2026年10月29日木曜日

1月25日以来です

 何と1月25日以来の書き込みとなります。

もう10月も終わろうとしている今日まで、どう過ごしていたのか思い出そうとしているのですが朦朧としています。何となくゴロゴロ過ごし、偶に地域活動をしていたような気がします。8月にはまあ君のおばあ様が亡くなり福井での葬儀に伺いました。

身体の面では高血糖は相変わらずで高値安定でごまかしております。最近では入れ歯のブリッジの支えが虫歯になり治療中です。入れ歯自体も作り直しになりそうです。

自転車生活は大イベントがありました。去年の12月長野でのクラス会に便乗して、金沢から琵琶湖周辺までの輪行旅行を試みたのですが、見事撃沈しました。密かにそのリベンジの機会をうかがっていたのです。ようやく10月の下旬に目途をつけてはいたのですが、なかなかその踏ん切りがつかず、ホテル予約をしたのは出発の2日前でした。

奈良駅近のホテルに3連泊、3泊4日の奈良旅行です。


小型軽量自転車を折り畳み、それを手製の台車に乗せ引っ張れるようにしてあります。セットにやや時間がかかりますが、このシステムは成功でした。軽いとは言っても10㌔強、担ぐとなると長距離は応えるのです。体力、筋力の衰えは如何ともしがたいものがあります。

名古屋まで「ひかり」で、近鉄特急で一回乗り換えて大和西大寺まで。乗り換え時間や到着後の荷物の仕様変更など意外と手間取った上に、走り始めると何とサイコンが動きません。多分センサー側の電池がへたってるのだろうと、途中のコンビニでCR2032というボタン電池を買い(運よくセブンイレブンにはあったのです)取り換えたりしたので、当日はホテルに直行しました。多分10㌔も走っていません。

2日目は、近くの東大寺、興福寺、国立博物館を巡りました。とは言っても自転車は猿沢の池までで、東大寺等は乗り入れができず歩きです。東大寺への石段では転んでしまい、手を傷つけてしまいました。悪い予感がしました。

午後は薬師寺方面に向かいました。Googlemapを頼りに走ってみたのですが、結局たどり着けず断念しました。方向感覚はそれほど鈍い方でもなく、地図と音声ガイドで動いていたのですがどうも不調でした。途中で横浜の地元の方から電話が2本も掛かってきたりして、その内陽も落ちてきて「以前来たことがあるし…」と理由をつけて戻りました。多分10㌔くらい走りました。

翌日は午後から雨の予報だったので、自転車は断念して電車と徒歩で法隆寺へ行きました。奈良駅から法隆寺駅までは15分位でしょうか、駅から歩いて20分程で法隆寺南大門につきます。その20分が何とも辛いのです。暑さのせいも有りますがやっとの思いで辿り着いたという感じです。


実は学生の時ここを訪れたのですが、数百円の拝観料が払えず空しく脇の茶屋で無料のお茶を頂いて帰った事がありました。今回は2000円の拝観料を払い、ゆっくりのんびり見物し、帰りはバスで駅まで戻りました。

エスカレーターでコンコースに上り切ったところで事故が起きました。熱中症気味だったのかただボーとしていたのかなんともわかりませんが、降り損ねて右顔面と肩を床で打ってしまったのです。傍にいた2人が駆け寄って抱き起してくれたのですが、どうも相当失血があったらしく、駆け付けた駅員が大事をとって救急車を呼んでしまったのです!。傍のベンチに移動して「もう大丈夫です」と何回言っても「じきに到着しますからじっと座っていてください」の1点張りで私も諦めました。

数分で救急車が到着し、隊員に状況や現況を色々と聞かれたのですが、結果おそらく大した事は無いと判断したのでしょうが、念のためという事で担架に乗せられ近場の病院へ行きました。

治療に当たった外科医が「念の為肩のレントゲンはとっておきましょう」というので素直に従い、顔と膝の消毒をしてもらいました。レントゲン結果は異状なしでした。タクシーで最寄りの駅に戻り、奈良駅に着き、ホテルへ帰りついて雨が降り出したのは、結局夜になってからでした。

