2012年7月21日土曜日

6月26日(火) 9日目

第9日目 6月26日(火)  粟島 →(フェリー)→岩船港 


4:30 起床
日の出を眺めてから、例のキャンパーに挨拶に行くと、6時くらいに出発するというので、それまで島の南を目指して一走りしてくる。早朝ランは快適だ。

(キャンプサイトの日の出) 

馬が飼われていて、乗馬体験などを観光の目玉にしたいようだ。

南端の矢ケ鼻への登り。かなりきついが景観が広がる。

戻ってくると、先客の出発準備は、ほぼ完了していた。

例の彼は、実は、昨日、本土からカヌー(組み立て式のシーカヤック)で来たという。本当は南端を回り込んで釜谷という集落に着きたかったのだが、風と潮がきつくて疲れ果ててしまい、止む無く、ここ内浦に着けたという事だった。それにしても大したものだ。

30才台半ばで、群馬県の水上でカヌーインストラクターをしているという。お客さんにカヌーの楽しさを伝えるには、自分自身が色んな楽しみを知らなくてはいけないと思い、時たま時間を見計らってはこのような体験を積み重ねているという。妻子持ちなので「生活」の事も考えなくてはいけなく、最近山岳パトロールの職にも採用され、ようやく安定収入が確保でき、地元で根を張って生活していく覚悟ができた、と語っていた。好青年だ。業界のあり方にもしっかりした考えをもっていた。

手際よく積み込みを終えて

6:15には浜を離れていった。風は穏やかなので、昨日のような苦労はなく本土に着けるだろう。



6:45 朝食のレトルトカレーを食べ終わった頃には、カヌーはもう点になっていた。

ここで、この内浦キャンプ場を誉めておこう。

先ず、無料だということ。これ自体は良し悪しなのだが、無料とは考えられないほど設備・管理・保守が素晴らしいのだ。昨日使ったコインシャワーもそうだが、下のトイレも清潔で清掃が行き届き、スペアのトイペも確保されていた。未だ、シーズンオフだという事実を差っ引いても、大したものだ。


9:30 ~ 12:00 釣り
餌のオキアミを購入して、港の岸壁で釣り。




名前は判らぬが4匹釣れた。満足。一番大きいのは最後だったが、引きが強く、結構楽しめた。その最中に15:30発の、乗船予定の大型フェリーが入港してきた。

サイトに戻り、おにぎり、スティックパン3本、スープのランチをとり、
13:30 撤収完了。

衆議院本会議を聞きながら積み込みをしたが、こんな茶番をしなければならないとは、民主主義とは何と時間をかけなくてはならない偽善なのかと呆れてしまった。

14:00 積み込み完了

島を去るに際して、出発間際ではあるが、今度は島の北方向に脚を伸ばしてポタリングを楽しんだ。登りになる前に引き返したが、気持のよいサイクリングロードだった。
15:30 出航

(16:00 だんだん遠くなる粟島)

17:00 岩船港 到着

到着後周辺の飲食店で夕食をとり、キャンプを設営しようと考えていたのだが、地元の漁協の経営と思われるお土産屋兼業の食堂は終了しており、他に店は無かった。地元の人に聞いても「ない」と言うので、昨日来た道を1㌔ほど戻りコンビニで弁当などを買って戻った。

港の公園の東屋でその弁当を食べていると、まだ60歳前と思われる男が、向かいに座って色々と話し掛けてきた。こういう非正規の場所でテントを張るときは、特に務めて地元の人と接触をはからなければならないと考えているので、にこやかに相手をしたのだが、彼は土地の人ではなかった。と言って観光客というのでもなく、釣りに来たのでもなく、昨日私が通ってきた「胎内川」の住民で、ただ、車で来て時間をつぶしているのだと言う。去り際に、14・5年前に離婚してしまい、帰っても独りだもんなあ、と寂しそうだった。

当夜は北風が非常に強く、設営場所探しに苦労して、結局広場のステージ下にテントを張った。

8時には床に就いたが、10時くらいまで外が騒がしい。特に若い娘のキャーという声がうるさい。一度など、枕元で走られてギョッとさせられたが、ただ、じっとしている事しかできない。

