2011年9月20日火曜日

2011ツーリング 4日目(8/21)

(毎日の軌跡はGPSのログをGoogleーMapに落とし込んだものです)



5:15 起床


パンとコーヒーの朝食をとり着替えをしてから


6:45 出発


今日の予定は「西都原古墳群」を見に行き、その後、行ける所まで行こう、というアバウトなもの。


時々雨の天気予報なので、リアサイドバッグにはカバーをかけ、フロントバッグも直ぐにカバーをかけられる態勢で出発する。昨日トンネルを出てしばらく戻るようなコースで下ってきたので、今日はいきなり登りから始まるが、朝一番の走りとして、快調にスタートする。


8:45 22㌔ 宮崎中心部


途中、観光地青島等を通り、R220で宮崎市内に入る。


宮崎市内にはこれといった目的物は何もない。ただの通過都市なのだが、市内を流れる大淀川に架かる橘橋を渡る時、ふと思い出したことがあった。

家人の母方の祖母(故人だが私も可愛がってもらった)が宮崎の名家の出なのだが、何でもその彼女の父親だか、祖父だかが亡くなった時、遺産の中に大淀川河口近くの「中洲」があり、その処理が結構大変だったという話しを聞いたことがある。当時は、「中洲」なんてかなり不安定なもので、そんな土地にも所有権があるんだなあ、と面白く感じたものだった。

そこで、その中州ってどこだろと橋の上から眺めてみたが、その中州は見当たらなかった。

宮崎からはJR日南線から離れ日豊本線沿いに北上するのだが、なるべく海岸線に沿って進む積りで「一ツ葉道路」へ出ようとしたのだが、行ってみるとそこは自動車専用道路で、戻って内陸よりの道路を行かなければならなかった。その後もこのようなケースが度々あり、その度に「クソッ」と思ったものだが、今思えば、そのほうが反って静かな道を走れたような気がする。

10:40 39㌔ すき家にて早めの昼食(ハンバーグ定食)

11:20 出発

12:00 44㌔ 一ツ瀬川に架かる日向大橋

実は先程の「一ツ葉道路」が終わったあたりが「宮崎佐土原西都自転車道」の起点となって、「西都原古墳群」まで通じている事が、そこにに行ってみようと思った理由の一つでもあるのだ。せっかく自転車道があるのだから、なるべくそれは走ってみたいではありませんか。この自転車道は一ツ瀬川を遡るように古墳群に通じているので、途中からではあるが日向大橋南側から自転車道に入れるというわけだ。

以前から、雨は降ったり止んだりを繰り返していたのだが、このあたりから、特に降り方がひどくなる事が多くなってきた。そのためにカメラが入った小バッグをフロントバッグに納め、そこにカバーをかけてしまうので、写真を撮る機会が殆んどなかった…、これは本日の写真が2枚しかない理由。

そんな雨があったにせよ、この自転車道は正解だった。これまでで、一番気持ち良く、周囲の風景を満喫しながら、ああこれがサイクリングかあ等と思ったものだが、ほんの10㌔程で国道219号(米良街道)に合流してしまった。

13:30 60㌔ 西都原古墳群 着

古墳群自体が高台にあり、西都の町からはかなりの急坂を登らなければいけない。当然歩いた。雨は殆んど上がっている。










殆んど予備知識がなく訪れたのだが、いやあ、広大なものだった。自転車で走り回るのには丁度良いが、歩いて回ったらさぞ大変だろう。上の写真は古墳群の一画を見下ろしたところ(これでは広大さも古墳も何もわからないね)、下は資料博物館。
本当に日向は「神話の国だなあ」と思う。ここも当時一大勢力のあった地方豪族の古墳群かと思うと、なんと宮内庁が所管するご陵墓が二つもある。要するに天皇家のルーツとも関係があるらしい。それだけではなく、何箇所か立ち寄った神社も、その由来を読むと、ごく普通に「神武天皇」の名前が出てくるのだ。これは絶対に、こちら関東には見られない事だ。「神武東征」を実感する。

