今日は2015年の大晦日です。正月にはソウル駐在の長男が帰ってくるやら、2日には長女家族を始め家人一族20人規模の新年会を我が家にて実施するなどで、する気もなかった大掃除まで始まり(特に家人は)大童です。
そんな中で今年のまとめを記しています。
まづ、自転車生活を振り返ります。
2006年退職を機に始めてしまった自転車生活ですが、その間、長期キャンプツーリング10回を実施し、14年からは折りたたみ自転車 DAHON ROUTE が加わり10年目を迎えました。大した事故もなくありがたいことです。去年までの記録は以下のとおりです。
06年(8月~12月) 1,090㌔
07年 6,531 (累計 7,621㌔ )
08年 6,155 ( 13,776 )
09年 5,021 ( 18,797 )
10年 4,423 ( 23,220 )
11年 4,513 ( 27,433 )
12年 4,747 ( 32,180 )
13年 4,021 ( 36,201 )
14年 3,912 ( 40,113 )
で、67歳を迎えた今年2015年は
2,010 ( 42,123 )
本妻号 1,614 40,512
愛人1号 396 1,611
という結果に終わりました。
まあ、自転車旅行を行わず、サイクリングも特に意識してやらなければこんなところでしょうか。要するに年間を通して今までの半分しか乗っていないという事です。今年は「これではいかん」と書き続けてきたような気がします。はい、確かに何かが衰えてきています。
その他はフランス旅行と糖尿病入院とヨットレースが今年のトピックスでした。
来年は68歳という年齢の元で生活していく事になります。あと何年…、とにかく自転車を友としてやっていきましょう。
2015年11月30日月曜日
主に11月の記録
早いものでもう12月になろうとしています。 今月の「自転車生活」の目玉は「愛人1号」のサイクルコンピュータを有線から無線に取り替えた事くらいです。
「愛人1号」は4ヶ月ほど前に整備の上畳んで仕舞い込み、しばらく忘れる積りでいたのですが、やはり何かと気にはなるものです。いざ出陣と言うとき果たして使えるのだろうか、いざ出陣という時があるのだろうか等々…。
AMAZONで「自転車関連モノ」をググッていた時に、格安の無線サイコンが目に付いたのです。安すぎるのが気になり「評判」を調べても問題なさそうなので購入しました。事情が分かる方には分かるでしょうが有線のサイコンは文字のとおり、ホイールにあるセンサーとハンドルに付ける本体PCが細い電線でつながっています。もちろん無線のものがある事は知っていましたが、高い事と信頼性の問題と電池が2個必要などの絡みで今まで敬遠してきたのです。
「愛人1号」にも当然「有線」が付いていました。これもまた分かる方には分かるでしょうが、折りたたみ自転車を折りたたむ時にはブレーキやシフトのワイヤーも同時に折り曲がるのですが、サイコンのそれは細く長く華奢なだけにかなり気を使います。このような場合はワイヤレスが適していると判断したわけです。
と書いてきましたが、要するに気まぐれで取り替える事にしたのです。
付け替えは(英語の説明書だけでしたが)難なくできたのですが、初期設定でかなり手間取りました。
これも分かる方には分かるでしょうが、曲がりなりにもコンピュータですから「初期設定」が大事なのです。今までの累計走行距離や時刻設定などは難なく入力出来たのですが、ホイール径の設定には手間取りました。「愛人1号」は20インチ径で、指定の数値を入れて走ってみると、旧知の所を走ってみても同じような走行距離が出ないのです。たぶんタイヤ幅や空気圧などが関係してくるのでしょう。
「旧知の所」と言うのは勤務先のスポーツ会館なのですが、3、33㌔あります。通勤以外に何度か実際に走ってみてやっと数値が決まり入力し、元のように仕舞い込んだのがやっと昨日の事でした。そんなこんなで今月は愛人1号も若干走ったので走行記録は以下の通りでした。
本妻号 151㌔ 累計 40,299㌔
「愛人1号」は4ヶ月ほど前に整備の上畳んで仕舞い込み、しばらく忘れる積りでいたのですが、やはり何かと気にはなるものです。いざ出陣と言うとき果たして使えるのだろうか、いざ出陣という時があるのだろうか等々…。
