2011年9月22日木曜日

2011ツーリング 6日目(8/23)

5:00 起床 パン一枚の朝食 天気予報では曇り時々雨、リアサイドバッグにはカバーをかけて


5:45 出発


今日の予定は佐伯(さいき)を通り津久見までの約80㌔。殆んどが内陸部を走る。という事は、かなり登りが多いだろうと覚悟をする。


走り始めてしばらくは日豊本線と北川に沿った谷間のR10を進む。交通量はそれほどではなく、トンネルは短く危険は感じず、体も順調で、しかも早朝、さわやかなサイクリングだ。下の写真は22~23㌔地点で8:00頃。もうすぐ宮崎・大分県境というところ。日豊本線と交差します。



8:15 27㌔ 大体県境


「大分へようこそ」という看板はこの先にあったが、下りでスピードに乗っており、また小さかったのでパスした。大体、県境・市境というのは峠のピークにありちと苦しむところ。ここもご多分に漏れず、近くの旧道では「宗太郎越」と呼ばれる峠になっている。ここR10でも私は歩いた。歩く事に殆んど屈辱感を感じなくなっている。只、快適に歩けるかどうかだけが問題なのだ。
9:15 37㌔ 重岡駅

県境の先にはトンネルがあり、恐らくその辺りが分水嶺となっていたのだろう、そこを越えると下りとなる。その途端に雨が激しくなり「重岡駅」で10:00まで雨宿り。これも判断が難しいところだ。雨宿りは、しばらく待てば雨は収まるという判断の下にするのだが、これの判断が外れたら(一向に雨が収まらなかったら)只の時間の無駄になってしまう。今回は正解だった。

重岡の町は小さな町だが、駅も無人駅だった。

以後は快調な下りが続き(嬉しい)。

10:30 48㌔  直川まるごと市場
のり巻き弁当の昼食を摂ったり、ソフトクリーム(滅多に食べない)を食べたりして休憩

11:30 出発

直川から10㌔程で番匠大橋に至る。番匠川に沿って右折しR217を行けば佐伯に出るのだが、河原で水遊びをして、近くの「道の駅やよい」に寄ってしばし休憩(本当に休んでばかりという感じだ)。

改めて手持の地図を見直すと、必ずしも佐伯中心部を通らなくても津久見に至るショートカットコースがあることを発見。県道36号線(佐伯津久見線)だ。そう言えば佐伯には何も思い入れはない。事前の調べの時に何となく通過点として設定しただけだ。大昔「佐伯鶴城高校」というのが水泳が強かった記憶があるくらいだ。当然パスすることにした。

例によって内陸ルートには峠が待っている。そして今回は長い(約1500㍍)トンネル。「彦坂トンネル」という。改めてGPSログを見ると71㌔地点から73㌔地点の間の2㌔くらいは歩いている。そしてその間150㍍登っている。

写真はトンネル手前の駐車場だが、休憩をとり息を整えトンネル越えの覚悟を決めているところ。この彦坂トンネルには歩道・側道はなく、50㌢ほどの点検通路があるだけなので走るより他に方法がない。見たところ下り基調なのがわずかに救いだ。私のように脚の弱い自転車旅行者は登り基調のトンネルは地獄の苦しみとなる。そもそもがトンネルが怖いので、一刻も早くそこを抜けたい、しかしスピードが出ない、どんどん筋力が抜けていくのが自分でもわかる、そして焦る…。

準備だけはしっかり点検。まず、積荷の固定具合。反射安全ベストの着用。リアライトを2つ点灯。ヘッドライトの点灯確認。車はまとまってくる習性があるので、両車線の一団が過ぎた直後を見計らって突入。15:00 74.6㌔ トンネルを抜ける。途中経過の定かな記憶はないが、後続車接近の際には(こんな時にはバックミラーが役に立つ)停車して車体を左へ倒してやり過ごしたような気がする。



あとは津久見の町に走り降りるだけで楽勝。駅前で大友宗麟像の記念写真を撮って、ホテル探し。意外と手間取る。



16:00 ホテルチェックイン。



町では一番大きなホテルに落ち着く。ツインしか空いてなく、それでも1泊4,800円。夕食はジョイフルでチキンステーキ



本日の走行距離 83.82㌔  走行時間 6:00  平均速度 13.9㎞/h



2011年9月21日水曜日

2011ツーリング 5日目(8/22)

