2011年10月5日水曜日

2011ツーリング 12日目(8/29)



7:00 ホテルのサービス朝食をいただいて出発


今日の計画は、先ず山陽本線沿いに岡山 へ出て、国道2号線(R2)ではなく従来の山陽道(R250)播州赤穂まで(約70㌔)。その先に行くかどうかは、その時点で決める事とした。姫路まではどうだろうか?


8:30 19㌔ 岡山市街を抜けR250にでる。この辺りからは新幹線沿いに変わる


10:50 45㌔ 一旦R2に合流して再度R250に分かれる 小休止。下の地図でピンの位置。 


ところが、どう間違ったか、又もR2に戻ってしまい、あわてて?R250へ復帰したのが上の図。おかげで4㌔程余分に走る事ができた。そのままR2を行っても良かったのだが、「マップル」によると、トンネルの多い峠地帯で「交通量多い」とあるのでR250に復帰した次第。以降JR赤穂線に沿って行く。


11:50 55㌔ ひなせ海の駅 マグロ丼の昼食


12:30 出発 


13:00 60㌔ この辺りからちょっとした峠地帯となり(といっても100㍍程度なのだが)「押し歩いてはダーッと下る」を繰り返す。


13:35 65㌔ そんな峠の一つで兵庫県赤穂市に入る


14:45 73㌔ 播州赤穂駅前


ここで少し迷った。本日は赤穂でストップという選択もある。現在時刻が微妙なのだ。これがあと30分遅かったらためらわずそうしたと思う。結局、13㌔先の相生まで頑張る事にした。


ところが走り始めてものの30分位で、下の写真のような峠地帯に差し掛かってしまった。


改めて「マップル」を見直すとJR赤穂線の高取トンネルが下を走っている。結局2㌔以上押し歩くハメとなる。しかも九十九折の登りで、碓氷峠のようにカーブ毎に番号がふってあり、下の写真の少し先がピークとなる。70㌔以上走った後の登りはきつかった。

本来下りは楽しいのだが、ここからの下りは怖かった。大型車の通行が多く、後方を気にしながら、時には無いに等しい路肩に停車しつつやり過ごし、後続車が見えない隙を縫って走り下りる、そんな連続だった。


相生には縁がない。只、亡くなった義理の叔父が石川島播磨重工勤務で、良く相生に出張していた話しを聞いていた程度だ。それも結構楽しい事があるような口ぶりだった。確かにかなりの工業地帯だ。


16:30 ホテルチェックイン


ホテルのオヤジが「うちに泊ったら、ここで食事を食べなければ損だ」と言うので+800円で払った。かなり期待したが、別に……?という程度だった。


本日の走行距離 85.26㌔  走行時間 5:42 平均速度 14、9㎞/h

2011ツーリング 11日目(8/28)

6:00 ホテル出発

今日の目的地は倉敷、(およそ80㌔) ざあっと「マップル」を眺めても、それほどの難所はなさそうなので、まあ、のんびりと行けそうだ。

走り始めて間もなく前方に尾道大橋が見えてくる。実はこの道を2008年10月5日にも走っている。

四国ツーリングの途中、どうしても「しまなみ海道」が走りたくて松山からにフェリーで渡り、その日は呉から、かなりの雨の中を尾道を通り向島→因島→生口島まで115㌔を走っているのだ。途中の風景など殆んど記憶にない。しかも宿泊地すら目途が立っていなかったので、少し焦り気味で走っていた。

尾道の町の記憶は観光案内所を兼ねたガソリンスタンドで休ませてもらい、しまなみ街道の地図や旅館情報をいただいたりできて嬉しかった、という事に尽きる。今回もここで観光をする積りは無いので、駅前の写真を撮ったくらいで、さっさと通り過ぎてしまう。

7:02  14㌔ 尾道大橋の下を通過

今日も基本的には国道2号線を走っているのだが、「こんなに多いか!」と思う程バイパスが多い。これを避けて走るように心掛けているのだが、道路標識ではこちらが「本道」扱いなので、うっかりすると、そちらに誘導されてしまう事がある。それでも現実問題として(危険度など)走れればそのまま行ってしまうことがあるが、場合によっては「自動車専用」となっており、それはそれで、悔しい思いをすることがある。


