2023年8月31日木曜日

8月までの走行記録

 今月下旬、いよいよ盛岡⇒大間のツーリングに出かけます。

宿の予約は全て完了、帰りの函館⇒羽田のチケットも予約完了です。残りは往きの東京⇒盛岡の新幹線チケットだけです。これは2週間前で大丈夫でしょう。

今日、DAHON(愛人一号)のブレーキシューの取り換えも終わり、整備・清掃も施し、畳み輪行バッグに詰めました。

ふと思い立って年初から8月までの走行記録を残しておきます。

   (年初・積算値)   8月末・積算値)    走行距離

 本妻号  46,030㌔    46,129㌔     399㌔

 愛人1号  5,364      5,986      622

 電動車   1,340      2,505      1,340  
                                                    54,620  ㌔       2,186㌔

という記録でした

2023年7月21日金曜日

下調べは楽しい作業です

 目下9月予定のツーリングの下調べ中です。


先ずはコース状態という事でNAVITIME(自転車)で概ね50㌔ごとに表示させて、PrintScreenでWORDに貼り付けプリントアウトさせています。下の絵は全体コース(奥中山高原⇒大間)を出したものです。本当はスマホで現場でスイスイ見られるようにしたいのですが…。

それによると距離は概ね250㌔、標高差は大したことなしと判明し少しほっとしています。これからはその日ごとの細かい状況を見ていきます。

これからの仕事は宿泊場所の調査です。前回でかなり苦労したので今回はすっきり行きたいものです。只、コースは都会地でも観光地でもないので「楽天トラベル」などでは見つからない所が多いようです。これも現地でスマホでスイスイ調べられるようにしたいのです。

それと「迂回ルート」。鉄道僻地なので一応バス路線なども調べてはおきます。

最終は大間⇒(フェリー)函館⇒(航空機)羽田となるのでその路線関係も調べておきます。

2023年7月18日火曜日

久しぶりの映画見物

ヴァチカンのエクソシスト」というホラー映画?をセンター北で見てきました。ラッセル クロー主演というニュースリリースだけで決めました。

大分前に「エクソシスト」という映画がありましたが、それのリメイクではありません。西欧世界・カトリック世界には厳として「悪魔」が存在しそれとの壮絶な戦いを描いたものです。また、「なぜ全能の神は悪魔の存在をお許しになるのか」と言った問いかけもあり、見方によってはかなり神学的マニアックさに満ちたものになっています。

ストーリーは「悪魔」「絶対的悪」「聖書」の基礎知識が無いととことん荒唐無稽だと思われるかもしれません。随所にコメディータッチのところがあるのも事実ですが。

ヴィジュアル的にはインディージョーンズとターミネーターへのオマージュかと見紛うところがあります。ラッセルクローは太り過ぎかと思われるのですが、相変わらず、うまいのか下手なのか、演技しているのかいないのかわからないくらいうまい❕   

「悪魔が一番嫌いなものはユーモアだ」というセリフは最高です。

蛇足ながら17世紀ごろに主にスペインで行われた「異端審問」はカトリック教会史において汚点とされていますが、その実態は「悪魔」に憑依された審問官によって行われたので、教会はそれをひた隠しにしてきた(つまり教会が悪魔に敗北したという事実を)というオチが付いています。

全て実話だそうです。興味のある方はご覧になったらいかがでしょうか。損はしないはずです。長~いエンドロールが終わり、最後の最後に、実在のモデルだった神父さんの顔写真が出ます。お見逃し無いように。

2023年6月24日土曜日

東北自転車旅、無事完了しました

 17日から5泊6日の東北自転車旅、身体も車体(愛人1号)も任務を完了して参りました。コースは前回書いたとおりです。

とはいっても始まりからつまずきました。当然のことながら単独行の積りでいたところ、家人が「心配だから」と言って同行を言い募るので、(言い出したら絶対に引かない性格です)「走り初めまでなら」という妥協をいたしました。そんな事情で5泊の内最初の2泊は家人同宿です。