AMAZONで「自転車関連モノ」をググッていた時に、格安の無線サイコンが目に付いたのです。安すぎるのが気になり「評判」を調べても問題なさそうなので購入しました。事情が分かる方には分かるでしょうが有線のサイコンは文字のとおり、ホイールにあるセンサーとハンドルに付ける本体PCが細い電線でつながっています。もちろん無線のものがある事は知っていましたが、高い事と信頼性の問題と電池が2個必要などの絡みで今まで敬遠してきたのです。
「愛人1号」にも当然「有線」が付いていました。これもまた分かる方には分かるでしょうが、折りたたみ自転車を折りたたむ時にはブレーキやシフトのワイヤーも同時に折り曲がるのですが、サイコンのそれは細く長く華奢なだけにかなり気を使います。このような場合はワイヤレスが適していると判断したわけです。
と書いてきましたが、要するに気まぐれで取り替える事にしたのです。
付け替えは(英語の説明書だけでしたが)難なくできたのですが、初期設定でかなり手間取りました。
これも分かる方には分かるでしょうが、曲がりなりにもコンピュータですから「初期設定」が大事なのです。今までの累計走行距離や時刻設定などは難なく入力出来たのですが、ホイール径の設定には手間取りました。「愛人1号」は20インチ径で、指定の数値を入れて走ってみると、旧知の所を走ってみても同じような走行距離が出ないのです。たぶんタイヤ幅や空気圧などが関係してくるのでしょう。
「旧知の所」と言うのは勤務先のスポーツ会館なのですが、3、33㌔あります。通勤以外に何度か実際に走ってみてやっと数値が決まり入力し、元のように仕舞い込んだのがやっと昨日の事でした。そんなこんなで今月は愛人1号も若干走ったので走行記録は以下の通りでした。
本妻号 151㌔ 累計 40,299㌔
愛人1号 46㌔ 累計 1,611㌔
合計 197㌔ 41,910㌔
2015年10月25日日曜日
あれから3ヶ月
前回の投稿が8/4でした。投稿の後すぐに愛人1号は畳んで仕舞い込みましたので、自転車記録は全て本妻号のみになります。
主に8・9・10月の走行記録
本妻号 424㌔ 累計 40,148㌔
愛人1号 0㌔ 累計 1,565㌔
合計 424㌔ 41,713㌔
遂に「本妻号」の走行記録が四万㌔を越えました。よくぞ耐えてくれました。あんたは偉い!
それにしても近頃走っていません。通勤以外に走ったのは横浜ベイサイドマリーナ往復と本日の鶴見川サイクリング位のものです。要するに「自転車乗り」とは言えなくなりました。それならば「何か」という事をお話ししていきます。
ひとつは「病人」です。8/4の前回書き込みの日は糖尿病の再検査で数値は相当改善していたのですが入院の方針は変わらず、8月の末から9月の頭まで約2週間の入院。これが今後にしわ寄せされる事になります。退院の日、その敷地を離れたところで立て続けに吸った煙草の美味しかった事と新横浜駅の近くで食べてラーメンの味は忘れられません。
次は「地域活動員」として心理的な意味も含めて相当多忙な日々でした。町会の担当役員として9月の「敬老の集い」の仕切り(これには該当者の名簿整理、記念品の手配、配布の手配、当日の運営等全て)をこなし、10月初めの「お祭り」の一切、その他副会長としての通常業務(町内会報の作成、組長会の運営等)があり、更に悪い事?には「国勢調査員」の仕事までが加わりました。そもそもこの業務は5年前にも一度経験しており、もう二度とするまいと思っていたものなのですが行きがかり上今回もやる羽目になっていしまいました。入院のおかげで他の皆さんより出遅れてしまい何やかやと10/15の提出日まで節目節目の期限に追われる毎日でした。更にこの時期民生委員として受け持ち地区の75歳以上の独居老人の各種調査という気骨の折れる事業まで加わったのですから大変なものでした。
もちろんその間月に14・5日程度のスポーツ会館勤務は真面目に励んでおりました。
しかしそれでも本命は「ヨットレーサー」を目指した事です。これには話せば長い訳があるのですが、要はレースの面白さに目覚め、昨年のリベンジに燃えた艇のオーナーに共感してしまった事が原因です。おまけに私自身予定していなかった、あのタモリさんがプロデュースする「タモリカップレース」にまで急遽出場する事になり、加えて私の知り合い(この経緯も面白いのですが、割愛)をレースキャプテンとして依頼したり、甥をクルーに仕立てたりとあわただしくも楽しい海生活を送りました。この間6日も海に出ました。こんな事はここ数十年なかった事です。