8:20 30㌔ 何か音が気になったのだろう、小休止をとり携行している潤滑油を注した。


9:30 広島県から岡山県へ これでようやく第二ステージも道半ばに差し掛かった。


10:00 50㌔ 笠岡のスーパーで休憩


スーパーはコンビニよりゆったりしており、休むには適しているし、また、安い。


11:00 57㌔ 鴨方付近の食堂でランチ(カツ定食) それにしてもよく休むもんだ、と自分でも思う。


11:45 出発


12:50 70㌔地点


ここでも成り行きで「玉島バイパス」に入り込んでしまった。しばらくは普通に走ってきたが、高架に差し掛かるともういけない。首都高を想像してもらえばいいだろうか。あそこを自転車で走るのにはよほどの豪胆さが要求される。私は小心者なのだ。とても怖くてできない。


インターチェンジ風のところで降りて、下の道を走リ始めた。午後からは猛烈な暑さとなっており、高架下の日陰を見つけ縁石に腰を下ろし、ほっとしたとたんに眠気に誘われ寝込んでしまった。



多分、数分しか経っていなかったと思うが、クラクション音で起こされた。パトカーだった。一応「大丈夫ですか」と声をかけられ、当方の安否を気遣う言葉遣いではあったが、あれは、一種の不審尋問だよ。もっとも、尋問されても仕方ない状況だとは思うが…。寝転んだ足先が道路にはみ出しているので、危険だから引っ込めてください、と言い残して去っていった。また、寝込む。


13:20 73㌔ 倉敷まで数㌔なのに、またスーパーで白熊クンを食べたりしてお休み


14:15 78㌔ 倉敷美観地区到着

朝早くスタートしたせいか、それほどの難所が無かったせいか、かなり早く倉敷に着けたので、「美観地区」に足を伸ばした。日曜日だということもあり、相当の人出。それらに混じり歩いた。日陰の店先ではお約束のようにカキ氷をいただき、景観を心ゆくまで楽しんだ。実は当地には30数年前に来た事があり、大原美術館やアイビースクエアーなどにも行ったものだが、今回は全くその予定はない。


町中に戻りホテルの目星を付け、とりあえず予約だけして(チェックイン時間には1時間程あった)また、町中へ戻る。大通り脇の店先のベンチで寛ぎながら、一日中気になっていた車体に固定するボトルホルダーの付け直しをする。ここでは携行品の細引きが出番となる。そんな応急修理でも帰着まで十分耐えてくれた。


その店で売っているどれでも100円というソフトクリームやカキ氷は飛ぶように売れていたね。私は両方とも買いました。別におカネに困っているわけではないが、100円は嬉しい。きっと皆さんもそういう事なのだろう。上手い商法だといえる。


16:00 ホテルチェックイン


(以下は、ルーティーンとなった感のあるチェックイン後の大体の過ごし方)


部屋に入ると先ず冷房を最強(温度設定があれば20℃)にして、着ているものを全部脱いで、シャツ、パンツ、タオルハンカチを全て洗面所のシンクに浸し洗剤をパラパラと振りかけてから、ベッドにひっくり返りウトウトとする。目覚めたら(概ね30分後)風呂場でシャワーを浴び、その際には走行中使用していたタオルを使う。タオルの洗濯が不要となる。その後、髭をそり、洗濯を仕上げ、それを適当な場所に干し、部屋着(ポロシャツと長パンツ…、宿泊先滞在中はこのワンセットで間に合わせる)に着替え、テレビなどを見て世間の情勢を眺める、特に天気予報は重要だ。そして、町に出て夕食をとる。


このテルにはサービス夕食があるので館内食。因みに朝食もついて¥4590。


下の写真は当ホテルのサービス夕食 これで十分です。


食後は、人通りが殆んどない美観地区を散策


本日の走行距離 79.78㌔  走行時間 5:20  平均速度 14.9㎞/h

2011年10月4日火曜日

2011ツーリング 10日目(8/27)