そんなこんなでその日は終わり、もう最終日になりました。

目覚めは爽やかで、前日の後遺症は感じられず、朝食も完食し、初日に通った道を戻りつつ、平城京跡を見学する事にしました。平城京跡自体が広大で、初めて「自転車を持ってきて良かった」と思える日でした。
駅前でサンドウィッチのランチを食べてから、最終目的の「秋篠寺」へ向かいました。3・4㌔という丁度良い距離にあり、思い入れのあるお寺なのです。

以前来た時にも立ち寄り、そこに安置されている仏像「伎芸天」をもう一度見ておきたかったのです。
この古刹は戦乱に会い殆どが焼失し、その金堂は再建されぬまま現在に至り、金堂から持ち出された仏像が、焼け残った当時の講堂に陳列され、今、本堂として静かな佇まいで残っています。

本堂には大小たくさんの仏像が並び、中央には薬師三尊があり、最左端に目指す伎芸天があります。伎芸天はその由来からして仏教とは異教の匂いがあり、その立ち姿も写実的で動きがあり色っぽく思われます。ポーズはミロのヴィーナスを彷彿とさせます。

独りベンチに座り見入っていると、老人会ご一統が入ってきて説明の僧侶も来られました。ありがたい事に一緒にその由来を聞くことができました。

何でも金堂が焼けた時何体かの仏像はうまく持ち出せたのですが、この伎芸天はそれなりに大きいので全ては運び出せず、頭部だけが残ったそうです。頭部から下は鎌倉時代に寄木造りにて作られたそうです。それにしても見事なものです。古来芸能諸芸者の信仰を集めたそうで、今も美術家、文芸家に親しまれているそうです。

その後は西大寺駅前で、4日前に着いた時と全く逆の作業をして、帰途に就きました。

最終日が一番充実した日になったのは皮肉なものです。今回の旅行のイメージは1日30~40㌔の予定で斑鳩の郷や藤原京跡などもゆっくりと巡る積りだったのですが果たせませんでした。色々な言い訳はあるのですが、去年の金沢では、そのくらいは走れていたので少し悔しい。それでも行こうと思い実行できたのは嬉しいことでした。

来年の春にもどこかに行こうかな等と思っている今です。

2026年1月25日日曜日

2025年の走行記録

ざっと昨年の走行記録を出してみました。厳密にいうとサイコンのバッテリー交換の際にODOの記録を採るのを忘れ、推定値で設定したので下の表は概算になります。  

それでも年間450㌔とは納得の数字です。本妻号はカバーをかけて庭に露地置きです。この1年間下の表のように走行ゼロです。捨てるに捨てられず、どうしたものか…。愛人2号はいささか自転車旅に使ったので距離が伸びていますが、目下畳んで部屋置きです。

さて今年の目標は、まだ妄想段階ではありますが、近い内に具体化します。多分春先です。


 去年1月までの累計      1年間の間走行距離  累計(R8.1.25)

本妻号  46,384㌔    0        46,384㌔

愛人1号  6,287    39         6,326

電動車   2,651   206         2,857

愛人2号    172   204           376     

合計   55,494   449        55,943


因みに本日1月25日は78歳の誕生日です。




2025年12月17日水曜日

CTと内視鏡の結果

 今日、先日おこなったCTと内視鏡検査の結果を聞きに行ってきました。相当待った挙句に診察室に通されました。なんの不安もなく担当の若い医者の前に座ったのですが、画像を一緒に詳細に見ながら雑談気味に「問題なし、クリアですね」との事でした。それでもあと2回3か月おきに検査をするというので同意してきました。今日の診療費は140円でした。胃を切除してから来年5月で5年が経過します。今でも術後5年で取敢えず完治と看做すという指標は生きているようです。

それでもホッとした事は事実です。

2025年12月2日火曜日

自転車旅行を実施しましたが…

 11月21日からルノーを輪行しての旅行をしてきました。先ず長野までは新幹線で行き大学時代のクラス会に参加しました。長野到着後、駅近の宿泊ホテルに自転車と荷物を預け、皆に合流し、旧家出の友人の屋敷に集まり、一流料亭に勝る壮大なもてなしを受け、最後には校歌、応援歌を合唱し、感謝と満足と幸せ感に満ちた集まりでした。

当日は長野泊、翌日は善光寺や東山魁夷美術館などを巡って昼食後解散。私は皆と別れ金沢に新幹線で移動、駅前で自転車を展開して香林坊近くのカプセルホテルに宿泊。市内ホテルの予約が全く取れず、やっと予約が取れた所。探すのにえらい苦労をして2時間くらいさまよった挙句ようやくたどり着いた次第。カプセルホテルって面白いところです。