走行距離 14.73㌔ 最高速度 36.0㎞/h 走行時間 0:55 平均速度 16.0㎞/h



2012年7月20日金曜日

6月25日(月) 8日目

第8日目 6月25日(月) 新潟 → 岩船港 → 粟島

6:30 起床
8:00 ホテル出発

今日からは日本海側を山形県、秋田県と北上していくのだが、基本的には国道7号線(R7)《通称:羽州(浜)街道》を走る事になる。しかし、なるべくそれは避けて脇道・地方道を走るように心掛けるようにした。

R7は新潟県内の殆んどを海岸線から離れて走り、山形県に程近い勝木で海岸線に戻って来る。で、今日のコースは新潟市街を出ると間もなく、海岸沿いの国道113号(R113)へ向かう。






9:15 阿賀野川を渡り、ようやく市街地を抜ける。やはり市街地は走りづらく、抜けるとホッとし、開放されたような気分になる。

R113へ向かう道は大分走りやすくなってきた。
 (R7からR113への道)

途中10時頃コンビニで買った蕎麦を食べ(昼食?)

11:20 R113が海岸沿いを走るようになる。

 (海岸沿いのR113)

R113は道路としては良いのだろうが、自転車には、ちと怖い面がある。写真のように殆んど側道がなく、超大型車の往来が頻繁なのだ。バックミラーに気配を感じて脇で停まり、やり過ごした事が何度もあった。

日差しが強く、休憩しようにも「日陰」が見つからない。 

12:00頃 日陰を求めて、浜辺へ降りて、小屋の軒下で休憩 
       このような時は、普通、お茶とタバコで10分程度時間をとる。
 (多分胎内川の手前の浜)

 (沖合いに見えるガス田のプラットホーム)

今回のツーリングでは、好んで側道・歩道を使った。人が通らず安全で快適に走れる限り使った。スピードを殺すことなくストレスがなく安心して走れるのだから、自転車旅行者は積極的に使った方がいいと考えるのだが、意外と道路交通法の原則にこだわって車道の左端を走る人が多い。ロードの練習でもない限り歩道利用がお勧めです。下の写真の歩道など十分いけます。


下の写真は道路の名称がR113からR345に変わった辺りの「荒川」にかかる旭橋。これで数百㍍、結構長いのだが、超大型車とすれ違い本当に怖い思いをした。一級国道だとこのレベルの橋には歩道が必ず(北海道の札幌郊外の石狩川 には無かったが)ついているのだが、下級国道では往々にしてない場合が多い。私はトンネル同様橋も苦手だ。 

まだこの辺りまでは55㌔程度しか走っていない。只東風が10㍍程でかなり強くはあったが疲れてはいない。時刻はまだ13:30。

この時点で本日の宿泊地については白紙状態。漠然と3時半まではとにかく走り、その段階で目的地、キャンプかホテルかなどを決めようと考えてはいたが…。実にいい加減だが、大体こんなもんです。

上の旭橋から5㌔程進むと「岩船港・フェリー乗り場」 という標識が見えた。これが思いもよらないハプニングのきっかけだった。

港に着くまではそのフェリーや行く先について、全く知識を持ち合わせていなかった。当然マップルを詳細に眺めれば、その航路図もあり「粟島汽船(粟島へ)」と記載されてはいるのだが、全く意識外だった。

港のフェリーターミナルに入り、置いてあったパンフで調べてみると、島は沖合い30㌔程にあり周囲23㌔、自然を売り物にする島だそうだ。整ったキャンプ場もあるらしい。釣りもできる。!

その時、粟島行きを決めた。只、ちょっとした問題は次の便が16時発で、あと2時間待たなければならない事だ。少し迷いはしたが決心は変わらなかった。

港周辺を走り回って、島から戻った時のテントの設営場所を探ったり 時間を過ごした。

思い出しました。以前北海道を走った時、「奥尻島」へ 渡ったのも同じように予定外の寄り道だった。あの日は風に悩まされ、目指す町に行きつけず、途中の瀬棚で力尽き泊った晩に、地図を見ていて奥尻へのフェリーが出ている事を発見したのだった。

こういうは大事にしなくてはならないと思う。
16:00 出航
この航路には2種類の船が就航していて、16:00発は最終便で高速双胴船になる。普通船の就航もあり運賃が半分ほどで2000円も違ってくる。帰り便はもちろんそちらを利用する。

粟島は自動車・バイクの入島規制をしていて、フェリーといえども旅行者のそれは運ばない。自転車はその限りではないのだが、何と言ってもその扱いに不慣れだ。もちろん自転車乗りの愛車に対する心情など理解すべくも無いが、積み込みを見ていてイライラ・オロオロしてしまった。