6:00 ホテル 出発


この時期は大体5:40が日の出なので、もう十分明るくなっており、この日は食事をとらずに出発した。本日の予定は最短距離で国道10号に出て、延岡まで約80㌔。


6:50 10.5㌔ 高鍋


走り始めていきなりミニ峠(後で確認すると標高200㍍)となり歩く。その後は殆んど下りとなり高鍋の町に至り、R10(日向街道)に乗る。


8:30 30㌔ 都農(つの)神社


走り始めて3日目ともなると大体ペースが決まってきた。まず大体のペースとして1時間ー10㌔、5㌔毎に小休止、10㌔毎に中休止、昼食時に大休止。小休止は目安5分、飲料をキャップ一杯。中休止は10分・飲料二杯そして煙草。それぞれ日陰で「ちょこん」とでも座れる場所を選ぶ。これだと走っている時のメーター表示は20㎞/h前後。以前は22~25㎞/hが常態だった事を思うと、ちと悲しい感じもするが、暑さと体力低下の関係から止むを得ない。


都農川を渡ると直ぐ右手に都農神社(下の2枚の写真)がある。地図にも記載があり、ここで途中で買った牛乳でパンを食べようと軽い気持で立ち寄ったのだが、ここは「日向一ノ宮」という格式の高い神社だった。例によって「神武天皇」がらみの高い格式と由緒をもっている。日向は凄い!





そこから10㌔程で耳川河口に出る。(下はビビリの走りの跡と漁港から見上げた耳川橋) この耳川橋は幅員が狭く、もちろん側道はなく大型車の交通が激しくとても危険に思え、走り渡る度胸がなかった。止むを得ず一旦下まで降りて、改めて歩行者用の狭い側橋まで登り、歩いて渡った。すると降り口に導かれるままに下っていくと美々津(みみず)漁港に着く。


ここで、半身浴をした。港の岸壁にはステップが切られているところがあり、それは海中まで続き、水は澄んでいて、気持ち良さそう。幸いな事に足はクロックス、そのまま海に入れる。火照った体を冷やすのには全身浸かりたいところだが、そうもいかないので太もも以下に留める。いやー、気持ち良かった。サウナではないが、3分間を5セット位やったろうか。傍から見たら、一体何をしているように見えただろうか。幸い無人だった。



10:40 41.93㌔ 道の駅日向


きちんとしたもの(ご飯類)を食べなくてはと思うのだが、水分を摂りすぎているためかあまり空腹感がない。ここでは「温泉卵うどん」を食べた。激しく走っているわけではないので、これでもいけるだろうなどと考えながら…。


さらにR10を10㌔程北上すると日向市に至る。ただ通り過ぎただけだが、以前、といっても十数年前まで、川崎間にフェリーが運航されており、私は日向→川崎で2回利用した事がある。もし今も存続していたら、多分、今回、川崎→日向で利用したと思う。首都圏からのフェリーはどんどん減っているのだ。


更に10㌔程のところに土々呂(ととろ)がある。面白い名前なので駅の写真でも撮っておこうと思いながら町中を走っていると、いつの間にか町から郊外へ出てしまった。行き過ぎてしまったのだが、戻って駅を探そうかどうしようかと迷いながらもしばらく走ってしまった。


でも、2度とここに来る事はあるまい、今ならまだ取り返しがつくと決心し、通りすがりの人に位置を聞いて戻ったのだが、2㌔以上のの道程だった。せっかくなので駅の写真は携帯でも撮り、友人に送りつけた。



下の写真は土々呂のコンビニの冷凍ケースだ。問題は右手の「書かれた商品だ。今回どれだけこのお世話になった事か。本当にお世話になりました。


多分関東では売っていない。メーカーは数社あるが概ね北九州製。何ということはなく、かき氷をいちごシロップをまぶしてポリエチレン袋に詰めただけのものだ。何故かいちご色のものしかない。九州名物と書いてはあるが、中国地方全般、近畿の一部でも売っていた。これまでは「ガリガリ君」一筋だったのが、もう浮気というより離婚・再婚に近い状態に変わった。値段は同じ62円。


