2013年6月7日金曜日

出水から大口

ホテルのサービス朝食をいただいて

7:50 ホテル出発

今日走る予定は、大口(おおくち)まで、わずか32㌔。もちろん訳があっての設定だ。本来の目的地は霧島なのだが、出水からはえびの高原を経由して約90㌔、とてもではないが山岳サイクリングで一日では無理と判断して、経由地として目に留まったのが、この大口なのだ。

実は大口は義父(故人となってしまったが)の出身地なのだ。40年も前から地名だけは聞いていた。家人は小さい頃その実家に行ったことがあるらしいが、風呂に取り込む水に葉っぱが浮いていたような田舎だったという記憶しかないと言う。とにかく山に囲まれた盆地で行くのが大変だったらしい。

コース上にその地名を見つけた時、霧島への中継点として選び決定した。事前調査でも山越え(たぶん600㍍級)は必至で、その点からも老人の体力、疲労度から判断して32㌔はいいところだろう。

ところで、出水には、以前(多分10年くらい前)その義父(当時は指宿に住んでいた)とを見に来た事がある。鶴の飛来地として有名なのだが、実は薩摩藩の外城としての城下町の赴きが残っている町としても知られている。(これは現地で初めて知った事だ)大河ドラマ「篤姫」のロケ地でもあるそうだ。(これも現地での仕入れ)

ほんのちょっと寄り道になるだけなので、もちろん見学に立ち寄る。何せ時間の余裕は売るほどある。

山の斜面に整然としたきれいな町並みが残っている。どの家も数十センチの石垣を積み上げ、その上に生垣を植え見事なモノだ。家自体は立て替えたとしても外構は保存し、町並みの景観だけは残っている。通り、路地が美しい。



たっぷり一時間以上散策して

9時頃、市中のコンビニでおにぎり2ケを買い込んでから大口を目指した。

走り前半は登りになるのだが、10:30頃までは漕いだり歩いたりの繰り返しで進めたのだが、それ以降は一時間以上歩いたような気がする。

こんな坂です

11:40 23,79㌔


伊佐市」(よくは知らないが、大口市とどこかが合併して、この名称になったらしい)の市界票が見え、~峠などという名称はどこにもなかったが、ここがピークだった。このすぐ下の駐車場でさっきのおにぎりの昼食。(言い忘れたが、出発時ホテルでブロック氷をもらってサーモスに詰めてきた)、ギンギンに冷えたお茶が滅法うまい。今日は非常に蒸し暑い。

そこからは一気に駆け下りる。これいつもながら爽快。あっという間に里に下りてきてしまう。

あの山々を越えてきた

目の前に大口の町が広がる

実は登りにかかる時に宿の予約をしたのだが、お目当ての民宿は休みだと言う事で、近くのビジネスホテルになってしまった。それにしても13時ではいくら何でも早すぎるし、時間の使い方としてはいかがなものかということで、地図上に見える「伊佐農林高等学校」を尋ねる事にした。数キロの所にある。確かここは義父の出身校だったはずだ。


不審者と思われないように、きちんと事務室へ行き、「実は義父がここの出身で、特別な用件があるわけではないが、敷地内を歩かせて欲しい」と申し出ると、ちょっとお待ち下さいと事務員さん?が引っ込んだきりなかなか出てこない。挙句、担当者が手が離せないのでしばらく待って欲しい、との事。

それ程の事でもないので、お騒がせしましたと謝り、多少構内をブラブラ見学しながら戻った。各種の設備が整った立派な高校とお見受けした。

そんなこんなで、今日もまたとんでもなく早く

14:00 ホテルチェックイン

2013年6月6日木曜日

国道を避けてサイクリング 出水へ

6月6日(木)大分残り少なくなってきた。

今日は出水までの予定。およそ77㌔、今回のツーリングでは長い方だが、そんなにアップダウンはないので問題はない。気候も曇りで丁度良い。プロパーコースは国道3号線水俣の先まで行き、米ノ津から左折(東進)して出水、という事だが、R3を走っても楽しくないので、なるべくそれは避けるコースを考えた。昨晩はそのためにずいぶん時間を費やしたものだ。