かなり風による波があったが、この艇は揺れを感じさせずに50分ほどで島の玄関、内浦港に着いた。

懇切なパンフレットを十分に調べておいたので、迷わず1.5㌔程の内浦キャンプ場に直行し、設営完了。

先着者を見かけたが、その人に就いては明日の項に書きます。

今来た道を戻って入浴と食事に向かう。

漁火温泉という施設があり、なんでも8時までの営業と聞いていたので、先ず街で夕食、その後で入浴という段取りを考えていた。ところが、その施設の女従業員の態度の悪さに結局利用はしなかった。

多分18:50くらいだったと思う。とにかく営業時間を確かめようと受付を覗くと、まず、その女従業員に19時までには入ってくれ、と言われた。ラストオーダーのようなモノかと思ったら、そばでたむろしていた地元のおっさん達が、そんな事はねえ、19時半で十分のはずだと訂正してくれた。それでも、食事時間が40分ではきついなとは思いつつ、ではメシを食ってから来ますと言うと、その女従業員は、今すぐに入って、それから食事に行けばよいと何がなんでも入れようとする。

こういう街では飲食店の締まりは早い。風呂に入れないより夕食をとり損ねる方が辛い。まして女従業員は自分が早く帰りたいが為に、規則を偽ってまで強引な事を言う。それで(ウソなのだが)「メシを食ってから来ます」と言って去った。入浴は諦めた。

呑み屋で夕食をとったのだが、生憎よい魚がなく、それでもアゴフライを中心にした定食を作ってくれた。750円。

サイトに戻りコインシャワー(無料のキャンプ場としては奇跡的に稼動した!)を使い、先ほどの先着客とお茶・コーヒーを飲みながら21:00までいろいろな話しをして過ごした。(それも明日の項)

満天の星だった。


走行距離 65.24㌔ 最高速度 30.5㎞/h 走行時間 4:17 平均時速 15.3㎞/h




2012年7月19日木曜日

6月24日(日) 7日目

第7日目 6月24日(日)   会津若松 → 新潟 

4:00 起床 
今日は新潟まで走る。天気は良さそうだ。
ただ、久しぶりの100㌔オーバーランになる。おおざっぱに言って、国道49号線(R49)は福島/新潟県境までは相当なアップダウン・トンネルがあり、それ以後は新潟まで阿賀野川沿いのなだらかな下り…、というのがコースのアウトラインだ。体調は十分なので、多分、問題ないだろう。
5:00 ホテル出発 
残念ながら、この時間だとせっかくのサービス朝食は食べられない。R49に出る前に昨日の飯盛山前にて 「おにぎりセット」とカンコーヒーの朝食をとって、新潟目指して出発。ひょっとすると、今日の走りが今回のツーリングのハイライトになるかも知れないのだ。

6:10 14.3㌔
宮古橋で阿賀川を渡る。

6:50 20.14㌔
七折峠のゆるい登りに差し掛かったとき、急にフロントブレーキが効かなくなった。一瞬ワイヤーの切断かと顔色が真っ青になったが(これは想像だが)、調べると、ワイヤーのVブレーキの座金のストッパー(言葉では上手く表現できなくてゴメン)が甘くなりワイヤーを引くと抜けてしまい、ストッパーの役目が果たせなくなっていたのだ。これなら何とかなる。切断ではなくて良かった。

こんな時の為に工具や修繕小物を持ち歩いているのだ。まず、ストッパーの穴をペンチで無理やり閉じてみたのだが、それだけでは、上方向に外れてしまう。(判りにくくてゴメン)そこで手持の細紐で、ワイヤーのカバーと座金を長さ2㌢ほどにわたって縛ってみた。OK成功。応急修理としてはこれまでだが、どれほどもつかの自信は全くない。
(結論から言うと、最後まで問題なく、そのままで済ませました。)

その後「藤トンネル」を抜けて、7~8㌔ほどの長い下りを楽しんだ。ヤッホー、やっぱり下りは楽しい。(当時のノートには「最高!」とメモってある)

8:10 36.7㌔  道の駅「西会津」

ここからは「車トンネル」への峠道になるのだが、下のような恐ろしい標識がある。
5%の傾斜というのは私の脚力・心肺能力を越える。しかし、なぜか、この時は漕ぎ上れてしまったから不思議だ。

