2009年5月21日木曜日

第3回北海道ツアーのコース

24日(日)未明に北海道自転車ツアーに出かけます。コースは以下のとおりです。

一昨年の第一回目は大洗からフェリーで苫小牧へ、去年の第2回目は新潟から小樽へ、そして今回は仙台から苫小牧へフェリーで向かいます。

仙台までは約400㎞、たぶん2泊3日で到着、翌日夜、苫小牧へフェリーで渡ります。


苫小牧から岩見沢を通り富良野へ。ここで少しゆっくりします。富良野から旭川・士別・名寄を抜けてオホーツク沿岸の興部へ出ます。

興部からはオホーツク沿岸を北上して稚内へ。日程次第ですがここから利尻・礼文島を回りたいと考えています。多分行きます。そして日本海沿岸を南下して手塩・留萌・札幌(ここであのハンバーグを食べます)・苫小牧へ戻ってきます。 これで大体1000㎞+α(利尻・礼文)です。

最後は大洗までフェリーで戻り横浜まで自走(160㎞)します。

以上で概ね全行程1600㎞くらいになるでしょうか。走りで3週間(約20日)フェリー移動等で4日として何とか6月19日には戻れるのではないかと考えています。

あとは天候に恵まれる事を祈るばかりです。


2009年5月19日火曜日

北海道の準備開始

5月24日(日)に北海道ツアーに出かける事にしました。その後2・3日は何とか天気も良さそうです。仙台まで自走して27日か28日に仙台港から苫小牧にフェリーで渡ります。

今日から具体的な準備(パッキング)を始めました。準備のために時間が十分にあるというのはありがたいもので、もうお楽しみが始まったようなものです。 写真の左の2つのバッグはリアのサイドバッグで主にテント・寝袋・コッフェル・米・燃料・釣具等アウトドア用品です。右の2つはリュックサック改造のフロントのサイドバッグで主に衣類・雨具・サンダルなどが入っています。自転車関連の所持品は常時積んでいるので機械油を少々加えるだけです。

現在は「あったら良いな」と思われるものを殆ど全て突っ込んでいますので、たぶん合計で20㎏を超えています。

これからは、「余分なもの」「現地調達可能なもの」などを抜いていく作業をしなければなりません。過去4回長期ツァーをやった事があるので、そんなに迷う事はないのですが、経験が増えた分「あったら良いな」モノが増えてくるので困っています。

2009年5月12日火曜日

北海道ツアーの準備

天候次第だが今月24日または25日に第3回目の北海道自転車ツーリングに出かける積りです。

仙台まで自走してフェリーで苫小牧へ。富良野・旭川経由でオホーツク海岸に出て稚内。利尻・礼文島を走ってから日本海側を南下して札幌経由で苫小牧へ。フェリーで大洗へ、自走にて横浜・自宅という概ね1ヶ月の予定です。今回のテーマ?はキャンピング&フィッシング。6/20には大学のクラス会があり、それまでには戻るように言われているのですが「頑張るよ」と言ってあります。

コースの下調べは殆ど済んでいるので、今日は、行きつけの自転車店でタイヤの交換と車体の点検整備、散髪、釣具小物の買足しと「仕掛け」の作成、以前のツアーの際の虫刺され後遺症治療で皮膚科診療、出来上がってきた「入れ歯」(生まれて初めて)のフィッティングと忙しく過ごしました。


                (とことんショートに散髪)


特に皮膚科と歯科は旅行前には必ず通っているのが我ながら面白く思えます。


この歳になると、自転車旅行に際してなるべく「冒険」の要素を減らしたいと考えているのです。その為の準備は真面目にするに越した事はないでしょう。それでも「予期せぬ事」が起きるのが旅の楽しみでもあります。

2009年5月7日木曜日

愛車・キックスタンド交換

自転車のキックスタンドがぐらついてきた。20㌔以上の荷物を載せてツーリングをするので、その重みに耐えかねて負荷が集中する湾曲部に亀裂が入ってしまっていた。使用時の傾きがどんどん大きくなってきて不安定になってきたのだ。それは品質が悪かったというより、メーカーの想定以上の負荷をかけてしまった自分に責任がある。

北海道行きを前にして交換しなければならないと思ってはいた。

以前から二本足で中央部で支えるスタンドがあることを知ってはいたのだが、写真や解説ではどうもイメージが浮かばず、そして愛車に適応するのか否かがわからず躊躇していたのだ。


