2026年1月25日日曜日

2025年の走行記録

ざっと昨年の走行記録を出してみました。厳密にいうとサイコンのバッテリー交換の際にODOの記録を採るのを忘れ、推定値で設定したので下の表は概算になります。  

それでも年間450㌔とは納得の数字です。本妻号はカバーをかけて庭に露地置きです。この1年間下の表のように走行ゼロです。捨てるに捨てられず、どうしたものか…。愛人2号はいささか自転車旅に使ったので距離が伸びていますが、目下畳んで部屋置きです。

さて今年の目標は、まだ妄想段階ではありますが、近い内に具体化します。多分春先です。


 去年1月までの累計      1年間の間走行距離  累計(R8.1.25)

本妻号  46,384㌔    0        46,384㌔

愛人1号  6,287    39         6,326

電動車   2,651   206         2,857

愛人2号    172   204           376     

合計   55,494   449        55,943


因みに本日1月25日は78歳の誕生日です。




2025年12月17日水曜日

CTと内視鏡の結果

 今日、先日おこなったCTと内視鏡検査の結果を聞きに行ってきました。相当待った挙句に診察室に通されました。なんの不安もなく担当の若い医者の前に座ったのですが、画像を一緒に詳細に見ながら雑談気味に「問題なし、クリアですね」との事でした。それでもあと2回3か月おきに検査をするというので同意してきました。今日の診療費は140円でした。胃を切除してから来年5月で5年が経過します。今でも術後5年で取敢えず完治と看做すという指標は生きているようです。

それでもホッとした事は事実です。

2025年12月2日火曜日

自転車旅行を実施しましたが…

 11月21日からルノーを輪行しての旅行をしてきました。先ず長野までは新幹線で行き大学時代のクラス会に参加しました。長野到着後、駅近の宿泊ホテルに自転車と荷物を預け、皆に合流し、旧家出の友人の屋敷に集まり、一流料亭に勝る壮大なもてなしを受け、最後には校歌、応援歌を合唱し、感謝と満足と幸せ感に満ちた集まりでした。

当日は長野泊、翌日は善光寺や東山魁夷美術館などを巡って昼食後解散。私は皆と別れ金沢に新幹線で移動、駅前で自転車を展開して香林坊近くのカプセルホテルに宿泊。市内ホテルの予約が全く取れず、やっと予約が取れた所。探すのにえらい苦労をして2時間くらいさまよった挙句ようやくたどり着いた次第。カプセルホテルって面白いところです。

翌日から自転車旅開始。当日は加賀までの予定。54㌔をのんびり走り4時半には大聖寺駅前のアパホテルに着きました。まあ順調と言えました。最上階の露天風呂にも入り疲れを癒しこれなら予定通り行程をこなせるなと期待しました。初めてのアパホテルでしたが、自転車の扱いが嬉しくてその他も含めて高評価をいたしました。

翌日は娘のダンナの実家(武生)に泊めていただく事になり、勇躍して出発しました。最初は順調だったのですが、(多分)5㌔程の所に300㍍程の峠があり、大した事は無かろうと進んだのですが、これが手強い。この峠越えで当日の「脚」を使い切ってしまいました。国道8号をひたすら南下するのですが、地図上では殆ど平に見えるのですが、実際は立体交差があり、跨線橋があり、更に河川にかかった橋もあり、その度に数百㍍の登りがあるのです。これが越えられない、疲れる。30㌔を超えた辺りからは1㌔進んでは一休み状態で、走ってもせいぜい時速12㌔がいいところ。しかも武生までの距離を短く見積もっていたようで到底明るい内に武生の目的地には着ける自信が無くなってきました。

それでも多少の意地のようなものが残っていたのか走り続けました。行けるところまでは走って、そこでSOSを出してサルベージをお願いしようとは思っていました。

例によって前の休憩から1㌔ほど走ったところで、側道(歩道)に入り縁石に腰を下ろし水分を補給し煙草をふかしていました。すると右上の方から「こんにちは」と男の声が聞こえ、散歩者が挨拶してくれたのかなと顔を上げると、娘のダンナの父親がニヤニヤ笑っているではありませんか!!!状況が理解できず頭の中は大混乱です。信じられない事態の発生です。訳が分からないまま、とにかく「地獄で仏」後光が差しておりました。

