2018年3月1日木曜日

2月の走行記録等

2月の走行記録は以下の通りです。

本妻号   44㌔   累計 43,707㌔
愛人一号  73㌔   累計  3,170㌔ 
合計     117㌔      46,877㌔

まったく問題にならない走行距離でした。ほとんどが通勤に使用しただけの数字です。所謂サイクリングはゼロです。やはりツーリングに出かけるというような具体的な目標がないと「走りに出かけよう」というモチベーションが生まれないようです。

2月は後半になってから立て続けに友人を2名喪いました。突然な知らせでした。両名とも同年代、最近まで付き合いがあった、かなり親しい友人でした。

相当こたえています。「残された年月」を考えざるを得ません。

2018年2月1日木曜日

1月の記録など

1月の記録は以下の通りでした。

本妻号   127㌔   累計 43,663㌔
愛人一号  188㌔   累計  3,097㌔ 
合計      315㌔      46,760㌔

最近では走った方でしょうか。目下は昼間は本妻号、ライトが必要な夜は愛人一号と使い分けています。この割合が丁度良いようです。

今月は正月だった事と私や一番上の孫の誕生日、叔母の法事があったせいで家族、親族行事が多く、その他、地域活動関連の仕事?も多く、何かと忙しかったような気がしています。

私の誕生日には娘、息子の家族が揃って古希を祝ってくれ、バースデーケーキを二つもいただきました。こんな私が、こんな日を迎えるなんて望外の喜びでした。

西部邁が自殺をしました。

今年の「自転車旅行」は、娘一家が夏休みに北海道をキャンピングカーで巡るような事を言っていたので、それと日程を合わせて北海道にしようかなと妄想しています。

何とか70歳台をこなしていこうと思う今日この頃です。

2017年12月31日日曜日

12月の記録と2017年総括

今年も大晦日になりました。
先程、民生委員の関係で印鑑をもらいに地区会長のお宅にお邪魔し、帰りにドミノピザに寄り昼用にピザを2枚買って帰りました。それが自転車の乗り納めでした。
その結果12月の記録は以下のとおりでした。

本妻号   48㌔   累計 43,536㌔
愛人一号  74㌔   累計  2,909㌔ 
合計      122㌔      46,445㌔

本妻号を昼間、愛人一号を夜用と分けましたのでこんな具合になりました。それにしても乗っていませんね。

恒例の累計記録をまとめました。

06年(8月~12月)             1,090㌔
07年        6,531  (累計     7,621㌔  )
08年        6,155  (     13,776  )
09年        5,021  (     18,797  )
10年        4,423  (     23,220  )
11年        4,513  (     27,433  )
12年        4,747  (     32,180  )
13年        4,021  (     36,201  )
14年        3,912    (     40,113    )
15年          2,010  (     42,123  )
16年        2106   (     44,229  )

で、69歳を迎えた昨年2017年は 
17年        2,365㌔ (累計   46,594㌔  )
                  内 愛人1号  1,375㌔

という事になりました。この3年では最高ではありますが、房総旅行をしたためと思われ、基本的には変化なし、といったところでしょうか。

今年も色々な事がありました。義母・叔母をはじめ色々な方が亡くなりました。しかし9月には息子の初めての子供、零ちゃんが産まれ、順調に育っています。自転車生活も待望の愛人一号による輪行ツアーが出来たし、ヨットレースは2回も出ることが出来ました。
持病の糖尿も高めではありますが安値安定といったところでまずまずの1年ではなかったかと思っています。

そして来年早々には70歳の誕生日を迎えます。それに先立って横浜市の敬老パスを取得しました。これでりっぱな老人の仲間入りが出来ました。何とか「そこそこ」の70歳台を過ごしたいと思います。



思えば60歳台は自転車中心に過ごしてきたように思います。感謝しています。これは何とか維持したいのですが、どうも中心というわけには行かないようです。

体と精神の活性化は「お出かけ」にあると最近感じるようになり、これからはそこを柱に生活を回していけたらどうにかなるのではないかと考えております。

「余命」という文言が実感を伴ってきました。



2017年12月1日金曜日

11月の走行記録など

11月の走行記録

本妻号   48㌔   累計 43,536㌔
愛人一号  74㌔   累計  2,909㌔ 
合計      122㌔      46,445㌔

というように極めて低調でした。目下、2台を何となく使い分け併用しております。ただ、メインは愛人一号ではあります。それでもメインテナンスは小まめに実施しております。チェーンオイルも購入して、ギア、チェーン、プーリーの駆動部分はきれいにするよう心掛けています。今日はブレーキ調整と愛人一号のサイコンの電池交換と設定のし直しをしました。いつでもどちらでも即乗車可能な状態にしておくのが現在の自転車生活です。

それにしても11月は何かと忙しい月でした。民生委員関係や地域活動での催事が相当数あってその他クラス会の幹事など当事者、担当者の役割が多くありました。そして下旬の4日間は息子の嫁のご両親が初宮参りを兼ねて孫の顔を見に沖縄からこちらへ来られたので、その対応にてんやわんやでした。もっとも、大変なのは家人で私は大したことはしていません。