        (こんな具合に亀裂が入っていた

とはいいながら5月に入ってしまい、決断しなければならないタイミングになってしまったところ、目星をつけていたスタンドがアマゾンで格安(代引き料込みで¥4053)ででていたので注文を出し、今日の午前中に入手した。



       (スイス製・PLETSCHER ESGE Y8833)                            
早速取り付けてみたところ、なんらの調整も必要とせずうまくいった。アルミの無垢材を使用している事もあり以前より500㌘ほど重くなるが、「さすがスイス製」と言いたくなるほど無骨だががっしりと出来上がっている。満足。さらに、ネット上の説明でよく理解できなかったのは「走行時に畳むと2本の足が車体左側にまとまる」という件だったが、これがメカとも言えないほど簡単な仕掛けで思わずうなってしまった。素晴らしい。

従来のスタンドが無くなったために、リアのホイール付近がスッキリしたのも副次効果といえる。

注意書きにあったのだが、定期的に締め付け状態を確認しないと思わぬ事故につながりそうだ。なんと言ってもビス一本で留まっているのだから。しかも「締めた物は必ず緩む」という事実は過去に何度も苦い経験をしているので、心しておこう。

2009年5月2日土曜日

映画 ヤングゼネレーション

この映画に出会ったのは「ひょんな事」がきっかけだった。先月30日の朝刊ラ・テ欄の片隅に

『 「映画」ヤングゼネレーション(フジ=深夜2・0)79年アメリカ。デニス・クリストファー。高校卒業後、当てもなく毎日を過ごす若者達が、自分達を見下す地元の大学生に対抗し、大学主催の自転車レースに挑戦する。ピーター・イエーツ監督、字幕。 』

と小さく書かれていた。「自転車レース」、「ピーター・イエーツ」この2つがキーワードとなり「観たい」と思い、早速古いビデオデッキ(アナログ)に録画予約をしたのだった。

自転車レース」については説明が要らないだろう。何せここ数年は自転車を頼りに生きているようなものなので、「シャカリキ」などという邦画まで(以前なら決して観なかっただろう)観てしまったくらいだ。

ピーター・イエーツ」、大好きな「ブリット」「ジョンとメリー」の監督さんだ。「ブリット」はあのスティーブ・マクイーンがムスタングでサンフランシスコの坂道をジャンプしながら疾走する伝説的なシーンで有名だが、「ジョンとメリー」は多分知らない方が多いと思う。ダスティン・ホフマンとミア・ファーローのある種の青春映画で、一晩一緒に過ごした男女がその翌日いろいろあって、最後に「ボクはジョンだ」「私はメリーよ」と名前を告げ合うという、当時「結構いいじゃん」と思った映画だった。要するに私が多少なりとも観たくなる監督さんだという事だった。

昨晩遅く観ました。何しろラ・テ欄以上の知識を持たずに観たので、それ程期待はしていなかったが、なんと、これが「大傑作」。(ただ私が知らなかっただけなのだが)

私が好きな映画の要素がずっしりと詰まっているのだ。第一に「父子モノ」、私が唯一泣けるのがこれだ。「エデンの東」もそうだ。本編ではお母さん役の女優さんもまた良い。
そして第二に「青少年モノ」、「ラスト・ショー」「ビッグ・ウェンズデー」がそうだ。必ず何人かのグループで登場するのがお約束、そして情けなくなるほどにブザマで哀しい。
最後に「趣味モノ」、本編の場合は「自転車」。私は「自転車レース」の世界とは無縁だが、それでもロードレーサーに乗った「イタリア狂い」のにいちゃん(飼い猫に「フェリーニ」という名前を付けているのもご愛嬌)が、トラックの後ろに付いて時速40マイル、50マイル、60マイルとスピードを上げていき、トラックの運ちゃんが左手を窓外に突き出し速度を教えてやる場面には興奮をしたし(その運ちゃんはスピード違反でパトカーに捕まる)、レースシーンは「ブリット」を思わせるワクワク感がいっぱいだし、レースに備えてホイールの「振れ取り」でニップル回しをいじっているシーンには納得させられる。きっと、「自転車車体趣味」の人が本編を観たら、70年代のロードレーサー・そのパーツなど、きっと興味は尽きないと思う。

