2012年7月26日木曜日

6月29日(金) 12日目

第12日目 6月29日(金) 由利本荘 → 能代

 旅行記とは関係ありませんが一首
 
新しき 生命(いのち)産まれぬ朝ぼらけ
           7・26 結(ゆう)ちゃん記念日 

後日、(ゆう)ちゃんはちゃんと正式決定しました) : 2012.8.15 記

4:00 起床

(4:05 設営場所)

ラーメン・おにぎりの朝食・洗顔・歯磨き・排便・撤収作業等フルセットを終えて

5:40 出発 天気は晴れ

マップルに拠ると「快適なシーサイドライン」、R7酒田街道(羽州浜街道)を8㌔程北上すると

6:25 下の写真の道路標示 

概ねこの時点で、今日の宿泊地は能代と決定、さあ、あと95キロだ。

ところで、本日のテーマは八郎潟。かつて日本第2位の湖だったが大規模干拓で、今はわずかな水面が残っているという、その姿を見ることだ。

今日も例によって側道を走っている。しかし、以前書いたが、突如無くなってしまう事があったり、路面状態がデコボコで走行不能だったりするのだが、下の写真のように雑草が覆い被さり走行不能だったりもする。道路管理は非常に手間隙・費用がかかることはわかる、が、一方では、地場産業として「道路保守」が結構大きな比重を占めているのではないかと思う事がしばしばある。道路がある限り必要な「公共投資」なのだ。

(R7 7:00頃の側道、ここでは歩いた)

7:30 20㌔ 道の駅 岩城 その寸前のローソンでカフェラテを飲み一服し、ここは素通り。

しばらく行くと、「日本ロケット発祥地」碑 という表示があったが、その入り口が判らず素通りした。私が子供の頃、東大の糸川教授が中心になって、ここから日本海に向けてカッパロケットの打ち上げ実験を行っていたところなのだ。糸川教授とは元職時代何度かお目にかかった事がある。私が「この人は天才だ」と感じた数少ない人のひとりだが、それ以前ににいろんな意味で奇人だった。
(R7 8:06 バス停 本数が少ない)

9:15 41.62㌔ 雄物川の鉄橋・運河にかかる橋を渡ると正面に秋田の町が広がる。だが、今回は寄らずにR7を進む事にする。


(上2枚とも R7 9:15 秋田市街寸前通過)

9:40 47㌔ 秋田港のセリオンリスタ(タワーがあり展望が良いらしい)に立ち寄るが自販機のアイスクリーム(グリコ)を食べただけでスルー。

10:30 55㌔ 追分の町の郵便局でいささか現金をおろす。今回のツーリングでも、「ケチル」という意識は微塵もないが、意外と経費がかかっていないような気がする。宿泊数の割りにはキャンプが多いからだろうか。

例によって、10:30過ぎの最初の食堂で昼飯を、と考えていたが、またも、やっと11:10 59㌔の食堂で塩ラーメンと野菜炒めのランチ。もうそろそろ八郎潟が近い。

 
(R7 八郎潟付近の軌跡)

11:40 61㌔  やっと、左側が元・八郎潟という地域に差し掛かり、しばらくして、残った水面(八郎湖という呼び方もあるらしい)を見に左へ転じた。

(多分この辺りも埋立地、広大な田んぼが広がる)
(橋の上から湖面を望む)

何とか湖の水際まで近付こうと試みたが、適当な道が見つからず、橋の上からやっと湖面を見渡せただけだった。もっとも、埋め立ての中心部には入り込む事まではしなかった。

12:45 76㌔ 八郎潟を離れR7に復帰する。

13:32 北緯40度の標識。何でも西はマドリッド、東はフィラデルフィアと同緯度だそうだ。 


13:40 85.3㌔ 道の駅 琴丘

実は昨日午前中、道の駅 鳥海で見かけたひとりの男が気になっている。最初はその道の駅の近隣の住民で、買い物とか用足しに来ているのだろうと思った。普通のママチャリに普通の服装でいるのでそう思ったのだが、後ろの荷台に大きなボストンバッグを括り付けているのが印象的だった。
その後、10㌔以上進んだ信号待ちか何かで一緒になり言葉を交わし、(当然近場の人ではないなとわかっていたが)聞いてみると、愛知県の豊田からの旅行者だという。別にどこがというわけではないのだが、どこか所謂チャリダーとは違う趣で、出来ればあまりお近づきにはなりたくないなとは感じた。
ところが、私とは進むペースが同じくらいなのだろう、いつの間にか視界に入ってきて、つかず離れずで走っていた。泊まろうかどうしようかと迷った西目の道の駅でも顔を合わせていた。