翌日から自転車旅開始。当日は加賀までの予定。54㌔をのんびり走り4時半には大聖寺駅前のアパホテルに着きました。まあ順調と言えました。最上階の露天風呂にも入り疲れを癒しこれなら予定通り行程をこなせるなと期待しました。初めてのアパホテルでしたが、自転車の扱いが嬉しくてその他も含めて高評価をいたしました。

翌日は娘のダンナの実家(武生)に泊めていただく事になり、勇躍して出発しました。最初は順調だったのですが、(多分)5㌔程の所に300㍍程の峠があり、大した事は無かろうと進んだのですが、これが手強い。この峠越えで当日の「脚」を使い切ってしまいました。国道8号をひたすら南下するのですが、地図上では殆ど平に見えるのですが、実際は立体交差があり、跨線橋があり、更に河川にかかった橋もあり、その度に数百㍍の登りがあるのです。これが越えられない、疲れる。30㌔を超えた辺りからは1㌔進んでは一休み状態で、走ってもせいぜい時速12㌔がいいところ。しかも武生までの距離を短く見積もっていたようで到底明るい内に武生の目的地には着ける自信が無くなってきました。

それでも多少の意地のようなものが残っていたのか走り続けました。行けるところまでは走って、そこでSOSを出してサルベージをお願いしようとは思っていました。

例によって前の休憩から1㌔ほど走ったところで、側道(歩道)に入り縁石に腰を下ろし水分を補給し煙草をふかしていました。すると右上の方から「こんにちは」と男の声が聞こえ、散歩者が挨拶してくれたのかなと顔を上げると、娘のダンナの父親がニヤニヤ笑っているではありませんか!!!状況が理解できず頭の中は大混乱です。信じられない事態の発生です。訳が分からないまま、とにかく「地獄で仏」後光が差しておりました。

「この先に軽トラが置いてありますから回してきます」という言葉とともにその場を去り、すぐに戻って来られ、すぐさま荷台に愛車をそのまま積み込みました。私は軽トラが大好きです。

なんでも、私の到着が遅いので心配になり、国道を加賀方面に向かって走らせればどこかで見つかるだろうと走らせている内に、反対車線を颯爽と走っている私を見かけ、少し先でUターンをしてサルベージしていただいたという次第でした。これは殆ど奇跡とも言うべき驚きでした。

結局そこから武生の家までは30分程かかったでしょうか、奥様にまで出迎えられその晩は大歓迎を受けてしまいました。急な風来坊の訪問にも関わらず、飾らないご夫婦の人柄そのままの対応に甘えて、12時近くまで話し込んでしまいました。ご夫妻とも登山が趣味で百名山を踏破し、今でも毎週近くの800㍍の山に登っているとの事で、脱帽です。ここには書ききれない程多方面に話は広がり何とも楽しい一晩でした。

実は、翌日からの計画は確定しておらず、宿の予約もしていませんでした。

(ここまで書いてきて疲れたので、一旦お休みします。)

(続けます)

予定というより心積もりと言った方が近いと思いますが、ここ、武生からは鉄道で敦賀を経て琵琶湖東岸の北「余呉」辺りまで行き、そこから再度ルノーを展開して、のんびりと観光をしながら一泊二日で米原まで下って、新幹線で帰ろうかな…、そんなルートを思い描いていました。

翌朝、ご夫妻にその旨を告げて、ルノーを畳んだ上で、例の軽トラで武生駅まで運んでいただきました。そもそもこの企てを考えた時、歴史のある武生の町を(越前国の国府があったところで、信長の時代北陸方面軍司令官だった、柴田勝家が支配した地帯で、直接的には前田や佐々等が治めていた。)一日かけてゆっくり観光するのもいいかな等と思い描いていたのですが、前日の疲労感が強く、情けない事に夢物語になってしまいました。

普通電車に揺られて窓外の景色をボヤーと眺めている内にポツポツと雨が降り始め、乗換駅の敦賀に降りた時にはザアザア降りになってしまいました。予報を見ても好天は期待できない。これでは自転車旅は無理だなと、ホッとした?気分になった時が敗戦を認めた時でした。「もう自転車に乗らなくて済む」入学試験に落ちた時の一時の解放感。情けない安堵感。