後で調べてみたら(偉そうに)「感動の映画ベスト100」[2006年米国映画協会(AFI)]で何と第8位にランキングされていた。因みに14位「戦場に架ける橋」、17位「カッコーの巣の上で」、30位「アラビアのロレンス」、32位「カサブランカ」…、どうです!驚くではありませんか。もっとも、どんな基準で、どんな人達が投票したのか全くわからないが、とにかく歴代の名作を抑えての8位というのには驚いた。恐らく日本ではこのような結果には絶対にならないだろう。「自転車文化の歴史の差」大きく影響していることは間違いない。これは「自動車文化」に就いてもいえるのだが省略。

残念な事に、日本ではビデオ、DVDは発売されていないようだ。

それから、HPのトップページ

http://www2.ttcn.ne.jp/arekore/

の左側のフレームの一番下に、私が編集しているメールマガジンの購読申し込み欄があります。映画好きの方にはお勧めです。主に松永太郎という非常に魅力的なおじさんの映画評論をお送りしています。

2009年4月27日月曜日

横須賀・長浦港、母校を海から眺める


先週、S氏の29ftクルーザーを上架して船底塗料の塗り直しを手伝った。今日はそのテストのショートクルージングだ。

とりあえずベイサイドマリーナから八景島を目指したのだが、余りの天候の良さにつられ横須賀沖の「猿島」の東側まで来てしまった。するとオーナーS氏が不意に「横須賀港に入った事がないので行ってみましょう」と提案され、予定を変更した。横須賀港が近付いて来た時、S氏は水路誌を見ながら「ここを右に行くと田浦方面ですよね」言った。その時私は、あっと思い当たった。そこは現在海上自衛隊の自衛艦隊司令部のあるところで、実は私が中学1年から高校2年の1学期(その後移転した)まで過ごした母校のあった場所なのだった。

それでは是非行きましょうというS氏の好意に甘えて、矢印の針路をとり元母校に向かった。5年間見てきたその海側から眺める元母校の景色は、上物は随分変わっていたものの、当時を思い出すには十分だった。

左上は高校校舎があった辺りで、体育館として使っていた建物はどうも変わっていないようだ。右上は中学校舎、本部建物があった所だ。自衛艦は当時のままの岸壁を使用していた。もっとも我が母校は戦前の海軍(多分水雷学校)施設の跡地を使用していたので、元の持ち主に返ったという事だ。    
    
昼食は対岸の誰のものともわからぬ台船に横付けして持参のおにぎり。母校を正面に見ながら春の穏やかな日差しの下で食べるおにぎりは、また格別だ。                              
 
米国海軍が使用している基地に停泊中の「空母」を右手に遠望しながら帰途につく。上潮に乗って3ノット程度ののんびりとしたクローズドホールドの(風に向かって進む事)セイリングを続け、マリーナ近くでジブ(前の方にあるセイル)をたたみ入港準備にかかろうかという時に事件は起きた。          
しばらく前からスロットルレバーを目一杯押し込んでも回転が上がらなかったのだ。それでも2000回転位までは上がるので(5ノット程度は機走できる)何とかなるだろうと、後日点検することにして航海を続けてきたのだが、それまで2~3m/secの風が急に13~15m/secに吹き上がってきたのだ。しかも向かい風。加えて、その頃は1300回転位にまで落ちていた。                       
入港する際は、速度を落とし、細い水路を通りバース(繋留のために割り当てられた浮き桟橋付きのスペース)に入れなければならないので、セイルは全て下ろし機走するのが原則なのだが、風に逆らって進むにはエンジン出力が足りないのだ。最悪の場合、推進力を得る為にセイルを張ったまま入港する危険を冒さなければならない事態だ。                                       
S氏の判断は的確だった。「セイルを張って沖出ししましょう。」 ジブをまた張り直して、できるだけマリーナの入り口より風上にもっていこうというのだ。一旦風上に出られれば、弱い出力のエンジンでも何とか追い風に乗って入港できるという判断だ。                                   
その間のセイリングはかなりシビアだった。ジブはリーフ(セイル面積を小さくたたむこと)したものの、メインセイルまでは手が回らない、ほぼ横倒しになりかけたりもしたが、メインセイルはやや風を逃がし気味にセットして走らせ続けた。マリーナ入り口を風下に見る位置まで到達して、ジブとメインをたたんで機走に切り替え、何とかマリーナ内に艇を持ち込んだときにはホッとした。バースに舫い終わるとS氏の顔にも安堵の表情が浮かぶ。                                            
それでも、一通りの後始末が終われば、いつものようにコーヒーと菓子パンで、反省会を兼ねた語らいのひと時。夏の長期クルージングの計画等に話の花が咲く。                         
  