次に、当初の出発は18日の積りでしたが、直前の予約だったせいか希望時間の東北新幹線の指定が取れず、前日17日の希望よりかなり早い時刻になってしまいました。

これには「輪行」ならではの事情があります。自転車を折り畳んで車輛に持ち込むわけですが、その置き場所が問題なのです。小口径の自転車でも(20㌅)折りたたんで専用袋に入れたとしても相当がさ張り、他の乗客の迷惑にならない場所としては「その車両の最後尾の二人掛けの座席の後ろのスペース」が最も適するというのが常識となっているのです。それで相当早い時刻の東北新幹線になってしまったのですが、うかつにもそれに間に合う東海道新幹線「新横浜⇒東京」がなく、結局一旦は購入した「新幹線自由席券」は手数料を払ってキャンセルしました。東海道本線経由となり家を出る時刻もそれなりに早くなりました。それだけではなく、乗り継ぎの「いわて銀河鉄道・盛岡⇒奥中山高原」がうまく行かないというおまけまでくっついてきました。

 ※ 以下の写真等はクリックすると拡大できます。         


これはいわて銀河鉄道の車内ですが、空いているのでこんな事が可能です。
             

天候はさわやか。駅周辺で冷やし中華のランチ、チーズケーキのデザートなどを食べたりして、予て予約のホテルからのお迎えの車で、標高400㍍の現在地から600㍍に移動して本日の移動終了。やれやれこれで第一段階無事終了。ホテルは背後にスキー場を控えた広々した環境、温泉も豊富でなかなかのものでした。「旅行割」というものの恩恵に初めてあずかり、かなりいい思いもしました。

(第2日目 6月18日(日))

目覚めると雲低く小雨。そんな予報では無かったのでどうせ止むさ、と楽観する。

朝食を済ませ、そそくさと愛車「愛人一号」を展開して、装備を積載し出発準備を入念に済ませる。


今日の予定は、昨日銀河鉄道で辿ったコースを逆に下ります。600㍍の高原から家人が待つ盛岡駅前のホテルまでダーっと下るだけのボーナスステージ。約50㌔の予定。楽勝の予感。只々国道4号線の歩道・側道事情が不安なだけです。 9時出発。
     

気温26度程度で本当に疲れも感じず15時ホテル到着。心配だった「側道」もほとんどの部分に付いていて危ない目には一度も会いませんでした。下り基調とはこんなに楽ちんなものかと予想通りに満足しました。コース設定の勝利❕。弱者の戦略とはこういうものではないでしょうか。

只ホテルの自転車対応が不満で(ホテル内には駐輪場所がなく公営の駐輪所を指示される)折り畳んで室内に持ち込みました。夜は居酒屋で「旅行割」を使って豪華夕食。

走行距離 53.52㌔  平均速度14.9㌔  最高速度 49.0㌔
走行時間 3時間35分


(第3日目 6月19日(月))

いよいよ本格的な?ツーリングの始まりです。良い天気。家人に見送られ8時出発。その後家人は真っ直ぐ帰宅したそうです。


実は事前の準備として、「ツーリングマップル」(バイク旅行者の必須地図帳)を切り取り、コース順に揃え、それを基に旅程表を作成するなど一応の計画は立てております。



それによると本日の予定は「北上」まで51.2㌔となっています。今回のツーリングに際して1日に40~50㌔くらいが適当ではないかと考え、全体が230㌔なので5日間を想定したわけです。

とにかく順調に進み、花巻を過ぎた辺りから北上より先の水沢まで行けるのではないかと思い始めました。そのための欲が出たせいか、何故か道を2回も間違え(ちゃんと道標に従っていたので原因不明)、おまけに工事中個所が多くその度に緊張を強いられて65㌔を過ぎた辺りから走るのに飽きてきました。疲れもありました。

あと数キロで水沢という所の道際に「民宿さとう」の看板を見つけ走り込みました。金ヶ崎という町でした。 15:30民宿着。

走行距離 71.55㌔  平均速度 15.3㌔  最高速度 31.2㌔
走行時間 4時間40分


(第4日目 6月20日(火))