(タモリカップレースの参加メンバー5人)
9/12の「タモリカップ」は200艇近くの参加があり華やかな楽しいレースでした。目標はタイムリミット内ゴールでしたが1時間以上残しての余裕のゴール。キャプテンの腕の良さで何とか「レース」の形になりました。しかし成績的には満足のいくほどではなかったとなるとクルーの技量も忘れ、現金なもので欲が出るものです。フィニッシュ間際のミスやその他の反省点を修正すれば、次は入賞も不可能ではないと、オーナーはじめ一同真面目に10/17の「YBMオープンヨットレース」に臨んだのであります。これは横浜ベイサイドマリーナ主催のローカルレースではありますが、関東近郊では大掛かりな部類に入る本格的なクルーザーレースです。
(YBMオープンヨットレース当日の乗艇「AKATSUKI」)
我々の艇は船齢10年を越す「HUNTER29」という船型で決っして速く走る事を目的とした艇ではありません。どちらかというと家族で楽むための艇で、セール、擬装もそのようにできています。ただ、私は常々「この艇だってちゃんと走らせればまんざらではありませんよ」と言っていた手前、なんとかそこそこの成績を取りたいとは思っていました。同じような艇が(つまり速くなさそうな)同じクラスにまとめられ(40艇)、我がクラスは3番目グループとしてのスタートでした。
かなり甘い判定ではありましたが全体としてはそこそこのスタートでした。
一種のハンディキャップを多くもらっていた事も重なり、特に依頼されたキャプテンには、そんなにガリガリ行かなくってもいいのにと感じるほど「勝ちに行く姿勢」が見られました。やはりレースとなると燃えるのです。宿命のようなものでしょう。あの緊張感はたまりません。
上マークまで1マイルの通常のオリンピックコース(詳細は省きますが全長約5、5マイル、帆走距離約7マイル)、スタートは風下側からのジャストスタートでキャプテンの思惑通りの素晴らしいスタートの出来栄えでした。念のために言いますとこのスタート自体かなりの技量が要求されるものなのです。
スターボでスピードをつけてしばらく走ろうという矢先にジブのタックがちぎれ、ジブの下部がヒラヒラし、艇速が落ちるというアクシデントに見舞われ修復に時間を要し他艇に少し差をつけられはしたものの良く挽回して、風の良い時には7ノットでクローズドホールドが走れたのには大喜びしたものです。
結局2時間半の余裕をもって1時間44分でフィニッシュしました。快挙と言って良いでしょう。これで一応昨年のリベンジは達成できたのですが、やはり気になるのは成績です。私の見立てでは「後ろに少なくとも10艇は居た、そしてハンデで10位上がって20位」というものでした。入賞の対象にはなりませんが「跳び賞」の楽しみは十分にあります。
さて表彰パーティもそれなりに楽しいものでしたが、賞品運には見放されました。入賞を含めて何やかやで40艇中半数くらいは恩恵を受けられたのに、われらの艇番号「89」は遂に呼ばれませんでした。その場は「ああ、残念」で済んだのですが、帰りがけに受け取った順位表を見た途端「えっ」と叫んでしまいました。何と着順22位、修正後15位というもので思いのほか好成績だったのです。というより、何で15位が跳び賞対象にならなかったのかという不満が湧いたのです。20、25,30,35位などは該当しているのに…です。
大会本部に疑問を呈そうかという気持ちは十分にあったのですが、中年と老年のチームにはふさわしくないという結論に達しおとなしく引き上げてきました。
帰りがけに甥が車のキーを海に落とすというアクシデントがありましたが、本当に楽しい1日でした。
レースの事を長く書いてしまいましたが、要するに自転車に乗る時間はなかったと言いたかったのです。
こんな調子では予定していた「琵琶湖一周自転車旅行」は諦めざるをえないようです。
2015年8月4日火曜日
5・6・7月の走行記録
1・2日と盆踊り、3日の撤収が終わり、今日4日は糖尿病関連の一連の?検査(胸部レントゲン、心電図、腹部、頚部超音波検査、眼底検査等)を受け、当面のスケジュールは終りました。