「この先に軽トラが置いてありますから回してきます」という言葉とともにその場を去り、すぐに戻って来られ、すぐさま荷台に愛車をそのまま積み込みました。私は軽トラが大好きです。

なんでも、私の到着が遅いので心配になり、国道を加賀方面に向かって走らせればどこかで見つかるだろうと走らせている内に、反対車線を颯爽と走っている私を見かけ、少し先でUターンをしてサルベージしていただいたという次第でした。これは殆ど奇跡とも言うべき驚きでした。

結局そこから武生の家までは30分程かかったでしょうか、奥様にまで出迎えられその晩は大歓迎を受けてしまいました。急な風来坊の訪問にも関わらず、飾らないご夫婦の人柄そのままの対応に甘えて、12時近くまで話し込んでしまいました。ご夫妻とも登山が趣味で百名山を踏破し、今でも毎週近くの800㍍の山に登っているとの事で、脱帽です。ここには書ききれない程多方面に話は広がり何とも楽しい一晩でした。

実は、翌日からの計画は確定しておらず、宿の予約もしていませんでした。

(ここまで書いてきて疲れたので、一旦お休みします。)

(続けます)

予定というより心積もりと言った方が近いと思いますが、ここ、武生からは鉄道で敦賀を経て琵琶湖東岸の北「余呉」辺りまで行き、そこから再度ルノーを展開して、のんびりと観光をしながら一泊二日で米原まで下って、新幹線で帰ろうかな…、そんなルートを思い描いていました。

翌朝、ご夫妻にその旨を告げて、ルノーを畳んだ上で、例の軽トラで武生駅まで運んでいただきました。そもそもこの企てを考えた時、歴史のある武生の町を(越前国の国府があったところで、信長の時代北陸方面軍司令官だった、柴田勝家が支配した地帯で、直接的には前田や佐々等が治めていた。)一日かけてゆっくり観光するのもいいかな等と思い描いていたのですが、前日の疲労感が強く、情けない事に夢物語になってしまいました。

普通電車に揺られて窓外の景色をボヤーと眺めている内にポツポツと雨が降り始め、乗換駅の敦賀に降りた時にはザアザア降りになってしまいました。予報を見ても好天は期待できない。これでは自転車旅は無理だなと、ホッとした?気分になった時が敗戦を認めた時でした。「もう自転車に乗らなくて済む」入学試験に落ちた時の一時の解放感。情けない安堵感。

それでもまだ未練が残っていて、ここまで来てそのまま帰っては勿体ないという思いから、とにかく「長浜」まで行き様子を見る事にしました。駅に着いた時には小降りにはなったものの雨は相変わらずでホッと?したのは事実でした。自転車と荷物を駅に預け、雨具を着て目の前にある長浜城(羽柴秀吉の居城だったことがある)を観に行き、街中を小一時間回りましたが、雨中の歩きは少しも楽しくない。これでは観光とも言えまい。煙草を吸おうにもその場所もない。

駅に戻り昼食をとり、米原駅まで行き、東海道新幹線ひかりで戻ってきました。

以上が今回の旅行の顛末です。ほかにもエピソードはたくさんありますがそれはいずれまた。これは成功だったか失敗だったかとう問題が残るのです。クラス会には出席し、自転車旅もでき、マー君の実家にも寄れた事は成功、あれだけ準備をして大騒ぎをしてたったの2日しか自転車に乗れなかった事、サルベージされてしまった事は大失敗でしょう。