今日は一度も姿を見ることも、顔を顔を合わせる事もなく、すっかり男の事は忘れていたら、昼を過ぎてまた顔を合わせることになったのには驚いた。普通ならここで記念写真を撮ったり、これからの予定や、いろんな話で盛り上がるところだろうが、そんな気配はいささかもわかず、一言「やあ」と声をかけただけだった。

下の写真はその男の自転車なのだが、これも隠れるようにして撮ったモノです。
ヒョッとすると、彼はものすごくベテランの自転車旅行者で、いろいろ試した挙句のスタイルがこれだったり‥‥、そんなことはないか。


最後の25㌔は北風に悩まされ、5㌔毎にお茶休憩をとりながら、ようやく東能代(能代はR7を離れ、R101を北上したところにあり、大館に向かうコースからは外れる)のビジネスホテルに

16:00 チェックイン

夕食はすき家でとん汁とおろしポン酢の牛皿(2倍)定食

また、例によって能代については何も知らぬ。

走行距離 108.82㌔ 最高時速 35.5km/h  走行時間 6:49 平均速度 15.9km/h

2012年7月24日火曜日

6月28日(木) 11日目

第11日目 6月28日(木) 酒田 → 由利本荘

昨日のページで「鶴岡」について何の知識もないのでパスしたが、ひょっとしたら寄り道をした方がよかったかも…、という迷いを書いていたが、今日(2012・7・23)になって、その迷いが裏目にでた事が判明してしまった。

気になって確認してみると、鶴岡は藤沢周平の傑作「蝉しぐれ」などの一連の作品の舞台、「海坂藩」のモデルとなった酒井家の荘内藩の藩都だとわかった。映画になった「たそがれ清兵衛」や「武士の1分」のロケもそこで行われたという。今でも藩校をはじめ歴史的建造物が多数残されているそうだ。そして藤沢さんの記念館もあるらしい。
実は、そのモデルの町を「角館」だと思い込んでいたのが、そもそもの原因なのだが、今となっては致し方がない。事前の調査を怠った自分が悪い。日程の余裕はあったのだから、一泊してもよいくらいなのに、惜しい事をしたものだ。

さて、本日は、ほとんど計画はなく、松尾芭蕉「象潟や雨に西施が合歓の花」の句で知られる象潟に行って、蚶満寺を訪ねる事とその辺りの珍しい地形、昔、潟の中にあった多数の島が、その潟が地震で隆起して、今では平地にその島が岡として残っているのを見る事を決めていただけで、目的地は成り行き…、という、例によっていい加減なものでスタートした。

7:45 ホテル出発
鳥海山を右に見ながらR7を北上する。

9:05 道の駅 鳥海
ここからは海側のR345をしばらく走る。ありがたいことに、海の上に張り出して側道が作られている。もちろん人は通らず快適に走れる。
 




9:50 24㌔ 女鹿付近でR7に戻る

10:23 26.5㌔ 秋田県に入る

11:20 38.92㌔
象潟の町に入り、マップルに「ラーメン&カレー丼のセットはおすすめ」と書いてある食堂「マサ苑」を捜し求めて行ってみたが、カレー丼はやっていないとの事で「ねぎラーメンとミニマーボ丼」(890円)を注文。

12:00 頃 蚶満寺拝観

(芭蕉像)

(寺からの象潟の奇景)