とは言っても明日は町会理事会、そして週末は1DAYクルージング・町会組町会と続きますが、ほんのちょっと心理的にヒマになったので、ここで5、6、7月3か月分の愛車走行記録を残す事にします。
と言うと超多忙な毎日を送っているようでおこがましいいのですが、本当はこのところの連日の暑さや何やらで、色々な事が面倒くさくなってきているようです。
本妻号 394キロ (累計)39,724キロ
愛人1号 72キロ (累計) 1,565キロ
合計 466キロ (累計)41,289キロ
これがこの3ヶ月の記録ですが、例によって走っていません。ひと月の平均が157㌔では現状維持も難しいと思います。先週仕事が無い日が2日続いた時に連続で鶴見川コースを20㌔計40㌔走ったのが「サイクリング」をした数少ない記憶として残っているだけです。一応は「これではいかん!」とは反省しております。
その間本妻号の改装をしたのでその成果を確かめるという口実のもとに、近頃では彼女だけを乗り回しています。とは言っても、「琵琶湖一周家族サイクリング」は計画として残っているので、愛人一号の整備も怠るわけにはいきません。結論は、愛人一号は畳んでバッグにしまう事にしました。明日辺り一度点検整備清掃をしてしまい込む積もりです。
今後の「自転車生活」は月末からの入院生活の結果にかかっていますので、良い結果を残すように院内生活を過ごして参ります。
とは言っても明日は町会理事会、そして週末は1DAYクルージング・町会組町会と続きますが、ほんのちょっと心理的にヒマになったので、ここで5、6、7月3か月分の愛車走行記録を残す事にします。
と言うと超多忙な毎日を送っているようでおこがましいいのですが、本当はこのところの連日の暑さや何やらで、色々な事が面倒くさくなってきているようです。
本妻号 394キロ (累計)39,724キロ
愛人1号 72キロ (累計) 1,565キロ
合計 466キロ (累計)41,289キロ
これがこの3ヶ月の記録ですが、例によって走っていません。ひと月の平均が157㌔では現状維持も難しいと思います。先週仕事が無い日が2日続いた時に連続で鶴見川コースを20㌔計40㌔走ったのが「サイクリング」をした数少ない記憶として残っているだけです。一応は「これではいかん!」とは反省しております。
その間本妻号の改装をしたのでその成果を確かめるという口実のもとに、近頃では彼女だけを乗り回しています。とは言っても、「琵琶湖一周家族サイクリング」は計画として残っているので、愛人一号の整備も怠るわけにはいきません。結論は、愛人一号は畳んでバッグにしまう事にしました。明日辺り一度点検整備清掃をしてしまい込む積もりです。
今後の「自転車生活」は月末からの入院生活の結果にかかっていますので、良い結果を残すように院内生活を過ごして参ります。
2015年7月27日月曜日
近況
しばらく書き込みが途絶えていましたが元気です。
とは言ってもフランスから戻って「糖尿病」の症状、自覚がきつくなってきたので、健保の格安検診の案内が届いたのを機に10数年ぶりに検診というものを受けたところ、紛う方なき糖尿病でした。総合病院での精密検診でも同じ診断が下り、8月末から2週間入院する事になりました。
それ以来血糖値を下げる薬を飲んでいますが、数値的には正常に戻っており症状も消えています。でも入院治療は受けるつもりでスケジュール調整は済んでいます。
それより「本妻号」の現状を書き留めておこうと思います。
本体は丁度10年前!に大した基準も無く買ったGIANT CS3400というクロスバイクです。入門的なスポーツバイクで定価45,150円のシロモノです。それに前後キャリア、バーエンド等をくっつけてキャンプツーリング用に仕立てて10年間使い続けてきました。約4万キロ走ってきました。
その間、ボトムブランケット(BB)、リアホイール、フロントブレーキ、ブレーキレバー、サドル、チェーン、スプロケット、スタンド等を変更してきました。もちろん各種コントロールワイヤー、ブレーキパッド、タイヤ・タイヤチューブは何度も交換してきました。それらは一般の自転車乗りが試みるグレードアップ・軽量化とは無縁の事で更新に過ぎません。