9:40 新潟県に入る
車トンネルを抜けて 4㌔程で県境になる。「マップル」では直ぐ近くの地点に「会津の水はすべてここから新潟県に流れ出る」と書いてある。分水嶺だ。つまりここからは基本的に下るという事だ。

下の写真を注意深く見て欲しい。(自分でも、今、気がついたのだが)新潟県に入る時のものだが、一番後ろにキャップがぶら下がっているよね、という事は、その時、ヘルメットを被っていたという事なのです。やる時はやる事をきちんとやっていた事がここからも理解いただけると思う。


ここまで来ればもうひとつ「福取トンネル」を越えれば、おおむね下りになるらしい。
晴天、気温20度。最高です。

今日は朝食が早かったので、10:30を過ぎた時点で最初に出会った食堂で昼食にしようと考えながら走っている。そういう時に限って中々出会わないものなのだ。

10:40 58.6㌔ タンメンの昼食 久しぶりにサーモス用に氷をいただく。今回に限らず、レストランで氷をお願いして拒まれた事は一度もない。

11:35 63.4㌔ 津川にて阿賀野川を渡り右岸に出る。写真に見える橋を渡ってきた。
ここからの阿賀野川右岸は自転車乗りにとってパラダイスといっても良い快適コースと言える。お勧めです。


橋を渡る前の事だが、道端には普通に猿の群れが居る。車が来ても逃げようとはしない。


これも橋を渡る前の事だが、渡る寸前に200~300㍍程のトンネルがあり、長さは大した事はないのだが、車の通りが、しかもトラックなどの大型車が多く、なかなかそのその流れが途切れない。

わずかな間隙を見つけて、もちろん前後ライト全開で、自分なりの全速で走り抜けたのだが、そこの路面はデコボコがひどかった。途中で何かコトンと落ちる音がしたのだが停まって確かめる余裕はまるでなく、前方に注意を集中して必死の思いで通り抜けた。出てから点検してみたがすぐにはわからず、「気のせいかな」と思い始めた頃、やっとフロントバッグの右側に付けていたライトがない事に気づいた。左のモノより明るく高かったので悔しかったが、カチッというまできちんとアダプターにはめ込まなかった自分が悪いのだから、まあ、諦めよう。

12:30 74.45㌔ 道の駅「三川」 あと42㌔くらい。

13:05 80.38㌔ 道の駅「阿賀の里」 あと36㌔くらい
今夜新潟で会食予定のKクンに電話をして「順調に走っているので、4時頃着く。ホテルにチェックインしたら又電話する」と伝える。

前夜、地図を調べていると、この先R49は阿賀野川から外れて北上し、10㌔ほどで90度西方向に転換して新潟市街に向かうコースをたどるのだが、阿賀野川はそこをショートカットするように流れており、川沿いには「蒲原自転車道」がある事がわかった。今回のツーリングでは「なるべく幹線国道は避ける」のがひとつの方針なので、ツーリングマップル上でそれらしきところで、R49を逸れて、自転車道の基点を目指したが、かなり苦労して(一般に自転車道への道標は貧弱かゼロ)

13:50 90㌔ 何とか自転車道に乗る
(蒲原自転車道)

結局、新横雲橋までの約10㌔を走ったのだが、写真でも判るように自転車専用道ではなかったし、向かい風がきつく、決して快適な走りとは言えなかった。多分疲れと焦りが出始めてきたせいもあるだろう。

15:50 114.77㌔ 新潟駅南口到着

(新潟駅南口)

その後、近場のホテルにチェックインして、シャワー、着替えをしてクラスメートのKクンと駅近の居酒屋で楽しい会食をした。そうして会えて、一緒にメシが食えるなんて、何て幸せな事だろうか。

走行距離 115.74㌔ 最高時速 47.5km/h 走行時間 7:10 平均時速 16.2km/h


これで第一ステージが終了した。 走行距離 510.08キロ

2012年7月18日水曜日

6月23日(土) 6日目

第6日目 6月23日(土)  猪苗代湖 → 会津若松



5:00 起床
実は00:00、3:00にも目を覚ましている。概ね20:00には就寝するとこのパターンが多い。そんなときにはNHKの「ラジオ深夜便」を聞く事が多い。これはファンがたくさん居るらしい。