どこがそんなに良いかというと、ガリガリ君との比較において長持ちがする。ガ君は買ったら直ぐその場で食べるより方法がなく、往々にして陽が照っているコンビニの店先で食べなくてはならないケースが殆んどだが、こちらは氷の緩い塊で、且つ袋に入っているのでチビチビ長時間かけて食べる事ができる。また万一溶けてしまっても、冷いシロップとしては飲める。小さいながら袋に入れて渡してくれるので、これをハンドルにぶら下げて、1㌔走っては少々、また1㌔走っては少々と3㌔くらいは走りながら楽しめた。 … 何をバカな事をしていると思われるかもしれないが、そんな風に自分に餌をぶら下げて上げないと根性のないおじさんは長時間は走れないんだよ。


それともう1点、買ったら直ぐこれを首筋に当てると非常に気持が良く、体温も一気に下がるような気がして、しばらくはタオルで首に巻いて走った事もあった。


15:30 79.59㌔ 延岡市内 ホテル チェックイン


延岡は旭化成の町だ。駅近くにはちゃんとした?ビジネスホテルがあるのだが、私はややもすると上の写真のようなホテルを選ぶ傾向がある。見かけやセキュリティは気にしなくても良いのだから、基準は値段と自転車の扱いだ。値段は安くても、自転車は店頭の路上に置けなどという所は、こちらからご遠慮した。そんな面から、ここ「ビジネスホテル七福」はベストに近い。


夕食は余り食欲がなくモスバーガーで済ませる。


本日の走行距離 79.59㌔  走行時間 5:31  平均速度 14.3㎞/h

2011年9月20日火曜日

2011ツーリング 4日目(8/21)

(毎日の軌跡はGPSのログをGoogleーMapに落とし込んだものです)



5:15 起床


パンとコーヒーの朝食をとり着替えをしてから


6:45 出発


今日の予定は「西都原古墳群」を見に行き、その後、行ける所まで行こう、というアバウトなもの。


時々雨の天気予報なので、リアサイドバッグにはカバーをかけ、フロントバッグも直ぐにカバーをかけられる態勢で出発する。昨日トンネルを出てしばらく戻るようなコースで下ってきたので、今日はいきなり登りから始まるが、朝一番の走りとして、快調にスタートする。


8:45 22㌔ 宮崎中心部


途中、観光地青島等を通り、R220で宮崎市内に入る。


宮崎市内にはこれといった目的物は何もない。ただの通過都市なのだが、市内を流れる大淀川に架かる橘橋を渡る時、ふと思い出したことがあった。

家人の母方の祖母(故人だが私も可愛がってもらった)が宮崎の名家の出なのだが、何でもその彼女の父親だか、祖父だかが亡くなった時、遺産の中に大淀川河口近くの「中洲」があり、その処理が結構大変だったという話しを聞いたことがある。当時は、「中洲」なんてかなり不安定なもので、そんな土地にも所有権があるんだなあ、と面白く感じたものだった。

そこで、その中州ってどこだろと橋の上から眺めてみたが、その中州は見当たらなかった。

宮崎からはJR日南線から離れ日豊本線沿いに北上するのだが、なるべく海岸線に沿って進む積りで「一ツ葉道路」へ出ようとしたのだが、行ってみるとそこは自動車専用道路で、戻って内陸よりの道路を行かなければならなかった。その後もこのようなケースが度々あり、その度に「クソッ」と思ったものだが、今思えば、そのほうが反って静かな道を走れたような気がする。

10:40 39㌔ すき家にて早めの昼食(ハンバーグ定食)

11:20 出発

12:00 44㌔ 一ツ瀬川に架かる日向大橋

実は先程の「一ツ葉道路」が終わったあたりが「宮崎佐土原西都自転車道」の起点となって、「西都原古墳群」まで通じている事が、そこにに行ってみようと思った理由の一つでもあるのだ。せっかく自転車道があるのだから、なるべくそれは走ってみたいではありませんか。この自転車道は一ツ瀬川を遡るように古墳群に通じているので、途中からではあるが日向大橋南側から自転車道に入れるというわけだ。

以前から、雨は降ったり止んだりを繰り返していたのだが、このあたりから、特に降り方がひどくなる事が多くなってきた。そのためにカメラが入った小バッグをフロントバッグに納め、そこにカバーをかけてしまうので、写真を撮る機会が殆んどなかった…、これは本日の写真が2枚しかない理由。

そんな雨があったにせよ、この自転車道は正解だった。これまでで、一番気持ち良く、周囲の風景を満喫しながら、ああこれがサイクリングかあ等と思ったものだが、ほんの10㌔程で国道219号(米良街道)に合流してしまった。