これは元が45,150円という事実に大きく関係しています。例えばリアホイールを取り替えた時はリムが磨り減ってしまいブレーキシューとの当りがうまくいかなくなったので止むを得ず同程度のものを頼んだのですが、7,000円ほどかかりました。つまりパーツ毎で買うと高くつくのです。リムひとつでも程度によっては平気で何万円もします。セットとはシステムであり、パーツバランスが大事だという事をオーディオに凝っていた少年時代に学んでいたので、結局同程度のものとなるわけで、寿命がくれば更新する…、これからもこの方針で行きます。
只唯一スプロケットだけはインナーを32Tから34Tに増やし、脚弱な年寄りとして少しでも登りを安楽にしようと図ったのですが、これは結果的にはシステム全体に若干の無理を強いてしまったようで変速に難が生じ、その上、実際の効果は感じられず見掛け倒しでした。
ですから、フレーム、フロントフォーク、ハンドルバー、シートポスト、クランクセットなど、建物で言えば躯体部分はオリジナルと殆ど変わっていないと言えます。堅牢なものです。GIANTはその面からはお勧めです。
最近の変化は以下のとおりです。
とは言ってもフランスから戻って「糖尿病」の症状、自覚がきつくなってきたので、健保の格安検診の案内が届いたのを機に10数年ぶりに検診というものを受けたところ、紛う方なき糖尿病でした。総合病院での精密検診でも同じ診断が下り、8月末から2週間入院する事になりました。
それ以来血糖値を下げる薬を飲んでいますが、数値的には正常に戻っており症状も消えています。でも入院治療は受けるつもりでスケジュール調整は済んでいます。
それより「本妻号」の現状を書き留めておこうと思います。
本体は丁度10年前!に大した基準も無く買ったGIANT CS3400というクロスバイクです。入門的なスポーツバイクで定価45,150円のシロモノです。それに前後キャリア、バーエンド等をくっつけてキャンプツーリング用に仕立てて10年間使い続けてきました。約4万キロ走ってきました。
その間、ボトムブランケット(BB)、リアホイール、フロントブレーキ、ブレーキレバー、サドル、チェーン、スプロケット、スタンド等を変更してきました。もちろん各種コントロールワイヤー、ブレーキパッド、タイヤ・タイヤチューブは何度も交換してきました。それらは一般の自転車乗りが試みるグレードアップ・軽量化とは無縁の事で更新に過ぎません。
これは元が45,150円という事実に大きく関係しています。例えばリアホイールを取り替えた時はリムが磨り減ってしまいブレーキシューとの当りがうまくいかなくなったので止むを得ず同程度のものを頼んだのですが、7,000円ほどかかりました。つまりパーツ毎で買うと高くつくのです。リムひとつでも程度によっては平気で何万円もします。セットとはシステムであり、パーツバランスが大事だという事をオーディオに凝っていた少年時代に学んでいたので、結局同程度のものとなるわけで、寿命がくれば更新する…、これからもこの方針で行きます。
只唯一スプロケットだけはインナーを32Tから34Tに増やし、脚弱な年寄りとして少しでも登りを安楽にしようと図ったのですが、これは結果的にはシステム全体に若干の無理を強いてしまったようで変速に難が生じ、その上、実際の効果は感じられず見掛け倒しでした。
ですから、フレーム、フロントフォーク、ハンドルバー、シートポスト、クランクセットなど、建物で言えば躯体部分はオリジナルと殆ど変わっていないと言えます。堅牢なものです。GIANTはその面からはお勧めです。
最近の変化は以下のとおりです。
これはアスセサリーと呼ぶべきものですが、装備品の一つ、サドルバッグを洒落た小ぶりなものに変えました。半分気分の問題です。小さくなった分スペアチューブが入らなくなり、下のようなツールボックスをボトルケージにつけその中にしまいました。
次は「駆動部分」と呼ばれるパーツです。
このところ坂道発進や交差点での急発進のとき、つまりスプロケット(後ろのギア群)に過大な負荷がかかるとき「歯飛び」がおきたり(これはある意味では非常に危険です)、通常の走行時にもギアの落ち着きが悪くなりガチャガチャ音がしたりで不快でした。まずチェーンの伸びが理由かと考え、コマをひとつ外してみる事も考えましたが、結局新品に取り替えてもらいました。
1年ほど前歩いて5分ほどのところに若い主人が一人できりもりする自転車屋がオープンしました。とても有り難い事で「主治医」になってもらおうという下心もあり、いろいろと顔を出してはいたのです。そこで、チェーンを取り替えてもらい、まだ改善しないようだったらスプロケとディレーラー及びコントロールワイヤーも取り替えましょうと話をしました。