寺を辞してから、しばらくR7から離れ海沿いの旧道を10数㌔走ったが途中にも下のような地形が随所に見られた。

13:35 53㌔ R7に戻る

今日も概ね側道を走っている。快適な走りができているのだが、時にその側道が消えてなくなることがある。そのような時は当然、車道の左端を走るが、今日に関してはNo Problem。

(R7 13:47 55㌔ : 突如なくなる側道)

14:10 64㌔ 道の駅 西目
ここで職場の同僚達に地元の特産品「サクランボ」を宅送する。
そろそろ、宿泊地を考える頃合になり、マップルにキャンプ場印が付いている「本荘マリーナ」へ予約の電話をしてみると、まだシーズン前でオープンしていないという返事。残念!
敷地内に「にしめ湯っ娘ランド」という温泉施設があるので、覗いてみると、16:00からではあるが、2500円で一食付いて仮眠室で宿泊できるという事だ。その仮眠室を見せてもらったが、薄暗い部屋に、リクライニングの椅子が並んでいるだけだ。一瞬、お世話になろうかと考えたが、後一時間半も待たされる事とこんなに天気が良い日にキャンプをしない事の後ろめたさから、それは断念し、さっきのマリーナがある子吉川の近くに設営場所を求める事にして出発した。

本荘大橋を渡り、左折して町中を河口方向へ進むと「友水公園」という標識があり、直感的に「ここならキャンプができる」と確信し、途中のバス営業所で場所を尋ね、キャンプが可能かどうかを確かめて(大丈夫だと思うとの返事)着いた所が大正解だった。

15:00 頃 公園到着


ここは土手の上。下は芝、東屋があり、近くに水場とトイレがある。これで決定です。眼下には川が流れ、漕艇部の高校生が練習に励んでいる。

ひとつ残念だったのは、この東屋で家族連れがバーベキュウをするというので、20時くらいまでそこが使えなかった事。まあ、そこはよそ者としては遠慮しなくてはならないだろう。

そのすぐ隣で、肉の焼ける良い匂いをかぎながら、こちらは米を炊き、5時半頃カレーライスとスープの夕食をとる。コーヒーを飲みながら夕陽を眺めたりし、まったりと時間が過ぎてゆく。

(18:35 対岸に沈む夕陽)

走行距離 70㌔ 最高速度 39.5㎞/h 走行時間 4:25 平均時速 15.9㎞/h

2012年7月21日土曜日

6月27日(水) 10日目

第10日目 6月27日(水)   岩船漁港 → 酒田


3:00 頃目覚めてしまい、例によって「ラジオ深夜便」を聞く。五木ひろし特集を.聞きながらまた寝入ったが

4:00 起床

5:00 出発
一応敬意を表して「村上駅」で記念写真を撮り(村上については何の知識もない)

5:50 5.17㌔ 駅出発
今日の出発が早かったので多分100㌔は走れるだろう。地図上で見ると「酒田」あたりだ。
R7はここ村上からは内陸部へ入ってしまうので、当然海岸沿いのR345を進む。

(5:40 村上駅)
(6:10 R345 村上の外れで日本海沿いに)



(6:47 R345 側道を行く 走りやすい)

(6:50 同上 快適)

7:10~7:30 30㌔前後 笹川流れ
地図には景勝地となっているのだが、走っている方からは何の実感もない。多少は期待をしていたので、狐につままれたような気持ちだ。
 
(7:26 その笹川流れ付近の海岸)

その後寒川(かんがわ)、勝木(がつぎ)など、とても読めそうもない所を通り、その勝木でR7と合流する。
8:30 40.57㌔  R7と合流
直前に新潟/山形の県境を越え、その後鼠ケ関を通り
 
9:40 52.71㌔  道の駅 あつみ
この「あつみ」という地名は全国に散らばっている。確か今回のツーリングでも猪苗代湖へ行く途中にあった。古代の海洋性民族の安曇族の名残だという。熱海、温海、渥美などすべて大元は同じらしい。(以上、薀蓄)
 
(10:12 R7 小岩川付近 側道が走れる)