さて、これからどうするかだが、大して疲れたわけではないが、雨模様ではあるし無理する事もないな、などと理屈をつけて本日は西都泊りにした。


15:00 64.22㌔ ホテルチェックイン

コインランドリーで洗濯。夕食は町のレストランで豪華ステーキ膳

本日の走行距離 64.22㌔  走行時間 4:17  平均速度 15㎞/h

2011年9月18日日曜日

2011ツーリング 3日目(8/20)

7:30 ホテル出発

近くのコンビニでインスタントラーメン、食パン、ジャム等を買い込んで

7:45 きちんと出発
8:20 7、8㌔地点。

鹿児島県から宮崎県(串間市)へ入る。(コース図で左の赤ピン)自転車では始めての県だ。さらに5㌔程志布志湾沿いを走って、福島今町付近で、都井岬を先端とする半島?部分を横切り日向灘へ抜けるコースへと入る。JR日南線とほぼ並行する国道220号線だ。

10:45 39.50㌔ ちょっとした峠(少し歩いた程度)を越えて日向灘の初めての町、南郷の目井津漁港に出る。実は九州部分については「ツーリングマップル」ではなく、地図ソフトをプリントアウトしたもの(約20枚、1cm→1㎞)を使用しており、そこには要所要所に図上で計測した距離を記入しておいたのだが、その地図上では目井津までは28㌔となっている。実測値は39.5㌔、この誤差は大き過ぎる。もちろん実測値を信じなくてはいけないのだが、これでは今後のツーリングプランに齟齬が生じてしまう。

もちろん、その他にもルート距離計測ソフトで測ったデータは持っているのだが、当面は持参の地図で移動するので、自分で記入した数値より少し大目に意識して走る事にする。

11:45  46.5㌔ 油津着

丁度昼時なので食堂はないかと町中を走るのだが、手頃な店がない。たまたま見かけた「何でも屋さん」へ入ると、パックに入ったご飯やお惣菜があったので(どれも1パック100円)それらを買って中で食べさせてもらった。というのもその頃は相当気温が上がってきており、とにかく「涼」が欲しかったのだ。

さらに面白い事に、その店は何故か「ナノ水」(説明は聞いたのだがよく理解できなかった。ただ体に良いものだという事はなんとなく分かった)を頒布していて、食事の際にも大きなコップに入れて出してくれた。冷たくて美味しかったので、もう一杯お願いした程だ。おばちゃんがあまりにホイホイ飲ませてくれるので、厚かましさついでに、丁度空になっていたサーモスにまで満たしてもらった。そこに家から持参の粉末ポカリスエットを溶かして、これで午後の「冷たい飲物」の確保できた。本当にありがとうございました。

12:30 油津 出発

ここからは日南線から離れ「日南フェニックスロード」と呼ばれるR220を進む。

15:30 75.3㌔ 内海 

海岸沿いで景色は良いのだがそこここに峠がありその度に歩いた。途中お目当ての「オーシャンヒルキャンプ場」に立ち寄ったのだが、ライブコンサートがありキャンプサイトは駐車場になるのでと断られ、それ以降は、「今日はどこでテントを張ろうか」を考えながら走る事になる。とにかく青島まで行けば何とかなるだろうと思いながら走ると、堀切峠(あとで調べると、わずか62㍍)越えで疲れ切ってしまい、長いトンネルを越えた後(トンネル内でひと休みした事は滅多にない、よほど疲れていた証拠)、旧道をUターンする格好で「道の駅 フェニックス」に向かった。

16:00 79.84㌔ フェニックス着

結局1000㍍超えのトンネルを4つ越えて来た。少なくともその数だけ峠があったわけで、初日にしては疲労が大きかったといえる。ただ、その全てに自転車が走れる安全な側道があったので危険や恐怖感を感じないで済んだのは幸いだった。やはり今でもトンネルか嫌いだ。

まだ明るいので観光客も多く、それらに混じってアイスクリームを食べたり、缶コーヒーを飲んだりして時間をつぶし、薄暗くなり、観光客も居なくなり始めた頃、道路脇の公園風のところにテントを張り(もちろん道の駅の職員には許可?をとって)、夕食のカレーライスをつくり、ベンチでゆっくりコーヒーを楽しみ