やはり新しいチェーンとスプロケとの折り合いが悪く、総取替えをしてもらいました。特にディレーラーは転倒などで相当痛めつけられていたので丁度良い頃合だと思った次第です。スプロケは元の11T-32Tに戻しました。
もちろん同程度のもの4点で、工賃も含めて合計10,000円ほどでした。何ともレーズナブル。目下快調に稼動中です。カチッ、カチッと小気味よく変速し(当たり前のことかもしれませんが)気持ち良い限りです。普段のものが当たり前のように普通に動くとはなんと言う幸せな事なのだろう。
最後はアクセサリーの自家発電ライトです。
今まではハンディLEDライトをアダプターで夜間装着して使っていたのですが時々点灯・点滅切り替えが不安定になり、それはストレスの元にもなってきました。それならライトを変えればいいのですが、ママチャリ使用の現在、ライトもママチャリ仕様にしようと思いました。
本来なら最近のママチャリによくある前輪ハブダイマモ化が希望ではあるのですが、ホイールサイズ(700Cの完成品は多分市販されていないし、スポークを組む技術はもっていません)、クイックリリースの問題、私の技術・手持ちの工具の問題もあり、さりとて自転車屋に丸投げ依頼ですと、2万円くらいかかりそうで、そこまでお金をかける気がしません。何より「何てアホな事をする奴だ」と思われたくなかったのです。
それで、あと付けダイナモ、ライトとなるのですが、
ダイナモとライトが一体となっているのが普通で、そうしたかったのですが(配線の手間が省け、当然トラブルも少ない)、フロントフォークがサスペンションになっていたり、その太さに問題があったり、タボ穴がなかったりでどう考えても取り付けが不可能で「分離型」にならざるを得ませんでしたが、そもそもその種類が少なく、ようやくセットで2,000円位のものをネット上で見つけました。
散々苦労した末に何とかくっつけました。(手持ちの半田ごてがショートして買いかえました)。
思ったより回転・接触の抵抗が少なく、明るさも十分で目下順調に役目を果たしています。
こんなところですが、昨日涼しくなってから、本当に久しぶりに鶴見川を真面目に20キロ程走ってきました。車体は満足のいくものだったのですが相当疲れました。練習不足は明らかです。
「本妻号」も頑張ってくれています。私も頑張ります。
2015年6月7日日曜日
本当は5月の走行記録のはずですが…
コースはニース、モナコのコートダジュール、マルセイユ、アルル、マルセイユ、ポン・デュ・ガール、とプロヴァンス地方から始まりカルカッソンヌのラングドッグ地方、 ボルドーのミディピレネー地方、ロワール地方を抜け、ノルマンディのモンサンミッシェル、そしてパリ…と南仏から時計回りにグルーっと回った旅でした。楽しかったけれど疲れました。
各地の自転車事情視察が目的ですので、それ関係の写真を幾つか紹介します。
これはボルドーの街中の一般的な駐輪状態。意外と放置自転車は少なく、ママチャリのようないい加減なものも少ないです。然るべき駐輪施設の頑丈な鎖・鍵でくくられています。話しに聞いていたようなサドル外しは見かけませんでした。
次の2枚は公共のレンタサイクル。上がニース、下はパリ。
仕組みはプリペイドカードだったり、登録制だったりするそうだが、意外と住民に活用されているようです。ただ、返さなかったりするケースが多いのが悩みだそうです。
どんなシステムでも道義まではコントロールできませんよね。
最後はプロヴァンス、アルルにある復元されたゴッホの「跳ね橋」で出合ったツーリング中の若者。フランス国内を巡り当日で10日目だそうです。キャンプツーリングの典型のスタイルでクロスバイクを使用。
話し込んでいる暇はなく、バスに呼ばれてしまいました。
2015年5月2日土曜日
4月の走行記録
4月の走行記録
本妻号 136㌔ 累計 39330㌔
愛人1号 35㌔ 累計 1493㌔
合計 171㌔ 累計 40823㌔
本妻号 136㌔ 累計 39330㌔
愛人1号 35㌔ 累計 1493㌔
合計 171㌔ 累計 40823㌔
という事ですが、実はここには5月1日分が含まれています。
昨日本妻号で久しぶりにベイサイドマリーナ(金沢区)に行きクルージングを楽しんできました。