上の写真あたりから例によって、10時半過ぎて最初に通りかかった食堂で昼食にしようと決めていたが、結局
 
11:20 69.47㌔ 大波渡 で「から揚げ定食」にありつけた。
この食堂で、R7で鶴岡には行かず由良からR50・R112と海岸線を走って酒田まで行く事と決めた。(今でも鶴岡について知識を持ち合わせていないのだが、ひょっとすると、寄ってきた方が良かったのかな、と思わないでもない。)
 
ところが、由良の先のR50で土砂崩れがあり、通行止めになっており、しばらくはR7進むような迂回路を通らなければならない事が判明した。(この食堂でメシを食べなければ判らない事だった)
 
12:00 食堂出発
ちょっとした峠を登ったところで(ここまでR7)左に降り、また、左に曲がりR112へ戻った。
(13:00 迂回路にて 多分遠くの鳥海山を撮った)
 
(13:17 迂回路中に通った加茂坂トンネル 4㍍の側道は豪華)

13:27 85.01㌔ R112へ戻る

尚、この迂回路中に、愛車の累計走行距離が30,000㌔を越えました。

このR112の選択は正解だったと思う。鶴岡に見るべきものがあったとしても、途中の国道7号線は、どことも同じような退屈なだけの道だったと思う。

(14:12 R112 気持ちの良い松並木)
 
(15:10 最上川 出羽大橋より日本海)
 
(15:29 酒田駅前)

ホテルは2軒目に決定。 夕食は町の呑み屋で刺身と漬物、味噌汁など。
 
走行距離 109.6㌔  最高時速 43.0㎞/h  走行時間 6:44 平均時速 16.2㎞/h

6月26日(火) 9日目

第9日目 6月26日(火)  粟島 →(フェリー)→岩船港 


4:30 起床
日の出を眺めてから、例のキャンパーに挨拶に行くと、6時くらいに出発するというので、それまで島の南を目指して一走りしてくる。早朝ランは快適だ。

(キャンプサイトの日の出) 

馬が飼われていて、乗馬体験などを観光の目玉にしたいようだ。

南端の矢ケ鼻への登り。かなりきついが景観が広がる。

戻ってくると、先客の出発準備は、ほぼ完了していた。

例の彼は、実は、昨日、本土からカヌー(組み立て式のシーカヤック)で来たという。本当は南端を回り込んで釜谷という集落に着きたかったのだが、風と潮がきつくて疲れ果ててしまい、止む無く、ここ内浦に着けたという事だった。それにしても大したものだ。

30才台半ばで、群馬県の水上でカヌーインストラクターをしているという。お客さんにカヌーの楽しさを伝えるには、自分自身が色んな楽しみを知らなくてはいけないと思い、時たま時間を見計らってはこのような体験を積み重ねているという。妻子持ちなので「生活」の事も考えなくてはいけなく、最近山岳パトロールの職にも採用され、ようやく安定収入が確保でき、地元で根を張って生活していく覚悟ができた、と語っていた。好青年だ。業界のあり方にもしっかりした考えをもっていた。

手際よく積み込みを終えて

6:15には浜を離れていった。風は穏やかなので、昨日のような苦労はなく本土に着けるだろう。



6:45 朝食のレトルトカレーを食べ終わった頃には、カヌーはもう点になっていた。

ここで、この内浦キャンプ場を誉めておこう。

先ず、無料だということ。これ自体は良し悪しなのだが、無料とは考えられないほど設備・管理・保守が素晴らしいのだ。昨日使ったコインシャワーもそうだが、下のトイレも清潔で清掃が行き届き、スペアのトイペも確保されていた。未だ、シーズンオフだという事実を差っ引いても、大したものだ。


9:30 ~ 12:00 釣り
餌のオキアミを購入して、港の岸壁で釣り。




名前は判らぬが4匹釣れた。満足。一番大きいのは最後だったが、引きが強く、結構楽しめた。その最中に15:30発の、乗船予定の大型フェリーが入港してきた。

サイトに戻り、おにぎり、スティックパン3本、スープのランチをとり、
13:30 撤収完了。

衆議院本会議を聞きながら積み込みをしたが、こんな茶番をしなければならないとは、民主主義とは何と時間をかけなくてはならない偽善なのかと呆れてしまった。

14:00 積み込み完了

島を去るに際して、出発間際ではあるが、今度は島の北方向に脚を伸ばしてポタリングを楽しんだ。登りになる前に引き返したが、気持のよいサイクリングロードだった。
15:30 出航