天気は最高、しかも珍しく北風が吹いている。つまり追い風。今回のコースはひたすら南下するだけなのでありがたい。


8時民宿出発。

とても気持ちよく走れて、時間の余裕がありそうな気がして、今回唯一の観光地「中尊寺」へ寄ってみました。しかし自転車は奥に見える鳥居までしか行けず、茶屋で一休みしようとしても自転車を店前に停めるなと言われ、そそくさと退散しました。

その後快調に進み、この橋は国道4号線上で東京から500㌔表示がありました。11:40撮影です。そういえば昨日のどこかで555㌔表示を見つけ縁起がいいなあとバカな事を考えたのを思い出しました。

メモによると13:30にはもう50㌔を走っていました。

今日のコース上にはという程ではありませんが、標高差数十㍍、長さ1㌔~2㌔の登りが(多分)10個所以上あり段々ボディーブローのように効いてきました。それでも2年程以前に地元のサイクル店に無理を言って大ギヤを1枚増やしもらった効果で1回も歩かずに済ませました。(休憩はしましたが)最終日まで貫徹しました。根性です。何と言っても今回のツーリングはリハビリ、体力・筋力快復の確認が目的なのです。

栗原」を目的に決めてからのホテル探しには苦労しました。休憩中の作業員に聞いたホテルは教えられた通りにあったのですが(最近の若者はスマホですぐに探して地図を出して、ここを真っ直ぐの5㌔程の右側です、と教えてくれます)、ツインの禁煙室しかないとの事で別のホテルを教えてもらいそこに向かうも、満室ですとの事。ほんまかいなと疑いつつ、街中で高校生にどこかこの辺で泊まれるところがないかと尋ねたものの(聞いた相手が悪かった)何かとんでもない遠方を教えられ、少しそちらに向かったのですが思い直し、一番目のホテルへ取って返し、さっきの部屋は未だあるか聞いて、結局そこに決定。

15:40ホテル到着。

走行距離 65.76㌔  平均速度 13.8㌔   最高速度 35.9㌔
走行時間 4時間45分


(第5日目 6月21日(水))

5時半ホテル発。

ホテル近くのセブンイレブンで買っておいた鳥の胸肉と卵のサンドウィッチと牛乳の朝食を部屋で食べて早朝から出発。これは自転車旅としては普通の出発時間です、特にキャンプツーリングの時には常識なのです。自転車旅は「午前中が勝負」なのです。

走り始めから「1時間10㌔」のペースを機械のように刻んでいきました。走っている時のメーター表示は概ね時速18㌔オーバーなので、いかに停まっている時の時間が長いか、または小休止の回数が多いかわかるというものです。

この分ならどんなに遅くても15時には仙台に着ける、今日中に帰宅できるだろうと、7時半頃家人にLINEした程です。

朝食が早かったので10時には昼食をとろうと飯屋を探しながら走るも、大体11時開店だったり、MACの看板を見たのでショッピングモールの中を探したら改装中閉店だったりで、やっと10時45分ごろドライブインでの昼食にありつけました。しかしながらここでラーメンとミニ豚丼のセットを頼んだのが間違いでした。ミニ豚丼の方のご飯を半分くらいと注文したのですが、やはり食べ過ぎだったようで、ご飯を残す程度の自制はしたのですが、やはり苦しい。腹が落ち着くのを待ってから走り始めたのですが、思うようにはペースが上がりません。

50㌔近く走って疲れが溜まってきた頃南からの向かい風が強まり、加えてアップダウンの度合いがやたらと増えて来て、60㌔程走った段階で仙台泊りに変更しました。市内に入った様子なのでホテルなど選び放題だろうとキョロキョロしながら走るも、あるのはラブホばかり。明日の時間もあるのでなるべく駅から距離のあるところで泊まりたい一心で、慣れないスマホのお世話になる事にしました。

