブンイレブンで買っておいた鳥の胸肉と卵のサンドウィッチと牛乳の朝食を部屋で食べて早朝から出発。これは自転車旅としては普通の出発時間です、特にキャンプツーリングの時には常識なのです。自転車旅は「午前中が勝負」なのです。
走り始めから「1時間10㌔」のペースを機械のように刻んでいきました。走っている時のメーター表示は概ね時速18㌔オーバーなので、いかに停まっている時の時間が長いか、または小休止の回数が多いかわかるというものです。
この分ならどんなに遅くても15時には仙台に着ける、今日中に帰宅できるだろうと、7時半頃家人にLINEした程です。
朝食が早かったので10時には昼食をとろうと飯屋を探しながら走るも、大体11時開店だったり、MACの看板を見たのでショッピングモールの中を探したら改装中閉店だったりで、やっと10時45分ごろドライブインでの昼食にありつけました。しかしながらここでラーメンとミニ豚丼のセットを頼んだのが間違いでした。ミニ豚丼の方のご飯を半分くらいと注文したのですが、やはり食べ過ぎだったようで、ご飯を残す程度の自制はしたのですが、やはり苦しい。腹が落ち着くのを待ってから走り始めたのですが、思うようにはペースが上がりません。
50㌔近く走って疲れが溜まってきた頃南からの向かい風が強まり、加えてアップダウンの度合いがやたらと増えて来て、60㌔程走った段階で仙台泊りに変更しました。市内に入った様子なのでホテルなど選び放題だろうとキョロキョロしながら走るも、あるのはラブホばかり。明日の時間もあるのでなるべく駅から距離のあるところで泊まりたい一心で、慣れないスマホのお世話になる事にしました。
グーグルマップで現在地を求め、一番近そうなホテルを選定しナビを始めたのですが、指示通り走ったつもりがグルリとその辺りを一周して元に戻ってしまったりで大騒ぎでした。しかも街中の走りなので少しも楽しくありません。そんなこんなでやっとホテルにたどり着いたのが15時45分。部屋がとれてホッとしました。もちろん禁煙部屋ではありましたが。
夕食は近くの回転寿司。
走行距離 74.19㌔ 平均速度 13.0㌔ 最高速度 29.5㌔
走行時間 5時間40分
(第6日目 6月22日(木))
ホテルの朝食をゆっくりと食べ、ロビーで無料のコーヒーを2杯も飲みつつ、読売新聞を丹念に読み、おもむろに9時ホテル出発。
走ってみれば5㌔で仙台駅到着。一応これで目的は達成。以前仙台から北海道へのフェリーに乗るために自走してきた時もそうでしたが、観光しようという考えが起きないのです。せっかく小回りが利く旅行スタイルをとっているのに勿体ないとは思うのですが、これからの課題としてとっておきます。実はこれからが相当の苦労をする事になるのです。
帰宅に際しては荷物の関係上ラッシュアワーはどうしても避けたいので、2時位には自宅へ着きたいし時間は十分にあると思っていました。
まずどこで切符を買ったらよいのか分からない。「みどりの窓口」などは1階には見つからず、(ひょっとしたら反対側の口はあったのかもしれない)JR自体が2階以上だとわかるまで相当の時間がかかりました。
2階に自販機があったのですが、往路の切符で説明したような事情のややこしい事が自販機でできるとも思えず、近くの女性駅員に聞いたところ「画面の指示通りにやればできる」との事だったのでトライする事3度目でやっと買う事ができました。
その段階では未だ自転車を畳んでいなかったので列車選びにも気を使いました。一番近い列車には15分くらいしか余裕がなく諦め、結局その次の次の列車にしました。それも希望とは程遠く、先頭車両3列シートの真ん中でした。世間の人たちはこんなにも旅行、移動をしているんですね。私が世間知らずでした。ホテルと言い列車と言いこれ程予約が取れないとは驚くばかりでした。
自転車の折り畳みはその自販機の前のスペースで行いました。折り畳みは驚くほど順調にできたのですが荷物まとめが大変でした。往路には家人が持ってくれてたフロントバッグをリヤに積んでいた防水バッグに詰め込もうとしたところキツキツで中身を少し抜いてやっと全体を収めました。防水バッグの口は完全には閉められませんでしたが背負って帰る分には支障がなく、これで袋入りの折り畳んだ自転車と、背中に背負うバッグのふたつに纏められたとホッとしました。但し、自慢の折り畳みヘルメットはどうにも収まらず輪行バッグに括りつけました。出発までの時間つぶしも大変でした。荷物のためにウロウロするのも億劫だし、幸いウェストポーチに文庫本を入れてきたので何とかベンチに座ってしのげました。
新幹線乗り場は3階です。エレベーターには助けられました。ありがたかったです。車内ではデッキに立てかけベルトで縛っておいたところどこからも文句は出ませんでした。尤も停車駅は確か大宮、上野の2駅で乗降客もそんなには居なかったせいも有るかもしれません。
東京駅での新幹線乗り換えはスムースで新横浜まではデッキに立ちんぼ、さすがに地下鉄を使う気にはなれずタクシーで自宅まで。多分2時位に帰着しました。
我が家のウェルカムコーヒーの旨かった事…。
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ひょっとするとここから当時のタイムラインが見られるかもしれません。