(16:00 だんだん遠くなる粟島)

17:00 岩船港 到着

到着後周辺の飲食店で夕食をとり、キャンプを設営しようと考えていたのだが、地元の漁協の経営と思われるお土産屋兼業の食堂は終了しており、他に店は無かった。地元の人に聞いても「ない」と言うので、昨日来た道を1㌔ほど戻りコンビニで弁当などを買って戻った。

港の公園の東屋でその弁当を食べていると、まだ60歳前と思われる男が、向かいに座って色々と話し掛けてきた。こういう非正規の場所でテントを張るときは、特に務めて地元の人と接触をはからなければならないと考えているので、にこやかに相手をしたのだが、彼は土地の人ではなかった。と言って観光客というのでもなく、釣りに来たのでもなく、昨日私が通ってきた「胎内川」の住民で、ただ、車で来て時間をつぶしているのだと言う。去り際に、14・5年前に離婚してしまい、帰っても独りだもんなあ、と寂しそうだった。

当夜は北風が非常に強く、設営場所探しに苦労して、結局広場のステージ下にテントを張った。

8時には床に就いたが、10時くらいまで外が騒がしい。特に若い娘のキャーという声がうるさい。一度など、枕元で走られてギョッとさせられたが、ただ、じっとしている事しかできない。

走行距離 14.73㌔ 最高速度 36.0㎞/h 走行時間 0:55 平均速度 16.0㎞/h



2012年7月20日金曜日

6月25日(月) 8日目

第8日目 6月25日(月) 新潟 → 岩船港 → 粟島

6:30 起床
8:00 ホテル出発

今日からは日本海側を山形県、秋田県と北上していくのだが、基本的には国道7号線(R7)《通称:羽州(浜)街道》を走る事になる。しかし、なるべくそれは避けて脇道・地方道を走るように心掛けるようにした。

R7は新潟県内の殆んどを海岸線から離れて走り、山形県に程近い勝木で海岸線に戻って来る。で、今日のコースは新潟市街を出ると間もなく、海岸沿いの国道113号(R113)へ向かう。






9:15 阿賀野川を渡り、ようやく市街地を抜ける。やはり市街地は走りづらく、抜けるとホッとし、開放されたような気分になる。

R113へ向かう道は大分走りやすくなってきた。
 (R7からR113への道)

途中10時頃コンビニで買った蕎麦を食べ(昼食?)

11:20 R113が海岸沿いを走るようになる。

 (海岸沿いのR113)

R113は道路としては良いのだろうが、自転車には、ちと怖い面がある。写真のように殆んど側道がなく、超大型車の往来が頻繁なのだ。バックミラーに気配を感じて脇で停まり、やり過ごした事が何度もあった。

日差しが強く、休憩しようにも「日陰」が見つからない。 

12:00頃 日陰を求めて、浜辺へ降りて、小屋の軒下で休憩 
       このような時は、普通、お茶とタバコで10分程度時間をとる。
 (多分胎内川の手前の浜)

 (沖合いに見えるガス田のプラットホーム)

今回のツーリングでは、好んで側道・歩道を使った。人が通らず安全で快適に走れる限り使った。スピードを殺すことなくストレスがなく安心して走れるのだから、自転車旅行者は積極的に使った方がいいと考えるのだが、意外と道路交通法の原則にこだわって車道の左端を走る人が多い。ロードの練習でもない限り歩道利用がお勧めです。下の写真の歩道など十分いけます。


下の写真は道路の名称がR113からR345に変わった辺りの「荒川」にかかる旭橋。これで数百㍍、結構長いのだが、超大型車とすれ違い本当に怖い思いをした。一級国道だとこのレベルの橋には歩道が必ず(北海道の札幌郊外の石狩川 には無かったが)ついているのだが、下級国道では往々にしてない場合が多い。私はトンネル同様橋も苦手だ。 