R3沿いのホテルで朝食をたっぷりといただき

7:45 出発。


8:20頃 山から下りてきて初めてを見た。八代海だ。何故かほっとする。

R3は基本的には海岸線を走るのだが、時折内陸側へ凹む事があり、そのときは殆ど峠越え、トンネル越えとなる。最初の凹みはプロパーコースどおり進み(地図上では標高117㍍と読めたので、少しなめてかかった)案の定、トンネル手前で少し歩いた。その時、自転車を押す地元のじいさんと話しながら歩いたのだが、横浜からだと言うと、次男が日産の技術者で横浜に…、と言っていた。本当に横浜って誰かしら縁者が居るようだ。たまにしか連絡がない、と寂しそうだったが、ひょっとすると私と同年輩なのかも知れないと後から思った。

9:10 18㌔ 赤松トンネル 680㍍長

こちらからは下りで、ダーっと抜けて、そのままの勢いで

9:20 21㌔ 道の駅 たのうら

ここで話しかけてきてくれたおじさんからの道路情報はありがたかった。今までで一番正確で、的確なアドバイスだった。私の計画していたコース取りでいいらしい。

半島を海岸線沿い」に走る事で、R3の山沿いコースを迂回するわけだが、2回にわたり、それぞれ6㌔、12㌔程走った。

もちろん多少のアップダウンはあったものの、車の騒音、煩わしさから開放され、景色に恵まれた楽しいサイクリングとなった。


こんな景色を楽しんでから


次の迂回路とはこんな橋でつながり

こんな海岸線をグルーっと走って行くと
12:00 52㌔ 津奈木(つなき)という町でR3に戻ってしまう。

腹も減って来たので、目に留まったラーメン屋で塩バターラーメンの昼食。店のオヤジの声援を受けて走り始めたのだが、

13:10 58㌔ もう水俣の市街地に入ってしまった。(途中の道も悪くはなかった)ここから今日の予定の出水のホテルへ予約の電話をしたのだがチェックインは15時だという。

道の駅 みなまた で休憩がてら時間を調整し、16㌔程走って、国道447号線沿いのホテルに

15:10 76,8㌔ チェックイン

(6月7日 朝に追加)

シャワーや洗濯、定期連絡、一連のPC作業などを終えて、町に夕食へ出たのだが、ホテルのすぐ裏の飲み屋食堂で注文した「肉野菜炒め定食」の件です。

肉野菜炒めは、それはそれで豪壮なものだったが、「アラカブの味噌汁」が絶品。別に「~汁」などと名前はついていないそうだが、要するに小ぶりのアラカブ(メバル)が一匹丸ごと入っており、その出汁だけで出来上がっている味噌汁だ。余りに美味だったので忘れないうちにと思い追加。

何故か「ところてん」のデザートが付いていた。

2013年6月5日水曜日

八代の街に下りてきた、ルートは御機嫌

(やっと、当日:6/5の記録にかかります)

今日の予定は60㌔先の八代。少し短いようだが、途中の峠を意識してのもの。

旅館の朝食をいただいて

7:50 出発

8:25 少し歩いて、万坂トンネル(標高470㍍ 全長600㍍)に到着


昨日の事もあり、フル装備で突入。中は概ね下りだったので多分時速30㌔以上では走れたと思う。後ろからの車は一台も無かった。

抜けてから、次の写真のところまでの7・8㌔程はブレーキワークだけの快適さ。左手には人工湖が広がっているはずなのに、チラっと見ただけだった。本日の最高時速、毎時51.5㌔は多分この時のもの。

ダーっと下りきったところが霊台橋


実はこれも重要文化財で、全長90㍍は単一アーチ橋としては日本一だという。ここでも説明を読むと、ここも昨日の通潤橋同様、土地の有力者がリーダーシップをとり、領主に働きかけたにせよ、ほぼ民間活力で作りあげている。幕末に近い時代なのだが、日本の封建制を見直したい気分だ。


これは同地の案内板。美里町というらしいが、下の方に石のアーチ橋がたくさん紹介されている。国道沿いにもたくさんあるが、その内のひとつに立ち寄った。


大窪橋という。ぐっと小ぶりだが保存状態は良い。この程度なら色々な所にありそうだが、狭い地区にまとまって現存するところが値打ちなのだろう。 ここでもまだ9:40だ。

