2023年5月25日木曜日

愛人一号(多分)最終形

22日に新宿で大学のクラス会がありました。7人参加予定のところ一人コロナに感染してしまい6人出席でした。全員よく食べ飲みましたね。そしてよくしゃべる。自分も嬉しくなってしまいました。驚いたのは「実はあの時はね…」という事実が出た事です。半世紀以上経たないと、逆に言えば「もう時効だろう」という事を皆持っていたなんて驚きでした。きっと墓場までは持っていけなかったんでしょう。

そして23日は定例の「内分泌内科」(糖尿病関連)の検査、診察に行ってきました。決して絶好調という事では無かったのですが、取敢えず問題なし、といったところでした。ただ、前回の時から「骨粗しょう症」の前兆が出ているという事で薬が処方されそれは持続しようとなりました。そして血糖値を下げる事に関してはインスリン注射をやめて、薬物に変更しました。そんなこんなで、毎朝5錠も薬を飲む羽目になりましたがまあ、止む無しといったところです。

そんな近況ですが、いよいよ「ささやかな野望」 への秒読みが始まりました。

仙台から大間まで愛人1号で繋ぎたいという思いが、出来るうちにという思いと共に強くなり6月の下旬頃を目途に動き始めました。只その間500㌔を一気に…というのはためらわれ、取敢えず「テスト」として、仙台⇒盛岡(約200㌔)を走る事にしました。一週間の予定です。

コースを地図であたり、部分距離を積算して構想を練っている内に、実は盛岡から北40~50㌔のあたりが高原地帯となりヘタレの私としてはいささか臆病にならざるを得ませんでした。そこでさっと頭を切り替えるのが年寄りの知恵というもので、目的は仙台から大間まで「自転車で足跡を残す」なので「逆方向でもいいじゃん」とした次第です。つまり、今回は盛岡まで新幹線で行き、さらに「何とか銀河鉄道」にて高原のピークまで輪行して、そこから逆に仙台まで走る。結果が良ければ、その仕上げとして(多分今秋)そのピークから大間まで約300㌔走るという構想です。

その第一として愛人一号の整備にとりかかった次第です。ここからが今日の本題です。

以前記したように前後タイヤ・チューブと後ろブレーキワイヤーの交換は済ませてあり、つい最近、前のブレーキワイヤーと変速機のコントロールワイヤーを新品に取り換えてもらいました。(これは予想以上経費がかかりましたが走りの快適性と安全に関わる事なので必要経費です)その結果には十分満足しています。

改装の結果が下の写真で、その全体像です。すっきりしましたね。

今回の整備の目的は「輪行」をしやすくする、折りたたむのに邪魔なものは取り去る事なので①以前自作した後ろのアルミの荷台を外し、その代わり簡単に取り外しできる荷台を購入しました。輪行時には新規購入の防水バッグにしまって移動し、いざ走るときに取りつけます。この上に先程のバッグを載せ括りつけます。②ハンドルに取りつけていたフロントバッグ用のアタッチメントを取り外しました。今回のツーリングには「しまなみ海道」で使用した大型の改造フロントバッグを使う予定なので不要となりました。大きくはこの2点です。
その他。上の写真のサドルバッグはツーリング時には使用しません。中身はツール類、ライトなのですがそれらはフロントバッグに収納します。四角の小さく見えるリアライトですが、これは今回新調しました。充電可能な高輝度なLEDランプです。センサー付きで暗くなったり、振動があった時には自動的に点滅します。ブレーキをかけると3秒間点灯するというのですが未確認です。本番ではサドル下に直接取りつけます。
これは新調したワイヤーキーです。従来、チェーンキーを小ケースに入れサドル下にぶら下げていたのをよりスマートな形にしました。
死蔵されていた空気入れはハンドルポストに括りつけました。これなら折りたたむ際に邪魔になりません。
先程記したようにフロントバッグのアタッチメントを外したので、ハンドル廻りがすっきりしました。バックミラーは輪行時には外します。多分サイクルコンピュータも外します。