ではあるものの、我が身の現状を知る事が出来たのが何よりの収穫だと思います。悔しいがこの現実は認めなくてはならないでしょう。これからの途は3つ考えられます。

①自転車旅行はきっぱり諦める ②電動アシスト付の自転車を買う ③ジムに通うなりして下半身と心肺機能の強化に励む

未だ結論が出ていません。

2025年10月16日木曜日

自転車生活強化月間

昨日から再度自転車旅に備えたトレーニング?を始めました。詳しくは省きますが、来月、ちょっとした旅を企画しています。ルノープラチナライト8を使った輪行です。

車体の整備は怠りなくしてあるので、筋力・体力の整備が主眼です。この日は鶴見川を上流に7㌔程、鴨居付近までの往復で15㌔走ってきました。筋力・心肺機能強化が目的ですのでインターバル走法も取り入れてあります。時速20㌔で5分漕ぎ続ける、時速22㌔で3分漕ぎ続けるなどを意識して3セット程こなしました。殆ど平坦な道なのでこなせました。途中1回の休憩をしただけです。これを3週間やる積りです。



2025年10月14日火曜日

ディスプレイ

 多分これでガスガン関連の記事は終わりにします。

何やかにやで10数丁のガンを集めてしまいました。これで止めます。もう置き場が無くなってしまいました。この部屋は屋根裏の関係で所謂壁が少なくもう限界になりました。

「武器庫」が満杯になり、ドイツの名銃3丁を傾斜天井にディスプレイとして外に出してみました。上から順に

ルガーP08、モーゼルm712(ストック付)、ワルサーP38です。

傾斜面に取りつけるのは思いの外大変で苦労しました。一時は断念しかけたのですが、道具箱や退蔵品をあさっている内にアイディアが浮かび、不格好ではありますが、何とか収まった次第です。

どれも完動品でエアを入れれば即発射可能ですので、すぐ取り出せるようにしてあります。また、そのように作るのが困難だったのですが、まあ、一応の完成をみました。たまには室内射撃を楽しみながら末永く傍に置こうと考えています。

実は不具合のある銃がいくつかあるので、しばらくはその修理を楽しみたいと思っていますが、これからは本来の「自転車ブログ」の本筋に戻って書いていきます。

2025年8月28日木曜日

その後の展開

 ガンコレクションについては、懸案だったモーゼルM712のストック(肩当)を入手しました。本体のグリップ後方に刻みがあり、そこにカッチとはめ込む体裁です。これで一段落にて当分は心穏やかに過ごせそうです。 

       

前回の投稿が7月6日だったのですが、そこから大分間が空いてしまったのは、実は今月の中旬3泊4日で娘と息子の家族でグアムに旅行をしてきました。9人そろっての旅行は多分最後になるだろうとの思いからですが、私個人の密かな目的は「ガンシューティング」でした。

幸いなことに息子夫婦が同行してくれ何とか果たす事ができました。4種類の拳銃で計30発程撃ってきました。特にコルト357マグナムの反動を存分に満喫して大満足でした。


これはその時の的ですがA評価です。銃の癖を把握する前に射撃が終わってしまったような感覚で、あと3倍程繰り返せばもう少し中心に集中させられたかもしれません。

それは、それとして何やかやと楽しい旅行でした。                                                   


2025年7月6日日曜日

遂にモーゼルM712が加わる

遂にモーゼルM712を入手しました。(真ん中の銃です)このガスガンはデザインの秀逸・忠実さだけでなく、実銃と同じくダダダダダと機関銃のような連射もできる優れモノです。私は持っていませんがグリップ にストック(肩当)を装着し小銃のような形でも使えるのです。昔の映画で大陸の馬賊の親分が馬に乗りながらバンバン撃っていたのを思い出します。


これでドイツの戦時中のモノが3種類揃ったので、夜な夜な撃ったり眺めたりする楽しみができました。

左からワルサー、モーゼル、ルガーと並んでいますが美しさから言えばワルサーでしょうね。

私はサバイバルゲームはしませんが、もしそこに持ち出すとすると上記の3つは使わず、別のベレッタかコルトを使いますね。理由は後日書き込みます。

それにしてもこの暑さでは、なかなか自転車訓練をする気にならないのは心苦しい限りではあります。

2025年7月1日火曜日

遂に公表します  カミングアウトだ

基本的にこのブログは私の自転車ライフを綴るものとしてスタートしたのですが、たまには釣りだったり、海外旅行だったり、映画だったりしたのですが、ここ数年積極的な自転車がらみの話題がない関係でオーディオとか病い・怪我の事が多くなってきました。