20:00頃にはテントにもぐりこみ就寝

何はともあれ膝関節と股関節が問題なく機能してくれたことにホッとした走り出しの日だった。まだまだ先は長い。

下の写真は設営場所風景と、そこから下の海岸を見たもの。かなり高いところにあることがお分かりでしょう。       
















本日の走行距離  79.84㌔

2011年9月17日土曜日

2011ツーリング 2日目(8/19)

船室は2段ベッド4つの8人部屋。4人で使用したのだが、自分のベッドは上段という割り当て。そのせいか暑く、寝苦しく、夜半に室内に置いてあるソファーに移動した。

07:00 起床

航海中はする事もなく、天候はまあまあだったので甲板に出て潮風を浴びる以外は、食事と読書で時間を過ごした。船内販売のおにぎりの朝食、昼飯はカルビ丼、夕食はおにぎりとカップメン。この航海では特に親しく言葉を交わすような人には出会わなかった。

11:15 室戸岬沖を通過

室戸岬を海上から遠望し、「あそこには弘法大師の青年像があったなあ」などと四国を走った時の事などを懐かしく思い出す。持参の文庫本を読み終わってしまい、今後のために、船内図書コーナーの備え付けの文庫本とこっそり取り替えたが、これは内緒だ。

20:45 志布志港入港
21:25 夜間装備をした上で、埠頭出発

21:50 予約済みの市内ビジネスホテル チェックイン

本日の走行距離 2.46㌔

2011ツーリング 1日目(8/18)

フル装備の搭載物は合計23㌔程。そして今回、服装の面で従来と違うのは、雨天対策として履物を「クロックス」にした点だ。これなら濡れても平気だし、そこそこ足の保護にもなるし、「歩き」にも対応できる。ただ、耐久性が心配だったが、結果的には全く問題がなかった。

11:30 横浜の自宅を出発

やはり相当に暑かった。特に後頭部の日射がきつく、途中からはヘルメットの後部からタオルを垂らすようにした。

13:30 日の出桟橋 到着

水上バスで「国際展示場」まで。 レインボウブリッジが自転車では通れないので、水上バスという事になるのだが、それを使わないと、都心を抜けて晴海通り、勝鬨橋を通って有明埠頭という10㌔を走る事になる。(帰路はそのコース)しかし、何故かそれを走る気にならず、前回もそうだったが、この水上バスに自転車のせ(料金合計600円)有明埠頭に移動するのが習慣?となっている。
               
14:45 埠頭のフェリー乗り場到着

乗船はマルエーフェリーの「飛龍21」

9200トン、乗客92名のどちらかというと、コンテナーフェリーと言った方がよいような船だ。現在多く就航している大型外洋フェリーに見られるような「客船」の要素は少ない。大浴場はないしやレストランも大した事はない。それにしては合計運賃の25,400円は、ちと高いような気がするのだが…。

乗り場といってもターミナルビルがあるわけではなく、冷房などもないプレハブの小屋程度のものがあるのみで、17:00の出航時間まで2時間以上時間をつぶすのは結構大変なのだが、コンテナーの積み込み作業というのは見ていて意外と面白いもので飽きない。

他の乗客の動向も気になるのだが、自転車旅行者はいない。目立ったのは沖縄方面へ野外活動に行く、全く初心者にしか見えない学生のサークルくらいだ。静かな船内生活を願うばかりだ。

16:30 洗面用具、シャツの着替え、文庫本のみをまとめてナップザックに入れて持ち込み荷物として、自転車をフェリーに積み込み

17:30 30分ほど遅れてフェリー出航

夕食はハンバーグ定食

本日の走行距離 29.31㌔

2011年9月13日火曜日

本日ツーリングから戻りました

先月の18日に自宅を出て以来27日間(内、実走は22日)のツーリングが終わりました。

第1ステージ 九州鹿児島、志布志→国東半島、竹田津    469キロ
第2ステージ 山陽地方、徳山→尼崎                413キロ
第3ステージ 半島縦断、尼崎→舞鶴                125キロ
第4ステージ 山陰地方、舞鶴→門司               706キロ
その他地元移動                           67キロ