まだこの辺りまでは55㌔程度しか走っていない。只東風が10㍍程でかなり強くはあったが疲れてはいない。時刻はまだ13:30。

この時点で本日の宿泊地については白紙状態。漠然と3時半まではとにかく走り、その段階で目的地、キャンプかホテルかなどを決めようと考えてはいたが…。実にいい加減だが、大体こんなもんです。

上の旭橋から5㌔程進むと「岩船港・フェリー乗り場」 という標識が見えた。これが思いもよらないハプニングのきっかけだった。

港に着くまではそのフェリーや行く先について、全く知識を持ち合わせていなかった。当然マップルを詳細に眺めれば、その航路図もあり「粟島汽船(粟島へ)」と記載されてはいるのだが、全く意識外だった。

港のフェリーターミナルに入り、置いてあったパンフで調べてみると、島は沖合い30㌔程にあり周囲23㌔、自然を売り物にする島だそうだ。整ったキャンプ場もあるらしい。釣りもできる。!

その時、粟島行きを決めた。只、ちょっとした問題は次の便が16時発で、あと2時間待たなければならない事だ。少し迷いはしたが決心は変わらなかった。

港周辺を走り回って、島から戻った時のテントの設営場所を探ったり 時間を過ごした。

思い出しました。以前北海道を走った時、「奥尻島」へ 渡ったのも同じように予定外の寄り道だった。あの日は風に悩まされ、目指す町に行きつけず、途中の瀬棚で力尽き泊った晩に、地図を見ていて奥尻へのフェリーが出ている事を発見したのだった。

こういうは大事にしなくてはならないと思う。
16:00 出航
この航路には2種類の船が就航していて、16:00発は最終便で高速双胴船になる。普通船の就航もあり運賃が半分ほどで2000円も違ってくる。帰り便はもちろんそちらを利用する。

粟島は自動車・バイクの入島規制をしていて、フェリーといえども旅行者のそれは運ばない。自転車はその限りではないのだが、何と言ってもその扱いに不慣れだ。もちろん自転車乗りの愛車に対する心情など理解すべくも無いが、積み込みを見ていてイライラ・オロオロしてしまった。

かなり風による波があったが、この艇は揺れを感じさせずに50分ほどで島の玄関、内浦港に着いた。

懇切なパンフレットを十分に調べておいたので、迷わず1.5㌔程の内浦キャンプ場に直行し、設営完了。

先着者を見かけたが、その人に就いては明日の項に書きます。

今来た道を戻って入浴と食事に向かう。

漁火温泉という施設があり、なんでも8時までの営業と聞いていたので、先ず街で夕食、その後で入浴という段取りを考えていた。ところが、その施設の女従業員の態度の悪さに結局利用はしなかった。

多分18:50くらいだったと思う。とにかく営業時間を確かめようと受付を覗くと、まず、その女従業員に19時までには入ってくれ、と言われた。ラストオーダーのようなモノかと思ったら、そばでたむろしていた地元のおっさん達が、そんな事はねえ、19時半で十分のはずだと訂正してくれた。それでも、食事時間が40分ではきついなとは思いつつ、ではメシを食ってから来ますと言うと、その女従業員は、今すぐに入って、それから食事に行けばよいと何がなんでも入れようとする。

こういう街では飲食店の締まりは早い。風呂に入れないより夕食をとり損ねる方が辛い。まして女従業員は自分が早く帰りたいが為に、規則を偽ってまで強引な事を言う。それで(ウソなのだが)「メシを食ってから来ます」と言って去った。入浴は諦めた。

呑み屋で夕食をとったのだが、生憎よい魚がなく、それでもアゴフライを中心にした定食を作ってくれた。750円。

サイトに戻りコインシャワー(無料のキャンプ場としては奇跡的に稼動した!)を使い、先ほどの先着客とお茶・コーヒーを飲みながら21:00までいろいろな話しをして過ごした。(それも明日の項)

満天の星だった。


走行距離 65.24㌔ 最高速度 30.5㎞/h 走行時間 4:17 平均時速 15.3㎞/h