加えて20数年来お世話になったクルーザーが人手に渡る事となり、ヨットセーリングの世界とも縁が薄くなりそうです。思い出いっぱいの艇だったのでポッカリ穴の開いた精神状態です。

とは言ってもまだ自転車旅行を諦めたわけではないので、しばらくしたら旅行記がかけるかもしれません。

 (ここからがカミングアウトです)

実はここ1年程の間にエアソフトガン呼ばれる玩具のピストルを買い集めて楽しんでいます。BB弾と呼ばれる直径6㍉の小さな球体の弾を、フロンガス等の圧力で実際に飛ばせる一種のモデルガンです。いつの間にか10丁になりました。


ここに出したものは右がルガーP08、左がワルサーP38という銃で知る人ぞ知るドイツの名銃です。最近増えた2丁です。この2丁は年代も古く(ちょっよ専門的になりますが)、ガスブローバック方式と呼ばれるものですが、最近のコルト、ベレッタ、シグ・ザウアーなどとは内部構造が違います。リボルバーの3丁以外の自動拳銃は、連発をするたび上部のスライド部分が前後に往復し小気味よい動きをします。殆どヤフオクで購入したものですが全部当たりでした。

只、写真にはありませんがコルト45口径自動拳銃で軍用のモノだけは30年くらい以前の物なのですが、これがこの度の収集?の元になっています。入手のいきさつは省きますが、当時は隠匿に近い形で持っていたので余り頻繁に撃つ機会がなく、殆どお蔵入りの状態だったのです。ひょんな事から持ち出して試した所、良い動きを見せてくれたのが今回の衝動のきっかけとも言えます。いかつくていかにも当時のアメリカ陸軍が好みそうな傑作器で、今でもバンバン連発ができます。

あと、所ジョージさんの「世田谷ベース」の影響も大きいですね。

これを毎晩2・3丁づつ合計200~300発くらい撃って喜んでいます。とは言っても精密機械なのでスムーズにいくわけでは決してなく大体1回くらいは何らかのトラブルが発生しますが、快調裡に終わった時はぐっすりと安眠できるという訳です。(尤も毎日十分な安眠・睡眠がとれていますが。)

どんな世界にも達人が居て、それなりにYOUTUBEなどもあるので、それを観るのも楽しみなっています。

こういうのを「マイブーム」というのでしょう。ついに公表してしまいました。

実はもう一丁ドイツの名銃の購入を密かに考えております。いずれまたた。…

2025年6月11日水曜日

F.フォーサイスが死んだ

 今日の新聞にフレデリック・フォーサイスの死亡記事が出ていました。86歳だったそうです。


最近は余り読まなかった作家ですが本棚を探したところ、読み漁ったという程ではないにせよ、文庫本だけでもそこそこ読んでいたようです。

因みに以前のブログに戦争・スパイ・謀略・アクション関係の読書遍歴がまとめてありました。
1  ロバート・ラドラム
2  トム・クランシー
3  ブライアン・フリーマントル
4  クライブ・カッスラー
5  ジョン・ル・カレ
6  フレデリック・フォーサイス
7  ジャック・ヒギンズ
8  ケン・フォレット
9  ダグラス・リーマン
10 マイケル・バー・ゾーハー

話は変わりますが私が元職の時、初代内閣官房安全保障室長を務めた佐々淳行氏といささかの交流があり、その時彼から「フォーサイスが来日した時、オレに会いたいというんで会ったんだけど、ありゃ殆ど作家というより情報部員だね。小説のネタにしたいのか散々日本の情報組織について知りたがるんだよ。」というような話を聞いた記憶があります。