それでもまだ未練が残っていて、ここまで来てそのまま帰っては勿体ないという思いから、とにかく「長浜」まで行き様子を見る事にしました。駅に着いた時には小降りにはなったものの雨は相変わらずでホッと?したのは事実でした。自転車と荷物を駅に預け、雨具を着て目の前にある長浜城(羽柴秀吉の居城だったことがある)を観に行き、街中を小一時間回りましたが、雨中の歩きは少しも楽しくない。これでは観光とも言えまい。煙草を吸おうにもその場所もない。

駅に戻り昼食をとり、米原駅まで行き、東海道新幹線ひかりで戻ってきました。

以上が今回の旅行の顛末です。ほかにもエピソードはたくさんありますがそれはいずれまた。これは成功だったか失敗だったかとう問題が残るのです。クラス会には出席し、自転車旅もでき、マー君の実家にも寄れた事は成功、あれだけ準備をして大騒ぎをしてたったの2日しか自転車に乗れなかった事、サルベージされてしまった事は大失敗でしょう。

ではあるものの、我が身の現状を知る事が出来たのが何よりの収穫だと思います。悔しいがこの現実は認めなくてはならないでしょう。これからの途は3つ考えられます。

①自転車旅行はきっぱり諦める ②電動アシスト付の自転車を買う ③ジムに通うなりして下半身と心肺機能の強化に励む

未だ結論が出ていません。

2025年10月16日木曜日

自転車生活強化月間

昨日から再度自転車旅に備えたトレーニング?を始めました。詳しくは省きますが、来月、ちょっとした旅を企画しています。ルノープラチナライト8を使った輪行です。

車体の整備は怠りなくしてあるので、筋力・体力の整備が主眼です。この日は鶴見川を上流に7㌔程、鴨居付近までの往復で15㌔走ってきました。筋力・心肺機能強化が目的ですのでインターバル走法も取り入れてあります。時速20㌔で5分漕ぎ続ける、時速22㌔で3分漕ぎ続けるなどを意識して3セット程こなしました。殆ど平坦な道なのでこなせました。途中1回の休憩をしただけです。これを3週間やる積りです。



2025年10月14日火曜日

ディスプレイ

 多分これでガスガン関連の記事は終わりにします。

何やかにやで10数丁のガンを集めてしまいました。これで止めます。もう置き場が無くなってしまいました。この部屋は屋根裏の関係で所謂壁が少なくもう限界になりました。

「武器庫」が満杯になり、ドイツの名銃3丁を傾斜天井にディスプレイとして外に出してみました。上から順に

ルガーP08、モーゼルm712(ストック付)、ワルサーP38です。

傾斜面に取りつけるのは思いの外大変で苦労しました。一時は断念しかけたのですが、道具箱や退蔵品をあさっている内にアイディアが浮かび、不格好ではありますが、何とか収まった次第です。

どれも完動品でエアを入れれば即発射可能ですので、すぐ取り出せるようにしてあります。また、そのように作るのが困難だったのですが、まあ、一応の完成をみました。たまには室内射撃を楽しみながら末永く傍に置こうと考えています。

実は不具合のある銃がいくつかあるので、しばらくはその修理を楽しみたいと思っていますが、これからは本来の「自転車ブログ」の本筋に戻って書いていきます。

2025年8月28日木曜日

その後の展開

 ガンコレクションについては、懸案だったモーゼルM712のストック(肩当)を入手しました。本体のグリップ後方に刻みがあり、そこにカッチとはめ込む体裁です。これで一段落にて当分は心穏やかに過ごせそうです。 

       

前回の投稿が7月6日だったのですが、そこから大分間が空いてしまったのは、実は今月の中旬3泊4日で娘と息子の家族でグアムに旅行をしてきました。9人そろっての旅行は多分最後になるだろうとの思いからですが、私個人の密かな目的は「ガンシューティング」でした。

幸いなことに息子夫婦が同行してくれ何とか果たす事ができました。4種類の拳銃で計30発程撃ってきました。特にコルト357マグナムの反動を存分に満喫して大満足でした。


これはその時の的ですがA評価です。銃の癖を把握する前に射撃が終わってしまったような感覚で、あと3倍程繰り返せばもう少し中心に集中させられたかもしれません。

それは、それとして何やかやと楽しい旅行でした。