もしかしたら知っている人は知っているのかも知れませんが、クレモンティーヌという女性歌手(たぶんフランス人)の歌うボサノヴァ風の「すーだら節」が最高です。
今日初めてラジオで聞いた時は大笑いしました。特に、あっ、ほれ、スイスイスーダララッタのところでは笑いが止まらず困りました。 聞いてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=DWgbcOxLZH0
2014年4月22日火曜日
イタリア旅行より戻りました
一昨日(4/20)昼過ぎ、9日間のイタリア旅行より戻りました。
今回はベネツィアで12時間以上寝込んでしまい、これは「ベニスに死す」かと思いきや持ち直し、以後、ベネツィアでは「大運河」をサンマルコからリアルト橋まで舟で2往復もして、水際からの風景を堪能し
今回はベネツィアで12時間以上寝込んでしまい、これは「ベニスに死す」かと思いきや持ち直し、以後、ベネツィアでは「大運河」をサンマルコからリアルト橋まで舟で2往復もして、水際からの風景を堪能し
その時、全ての水上タクシーの船尾に立っていた「イタリア海軍旗」を見て、是非にも欲しくなりました。しかし、ベネチアとはもうお別れです。
次の訪問地はフレンツェ。何としてもここで入手したいものです。
とは思いはしたものの何のあてもなく、ドゥオーモ近くの通りをブラブラ歩いているとき、イタリア国旗が売られている地味なお土産屋が眼に入り聞いてみる事にしました。
そこの老店主(品のある聡明そうな老婆)に
そこの老店主(品のある聡明そうな老婆)に
(ここからはいい加減な英語とイタリア語の掛け合い)
私 「イタリアの国旗が欲しい」
店主 「そこにたくさんあるがどれがいい?」
私 「国旗なのだが、海軍が使っていて、軍艦にて用いるものだ」
店主 「どこが違うのだ」
私 「紙を貸してくれ、簡単にイラストしてみる」
と、下の軍艦旗の絵をサラサラと書いたつもりだが自信は無かった。ところが大いに理解していただけたようで、
と、下の軍艦旗の絵をサラサラと書いたつもりだが自信は無かった。ところが大いに理解していただけたようで、
店主 「おおそれか。真ん中の白地の中の盾が4分割されているのだ。ひとつはベネツィア、それからアマルフィ…」
私 「それから、ジェノヴァにピサ、そう、その旗です」
店主 「だけどここには置いていないのよ、残念ながら」
私 「わざわざそれを買いに日本から来たんだから、どこならあるか教えてください」
店主 「わかったわ。たしかポルタ ロッサのマリナ ミリターレならあるわよ」
私 (必死に書き取り) 「これでよろしいか」 とメモッたものを見せると
店主 「パーフェクト」 と親指を立ててくれた。誉められました。
夕方、ホテルに戻り地図上でポルタ ロッサ(通り)は見つかったのだが、マリナ ミリターレが判らず添乗員さんとも検討しました。ベネツイアならともかく、この内陸部のトスカーナに海軍省があるとは思えないし、謎のままではありましたが、品の良い教養あふれる老婆の言葉を信じて、明日探す事にしました。
翌朝、朝一番で探し始め、3組の警官、1人のコンビニの店主、1人の通行人に聞いた挙句、やっと件の「場所」に辿り着きました。一人には「聞いたこともない」と言われガックリして、次の人には「ああ、知ってる。そこを右に曲がってすぐだ」と言われて行って見ると見当たらず、それでも「近くにある」希望が持てただけましだと言い聞かせて探しまわったのです。何せ、フィレンツェの街の路地は細く、不規則なのです。結局、ポルタ ロッサではなかったが、すぐ近所で、ウフィッツィ美術館などがあるシニョーリア広場が望める路地にありました。角を曲がったら唐突に現れた、という感じでした。欣喜雀躍、万歳三唱。
実はマリンファッションの店・ブティックでした。只、製品に例の海軍ロゴを使うライセンス権を持っているらしい。
だが、軍艦旗は置いて無かった。おまけに、店の女主は、これは法令に則った官給品だから絶対にこういう店では売っていないと自信をもって言うではありませんか。ま、一応断念した次第です。