そんなわけで若干の親しみがあったのでしょう。それにしても私よりたった10歳年上というのには驚きました。少なくともひと世代上の人だと思っていました。改めて経歴をみると20歳の時空軍からジャーナリストへ転身しているのですね。

それにしても、このところ新聞の死亡欄が気になる今日この頃です。

2025年4月3日木曜日

この2か月間…

前回の書き込みが1月31日でした。そこでは「ルノープラチナライト8が再稼働して、これからどんどん乗りこなそう、てな事を書いていたのですが、この2か月間全然達成できていません。

年金生活者の日常としてそんなに多忙な日々を送っているわけでもなく、いくらでも乗る時間はありました。 思い当たる事としては、ソファーにぐたーといた時間が長かったなという気がするのです。日によっては10時間以上そうしていたような気がします。ソファーから離れるのは、食事とトイレ、入浴(そんなに頻繁ではありません)、そして自分の屋根裏での読書、音楽鑑賞・睡眠くらいです。確かに活力は減少していますがどんなもんでしょうかね。

そして大きくは2点、心というか、頭の中の一画に「懸案事項」が居座っていて解放されないのです。そのうちの一つは、町内の老人会の件なのです。昨年から会長をやらされており、まあ、実に色々な事が次から次へと湧いてくるのです。詳しくは書きませんが、今日まで何とかやってこられたという所です。これはしばらくは続くのでしょうが、来月からは幾分楽になるかなと思います。

もう一点は内容は省略しますが、自分の老後の趣味生活に関わる事でもあるので、ここ1年が勝負所といった問題ではあります。こちらの方はやりがいとか将来性にかかわる事なので気合を入れて取り組んで行きたいと思います。

そんなところで、自転車旅行の希望(夢)は捨てていませんので「脚作り」は忘れないように心がけていきます。

2025年1月31日金曜日

愛人2号(ルノープラチナライト8)始動

今週から愛人2号を輪行袋から出して乗り出しました。全く異状なく正常な状態でホッとしました。3・4㌔を2度ほど走ってみて良い感触だったので、しばらくはこれで走行訓練に励もうと思いました。

今日は天気も良く絶好の自転車日和。先日成田山で戴いた合格祈願のお守りを10㌔程の所に住んでいる娘の家に届けて来ました。孫Bの受験本番が明日から始まるので今日しかありません。Bの反応が読めずいささかの不安はあったのですが、思いの外素直に喜んでくれて、おじいさんとしても届けた甲斐があったというものです。

帰りには亡母が永らくお世話になった老人施設に寄ったりして、のんびり戻ってきました。

23㌔のサイクリングでしたが、やはり疲れました。これでは「旅行」には覚束ないので、更なる鍛錬が必要です。

2025年1月30日木曜日

成田山、初詣

昨日、町内の老人会グループで、成田山新勝寺へ家人を伴い初詣バス旅行に参加してきました。

成田山へは確か保育園か小学校低学年の頃祖母に連れられて行った記憶があるだけなので、実質「初回」という事になります。朝8時出発で11時位には着きましたが、思ったより客は込んでおらず、左程の苦労もなく本堂に着きました。

孫Bの受験祈願のお守りを戴いたり、記念写真を撮ったりして時間をつぶしたのですが、それらの事は大したことはありません。ここでの話題は下の写真です。当日は何かのイベントの為に若干の工事中でしたが、そこにあった横断幕の内せの字を丸で囲んだ印が何とも不可解でした。仲間内でも何だろうと知恵を?絞ったのですが埒が明かず、結局近くにいたボランティアガイドのおじいさんに聞きに行きました。


言われてみれば「ああそうだったのか」と合点がいきました。これはまだ文字の付け替えの途中で、「せつぶんえ」(節分会)となるとの事でした。そういえば毎年成田山の豆まきはマスコミでも取り上げられる一大イベントなんですね。しかもそれはすぐ来週に迫っていたのです。グループに戻り報告したところ皆に喜ばれました。