13:30 60㌔ 西都原古墳群 着

古墳群自体が高台にあり、西都の町からはかなりの急坂を登らなければいけない。当然歩いた。雨は殆んど上がっている。










殆んど予備知識がなく訪れたのだが、いやあ、広大なものだった。自転車で走り回るのには丁度良いが、歩いて回ったらさぞ大変だろう。上の写真は古墳群の一画を見下ろしたところ(これでは広大さも古墳も何もわからないね)、下は資料博物館。
本当に日向は「神話の国だなあ」と思う。ここも当時一大勢力のあった地方豪族の古墳群かと思うと、なんと宮内庁が所管するご陵墓が二つもある。要するに天皇家のルーツとも関係があるらしい。それだけではなく、何箇所か立ち寄った神社も、その由来を読むと、ごく普通に「神武天皇」の名前が出てくるのだ。これは絶対に、こちら関東には見られない事だ。「神武東征」を実感する。

さて、これからどうするかだが、大して疲れたわけではないが、雨模様ではあるし無理する事もないな、などと理屈をつけて本日は西都泊りにした。


15:00 64.22㌔ ホテルチェックイン

コインランドリーで洗濯。夕食は町のレストランで豪華ステーキ膳

本日の走行距離 64.22㌔  走行時間 4:17  平均速度 15㎞/h

2011年9月18日日曜日

2011ツーリング 3日目(8/20)

7:30 ホテル出発

近くのコンビニでインスタントラーメン、食パン、ジャム等を買い込んで

7:45 きちんと出発
8:20 7、8㌔地点。

鹿児島県から宮崎県(串間市)へ入る。(コース図で左の赤ピン)自転車では始めての県だ。さらに5㌔程志布志湾沿いを走って、福島今町付近で、都井岬を先端とする半島?部分を横切り日向灘へ抜けるコースへと入る。JR日南線とほぼ並行する国道220号線だ。

10:45 39.50㌔ ちょっとした峠(少し歩いた程度)を越えて日向灘の初めての町、南郷の目井津漁港に出る。実は九州部分については「ツーリングマップル」ではなく、地図ソフトをプリントアウトしたもの(約20枚、1cm→1㎞)を使用しており、そこには要所要所に図上で計測した距離を記入しておいたのだが、その地図上では目井津までは28㌔となっている。実測値は39.5㌔、この誤差は大き過ぎる。もちろん実測値を信じなくてはいけないのだが、これでは今後のツーリングプランに齟齬が生じてしまう。

もちろん、その他にもルート距離計測ソフトで測ったデータは持っているのだが、当面は持参の地図で移動するので、自分で記入した数値より少し大目に意識して走る事にする。

11:45  46.5㌔ 油津着

丁度昼時なので食堂はないかと町中を走るのだが、手頃な店がない。たまたま見かけた「何でも屋さん」へ入ると、パックに入ったご飯やお惣菜があったので(どれも1パック100円)それらを買って中で食べさせてもらった。というのもその頃は相当気温が上がってきており、とにかく「涼」が欲しかったのだ。

さらに面白い事に、その店は何故か「ナノ水」(説明は聞いたのだがよく理解できなかった。ただ体に良いものだという事はなんとなく分かった)を頒布していて、食事の際にも大きなコップに入れて出してくれた。冷たくて美味しかったので、もう一杯お願いした程だ。おばちゃんがあまりにホイホイ飲ませてくれるので、厚かましさついでに、丁度空になっていたサーモスにまで満たしてもらった。そこに家から持参の粉末ポカリスエットを溶かして、これで午後の「冷たい飲物」の確保できた。本当にありがとうございました。

12:30 油津 出発

ここからは日南線から離れ「日南フェニックスロード」と呼ばれるR220を進む。

15:30 75.3㌔ 内海 

海岸沿いで景色は良いのだがそこここに峠がありその度に歩いた。途中お目当ての「オーシャンヒルキャンプ場」に立ち寄ったのだが、ライブコンサートがありキャンプサイトは駐車場になるのでと断られ、それ以降は、「今日はどこでテントを張ろうか」を考えながら走る事になる。とにかく青島まで行けば何とかなるだろうと思いながら走ると、堀切峠(あとで調べると、わずか62㍍)越えで疲れ切ってしまい、長いトンネルを越えた後(トンネル内でひと休みした事は滅多にない、よほど疲れていた証拠)、旧道をUターンする格好で「道の駅 フェニックス」に向かった。