寝袋やマットをたたんでパックして、トイレを済ませると、何と小雨が振り出した。これでは話しが違う。今日の好天を信じて、ここに2泊したのに、こうなれば雨があがるまで出発はするまいと決める。

今日の予定は30㌔程度の会津若松で、観光が目的、しかも標高差で200~300㍍の下りなので、全く急ぐ必要はないのだ。

撤収作業も終り、積み込みも済み、コーヒーなどを飲みながら空を眺め、様子見をするうちに雨が上がり、キャンプ場の係員も勤務を始める8時になった。

キャンプ中に発生したゴミの処理を事務所に依頼して出発。

昨日も立ち寄ったサイクリングセンターでおにぎりを食べて、猪苗代湖の西端の辺りのセブンイレブン(8.8㌔)で食料を買い込んで、

10:00 12.8㌔ 
少し先の 運動公園でカフェオレとおにぎりの2回目の朝食をとる。この辺りが標高550㍍で今日のコースの最高点だと思われる。

その後はしばらくほぼ平坦な高原の道が続き、19㌔付近で「磐越自動車道」を潜った辺りからは快適な下りが待っていた。この時はヘルメットを着用。ヘルメットは今回を入れても7~8回しか被らなかった。長い下りの際と剣呑で長いトンネルを抜ける時だけの着用なのだが、実用の意味より、「気合を入れる」という自戒の意味が強い。

11:00 飯盛山到着
気分としてはアッという間に飯盛山の下に着いてしまった。

(市街を走った航跡)

もちろん会津若松といえば「白虎隊」となる。長い石段を登り、隊士を祀ったお堂や墓地に参拝し、彼らも眺めたであろう城下の景色を堪能してから、会津若松城見学に向かう。





この城は戊辰戦争の戦場となり、相当傷んでその後天守閣などは取り壊され、現在の天守閣は昭和40年に鉄筋コンクリートで再建された物だと言うが、何とも姿の良い天守だ。なんでも、下の写真のアングルがベストらしい。(と、ガイドが言っていた)なお、天守閣には登っていない。料金が惜しいのではなく、内部構造に興味がもてないからです。念の為。


城郭内に、往時にもそこにあったという「麟閣」という茶室が移築・現存し、これは蒲生氏郷がらみの遺構なので当然拝観し、冷茶とお菓子をいただき、お庭の風情をゆっくりと観賞した。

この会津若松は保科(後松平家)が幕末まで宰領していたのだが、その基礎の城つくり、街つくりは氏郷がおこなっている。幕末の当主松平容保公には興味をもつが、それ以上に、この蒲生氏郷という武将には好感をもっている。もっと長生きしていたら(多分)日本史が少し変わっていたかもしれない。
で、当然のことながら氏郷の墓所(供養搭)に参った。何とも姿が良い。

さて、目的の観光を終え、ソースカツ丼の昼食が済むと、まだチェックインには早いが宿泊先を探さなければならない。事前の調査はしていない。

上の市街地での航跡を見て欲しい。城見学の後、駅の方にホテル探しに行った航跡だ。このような時、普通は駅前の「観光案内所」に行って情報をとるのが普通なのだろうが、私はあまりそれをしない。そこでは「筋目正しい(つまり料金の高い)」ホテルを紹介されがちで、「とにかく安いホテル」をというリクエストをしにくいのだ。つまらない見栄を張るものではないとは思いながらも、自分の勘で安ホテルを探す事が多い。

ところが本日に限って中心部のホテルで3軒続けて「満員」で断わられた。その3軒目で理由を聞いてみると、東北地方の高校生のバスケットボール大会期間中という事だ。さあ、困った。

と、その時、飯盛山から市中に入る時に確かホテルを見かけたような記憶が浮かび、そのかすかな記憶を頼りに、午前中に通った道を目指した。その程度まで繁華街から外れれば、まあ、大丈夫だろうと信じつつ…。

そこにあったのが、下のホテル。

なんとOKの上に4200円で2食付くというではないか。もうその味などどうでも良い、探した苦労の甲斐があったというものだ。

15:00 チェックイン。
明日は新潟までの長丁場が待っている。深夜には、かの地で再会予定のクラスメート、Kクンとも連絡がついたし、良い一日だった。

走行距離 39.1㌔ 最高速度 45㎞/h 走行時間 2:58 平均速度 13.1㎞/h


2012年7月17日火曜日

6月22日(金) 5日目

第5日目 6月22日(金)   猪苗代湖に滞留
 
4:00 夜半は降っていなかった雨が、相当に激しく降っている。テント前室部分が縫い目の洩れと地面からの水で濡れてきている。床面のシートも気のせいか湿っぽくなっている。