それでもせっかく来たのだからと家人はセイリングジャケット風コートを、私は海軍風綿カーディガン風ジャケットを、友人にはロゴ入りキャップを買いました。(おかげで生まれて初めて海外旅行の際の免税払い戻しというのを受けました)
それでもせっかく来たのだからと家人はセイリングジャケット風コートを、私は海軍風綿カーディガン風ジャケットを、友人にはロゴ入りキャップを買いました。(おかげで生まれて初めて海外旅行の際の免税払い戻しというのを受けました)
それでは、前の写真の旗はどこで買えたのかというと、夕方の散歩の帰りにホテル(中央駅前)の裏手の「ミリタリーショップ」で偶然見つけました。何でも有名な「石鹸屋」の斜向かいです。
他人(ひと)の話をどこまで信じるのか悩むところです。
他人(ひと)の話をどこまで信じるのか悩むところです。
さて、最後の訪問地はローマです。
復活祭と教皇パウロ・ヨハネ2世の列聖式を控え、街中は原宿状態。観光の途中、例の「ローマの休日」でオードリーがジェラートを舐めながら下りてきたスペイン広場の階段を登って行って、バルコニー風のところから街中を見下ろした時です。サンピエトロ寺院のドームを背景に何やら赤い旗が翻っているのが目に飛び込んできました。忘れもしない「マルタ騎士団」のマルタ十字の団旗です。
復活祭と教皇パウロ・ヨハネ2世の列聖式を控え、街中は原宿状態。観光の途中、例の「ローマの休日」でオードリーがジェラートを舐めながら下りてきたスペイン広場の階段を登って行って、バルコニー風のところから街中を見下ろした時です。サンピエトロ寺院のドームを背景に何やら赤い旗が翻っているのが目に飛び込んできました。忘れもしない「マルタ騎士団」のマルタ十字の団旗です。
実は私「マルタ騎士団」オタクです。
ロードス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会
これが正式名称(コピペです)で、十字軍時代はパレスチナで医療活動を中心にキリスト教勢力の大事な戦力として活躍し、オスマンに追われてロードス島に逃れ、海軍力を背景に東地中海に棘のように存在し、さらにロードス島を追われ、流浪の末にスペイン王国より年に鷹一羽の年貢にてマルタ島を拝領し、資金力豊富な統制のとれた騎士団・修道会として、イスラムからの攻撃にも耐え、遂に防衛に成功し、ナポレオンに追われるまで海賊活動(聖戦ともいう)を中部地中海に展開し、一定の存在感を示し続けました。(この辺は塩野七生氏の「ロードス島戦記」に詳しい。)
聖ヨハネ騎士団 ⇒ ロードス騎士団 ⇒ マルタ騎士団 と通称も変遷しています。
聖ヨハネ騎士団 ⇒ ロードス騎士団 ⇒ マルタ騎士団 と通称も変遷しています。
私はロードス島にもマルタ島にも彼らの痕跡を求めて訪れています。特にマルタ島には5日間程、その首都バレッタで過ごしました。そして現在は国土を持たない国家としての扱いを受けており、本部がローマにある事は知っていました。
その旗が見えたものですから、オタク心に火が点きました。
まして、そこからの帰路、ガイド用のレシーバーから(小型車に分乗しての移動中で、添乗員さんは別の車だった)「この右手がマルタ騎士団の本部です」というアナウンスが聞こえたので、「明日表敬訪問しよう」という思いが固まりました。
ホテルに戻り、添乗員さんに、「あのマルタ騎士団の案内は、ローマ観光では普通になされるのか」を聞いたところ、彼女(添乗員さん)個人の思い入れだとの事でした。そして実際には行った事はないので、どのような対応がなされるのか全く不明という話で、詳しい場所の確認をして、翌朝同事務所を訪れる事にしました。
コンドッティ通り 68。
この通りは文字通りブランド通りで、本部のある建物も表はエルメスがあり、その先にはプラダなどもあり、いうなれば一等地です。
偶然持っていったネクタイが、マルタ島で買ってきたマルタ十字のものだったので(この時のみでしたが)キリリと着用に及び、何度かの逡巡の後に門衛に「日本からの訪問者で、何の推薦状も、予約もないのだが、何とか中を見せてもらえないだろうか」と依頼したところ、ダメだとすげない返事。そこを何とか、せめて詰所の役人に取り次いでもらえないかと粘ると、門中の事務所に案内してくれました。 幸先良いのかな?