16:00 79.84㌔ フェニックス着

結局1000㍍超えのトンネルを4つ越えて来た。少なくともその数だけ峠があったわけで、初日にしては疲労が大きかったといえる。ただ、その全てに自転車が走れる安全な側道があったので危険や恐怖感を感じないで済んだのは幸いだった。やはり今でもトンネルか嫌いだ。

まだ明るいので観光客も多く、それらに混じってアイスクリームを食べたり、缶コーヒーを飲んだりして時間をつぶし、薄暗くなり、観光客も居なくなり始めた頃、道路脇の公園風のところにテントを張り(もちろん道の駅の職員には許可?をとって)、夕食のカレーライスをつくり、ベンチでゆっくりコーヒーを楽しみ

20:00頃にはテントにもぐりこみ就寝

何はともあれ膝関節と股関節が問題なく機能してくれたことにホッとした走り出しの日だった。まだまだ先は長い。

下の写真は設営場所風景と、そこから下の海岸を見たもの。かなり高いところにあることがお分かりでしょう。       
















本日の走行距離  79.84㌔

2011年9月17日土曜日

2011ツーリング 2日目(8/19)

船室は2段ベッド4つの8人部屋。4人で使用したのだが、自分のベッドは上段という割り当て。そのせいか暑く、寝苦しく、夜半に室内に置いてあるソファーに移動した。

07:00 起床

航海中はする事もなく、天候はまあまあだったので甲板に出て潮風を浴びる以外は、食事と読書で時間を過ごした。船内販売のおにぎりの朝食、昼飯はカルビ丼、夕食はおにぎりとカップメン。この航海では特に親しく言葉を交わすような人には出会わなかった。

11:15 室戸岬沖を通過

室戸岬を海上から遠望し、「あそこには弘法大師の青年像があったなあ」などと四国を走った時の事などを懐かしく思い出す。持参の文庫本を読み終わってしまい、今後のために、船内図書コーナーの備え付けの文庫本とこっそり取り替えたが、これは内緒だ。

20:45 志布志港入港
21:25 夜間装備をした上で、埠頭出発

21:50 予約済みの市内ビジネスホテル チェックイン

本日の走行距離 2.46㌔

2011ツーリング 1日目(8/18)

フル装備の搭載物は合計23㌔程。そして今回、服装の面で従来と違うのは、雨天対策として履物を「クロックス」にした点だ。これなら濡れても平気だし、そこそこ足の保護にもなるし、「歩き」にも対応できる。ただ、耐久性が心配だったが、結果的には全く問題がなかった。

11:30 横浜の自宅を出発

やはり相当に暑かった。特に後頭部の日射がきつく、途中からはヘルメットの後部からタオルを垂らすようにした。

13:30 日の出桟橋 到着

水上バスで「国際展示場」まで。 レインボウブリッジが自転車では通れないので、水上バスという事になるのだが、それを使わないと、都心を抜けて晴海通り、勝鬨橋を通って有明埠頭という10㌔を走る事になる。(帰路はそのコース)しかし、何故かそれを走る気にならず、前回もそうだったが、この水上バスに自転車のせ(料金合計600円)有明埠頭に移動するのが習慣?となっている。
               
14:45 埠頭のフェリー乗り場到着

乗船はマルエーフェリーの「飛龍21」

9200トン、乗客92名のどちらかというと、コンテナーフェリーと言った方がよいような船だ。現在多く就航している大型外洋フェリーに見られるような「客船」の要素は少ない。大浴場はないしやレストランも大した事はない。それにしては合計運賃の25,400円は、ちと高いような気がするのだが…。

乗り場といってもターミナルビルがあるわけではなく、冷房などもないプレハブの小屋程度のものがあるのみで、17:00の出航時間まで2時間以上時間をつぶすのは結構大変なのだが、コンテナーの積み込み作業というのは見ていて意外と面白いもので飽きない。

他の乗客の動向も気になるのだが、自転車旅行者はいない。目立ったのは沖縄方面へ野外活動に行く、全く初心者にしか見えない学生のサークルくらいだ。静かな船内生活を願うばかりだ。