それだけの事なのですが、無事に全員帰ってこられて何よりでした。

2025年1月19日日曜日

今迷っています

 何かの拍子に写真の新製品を見つけてしまいました。

写真のように手持ち自転車のシートポストに取りつけるだけで電動アシスト化できるという優れものです。

クラウドファウンディングで発表されたもので、多分正式には製品として発売されていないようで、それが早くもヤフオクなどのオークションサイトに出ていたのです。

説明を読むと画期的な仕様ですぐにでもオークションに参加しようかと思ったのですが、只一点、小口径のルノー(16㌅)に取り付けられるかどうかが心配でした。出品者に問い合わせをしたのですが、説明書に書かれたこと以外は答えられないとの事でがっかりしました。他にもYou Tubeなども当たってみましたが結論は出ませんでした。他の本妻号や愛人1号なら行けそうですがそれでは意味がありません。今後の自転車旅行には愛人2号を使うと決めているからです。

値段も買って買えない値段ではないのですが、決して安い物ではないので、使えなかった時の泣きは見たくありません。

この1週間、毎日オークションサイトを眺めては悩んでいます。

2025年1月5日日曜日

2024年末までの走行記録

何とか2025年を迎える事ができました。昨年は胃の切除後のリハビリも順調に進んできて、もう少しで本格的に自転車復帰ができそうなとき、自転車転倒・骨折入院手術とで、身体能力・筋力が大きく後退してしまいました。

今年はここからのスタートです。何とか自転車旅行を復活する積りで頑張ります。

ここに昨年末の記録をまとめておきます。

  8月末までの累計     その後4カ月間走行距離  累計(12/31)

本妻号  46,384㌔    0        46,384㌔

愛人1号  6,300    13         6,313

電動車   2,682    30         2,712

愛人2号    172     0           172

     55,538    43        55,581

夏以降、酷暑と入院の為殆ど走っていません。明日から始動です。

2024年11月12日火曜日

リハビリは順調、グランドゴルフ

 久々に、近くの公園で毎週月曜日に開かれる老人会主催のグランドゴルフ練習会に行ってきました。近くの公園と書きましたが、距離にして約1㌔、標高差30㍍にある野球場で、リハビリコースとしてはまだそこまで歩いた事がありません。事故前は電動自転車で行ったものですが、さすがに今は自信が持てず徒歩で行きました。

9時開始なのですが、私が着いた15分前には(いつもの事ですが)もう始まっていました。相当息が上がっていましたが、何とそのラウンドにホールインワンを達成しました。都合3ラウンドやったのですが合計3つのホールインワンが出ました。みんなからは「やっぱり休み明けは違うね」などと半分冷やかしの言葉をもらいました。年寄り仲間の付き合いも、まんざら捨てたものではないようです。

そんなわけで、近いうちには「自転車生活」にも戻れそうな気がしてきました。そして21日の老人会主催のウォーキング会にも自信をもって参加いたします。何より私自身、老人会の会長なので、そちらの方の「現場復帰」も急がなくてはなりません。

2024年11月4日月曜日

久しぶりの自転車

 とは言っても、まだ十分な自信があるわけでもないので、2か月以上放っておいた愛人1号のタイヤの空気や駆動部の調子を見てから(素晴らしい事に異常なし)サドルを10㌢くらい下げてから、近所を1㌔程ゆっくりと走ってみました。

確かに歩くよりは楽でした。そして感じた事は「自転車の乗るってどうして楽しいのだろう?」という素朴な、根源的な疑問でした。

そして事故を起こした電動車のバッテリーの充電をして、家の前を走ってみて異常がない事を確認しました。骨は折れたのに、車体にはダメージが無いとは日本の技術が優れている証明なのでしょう。