しかし
しかし
そこまででした。英語のプレゼン能力のなさを痛感しました。何とか写真を撮る許可だけはもらったものの、それで満足せざるを得ませんでした。「遠路はるばるようこそ」とか「お楽しみいただいておりますか」のような言葉は遂になく、胡散臭さを解くことができませんでした。
しかし落ち着いて考えると、戦略的に十分練れていなかった事が問題でした。私の希望は何だったのか。思い出してみると「中を見せて欲しい」しか言わなかった気がします。マルタ騎士団が好きです、日本からはるばるやってきました、ほれ、このネクタイもマルタですよ等色々並べてもダメなんですよね。そもそも「表敬訪問」という概念が彼らにはあるのでしょうか、それすら不明です。
ここは事務所ではあっても、一国なのです。ですから「切手が欲しい」とか「コインが欲しい」とか「入国スタンプが欲しい」とかの希望を言った方が良かったかも知れません。それとも他に何か良い方策(建物の中を案内付で見せてもらえる程度の扱いを受ける)があっただろうか。
66歳のオトナの仕事としては、チト、お粗末でしたが、大満足でした。
ベネツィアでもフィレンツェでもローマでもこんな事に付き合わされてしまい、家人は一体どう思っているのだろうか。確かめるのも恐ろしい事ではあります。。
66歳のオトナの仕事としては、チト、お粗末でしたが、大満足でした。
ベネツィアでもフィレンツェでもローマでもこんな事に付き合わされてしまい、家人は一体どう思っているのだろうか。確かめるのも恐ろしい事ではあります。。
トピックスとしてはこんな所ですが、天候、ホテル(内容、立地)、添乗員さん、グループメンバーに恵まれ楽しい9日間でした。
2014年4月1日火曜日
3月の実績など
3月の実績
本妻号 走行距離 79.57㌔ 通算 36,444㌔
愛人1号 〃 114.85㌔ 〃 602㌔
(合計) 194.42㌔ 37,046㌔
先月は雨が多かったせいか余り走れませんでした。2月の240㌔にも遠く及びません。やはりどうしても愛人1号の方に乗る傾向があります。おかげさまで、セッティングも安定・固定して、「普通」に乗れるようになっています。今日も(4/1)鶴見川コースを30㌔程走ってきましたが(中山付近の土手の桜が見事でした)時速20㌔強で「普通」に走れました。ただ、やはり本妻号と比べると疲労度は強いとい思います。小口径ゆえの効率の悪さが原因でしょう。
今年のツーリングは本妻号での北海道キャンピングツアーの予定なので、今月からは、本妻号の本格的整備(目下リアのホイールを交換しようか迷っています)をしなければなりませんし、出発を5月にするか6月にするかも決めなくてはなりません。
今月は10日間程イタリアに行きますので、いろいろと調整がややこしくなっています。その前に、地元の城址まつり、町内会の決算・予算作成・会費徴収等何かと追われています。
本格的な「北海道」の準備はイタリアから戻ってからでしょう。もっとも、準備といっても大した事はありませんが…。
本妻号 走行距離 79.57㌔ 通算 36,444㌔
愛人1号 〃 114.85㌔ 〃 602㌔
(合計) 194.42㌔ 37,046㌔
先月は雨が多かったせいか余り走れませんでした。2月の240㌔にも遠く及びません。やはりどうしても愛人1号の方に乗る傾向があります。おかげさまで、セッティングも安定・固定して、「普通」に乗れるようになっています。今日も(4/1)鶴見川コースを30㌔程走ってきましたが(中山付近の土手の桜が見事でした)時速20㌔強で「普通」に走れました。ただ、やはり本妻号と比べると疲労度は強いとい思います。小口径ゆえの効率の悪さが原因でしょう。
今年のツーリングは本妻号での北海道キャンピングツアーの予定なので、今月からは、本妻号の本格的整備(目下リアのホイールを交換しようか迷っています)をしなければなりませんし、出発を5月にするか6月にするかも決めなくてはなりません。
今月は10日間程イタリアに行きますので、いろいろと調整がややこしくなっています。その前に、地元の城址まつり、町内会の決算・予算作成・会費徴収等何かと追われています。
本格的な「北海道」の準備はイタリアから戻ってからでしょう。もっとも、準備といっても大した事はありませんが…。
2014年3月2日日曜日
2月の実績など
2月の走行実績は以下の通り
本妻号 走行距離 98.67㌔ 累計 36,364㌔
愛人一号 走行距離 141.83㌔ 累計 456㌔
(合計) 240.50㌔ 36,820㌔
2月は日にちが少なかっただけではなく、雪のために走れない日が多かった。それでも240㌔走ったのはいい方だろう。