16:30 洗面用具、シャツの着替え、文庫本のみをまとめてナップザックに入れて持ち込み荷物として、自転車をフェリーに積み込み

17:30 30分ほど遅れてフェリー出航

夕食はハンバーグ定食

本日の走行距離 29.31㌔

2011年9月13日火曜日

本日ツーリングから戻りました

先月の18日に自宅を出て以来27日間(内、実走は22日)のツーリングが終わりました。

第1ステージ 九州鹿児島、志布志→国東半島、竹田津    469キロ
第2ステージ 山陽地方、徳山→尼崎                413キロ
第3ステージ 半島縦断、尼崎→舞鶴                125キロ
第4ステージ 山陰地方、舞鶴→門司               706キロ
その他地元移動                           67キロ

合計1780キロの行程でした。事前の調査による距離計算より実走距離の方がかなり長いという思惑違いや台風による足止めなどで、特に後半スケジュールがタイトになり、ショートカットコースをとったり、1日の距離としては少し無理気味に走ったりしましたが、何とか無事に、1日の余裕をもって戻る事ができました。

色々な事がありましたが、いつもながら終わってみればとても楽しいツーリングでした。多分今までで一番長いツーリングではないかと思います。今回のツーリングを一言で言うと「冷たい水分ー氷を如何に確保するか」が中心課題だったような気がします。とにかく暑かったのです。真夏のツーリング自体が初めてだったこともあり、汗がとめどなく無く流れ、とにかく水分を必要としたものです。それも、より冷たいモノがとにかく嬉しいのですから、どうしても「サーモスに氷」という事になります。アイスキャンディでは長持ちしませんので…。もちろんアイスキャンディの類はたくさん食べました。(しゃぶりました?)ある日などはオーバーに言うとコンビニがある毎に買ったものです。何がメインだったかは後程報告いたします。「氷」の話しです。

今回はテント泊まりはたったの1泊だけで(山陰部分ではキャンプ用品を自宅へ送り返してしまいました)殆んどがビジネスホテル、民宿だった事もあり、出発時にサーモス一杯の氷をいただきました。これはどこでも気持ち良くやってくれました。感謝です。そしてそこに500ミリリットルのペットボトル茶を注ぐのですが、当然半分近くは残ります。もちろんそれは積んで行きます。自分なりの基本ルールに従って休憩をとり、そのときサーモスからキンキンに冷えたお茶を飲むのですが、正に「甘露、甘露」(少し古い!)という感激です。そして減った分は、先ほどの残りから足していきます。これを繰り返すと、大体昼頃にはお茶がなくなります。

昼飯は基本的には道路脇の食堂です。ここでも氷をお願いします。まず断られる事は無く皆さん好意的にして下さいます。キューブの氷ではなく、わざわざ塊をアイスピックで砕いてくれたところもたくさんありました。本当に嬉しかったなあ。そしてまたお茶を満たします。結局それは午後一杯はもたず、最後は常に持っている1リットルの予備の水を加えるのですが、まだ氷自体は残っている事が多く、十分に喜びの種になり得るのです。

そんな生活でしたからホテルにチェックインすると直ぐに「氷を下さい」とお願いして、とにかくサーモスから氷がなくなることのないようこだわったものですし、部屋に冷蔵庫があれば、節電などクソ食らえと強度を最高にして製氷に励みました。こんなに氷にこだわった自転車旅行者はかっていなかったと思います。

それから「日陰」と涼しさを求めたツーリングでもありました。あるルールで休憩をとるのですが、それも日陰次第なのです。ちょっとした軒下の日陰でもいいのです。道端の木陰でも結構。田舎の小屋になっているバス停なども格好の場所でした。コンビニは微妙です。そこではアイスものを買うのですが、基本的には買った後には外へ出なければならず、何故かコンビニの店先には日陰はなく、ましてベンチのあるところなど殆んどありません。贅沢は言いませんが、やはり日陰で座って食べたいのが人情ではありませんか。たった一軒ですが、「ポプラ」というコンビニの中にテーブルコーナーがあり、冷房の効いたところでアイスを食べた時など、もう動きたくなくなった程です。食べ終わった後も「もう少し涼ませてください」とお願いをしてしまいました。

これだけ冷たいモノを飲み、食べ続け、夜は冷房の効いた部屋で殆んど裸で寝て、おなかももこわさず、風邪も引かず走り通せたのは、少しですが自信の素にはなりました。もしかしたら、来年もツーリングに出られるかもしれないと密かに思い始めております。

これから、ツーリング記録を載せていきますので、よろしかったら覗いてください。