以上が今回のツーリングのための改変でした。今日も夕方、近場を10㌔程走りましたが本体は極めて順調でした。

後は体調維持、強化ができれば申し分ありません。

2023年5月11日木曜日

また訃報  原 尞

昨日、毎朝恒例の血糖値検査キットの針と電極 (一日一回の使い捨て)が無くなっている事が発覚しました。別に落としたとか捨ててしまったというのではなく「まだある、まだ残っている」と思い込んでいただけの事なのですが、病院へ問い合わせたところ、明日の午前中にA2の受付に来れば出しますとの事で、早速今朝出向きました。思ったよりスムースに事は運び、支払いまで(と言っても本日は請求ゼロ円)1時間とかかりませんでした。

家に戻り改めて新聞を見ていると原尞さんの訃報が眼に飛び込んできました。


原尞という作家は私の読書歴の中ではそれ程のボリュームを占めているわけではありません。寡作で早川書房からしか著書を出さないので、それは当然なのですが、どこか引っかかる作家でした。

ハードボイルド」という分野はなぜか日本ではそれほどブームになる事はありませんでした。ハードボイルドの定番は、私立探偵、美女(薄幸・若しくは絶世の)、暴力・拳銃といったところですが、どれも日本にはなじみがありませんので、それ程の大ヒットにならないのでしょう。ハードボイルドの定義は読者の数だけあると思いますので省きます。それにしても早川からしか出さないという姿勢もハードボイルドではありませんか。

私自身、大藪春彦のバイオレンスにぶったまげた高校生時代以来、一般教養としてチャンドラー、ハメットの作品はいくつか読んだのですが、その系統に溺れる事はありませんでした。長ずるに及んで、結城昌治や生島治郎、大沢在昌など「それ系統」のものを経て原尞さんに至ったわけです。


きっかけが何だったかは全く覚えていませんが、「あっ、これ、本物のハードボイルドだ」と興奮したものです。本人がジャズピアニストだという点も納得の作風です。

もし未だお読みになっていないようでしたら、お勧めです。決してご損はさせません。

2023年5月5日金曜日

5月3日八景島

5月2日昼頃、ほぼ下記の内容のLINEが娘からありましたが、その後決定連絡が無かったので、多分家庭内の事情でまとまらず、この計画はなくなったと思っていたところ、突然翌3日の朝、既定事項のように下記のLINE連絡があり行事がスタートしました。私は愛人1号使用です。

 「おはようございます。本日、まあくん➡️家から八景島までランニング 子どもたち➡️岸根経由で八景島まで自転車 私➡️岸根経由で、母をピックアップして八景島まで車」

実際は娘は自宅まで車で来て、ここからは家人と一緒に電車で行くことになりました。何となく去年の「しまなみ海道」の様相を呈してきました。まあくんの達人・変人ぶりも健在の様です。

孫A・Bと家を出て表通りに出たところで、丁度まあくんが向こうから走ってくるところと出くわしました。速い❕ 簡単にルートを打ち合わせ、いったん別れたのですが、途中の八幡橋の神社で小休止をしているところで追いついてきました。速い❕ ここまでが我が家から15㌔程、まあくんと孫A・Bはプラス10㌔です。

            
お祖父さん(私)とA・Bは目標通り12時位に八景島到着。22㌔。まあくんは10数分後に到着。

実は息子親子も八景島に先に車で着いていて、当地で合流という話が出来上がっており、5歳の孫CもA・Bに遊んでもらえるのを前の晩から楽しみにしていたという事で、休む間もなく入園して、先に到着していた家人、娘達とも8人の団体が奇跡的にほぼ予定通り合流できた次第です。

とにかくものすごい人出です。しかも上天気。ABCは色々なアトラクションを楽しみ倒し、私は日陰を選んでゴロゴロしておりました。

問題は帰途です。腰が引けてたAは当初、自分の自転車をまあくんに託して、本人は車に便乗するつもりだったらしいのですが、私が息子の車に便乗して、まあくんが愛人一号で我が家までABを連れて帰る事に同意してくれたので目論見が外れしまいました。たまには親子3人のサイクリングも良いものではありませんか。それにしてもまあくんには驚かされっぱなしです。                                

                                             (娘が作成)                   

息子親子は我が家泊りで、その後もいろいろな事が起きましたが、何ともせわしくも楽しい連休イベントでした。