孫の零ちゃんも生後2か月を過ぎ、順調で何よりです。どんな子供になっていくのか楽しみです。

12月になると横浜市の「敬老パス」が購入できるのを機に、マイナンバーカードを申請しようと思っています。

年が明けると70歳です。


2017年10月31日火曜日

久しぶりの走行記録

6・7・8・9・10月の合計走行記録

本妻号   292㌔   累計 43,488㌔
愛人一号  740㌔   累計  2,835㌔ 
合計    1,032㌔      46,323㌔

といったところです。殆ど愛人一号を日常の足で使っていますので完全に本妻号と逆転しております。滅多に使わないと本妻号に錆が浮くので、たまには油を差して乗っている程度です。両人とも至って調子よく働いていてくれます。愛人一号のライトも順調です。

それにしても5ヶ月で1000㌔はいかにも少ないと思います。もうこれでは「自転車乗り」とは言えませんね。

今日が10月の月末ですが、何かとても忙しい数か月を過ごしたような気がしています。一番は零ちゃんの誕生です。その他、地域活動関係(これが一番多かったのですが選挙もありました)、ヨットレース、親族とのお付き合い等々。まあ、体が動く内が華とも言いますのでありがたい事だとしておきます。

でもやはり「自転車旅行」への思いは消し難いのです。

2017年9月26日火曜日

零クン誕生

最近自転車の話題が少なく、走行記録も滞りがちになっております。

この2か月くらい愛人1号ばかりを使っていたところ、なんと本妻号のフロントの3枚ギアの一番大きいヤツに錆が浮いているのを発見しました。急遽錆止め等の手入れを施し、その他メインテナンスをしてやりました。やはりたまには乗ってやらないといけないようです。

今月19日夜分、長男(といっても姉との2人姉弟ですが)に第一子が産まれました。別に何が、というわけではないのですが心配で心配でたまらない期間を過ごしただけにうれしさもひとしおです。2800gの元気な男の子でした。「私には産まれるまで性別は教えるな」と指示はしていたのですが、うすうす「男」だなと感じていました。

昨日嫁さんと一緒に我が家へ退院してきました。産後の諸々が落ち着くまで1~3週間ほど我が家で過ごす事になったからです。

迎える準備としてTVを購入しBS受信の工作を施し、風呂のボイラーを交換しました。

それはともかくとして、その赤ん坊の名前が「」(レイ)というのですよ。

なんとも哲学的な名前ではありませんか。由来は聞いていません。どんな思いが籠められているのでしょうか。この子が大きくなった時「何で零なの」と聞かれたとき説明責任は息子夫婦にあるのですがねえ。

何度か抱かせてもらいましたが小さくて可愛い。それにしても、家人は生き返ったように活き活きとしてきました。いそいそと立ち働いています。おかげで私もこの2日間、恵まれた食生活を送っております。赤ちゃん万歳!

2017年9月17日日曜日

2017タモリカップ参戦

去年は乗艇「AKATSUKI」のオーナーの体調不良のために参戦できず残念な思いを残したこの「タモリカップレース」に今年は参加できました。クルーの一員だった甥が夭折してしまった穴は愚息が埋めてくれ良いチームができたと思います。       


9月9日(土)、とても良い天気でした。


上の写真は出航直後に別の艇からAKATSUKIを撮ってもらったものですが、ここには私は写っていません。実は私、出航準備中に桟橋から落水しまして、この時はキャビン内で全身着替えをしておりました。ドジな事です。        

レース前には「みらいへ」(中央の3本マスト)の前を観艦式のように行進して艇名をコールされてレースへの正式エントリーとなります。みらいへのデッキ上にタモリさんが船長服で立っていて「行ってらっしゃーい」と手を振ってくれます。
       


180艇以上の参加があり壮観です。この時はまだ風がありました。ところが徐々に落ちてきてスタート時刻にはほぼ無風状態に陥りました。舵も効かない状態です。

15時までにフィニッシュできないとDNF(Don’t Finish)となりポイントがもらえなくなりますが、我々はDNS(Don’t Start)つまりスタートラインすら切れないのではないかとの思いにとらわれました。スタートの号砲が鳴ってもなかなかスタートラインが切れません。スタートは風上に向かってなされますが無風では如何ともなりません。それどころか潮の影響で後退して岸に寄せられ行く始末です。

それでも何とか奇跡を願って15時まで粘ってはみたのですが第1マーク(スタートラインから風上に約1マイル先に設置)の姿すら見ることができませんでした。

不完全燃焼のままマリーナへ戻り、行き交う参加者に「フィニッシュできました?」と尋ねると全員「だめだった」との返事でした。

夕方からはお楽しみのお祭り騒ぎのベキューパーティーで盛り上がりました。これが毎年楽しい。

只、他に楽しみが残っていました。パーティーは「表彰式」でもあるのです。10以上あるクラス毎に優勝艇が表彰されるのですが(後でわかった事ですが完走できた艇は30艇にも満たなかった。それもレース仕様の特別クラスで早い時間にスタートしている)クラス中全艇フニッシュしていないとなると「抽選」になり、我々にもチャンスが巡って来たのです。本来の優勝よりこちらの方が確率は高いなどと情けない事を話しながら待ちましたが、こちらもダメでした。残念!

只、抽選当たりの艇にもトロフィーだけで「副賞」(賞品)がないのを知ると「まあ、それほど悔しがる事もないよね」と変に胸をなでおろしたのであります。やっぱりさもしいのかな。あとは飲食に集中し食べ過ぎました。

何よりもオーナー家族と友人、息子と海の上で一日が過ごせた事がたまらなく幸せを感じさせる出来事でした。