グーグルマップで現在地を求め、一番近そうなホテルを選定しナビを始めたのですが、指示通り走ったつもりがグルリとその辺りを一周して元に戻ってしまったりで大騒ぎでした。しかも街中の走りなので少しも楽しくありません。そんなこんなでやっとホテルにたどり着いたのが15時45分。部屋がとれてホッとしました。もちろん禁煙部屋ではありましたが。
夕食は近くの回転寿司。

走行距離  74.19㌔  平均速度 13.0㌔  最高速度 29.5㌔
走行時間  5時間40分


(第6日目 6月22日(木))


ホテルの朝食をゆっくりと食べ、ロビーで無料のコーヒーを2杯も飲みつつ、読売新聞を丹念に読み、おもむろに9時ホテル出発。

走ってみれば5㌔で仙台駅到着。一応これで目的は達成。以前仙台から北海道へのフェリーに乗るために自走してきた時もそうでしたが、観光しようという考えが起きないのです。せっかく小回りが利く旅行スタイルをとっているのに勿体ないとは思うのですが、これからの課題としてとっておきます。実はこれからが相当の苦労をする事になるのです。

帰宅に際しては荷物の関係上ラッシュアワーはどうしても避けたいので、2時位には自宅へ着きたいし時間は十分にあると思っていました。

まずどこで切符を買ったらよいのか分からない。「みどりの窓口」などは1階には見つからず、(ひょっとしたら反対側の口はあったのかもしれない)JR自体が2階以上だとわかるまで相当の時間がかかりました。

2階に自販機があったのですが、往路の切符で説明したような事情のややこしい事が自販機でできるとも思えず、近くの女性駅員に聞いたところ「画面の指示通りにやればできる」との事だったのでトライする事3度目でやっと買う事ができました。

その段階では未だ自転車を畳んでいなかったので列車選びにも気を使いました。一番近い列車には15分くらいしか余裕がなく諦め、結局その次の次の列車にしました。それも希望とは程遠く、先頭車両3列シートの真ん中でした。世間の人たちはこんなにも旅行、移動をしているんですね。私が世間知らずでした。ホテルと言い列車と言いこれ程予約が取れないとは驚くばかりでした。

自転車の折り畳みはその自販機の前のスペースで行いました。折り畳みは驚くほど順調にできたのですが荷物まとめが大変でした。往路には家人が持ってくれてたフロントバッグをリヤに積んでいた防水バッグに詰め込もうとしたところキツキツで中身を少し抜いてやっと全体を収めました。防水バッグの口は完全には閉められませんでしたが背負って帰る分には支障がなく、これで袋入りの折り畳んだ自転車と、背中に背負うバッグのふたつに纏められたとホッとしました。但し、自慢の折り畳みヘルメットはどうにも収まらず輪行バッグに括りつけました。出発までの時間つぶしも大変でした。荷物のためにウロウロするのも億劫だし、幸いウェストポーチに文庫本を入れてきたので何とかベンチに座ってしのげました。

新幹線乗り場は3階です。エレベーターには助けられました。ありがたかったです。車内ではデッキに立てかけベルトで縛っておいたところどこからも文句は出ませんでした。尤も停車駅は確か大宮、上野の2駅で乗降客もそんなには居なかったせいも有るかもしれません。

東京駅での新幹線乗り換えはスムースで新横浜まではデッキに立ちんぼ、さすがに地下鉄を使う気にはなれずタクシーで自宅まで。多分2時位に帰着しました。

我が家のウェルカムコーヒーの旨かった事…。

https://timeline.google.com/maps/timeline?ved=0ENaiAggAKAA&pb=!1m2!2m1!1s2023-06&gid=110458104760754439387&pli=1&rapt=AEjHL4PXtVxBHd5J8FnojiAMS43D_RHbdbusKIOjS4q-7IqNSC-S1o0BMmK0Wa-btuqJmiUzgoAp2czLhfeYLeWPEdMmItdYqw

ひょっとするとここから当時のタイムラインが見られるかもしれません。







2023年5月25日木曜日

愛人一号(多分)最終形

22日に新宿で大学のクラス会がありました。7人参加予定のところ一人コロナに感染してしまい6人出席でした。全員よく食べ飲みましたね。そしてよくしゃべる。自分も嬉しくなってしまいました。驚いたのは「実はあの時はね…」という事実が出た事です。半世紀以上経たないと、逆に言えば「もう時効だろう」という事を皆持っていたなんて驚きでした。きっと墓場までは持っていけなかったんでしょう。