バーベキュー場への移動を(予め雨の際の移動許可はもらっている)考えるが、砂地の地面は所々水溜りができているし、屋根のようなものはあるにはあるが、そこここから激しく雨漏りがしていて移動先に迷う。

何とかマシな処(下の写真)を見つけ取りあえず移動をして様子をみる。コーヒーを飲みながら、本日の計画を立てていても、そのそばから、水のジワジワが迫ってくる。

 (1回目の移動場所)

5:30頃
より安全な部分を求めて再移動。もしここもダメになったら、ベンチを集めて寄せてその上に設営する事にしようと決めて、インスタントラーメンのとパンの朝食にする。

(再度の移動場所)

6時のNHKニュースでは、午前中は激しい雨で午後から夕方にかけては曇りという予報。で、行動方針としては、午前中はここに滞留。午後はできれば会津若松(約40㌔)へ移動と決めた。

が、1時間としないうちに、日程には余裕がありそんなに急ぐ必要はない事、雨上がりの山道の路面の危険性、ここらで一息ついたほうが先々良いのではないか、等を考え合わせ「連泊」を決める。

8:30 事務所で宿泊料1050円を払い、本を読んだり友人にメールを書いたりしていると
9:30頃から雨が上がり始め、10:00には完全に上がってしまった。

優柔不断な性格のせいで、キャンセルして出発しようかとか迷い始めたが、ここはジタバタせず、猪苗代周辺を存分楽しもうと最終的な決断。(ちとオーバーだが、人生とはささいな決断の積み重ねなのだ) 昼はおいしいラーメンでも食べに行こう!
10:00頃 昨日見つけたサイクリングロードを通って近場のポタリングに出かけた。

しばらく進むと後ろから「4号、4号ヒットしました。確実にキャッチしてください。」という大きなスピーカー音が聞こえてきた。釣りを趣味とする私にはすぐピーンときた。というのも途中でスタンドに乗った何本もの置き竿と、道具を積んだバンを見かけていた。きっと、そのセンサーが働いてのお知らせなのだ。よく見かける竿先の鈴のエレクトリニクス版だ。

直ぐに取って返すと老人の竿が大きくしなり、青年がタモを用意したりしてその手助けをしている。目の前で巨大な鯉が上がってきた。

85㌢の大物だ。

「大物ですね」と声をかけると「なあに小物だ」と老人は言うが、まんざらでもなさそうな顔がほころんでいる。話しによると、ここでは150㌢程度のモノが上がるそうだ。と言っても、この85㌢レベルも毎日上がるというわけではないという。何よりご老人が喜んでいたのは、早速両手で胸の前に捧げ持って、手助けの青年に写真を撮ってもらっていた事からも明らかだ。私もその写真を撮らせてもらったが、掲載の承諾を得ていないので、それは割愛。

(サイクリングロード)

(終点近くのサイクルセンター)

野口英世記念」などがある観光地中心部、その側まで続くサイクリングロードの終点には「サイクルセンター」なる建物がある。これが意味不明。サイクルセンターというからには、例えば修理用具がおいてあるとか、自転車のサポート要員が居るとか、何がしか自転車関連の設備かと思うだろうが、全くその気配はない。何故か舞台があり、机と椅子がある土間があるだけだ。幸い私は降り始めた小雨を凌ぐのに使わせてもらったが、はっきり言って「サイクリスト」の為の施設では断じてない。公金が投下され観光振興のためにこのサイクリングロードができ、その付随の建築物も造ってしまったので名目を「サイクルセンター」としたのは明らかだ。
公平に言って「無駄使い」だろう。

昼は湖観光の基点として賑っている一画でラーメンをいただく。そう言えば「はあ~、会津磐梯山は宝の山よ……(略)、小原庄助さん、何で身上潰した…」という民謡があったが、そのラーメンは「庄助ラーメン」といった。主人は以前神奈川県で20年近く働いていた事があったとかで懐かしがってくれてインスタントコーヒーをサービスしてくれた。ありがとうございました。