この後はひたすら国道218号を西へ走り、宇城(うき)で国道3号線に出て、ここからは南下…というコース予定だが、宇城にでる5㌔程手前で左に折れる(南下)する県道32号線と立体交差する地点に出くわし、苦労して上に出る。予定変更だ。

これは大正解で10㌔ほど快適なサイクリングができた。

八代の15㌔程手前で、R3に出てしまった。大国道はちっとも楽しくない。

11:45 すぐに道の駅竜北に着いたので昼食。モツ煮込みとご飯。それはどうでもよい。

この頃から、今日の予定で悩み始めている。ゆっくり昼食をとったとしても、1時過ぎには八代についてしまう。八代については情報はなく、数時間過ごすあてがない。

天候も体も問題ないので、30~40㌔先まで行けるが水俣までの60㌔はちときつい。また、行けたとしても宿泊数を減らせるわけではなく、また、減ったとしても最終日が決まっているので意味が無い。

さりとて水俣までの途中でビジネスホテルがありそうな町がない。(これはあくまでも想像だが確かめる術がない)予約をしておかないと安心して走れなくなっているのだ。

私の決心] 八代のホテルに電話をして部屋でPCが使えるか、そして早めにチェックインさせてもらえるかを確かめ0Kならば即チェックイン。そうして夕食前をPC作業に時間を充てる。
NOなら、16時までは走り続け、それ以後走りながら出たとこ勝負で宿泊先を見つける。

ところがなかなか電話が繋がらない。その間はR3を避け、なるべく長くR3沿いの農道を走る事を心がけた。これも正解。


再度R3に出てしまい、ほとんど八代の街中になった頃やっと電話が通じ、全て0K

14:00 ホテルチェックイン。

事前調査が…

(実はこのブログは6月5日 八代で書いています)

改めて記すと以下は6月4日(18日目)の記録です。(W杯で日本が大会出場を決めた日です)

その前に、前日夜の高千穂神宮の観光用夜神楽の写真を一枚


150人位集まっていた。ほとんどホテルからの団体さん。中身は面白かった。本当はこれを村ごとに夜通し演じるというのだから、伝統ってすごいものだと思う。 わが地元、横浜の岸根町にも「岸根囃子」っていうのがあって、副会長さんなんてそれは上手いものだ。

さて、4日です。この日は目的地を西に50㌔程行った山都(やまと)町に決めていた。これは旅程と登りの関係だけで決めた。ただ、昔読んだ「邪馬台国はどこか」関連の本で、大和政権との絡みで高千穂のそばには「やまと」があると、この山都が大和に比定されていたような記憶があり、「ここがそうかな」と思ったことも少しは関係するが、要は、たまたまそう決めただけだ。もちろん同地には何の知識も持ち合わせていない。今回は「結果オーライ」だったから良かったようなもので、やはり下調べは大事な事を、またも知らされた。それは後で…。


6:15 おばあちゃん(世話になったペアレントさんの実母)に見送られユースホステル出発。標高600㍍の津花峠が頭にあり、こんな早い出発にしたのだ。

早速に歩き始めた。こんなにも登ってくる。が、余裕?で歩く。


8:30頃 トンネルの入り口に着く。 14㌔

走れる歩道はない。車は結構来る。しかもここは947㍍と結構長い。臆病者のおじさんは10分位、お茶を飲んだり、煙草を吸ったり、タオルで顔を拭ったりグズグズ、ウジウジしたのだが、意を決して、ヘルメット、持てるライト(4個)を全て装着・点燈の上、ミドルギアで突入した。前半は登りになっていて、死ぬほど苦しいが、後ろからのエンジン音の恐怖の方が強く、何とか突破した。抜けた時には8:45になっていた。



ここからは、サイクリングだった。なんか久しぶりに「自転車旅行」に出たような気分。


上は10時頃のものだが、何を撮ったのか今では不明だが、気分の良い道と爽やかな気候を感じていただければ幸いだ。少しは楽しさが伝わると良いのだが。

昼は道の駅「清和文楽邑」でコロッケの定食を食べたのだが、大事な点は、ここで始めて「山都」の情報を得た事だ。

通潤橋」というのをご存知だろうか。石造りのアーチ橋の中央から左右に勢いよく水が流れ飛んでいる写真を見た事がないかな。私はあった。これは山都にあったんだ。しかもありがたい事に、街道脇の道の駅に隣接してあり、その他にも近くに水関連の色々なものがあるという。実を言うと通り過ぎぎて来た幣立神宮も相当なものらしいが、知らなかったのだから仕方がない。