ここ2・3日は雨模様だったこともあり、専ら本妻号を使っています。こちらは相変わらず好調。愛人一号(DAHON)は雨の日には乗りません。格納庫にしまってあります。
そろそろ5月の北海道行きの調査を本格的に始めなければいけないタイミングですが、町会イベントや決算、確定申告やらで、なかなか専念できません。加えて、4月にイタリアに行きそうなのでどこか落ち着かない毎日を送っています。
当面の自転車生活の課題としては、上記2台の使い分けの確立(なにかとても大変な事のようですが、実は大した事ではありません)といったところです。
本妻号 走行距離 98.67㌔ 累計 36,364㌔
愛人一号 走行距離 141.83㌔ 累計 456㌔
(合計) 240.50㌔ 36,820㌔
2月は日にちが少なかっただけではなく、雪のために走れない日が多かった。それでも240㌔走ったのはいい方だろう。
ここ2・3日は雨模様だったこともあり、専ら本妻号を使っています。こちらは相変わらず好調。愛人一号(DAHON)は雨の日には乗りません。格納庫にしまってあります。
そろそろ5月の北海道行きの調査を本格的に始めなければいけないタイミングですが、町会イベントや決算、確定申告やらで、なかなか専念できません。加えて、4月にイタリアに行きそうなのでどこか落ち着かない毎日を送っています。
当面の自転車生活の課題としては、上記2台の使い分けの確立(なにかとても大変な事のようですが、実は大した事ではありません)といったところです。
2014年2月22日土曜日
DAHON ROUTE 最終「いじり」
やっぱり、また、案の定、手を加えました。 以前から何とかした方が良いかなと感じていたものなので、決して衝動的にやったわけではありません。

以前中古で買ったサドルがどこかなじまなくて、これもまた大分前に買ったサドルカバーをつけて試したのですがやはりなじまず、遂に新しく上のVELOを購入し取り替えました。これは本妻のGIANTにつけているのと同じバージョンなので安心してつけられます。10㌔程走ってみましたが大丈夫でした。
次はグリップです。実はその前にハンドルバーの装着角度も手前方向にカーブするように変更したので、全ての取り付け物の位置を変更しています。その上でのグリップ変更なのですが、エンドの穴あけが思ったより大変で両方で2時間くらいもかかってしまいました。これはクッション性が良く、端の幅広部分が手のひらに当たり具合が良いようです。
リアのライト・フラッシャーは取り付け具で固定していたものをモノ入れバッグに直付けしてみました。これだとパーツ数が減りキャリアーの支柱がガードにもなるので一挙両得だと思います。
実はもう一箇所変更したところがあります。 タイヤのバルブを虫ゴムが要らず10倍長持ちし、注入の力が少なく済み、尚且つ空気圧が計れる(英式バルブでは普通構造上計れない)という優れものです。これがワンセット200円程度でした。
因みに、サドル2200円、グリップ590円でした。
なんやかんや、DAHONで1月・2月を過ごさせてもらったような気がします。
多分、しばらくは手を加えることはなさそうです。と言うより加えない積もりです。
以前中古で買ったサドルがどこかなじまなくて、これもまた大分前に買ったサドルカバーをつけて試したのですがやはりなじまず、遂に新しく上のVELOを購入し取り替えました。これは本妻のGIANTにつけているのと同じバージョンなので安心してつけられます。10㌔程走ってみましたが大丈夫でした。
次はグリップです。実はその前にハンドルバーの装着角度も手前方向にカーブするように変更したので、全ての取り付け物の位置を変更しています。その上でのグリップ変更なのですが、エンドの穴あけが思ったより大変で両方で2時間くらいもかかってしまいました。これはクッション性が良く、端の幅広部分が手のひらに当たり具合が良いようです。
リアのライト・フラッシャーは取り付け具で固定していたものをモノ入れバッグに直付けしてみました。これだとパーツ数が減りキャリアーの支柱がガードにもなるので一挙両得だと思います。
実はもう一箇所変更したところがあります。 タイヤのバルブを虫ゴムが要らず10倍長持ちし、注入の力が少なく済み、尚且つ空気圧が計れる(英式バルブでは普通構造上計れない)という優れものです。これがワンセット200円程度でした。
因みに、サドル2200円、グリップ590円でした。
なんやかんや、DAHONで1月・2月を過ごさせてもらったような気がします。
多分、しばらくは手を加えることはなさそうです。と言うより加えない積もりです。