そして23日は定例の「内分泌内科」(糖尿病関連)の検査、診察に行ってきました。決して絶好調という事では無かったのですが、取敢えず問題なし、といったところでした。ただ、前回の時から「骨粗しょう症」の前兆が出ているという事で薬が処方されそれは持続しようとなりました。そして血糖値を下げる事に関してはインスリン注射をやめて、薬物に変更しました。そんなこんなで、毎朝5錠も薬を飲む羽目になりましたがまあ、止む無しといったところです。

そんな近況ですが、いよいよ「ささやかな野望」 への秒読みが始まりました。

仙台から大間まで愛人1号で繋ぎたいという思いが、出来るうちにという思いと共に強くなり6月の下旬頃を目途に動き始めました。只その間500㌔を一気に…というのはためらわれ、取敢えず「テスト」として、仙台⇒盛岡(約200㌔)を走る事にしました。一週間の予定です。

コースを地図であたり、部分距離を積算して構想を練っている内に、実は盛岡から北40~50㌔のあたりが高原地帯となりヘタレの私としてはいささか臆病にならざるを得ませんでした。そこでさっと頭を切り替えるのが年寄りの知恵というもので、目的は仙台から大間まで「自転車で足跡を残す」なので「逆方向でもいいじゃん」とした次第です。つまり、今回は盛岡まで新幹線で行き、さらに「何とか銀河鉄道」にて高原のピークまで輪行して、そこから逆に仙台まで走る。結果が良ければ、その仕上げとして(多分今秋)そのピークから大間まで約300㌔走るという構想です。

その第一として愛人一号の整備にとりかかった次第です。ここからが今日の本題です。

以前記したように前後タイヤ・チューブと後ろブレーキワイヤーの交換は済ませてあり、つい最近、前のブレーキワイヤーと変速機のコントロールワイヤーを新品に取り換えてもらいました。(これは予想以上経費がかかりましたが走りの快適性と安全に関わる事なので必要経費です)その結果には十分満足しています。

改装の結果が下の写真で、その全体像です。すっきりしましたね。

今回の整備の目的は「輪行」をしやすくする、折りたたむのに邪魔なものは取り去る事なので①以前自作した後ろのアルミの荷台を外し、その代わり簡単に取り外しできる荷台を購入しました。輪行時には新規購入の防水バッグにしまって移動し、いざ走るときに取りつけます。この上に先程のバッグを載せ括りつけます。②ハンドルに取りつけていたフロントバッグ用のアタッチメントを取り外しました。今回のツーリングには「しまなみ海道」で使用した大型の改造フロントバッグを使う予定なので不要となりました。大きくはこの2点です。
その他。上の写真のサドルバッグはツーリング時には使用しません。中身はツール類、ライトなのですがそれらはフロントバッグに収納します。四角の小さく見えるリアライトですが、これは今回新調しました。充電可能な高輝度なLEDランプです。センサー付きで暗くなったり、振動があった時には自動的に点滅します。ブレーキをかけると3秒間点灯するというのですが未確認です。本番ではサドル下に直接取りつけます。
これは新調したワイヤーキーです。従来、チェーンキーを小ケースに入れサドル下にぶら下げていたのをよりスマートな形にしました。
死蔵されていた空気入れはハンドルポストに括りつけました。これなら折りたたむ際に邪魔になりません。
先程記したようにフロントバッグのアタッチメントを外したので、ハンドル廻りがすっきりしました。バックミラーは輪行時には外します。多分サイクルコンピュータも外します。