明日からは本腰を入れて自転車用の脚・腰の強化に入る予定です。

2024年10月7日月曜日

この間の事

大分書き込みの間隔が開いてしまいましたが、この間大変な事が起きたのです。

と勿体ぶって書くのも何ですが、骨折手術、入院をしていたのです。

9月8日夕刻、電動車にて走行中、近所のとある駐車場の車止めブロックにつまずいて、転倒、その場は家人を呼んで現場で様子を見ていたのですが、どうにもならず苦慮していたところ、知り合いが通りかかり、ありがたい事に 彼の車で自宅まで運んでもらいました。

せぜい打撲だろうとの判断で、そのうち痛みも治まるだろうとの素人判断で自宅で呻吟していたのですがどうにも激痛は収まらず、救急車を呼び、近くの総合病院へ運ばれました。

さっそくレントゲン検査の結果「左大腿骨頸部骨折」が判明し、即入院となりました。その後診察の結果要手術となり、その部分を金属と置き換える手術を受ける事になりました。

                                  (白い部分が置き換えられた金属)

手術は9月13日で3・4時間かかった手術でした。その後リハビリも含めて3週間入院し、10月5日、何とか杖なしでも歩ける程度で退院してきました。

目下家の中では杖なしに自力だけで動いていますが、今日のリハビリ散歩は杖片手に出かけております。2週間はこんな生活を強いられますが、順調な回復過程にあるようなので、ホッとしているところです。

早く自転車に乗れるようにリハビリに励む積りです。

2024年9月4日水曜日

嘘をついてしまいました。これで本当に最後

前回、ヤフオクでスピーカーを…と書いたのですが、何と予算以下で私に落ちてしまいました。という事は嬉しいのか、困った事なのかわかりません。

 Wharfedale ワーフェデール DIAMOND 10.1 

というスピーカーです。もう50年以上前の事なのですが、秋葉原のお店のオーディオルームで聞いたスピーカーがとても澄んだ自然な音で、その時以来Wharfedaleというメーカーが気になっていたのです。と言うより、その時の価格がバカ高で、いつか金を儲けたらあんな物が欲しいものだと思ったものです。

 そんな時このメーカーのスピーカーが手頃な値段で出ていたのを見つけてしまったわけです。もちろん50年前の品番とは違う物なのですが、ブランド名につられました。

開始の値段の倍くらいで落札したのですが、これがこのクラスのスピーカーとして名品・傑作である事がわかりました。この価格で買えたのはラッキーだと思います。今日届いたのですが、この2・3日どうセットしようか、置き場所をどうするかなど色々悩んだ結果、6Pのトグルスイッチを一個買ってはいたので、早速ネットワークを組み上げてみました。

結局Wharfedaleを両サイドに、内側にONKYOを置いただけで何の工作もしませんでした。正直に言うとここに2セット置く意味は全くないのですが、古いのを捨てるわけにもいかず、そこに残したと言うのが本当の所です。

後は例によってワンスイッチで切り替えができるようにしました。うまくいったと思います。

只、ONKYOのインピーダンスが4ΩでWharfedale が6Ωなので、後者に切り替えると若干音量が落ちるのが気になりますが当然な事です。

ある程度ボリュームを上げてじっくり聴いてみると本当に素晴らしい。我が屋根裏部屋の環境としてはこれ以上は求めないことにしました。

            これが本当に最後です。

2024年8月31日土曜日

久しぶりの自転車関連

本来このブログは「自転車日記」 なのですが、この数カ月は「オーディオ日記」になってしまい、忸怩たるものがあります。前回走行記録を書いたのが3月末でしたから、5カ月も遠ざかっていた事になります。

この5か月間でオーディオ関連の遊びは一応終了しその成果を楽しんでいます。(しかし悪い癖は直らないもので、若い頃憧れたイギリスのスピーカーメーカーの物がヤフオクに出ていたので目下オークションに参加しています。あと2日で結果がでるのですが、ある価格で降りる積りなのですがどうなる事やら…)そして主に文庫本を10数冊買ってしまいました。これ以上本は増やすまいと思っているのですが困った事です。

只、一番の出来事は7月下旬、息子一家と、横須賀からフェリーで門司まで行き、北九州を走り平戸などを巡り、ハウステンボスに2泊、長崎、軍艦島見学という1週間の旅行ができた事ででした。

まあ、何事もなく無事に過ごせた5か月間ではありました。

ですから?「自転車生活」は低調そのものでした。只、言い訳をすると、この夏の異常な暑さがあります。連日「不要な外出は避けろ」と言われると、高齢、持病もちの身としては家に閉じこもり気味になるのは当然ではないでしょうか!