合計1780キロの行程でした。事前の調査による距離計算より実走距離の方がかなり長いという思惑違いや台風による足止めなどで、特に後半スケジュールがタイトになり、ショートカットコースをとったり、1日の距離としては少し無理気味に走ったりしましたが、何とか無事に、1日の余裕をもって戻る事ができました。

色々な事がありましたが、いつもながら終わってみればとても楽しいツーリングでした。多分今までで一番長いツーリングではないかと思います。今回のツーリングを一言で言うと「冷たい水分ー氷を如何に確保するか」が中心課題だったような気がします。とにかく暑かったのです。真夏のツーリング自体が初めてだったこともあり、汗がとめどなく無く流れ、とにかく水分を必要としたものです。それも、より冷たいモノがとにかく嬉しいのですから、どうしても「サーモスに氷」という事になります。アイスキャンディでは長持ちしませんので…。もちろんアイスキャンディの類はたくさん食べました。(しゃぶりました?)ある日などはオーバーに言うとコンビニがある毎に買ったものです。何がメインだったかは後程報告いたします。「氷」の話しです。

今回はテント泊まりはたったの1泊だけで(山陰部分ではキャンプ用品を自宅へ送り返してしまいました)殆んどがビジネスホテル、民宿だった事もあり、出発時にサーモス一杯の氷をいただきました。これはどこでも気持ち良くやってくれました。感謝です。そしてそこに500ミリリットルのペットボトル茶を注ぐのですが、当然半分近くは残ります。もちろんそれは積んで行きます。自分なりの基本ルールに従って休憩をとり、そのときサーモスからキンキンに冷えたお茶を飲むのですが、正に「甘露、甘露」(少し古い!)という感激です。そして減った分は、先ほどの残りから足していきます。これを繰り返すと、大体昼頃にはお茶がなくなります。

昼飯は基本的には道路脇の食堂です。ここでも氷をお願いします。まず断られる事は無く皆さん好意的にして下さいます。キューブの氷ではなく、わざわざ塊をアイスピックで砕いてくれたところもたくさんありました。本当に嬉しかったなあ。そしてまたお茶を満たします。結局それは午後一杯はもたず、最後は常に持っている1リットルの予備の水を加えるのですが、まだ氷自体は残っている事が多く、十分に喜びの種になり得るのです。

そんな生活でしたからホテルにチェックインすると直ぐに「氷を下さい」とお願いして、とにかくサーモスから氷がなくなることのないようこだわったものですし、部屋に冷蔵庫があれば、節電などクソ食らえと強度を最高にして製氷に励みました。こんなに氷にこだわった自転車旅行者はかっていなかったと思います。

それから「日陰」と涼しさを求めたツーリングでもありました。あるルールで休憩をとるのですが、それも日陰次第なのです。ちょっとした軒下の日陰でもいいのです。道端の木陰でも結構。田舎の小屋になっているバス停なども格好の場所でした。コンビニは微妙です。そこではアイスものを買うのですが、基本的には買った後には外へ出なければならず、何故かコンビニの店先には日陰はなく、ましてベンチのあるところなど殆んどありません。贅沢は言いませんが、やはり日陰で座って食べたいのが人情ではありませんか。たった一軒ですが、「ポプラ」というコンビニの中にテーブルコーナーがあり、冷房の効いたところでアイスを食べた時など、もう動きたくなくなった程です。食べ終わった後も「もう少し涼ませてください」とお願いをしてしまいました。

これだけ冷たいモノを飲み、食べ続け、夜は冷房の効いた部屋で殆んど裸で寝て、おなかももこわさず、風邪も引かず走り通せたのは、少しですが自信の素にはなりました。もしかしたら、来年もツーリングに出られるかもしれないと密かに思い始めております。

これから、ツーリング記録を載せていきますので、よろしかったら覗いてください。
 

2011年8月17日水曜日

明日出発します

明日の夕方、フェリーで有明から出発します。
昨日は「サイクル・エコ」さんでシフトとブレーキの調整と振れ取りをやってもらい、車体は万全です。
今日は荷物を全部パッキングして自転車に積み込みました。