宿に入るのにまだ時間があり過ぎる悩みはこれで一挙に解決した。


これはちょっと寄り道した所にある「円形分水」といって、農業用水を地域毎にある比率で分配する装置なのだが、初めて見た。現代技術のもので、古いものではないが、その説明を読むと、この辺りが水で苦しんで来た事が良く分かる。



これが「通潤橋」。重要文化財に指定されている。今日は水は噴出していない。もちろん上がって渡ってみた。まだ、現役だそうだ。150年以上経つがビクともしていない。大したものだが、ローマの古代遺跡の水道橋は2000年経っているしなあ…。

この橋の裏山をドンドン下っていくと五老ケ滝が見られ、滝壺まで下りられる。しかし、相当足にくる。もちろん行った。


そんなこんなを見たりしているうちに15:30いなり、途中から予約した旅館(これがまた近いところにある)に投宿した。いい感じの商人宿といった趣だ。


街中には「八朔祭」という地元の祭りに町内毎に作ると言う巨大なモノが至る所に展示してある。自然物だけで、毎年テーマに沿ったものを作るのだという。今あるは去年のモノ。



夕食後はTVでW杯予選、日本ーオーストラリアを観戦。これも結果オーライだった。












2013年6月3日月曜日

観光な日 高千穂

今日は一日観光な日。YHの客は私一人なので、昨晩、奥さんと相談で朝食は8時とし、ゆっくり寝ていようという事にした。とは言いながら、私、6時半には起きてブレーキシューの交換やら、潤滑油が流れてしまった部分の注油、油汚れ落としなど、整備に時間を費やした。

そこで、朝飯だが、下の写真。


気が向いたら品書きを拡大して欲しいのだが、ご飯と味噌汁のおいしさ、手のこんだ品々は並みの旅館の水準をはるかに越えている。ご飯をお代わりした。それは卵かけご飯専用としていただいた。これに苺ジャムソースのヨーグルトと淹れたてのコーヒー。言うことなしです。

それやこれやで、出発は9時半くらい。まずは4㌔程の天岩戸神社。ここは神職に依頼して案内付きで「岩戸」まで案内してもらう。その後、徒歩で1㌔先の天安河原に向かったのだが、ここは神話時代天照大神がお隠れになった時、八白万の神々が善後策を練った岩屋がある河原で、ちょっとしたパワースポットかもしれない。




その後、高千穂神社へ向かう途中、「あまのいわと駅」という小さな道標が目に入り、後先も考えずどんどん坂を下ってしまった。

実は、泊まっているYHはその先の鉄橋の下にあり、その橋は何度も見上げていた。廃線になった「高千穂鉄道」の遺構とも言えるもので、その橋の付け根に「あまのいわと駅」がある。




なんかこう言うのって Stand  by Me を思い出す。やっぱり下ってきて良かった。ここは余りガイドブックには載っていない。

えっちらおっちら坂を戻ったところで、重大事発覚!。なんとサイクルコンピュータが反応していない。何でここまできてトラブルを起こすのだ。このデータはツーリングにとって、写真の次くらいに大事な記録なのに…。センサーと磁石の位置関係、断線はしていないか、ブラケットに本体がカチッと嵌っているかなど点検したが原因不明。あれやこれややってみたが動かない。諦めて次の目的地に向けて走り出すと反応した。ホッとしたのもつかの間、止まる。また、点検。そんな繰り返しを何回もしていたら、YHの奥さん推奨の飯所に着いた時には1時を過ぎてしまい、営業時間が終わってしまっていた。残念。

仕方なく高千穂神社近くの物産市場のレストランで食べたのが「一日5食限定 高千穂牛の薄切り何とかランチ」というもの。¥1000 美味かった。


最後は高千穂神社と高千穂峡。

何でも高千穂神社は神武天皇のお兄さん系統が祭られているという。そんな説明を読んだ後、はるか下のほうまで坂や階段を下って高千穂峡へ行ったのだが、疲れた。真名井の滝から歩いて戻るのもまた大変なのだ。