丁度当日午前、「西宮→ベイサイドマリーナ」という長距離のヨットレースのフィニッッシュ日に当っていた幸運に恵まれ(10時ちょっとにフィニッシュとの事でした)、それを出迎えようと出たのですが全くそんな状況や雰囲気は無く、それでは、という事でひたすら観音崎目指して走ってみました。しかしなかななか船影を見つける事ができず猿島沖でウロチョロすること2時間、ようやく異様に高いマストにカーボンセイルという紛れも無いレーサーを見つけ近寄って行きました。
当時風は相当落ちており、当方は機帆走で4ノット程度でした。 相手はレース中なので風下から接近し、挨拶と祝辞を述べてしばらく併走したのですが、さすがレース艇、あの微風で4ノットはすごいねなどと当方のオーナーと話しているうちに風がバッタリとなくなりました。
お手上げです。しかも潮は下げているので、どう頑張っても後ずさりです。こんな時の無力感というか苛立ちは私でも分かります。見るに耐えなくなりマリーナに戻ってくると、港口にフニッシュラインが出来ていました。といってもハードボトムの大型ゴムボートがアンカリングしているだけで、顔見知りのマリーナのニイサンがヒマそうにしているだけです。状況を報告したり、与太話をしていると、南の方には風が見えてきました。
それにしてもオフショアレースのフィニッシュ風景としては寂しいものでした。普通?なら歓迎のヨット・モーターボ-トが沢山海上に集まりそれは華やかな光景が繰り広げられるものなのですが、まっ日本の実情はこんなところなのでしょう。
それでは、と再度八景島あたりまで南下(約4マイル)したのですが、その頃はまたベタなぎになっていました。例のトップ艇もピタリと止まっているように見えました。そこでもしばらく遊弋していたのですが好転せずマリーナに引き返し、いつものコーヒータイムと歓談の時をすごしました。そんな時間はアッという間に過ぎてしまうもので艇から離れたのは6時を回っていました。
例のトップ艇と2番手フィニッシュの艇がセンターハウス前のビジッターバースに舫われていました。そこでまた、しげしげと観察したりクルー達と話をしたりで、結局マリーナーを出たのは6時40分になっていました。
本題はこれからです。
自宅までは横浜の中心街を抜けて約18㌔なのですが、後半あと5㌔という辺りから、両足の至るところが攣り始め何とかごまかしながら漕いできたものの、後100㍍という地点で歩いてしまいました。漕ぎと歩きでは使う筋肉が違うせいか、家までの100㍍は何とか歩けました。
正直、この事態にはショックでした。この何ヶ月間不精をしたせいで、筋肉がこれほどまでに衰えていたのかと深く反省した次第です。
(でも結局トレーニングには励まないだろうなという予感はしています!)
2015年4月1日水曜日
3月の走行記録等
本当に書く事がありません。 サイクリングというものに出かける機会がめっきり減ってしまいました。何という事でしょう。
3月の記録。
本妻号 114㌔ 累計 39194㌔
愛人1号 90㌔ 累計 1457㌔
合計 204㌔ 累計 40651㌔
とても自転車乗りのパフォーマンスではありませんね。とにかく、マシーンに触る機会が減りました。「触れていない」の一言に尽きます。これでは本妻からも愛人からも嫌われ、今後の老後が思いやられます。
新しい年度が始まり、町会の決算書や予算書も出来上がったし、総会資料も準備ができたし、小机城址まつりが終われば一段落。季節も良くなってきたし、火野クンも新たなシリーズを始めたし、さあ、私も飛び出そう。
3月の記録。
本妻号 114㌔ 累計 39194㌔
愛人1号 90㌔ 累計 1457㌔
合計 204㌔ 累計 40651㌔
とても自転車乗りのパフォーマンスではありませんね。とにかく、マシーンに触る機会が減りました。「触れていない」の一言に尽きます。これでは本妻からも愛人からも嫌われ、今後の老後が思いやられます。
新しい年度が始まり、町会の決算書や予算書も出来上がったし、総会資料も準備ができたし、小机城址まつりが終われば一段落。季節も良くなってきたし、火野クンも新たなシリーズを始めたし、さあ、私も飛び出そう。
2015年3月1日日曜日
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