これはフロントの左のサイドバッグ。主に上半身の着替えと蚊取り線香などの虫対策グッズ、釣り道具、予備のガスボンベ、防水カバーなどです。真中下の白い物は洗濯洗剤。黄色い袋(簡易ナップザック)は明日の乗船の祭に必要と思われるもの一式(着替え、洗面用具、文庫本、煙草など)

 これはフロントの右サイドバッグ。下半身用着替え、雨具上下など。




こちらはリアの右サイドバッグ。お米の類、缶詰、インフレータブルテントマット、寝袋、スペアチューブ、NASA開発のサーモマット、充電器類、小ランタン、アタッチメント付LEDライト、ラジオ。そしてバッグの蓋上に釣竿

こちらはリアの左サイドバッグ。テント、ペグ・ハンマー、ターフ用ブルーシート、多目的ブルーシート、安全ベスト、折り畳み椅子、そしてバッグの蓋上にテントフレーム






このプラケースは主に調理関係。コッフェル、ガスボンベ、バーナー、コップ、1リットルポリタン、スポンジたわし、コーヒー・紅茶・砂糖、醤油パック、松茸のお吸い物、ナイフ・フォーク・箸セット、チャッカー。

  
                

その他フロントバッグ(基本的には非常用食料などすぐ取り出すものを入れる積りで、目下は電池や携帯プレーヤーと外ポケットにティッシュくらいで殆んど空)その手前には取り外してショルダーバッグになる小鞄を吊り下げ、中身は財布、携帯電話、カメラなど貴重品)

                 


サドルバッグにはスペアチューブ、修理工具、パンク修理キット、潤滑油、予備鍵、フロントライト。


という搭載物がまとまりました。我ながら余りの量の多さに圧倒されますが、仕方がありません。


全て積み込んだ姿がこれです。殆んど、ホームレスの引越しです。重さを測るのを忘れましたが、多分荷物合計で22~24kgだと思います。これって結構しんどいです。 いつもそうですが走り始めはフラフラします。それでも1日走ると何とも感じなるから不思議です。しかし登りの時には呪いたくなってきますよ。とは言いながらも、これが自分なりのキャンプツーリング究極の姿だと考えた結論です。



こんな姿でのツーリングは多分これが最後でしょう。


2011年8月2日火曜日

7月実績と旅行プラン

7月の走行距離は368.1㎞、累計24,831㎞だった。満足な結果だ。ベイサイドマリーナへ2往復したし、多摩川と鶴見川方面へ80㎞ランにも出かけた。「もう来月には出かけるのだ」という焦りからも意識して走りこんだ結果だ。久しぶりの300㎞オーバーだった。


今年のロングツーリングの出発は8月18日。フェリーの予約はもう済ませてある。17:00有明埠頭出発の志布志便だ。

コースは概ね下のようなものになった。


第1ステージ  志布志 → 竹田津      370㎞    5日間
  2ステージ  徳山 → 尼崎         450      7
  3ステージ  尼崎 → 舞鶴         130      2
  4ステージ  舞鶴 → 新門司        650     10

合計1,600㎞ 24日間を予定している。勤務先での休みは28日申請してあり余裕がありそうだが、実際は往復のフェリーで5日かかるので、まるで余裕はないといえる。とは言っても、全体に距離は大目に考えており、1日に平均67㎞の計算なので日数は計画ほどはかからないだろう。(頑張って120㎞走れば1日余裕ができるし、それは、それ程無理なことではない)

大体のコースは地図にプロッティングしたように見当をつけてあるが、例えば、瀬戸内路で呉を通り江田島に寄ろうかとか、宍道湖は南北どちら側を抜けるのか等、細部は現地で決める積り。

場合によっては尼崎まで行かずに、姫路から鳥取に抜けるショートカットもあり得る。ひょっとすると、初めての「輪行」をする羽目になるかも…。


今回のコースは九州と山陰をメインと考えているので、山陽・瀬戸内路はとにかく走り抜けるだけになりそうだ。途中で、いわゆる「観光地」と言えるのは尾道くらいのもので、以前、激しい雨の中を走り過ぎただけなので少しゆっくりしてみたいとは思っている。