雨は上がっていたが、夕方はテントの中でラジオを聞いて過ごす。もちろんNHK。そこで、久しぶりに「近田春夫」さんの名前に出会った。確か「ロックンローラー近田春夫の歌謡曲って何だ」という番組だ。彼とは子供のヨットクラブの関係でいささか面識があり、(もちろん先方は知らない事だが) 私は隠れファンなのだ。その才能・博識、キャラクターから、もっと表舞台でもてはやされても良いんじゃないかと思っている。お陰で「蜂のムサシ」を聞く事ができたし、「弘田三枝子を初めて聞いた時、この娘天才じゃないかと思った」という同感のコメントを聞く事ができた。NHKラジオっていいなあ。

風が10m/secを越えてきた。そんな時の調理用に、今回はバーナー用のアルミ製の風防まで用意してきたのだが、ご飯の炊き上がりがイマイチだった。6時にはレトルトカレーの夕食を終え、早々に就寝。

走行距離 11.00㌔ 最高速度 31.0㎞/h 時間 0:48 平均時速 13.5㎞/h


2012年7月15日日曜日

6月21日(木) 4日目

第4日目 6月21日(木)  郡山 → 猪苗代湖



5:50 ホテル出発
今日の目的地は猪苗代湖。待望のキャンプをする積り。距離は40㌔くらいなのだが、上の標高図のように最終的には500㍍まで登らなくてはならない。そして猪苗代湖直前、中山峠に500㍍越えの剣呑なトンネルがある。その意味で、かなり苦労の走りになりそうだ。コースは基本国道49号線。越後街道とか会津街道とか呼ばれる。天気は曇り。

7:12 16㌔
殆んど登りで、熱海トンネルを避けつつ脇道に入り磐梯熱海温泉到着。薄日になっている。マップルによると公共の「足湯」があるらしいのでなんとか見つけたのだが、時間が早く「営業」していない。 元栓が締められている! 早朝出発だと、しょっちゅうこんな事がある。ちと、残念。

8:40頃  中山トンネルに差し掛かる。
地元のおじさんに聞いたところでは迂回路があるという事なのだが、着いてみると、確かにそれらしいモノはあったが、100㍍ほど先には鉄パイプのバリケードがあった。それを押しのけてさらに進むと、もうひとつが立ち塞がり、これは梃子でも動かせそうにない。しかも自転車が通れる隙間もない。もちろん、戻る気もないので、止むを得ず荷物を全部下ろし担いで乗り越えた。その後も舗装が終り、がけ崩れの後を越えて、やっとトンネルの先の本道に戻る事ができた。

(迂回路が右に伸びる)
(迂回路の航跡)


9:00 26㌔ 迂回路を抜ける 17℃ 丁度程好い気温だ。

9:20 30㌔ その後は殆んど平坦な道を行くと待望の猪苗代湖畔に出た。


しばし「第一目標達成!」の思いに浸りながら湖畔の公園で休息時間を過ごす。これからキャンプ場を決めに行かなくてはならないのだが、風の強さが気にかかっている。

マップルによると一番近場のキャンプ場として「志田浜キャンプ場」というのがあり、そこを目指して走ってはみたが、どうにも判らない。地元の人に聞いてもはっきりしない。お陰でその辺りを2往復くらい余分に走り回った。

11:00 40㌔ キャンプ場到着
諦めて、もうひとつ5㌔程先の「天神浜オートキャンプ場」を目指した。何とか辿り着いて見ると、そこはオートキャンプ場とはいいながら、猪苗代湖でのマリーンスポーツのベースのようなところだった。とにかく落ち着きたかったので宿泊を申し込むと1泊1050円との事。高っ!とは感じたが了承した。管理状態や対応は悪くない。他に宿営者は居ない。

強風のために設営は困難を極めた。自作のブルーシートターフは諦め小屋の陰に設営。

多分、その後何か昼飯を食べたのだろうが、出費も含め記録がないので詳しい事は不明。


午後は軽くなった自転車で、湖畔一帯を15~16㌔程気持の良いサイクリング。磐梯山の頭は雲に隠れていた。また、キャンプ場の直ぐ近くから4㌔弱のサイクリングコースも見つけ走った。帰り道、セブン・イレブンで今夜の食材などを仕込んで戻る。

(当夜の食卓)

夜半に目覚めてタバコを吸ったが、その時は雨は降っていなかった。

走行距離 56.55㌔ 最高速度 34㎞/h 走行時間 4:34 平均時速 12.4㎞/h