2014年2月6日木曜日
ここまでで止めます
シートポスト(サドルの下の長いパイプ)を交換しました。もともと53cmのものがついていたのですが、荷台を付けた関係で、畳んだときに地面まで届かない事がわかりました。そこは丸木を加工して何とか間に合わせておりましたが(もちろん走行には全く問題ありません)、いつものようにオークションサイトを眺めていた時、58cmの長尺モノが出品されていたので、遂、のってしまいしまい、落としました。このシートポストの径は33.9mmと特殊なもので、新品で買うと4000円は下らない代物なので安い買い物でした。
早速付け替えて、試乗。20㌔程走ってきましたが、何とかセッティングも決まり、落ち着きました。
実はこの「ルート」はスポーツタイプとはいえ前後の車輪がクイックリリースにはなっておらず、ナットを回して外さなくてはなりません。そのために小さいモンキースパナを荷台下の収納に入れてあるのですが、今日、15サイズのスパナを買ってきて入れ替えました。これは車体ではなく備品の変更ですが、当面は、これで終了です。
早速付け替えて、試乗。20㌔程走ってきましたが、何とかセッティングも決まり、落ち着きました。
実はこの「ルート」はスポーツタイプとはいえ前後の車輪がクイックリリースにはなっておらず、ナットを回して外さなくてはなりません。そのために小さいモンキースパナを荷台下の収納に入れてあるのですが、今日、15サイズのスパナを買ってきて入れ替えました。これは車体ではなく備品の変更ですが、当面は、これで終了です。
2014年2月1日土曜日
1月のまとめ
昨年までは「本妻号」だけの記録で、ほぼ全てでしたのでまとめも簡単でしたが、今年から「愛人一号」も加わり、集計が2本立てとなりました。
本妻号 走行距離 49.79㌔ 累計 36,265㌔
愛人一号 走行距離 314.00㌔ 累計 314㌔
(合計) 363.79㌔ 36,579㌔
合計距離としては300㌔を大きくオーバーできましたが、これはひとえに愛人一号とより親しくなるための習熟期間をたくさん過ごしたためです。その甲斐あって、一通りツーリングに耐えられる形に仕上がりました。
それでも、「走り」に関しては本妻号には適いません。ひとえに「畳める」というメリットがあるだけの自転車なので、これ以上手を加える事は避けるつもりでしたが、ヤフオクに58cmと長尺のシートポストが破格の水準ででていたので、落としてしまいました。全然性能アップには繋がらない事なので受け入れました。
もう一点、本妻号に着けた新しいサドルが今ひとつしっくりこない憾みがあります。中古とは言え2000円を投じて買ったものなので(業界としては「極めて」安い部類なのですが)不使用化してしまうのは何とか避けるつもりですが、長距離キャンプツーリングにとってサドルは重大事項なので、どうしようか迷っています。もう少し幅広・肉厚のに換えれば良いのでしょうが、その前に以前使っていた、ジェル入りのサドルカバーを試してみます。結論はそれからにしましょう。
そろそろ5月の北海道行きの本格的な情報収集を始めます。
※ 大学時代の同級生が亡くなり、明日(2/2)通夜です。
本妻号 走行距離 49.79㌔ 累計 36,265㌔
愛人一号 走行距離 314.00㌔ 累計 314㌔
(合計) 363.79㌔ 36,579㌔
合計距離としては300㌔を大きくオーバーできましたが、これはひとえに愛人一号とより親しくなるための習熟期間をたくさん過ごしたためです。その甲斐あって、一通りツーリングに耐えられる形に仕上がりました。
それでも、「走り」に関しては本妻号には適いません。ひとえに「畳める」というメリットがあるだけの自転車なので、これ以上手を加える事は避けるつもりでしたが、ヤフオクに58cmと長尺のシートポストが破格の水準ででていたので、落としてしまいました。全然性能アップには繋がらない事なので受け入れました。
もう一点、本妻号に着けた新しいサドルが今ひとつしっくりこない憾みがあります。中古とは言え2000円を投じて買ったものなので(業界としては「極めて」安い部類なのですが)不使用化してしまうのは何とか避けるつもりですが、長距離キャンプツーリングにとってサドルは重大事項なので、どうしようか迷っています。もう少し幅広・肉厚のに換えれば良いのでしょうが、その前に以前使っていた、ジェル入りのサドルカバーを試してみます。結論はそれからにしましょう。
そろそろ5月の北海道行きの本格的な情報収集を始めます。
※ 大学時代の同級生が亡くなり、明日(2/2)通夜です。
登録:
投稿 (Atom)