付け足しのようだが、もちろん自宅・ベイサイドマリーナ往復には愛車を使用。(これは自転車日記なのだ)                                                            
本日の走行距離 37.22㎞  午後7:45帰宅

2009年4月25日土曜日

老後の楽しみ

多分20年くらい以前、仕事で雑誌の編集に関係していた頃、「年末年始のお勧め読書」のような特集を組んだ事があった。各界の著名人がそれぞれコレという本を推薦するというものだが、その中で当時経済評論家として一世を風靡していた長谷川慶太郎氏が推薦していたのが『海の男/ホーンブロワー・シリーズ』だった。

このシリーズは別巻まで入れると文庫(ハヤカワ)で12巻に亘る一種の大河小説だ。ヨーロッパではナポレオン時代のイギリス海軍(もちろん帆船時代)、17歳で士官候補生として海軍に入り最後には提督にまで登りつめる男の物語だ。日本人で鞍馬天狗を知らない人はいない(現在ではそうとも言えないが)ように、イギリス人でホーンブロワーを知らない人はいないと言われるくらいの国民文学だそうで、かのチャーチル首相も座右において愛読したといわれている…、というような推薦文が書いてあった。

当時、数多い経済評論家の中で技術や軍事に詳しい事で密かに注目し、かなり親しくしていただいて方の、それも、へえーと思わせる意外な推薦書だったので、即、全巻購入して、アッという間に読破してしまった。

もう夢中になってしまった、と言っていいだろう。私自身、多少はヨットや海軍に対する知識があったものの、こんなに面白い小説分野があったのかと初めて知らされた思いだった。

それ以来

海の勇士/ボライソー・シリーズ』(27巻既刊)、『英国海軍の雄/ジャック・オーブリー・シリーズ』(20冊既刊)、『海の暴れん坊/オークショット』(現4巻・途中終了)『アラン、海を行く・シリーズ』(現7巻・途中終了)

さらには古本で

海軍将校リチャード・デランシー・シリーズ』(全6巻)、『ラミジ艦長物語』(全23巻)等を買い集めそれこそ夢中で読んだ。

このようにかなり多くの「帆船小説」は出版されてはいるのだが未了のまま終わってしまうものも数多くあるのが実情だった。

そんな中比較的新しいシリーズとして『海の覇者/トマス・キッド・シリーズ』が出たのだが5巻まで出版されてから、「終了」の噂がたった。事実続編は中々出なかった。これは寂しい事だと嘆いていたところ、「続編を望む声をハヤカワヘ送ろう」と呼びかけるサイトに出会い、及ばずながら私もそんなメールをハヤカワへ送ったりもした。その効果があったのか、しばらくして6巻がやっと出て、昨日、写真の第7巻「新艦長、孤高の海路」が発売されたのだ。

本シリーズは、英国・ギルフォードの町でかつら職人として働いていた男が強制徴募(詳細は省く)されて下級水兵になり、それこそ艱難辛苦を乗り越えて(古臭い表現でゴメン)士官となり、艦長になり(それが本書)、そして多分これから、提督にまでなっていくと言う流れだ。

この「強制徴募された下級水兵から」というのが本書の特徴で、既刊の書と比べて面白さを加えている。ただ残念なことは、「文学的魅力」「技術や戦術のディテイル」では、先輩諸氏の著作より浅いきらいがあるが、これからが楽しみなシリーズだし、何より数少ない「帆船小説」なのだから、期待する事大なのだ。

昨日は最初に入った書店で、店員さんが一発で本書を見つけてくれた時は、「さすがですねえ」と賛辞を贈ってしまったほど嬉しかった。

どうか私の「老後の楽しみ」を奪わないで続編を出版していただき、未完のものは、きっちり終わらせていただき、未訳の作品があればどんどん紹介して欲しいものだと願って止まない。