これがこの5か月間の走行記録です。

  3月末までの累計      5カ月間走行距離   累計

本妻号  46,235㌔    149   46,384

愛人1号  6,166     134    6,300

電動車   2,598      84    2,682

愛人2号    172       0     172

     55,171     367   55,538

数字にしてみると愕然とします。本当に走っていません。こんな事では自転車旅行など夢のまた夢になってしまいます。去年の9月は盛岡の先から大間、函館というツーリングができたのですからその程度の体力・脚力は維持したいものです。

2024年7月14日日曜日

もうこれで本当の最後

 毎日結構ヒマな生活を送っている事が全ての元凶なのです。必然的に本に向かうかPCに向かう時間が多くなりますよね。

PCに向かうと必然的にメールを見ますよね、そうすると必然的にAIが駆使されたお勧めメールが毎日届いていますよね、そうすると必然的に毎日ヤフオクで「プリメインアンプ」の出物をこれでもかというほど見てしまうわけです。

そうすると悪い事に、先日SONYのレコードプレーヤーをこの屋根裏部屋に持ってくるのに新たにスペースを作ったために、若干の工作で、正面幅が40㌢強の機器なら収められるようになったのです。

はい、往年の名器、PIONEERのA-D5aというプリメインアンプを買ってしまいました。高出力でありながらフラット音域が出せ、ワンランク上のレベルを持つ、貧者のベンツのような機種です。

これが必要かと問われれば「必要ではない」と答える他ありません。まあ、オーディオの世界そのものが必要ではないと言ってしまえばそれまででしょう。広く言えば「趣味・道楽」の世界はそんなものなのですね。

上の写真がそれです。


以前買ったPIONEERのA-N901をSONYの下のスペースに棚を作ってそこに移し、元の場所に新アンプを収めたのです。

全体をお見せするとこのようになります。

実はプレーヤー2つ、プリメインアンプ2つ、チューナー1つ、CDプレーヤー1つ、スピーカー3セットをどのように機能させるかは全く考えないで新アンプを買ってしまったのです。まさしく衝動買いそのものなのですが「これが最後だ」という言い訳に裏打ちされた?確信の産物なのです。

例えば左の旧アンプを上にあるSONYプレーヤー専用にしてしまうというように割り切ってしまえば事は簡単なのですが、せっかく苦労して作った2つの「スピーカー切り替えスイッチ」と「プレーヤー切り替えスイッチ」が無意味なものになってしまいます。

色々説明するのは避けますが、結局、新アンプではphono(レコード)とCD(+USB)、旧アンプではチューナー(ラジオ)とPC音声と入力を分けました。つまり、新アンプでは両方のプレーヤーからの入力を受ける事が出来てる代わりに、チューナーからは切り離されているという事です。

本来でしたらどちらか片方のアンプだけでも賄えるものを分担させているのですから贅沢と言うよりも馬鹿げています。強いて言えば新アンプの音質の良さに期待したというところです。また、いざという時のバックアップという屁理屈も成り立ちますね。


上はPCでYouTubeに行って音楽番組を出しているところですが、この音声出力を旧アンプのLINE入力で受けているのですが、これが捨てたものではない程楽しめるのです。特に夜BGM風にJazzなどを流していると、どんどん読書量と喫煙量が進みます。

思えば「何でこんな事をしてしまったのだろう」との思いが拭い去れないのです。それぞれの機器は全部入れ替わったし、枕元のBOSEのCDプレーヤー、プレーヤーのカートリッジ2つまで入れると多分10万円近くにはなるでしょう。

ここまで書いて疲れましたので終わりにします。