以上が今回のツーリングのための改変でした。今日も夕方、近場を10㌔程走りましたが本体は極めて順調でした。

後は体調維持、強化ができれば申し分ありません。

2023年5月11日木曜日

また訃報  原 尞

昨日、毎朝恒例の血糖値検査キットの針と電極 (一日一回の使い捨て)が無くなっている事が発覚しました。別に落としたとか捨ててしまったというのではなく「まだある、まだ残っている」と思い込んでいただけの事なのですが、病院へ問い合わせたところ、明日の午前中にA2の受付に来れば出しますとの事で、早速今朝出向きました。思ったよりスムースに事は運び、支払いまで(と言っても本日は請求ゼロ円)1時間とかかりませんでした。

家に戻り改めて新聞を見ていると原尞さんの訃報が眼に飛び込んできました。


原尞という作家は私の読書歴の中ではそれ程のボリュームを占めているわけではありません。寡作で早川書房からしか著書を出さないので、それは当然なのですが、どこか引っかかる作家でした。

ハードボイルド」という分野はなぜか日本ではそれほどブームになる事はありませんでした。ハードボイルドの定番は、私立探偵、美女(薄幸・若しくは絶世の)、暴力・拳銃といったところですが、どれも日本にはなじみがありませんので、それ程の大ヒットにならないのでしょう。ハードボイルドの定義は読者の数だけあると思いますので省きます。それにしても早川からしか出さないという姿勢もハードボイルドではありませんか。

私自身、大藪春彦のバイオレンスにぶったまげた高校生時代以来、一般教養としてチャンドラー、ハメットの作品はいくつか読んだのですが、その系統に溺れる事はありませんでした。長ずるに及んで、結城昌治や生島治郎、大沢在昌など「それ系統」のものを経て原尞さんに至ったわけです。


きっかけが何だったかは全く覚えていませんが、「あっ、これ、本物のハードボイルドだ」と興奮したものです。本人がジャズピアニストだという点も納得の作風です。

もし未だお読みになっていないようでしたら、お勧めです。決してご損はさせません。

2023年5月5日金曜日

5月3日八景島

5月2日昼頃、ほぼ下記の内容のLINEが娘からありましたが、その後決定連絡が無かったので、多分家庭内の事情でまとまらず、この計画はなくなったと思っていたところ、突然翌3日の朝、既定事項のように下記のLINE連絡があり行事がスタートしました。私は愛人1号使用です。

 「おはようございます。本日、まあくん➡️家から八景島までランニング 子どもたち➡️岸根経由で八景島まで自転車 私➡️岸根経由で、母をピックアップして八景島まで車」

実際は娘は自宅まで車で来て、ここからは家人と一緒に電車で行くことになりました。何となく去年の「しまなみ海道」の様相を呈してきました。まあくんの達人・変人ぶりも健在の様です。

孫A・Bと家を出て表通りに出たところで、丁度まあくんが向こうから走ってくるところと出くわしました。速い❕ 簡単にルートを打ち合わせ、いったん別れたのですが、途中の八幡橋の神社で小休止をしているところで追いついてきました。速い❕ ここまでが我が家から15㌔程、まあくんと孫A・Bはプラス10㌔です。

            
お祖父さん(私)とA・Bは目標通り12時位に八景島到着。22㌔。まあくんは10数分後に到着。

実は息子親子も八景島に先に車で着いていて、当地で合流という話が出来上がっており、5歳の孫CもA・Bに遊んでもらえるのを前の晩から楽しみにしていたという事で、休む間もなく入園して、先に到着していた家人、娘達とも8人の団体が奇跡的にほぼ予定通り合流できた次第です。

とにかくものすごい人出です。しかも上天気。ABCは色々なアトラクションを楽しみ倒し、私は日陰を選んでゴロゴロしておりました。

問題は帰途です。腰が引けてたAは当初、自分の自転車をまあくんに託して、本人は車に便乗するつもりだったらしいのですが、私が息子の車に便乗して、まあくんが愛人一号で我が家までABを連れて帰る事に同意してくれたので目論見が外れしまいました。たまには親子3人のサイクリングも良いものではありませんか。それにしてもまあくんには驚かされっぱなしです。                                

                                             (娘が作成)                   

息子親子は我が家泊りで、その後もいろいろな事が起きましたが、何ともせわしくも楽しい連休イベントでした。