夕方になって宿へ戻るとき虹を見た。写真で分かるだろうか。


夕食後は高千穂神社の夜神楽へ連れて行ってもらった。

さあ、明日からはまた、「歩きと走り」の一日」が始まる。八代に向けて走るのだが、途中の山都が目的地。

それにしてもサイコンが心配だ。







2013年6月2日日曜日

いよいよ高千穂

(今日は書くことはほとんどない。写真を多く載せます。)

7:30 出発。 おばあちゃんがバナナを持たせてくれる。 直後に、リアのブレーキワイヤーを締めたが、六角レンチが効かず苦労した。

今日は漕いでいない。登りは押し歩き、下りはダーっと下る。その繰り返しだった。


最初で最大の難関、箱石峠。880㍍。まだ9時15分頃。永久に登りが続くかと思った。


自信はなかったが、道を違わず、高千穂への国道325号へ出られた。ここからは22㌔の標識が見える。回り道になるが、ここを左に行くところを右に行きコンビニへ昼食を食べに行く。道中、食堂はないと言う。


ここで11:40 やっと今晩宿泊希望の高千穂ユースホステルに予約の電話が出来た。朝の段階では確実に着ける自信が無かった。


前方の長大な橋を渡るが、その眼下には下のような景観が広がる。


最後に「玄武山トンネル」(1022㍍)を抜けると、もう高千穂は目と鼻の先だ。


そのはずだったが、町に入ってから例により、散々迷って、ようやくユース到着。



客は私一人。

草千里

当初の予定通り、今日一日は阿蘇滞在。 ただ、昨日のホテルに連泊の意志は毛頭ない。と言っても、当てにしていた移動予定のホテルは満室で断られてしまった。これと言った目途もなく8時過ぎにチェックアウト。

駅方面に向かって走り始めた途端に「民宿阿蘇のふもと」の看板が目に入り、ここで駄目なら、阿蘇滞在は諦めて、一気に高千穂まで行ってしまう積もりで電話してみるとOKの返事。泊まっていたホテルが見える距離だ。

早速行ってみると、すぐに部屋に入ってもいいよ、と破格の申し出。荷物だけを降ろし、置かせていただき、10数㌔のところにある「草千里」を見に行く事に決めて、完全雨対策で出かけた。

いきなりの激坂から始まり、その後は「きつい坂」と「ゆるい坂」の連続で、よく歩いた、いや、ほとんど歩いた。


森林地帯を越えると、上の方は牧場地帯で、牛や馬が飼育されている。せっかくの景観なのだが雨で山も雲に覆われている。


11時近くになっても辿り着かず、腹も減ってきたし、今まで見てきた原っぱが草千里だと思えばいいや、引き返そう、と思いかけたとき、300㍍程先に道標が見えた。近寄ってみると「草千里3㌔」の表示。3㌔なら、まだ歩ける。

11:30 やっと着いて、やれやれこれで昼食と思って、レストハウスに入ってみれば、団体サンの対応が大変で、個人の客は待って欲しいという。外のベンチで煙草など吸っていると、中国人の団体だった。まあ、うるさい。待たされた腹いせではない。実にこの手の団体はどこにでも居た。たくさんお金を使ってくださいね。


草千里》です。高菜ラーメンとミルクをいただいて

12:45 出発。

帰路の路面は要注意だ。湿っているし、霧が深い。慎重にヘルメットを被り走り出したが、後ろブレーキがほとんど効かない。怖かった。この間MAXは41.5㌔だったが、たった30分で民宿に帰り着いた。往復29㌔の遠足だった。

宿の女将が、丁度出来たところだといって「何とか汁」(鶏肉・里芋・にんじん・豆腐・蒟蒻などが入った塩味の汁)を出してくれた。温まり、美味かった。(「素泊まり」という事で受け入れてもらっている。)

夕方からは近くの「夢の湯」で温泉療養。普通・露天・冷水の3種類を順番に3セットやった。

明日は55㌔程の高千穂へ向かう。不安だらけ。「ジャンジャン降り」だったら止めるのに‥、とアホな事を考える。