  5:45 ホテル出発  平和公園まで走り、元安川を見ながらパンとミルクコーヒーの朝食。鳩にもパンを少し分けてやる。 (お断り : 今日は走りがきつく撮影の余裕がなかったらしく、途中の写真がない)


6:15 公園出発 心積りとしては、少し頑張って、尾道まで(約90㌔)行こうと思う。

市街地を抜けると、R2は山陽本線に沿ったコースを辿る。「マップル」にも「大型車多し 注意!」の注釈がある通り、私のメモにも「8:05 23㌔ R2アブナイ」と書いてある。そろそろ登りにさしかかろうかという辺りだったと思う。幅員が狭く(全く側道がない、普通はある白線すらない)大型車がビュンビュン走り、こちらは全くスピードが出せない状態で、最悪。以前、北海道の釧路湿原の横断道路でも同じような羽目に陥り、そのときは引き返した、が、今回はそうもいかない。行くしかない。この8:05のメモは逡巡しつつ立ち止まっていた時に書いた記憶がある。標高300㍍位まで登る。

9:10 30㌔ 八本松辺りで峠を越えると山陽本線から離れるバイパスに入り、下りとなり一息つく。

9:50 40㌔ 今度は山陽新幹線の「東広島」近くでバイパスが終わる。以降は新幹線に沿って走るのだが、その区間殆んどトンネルとなっている、つまり、山岳地帯ということだ。

10:30 43㌔ セブンイレブンでおにぎり昼食

10:45 45㌔ 登りの後、ちょっとしたトンネルを越えると、今度は数㌔の下り。嬉しい。しかし

11:30 53㌔辺りの新庄からはまた登りが始まり、殆んど歩いて

12:00 56㌔ ピークに至る。ここで標高約200㍍。200㍍というと箱根峠や碓氷峠と比べると何でもないと思うかもしれないが、勾配がきついのか、脚が弱すぎるのか、25㎏の荷物が重過ぎるのか、それとも暑さのせいか、とにかく大変な思いをする。しかし、そこからはかなり長い、多分10㌔近くの下りがあり、今日一番の快感。これがあるから峠は楽しい?

14:00 72㌔ 既に三原市に入っている。ここで丸亀製麺の看板を見つけ立ち寄り、カキ揚げうどんの間食をいただく。この丸亀製麺は自宅の近くにもあり、美味しい讃岐うどんを、立ち食いソバの値段で食べさせるので贔屓にしている。

この頃にはもう尾道は諦め、三原泊りを決めていた。とにかく疲れた。小さいものも入れると5つ位峠を越えたのではないだろうか。

三原の街に入ってからは、港(三原港からは瀬戸内海の島々へたくさんのフェリーが出ている)の待合室でアイスを食べたり、体を冷やしたりして時間をつぶし

15:30 ホテル チェックイン 一刻も早くグダーっとなりたい一心で早すぎるとは思うがチェックイン。

夕食はラーメンセット(コーヒー込みで¥830)

本日の走行距離 77.02㌔  走行時間 5:26  平均速度 14.1㎞/h

2011年9月30日金曜日

2011ツーリング 9日目(8/26)

3:30 起床

もちろん、まだ真っ暗。旅館の玄関先で荷物の搭載して、数百㍍離れた埠頭に向かう。別に時間の余裕が無くて焦ったわけではないが、ここでヘルメットを積み残してしまった。徳山到着後に気付き、旅館に電話をして、横浜の自宅に送っていただく事お願いをした。殆んど被る事がなかったので実害は皆無だったが、とんだ迷惑をかけてしまった。その旨を横浜に電話すると家人が笑っていた。前回の北海道行きの時には水戸のホテルに「入れ歯」を忘れて来たが、困ったもんだ。



4:20 竹田津 出航


5:40頃 周防灘洋上で日の出を迎える。 美しく気持の良い朝日だった。


6:20 山口県周南市徳山港入港 写真は乗船の「くにさき」


街中のコンビニでおにぎりを買い、確かバス停のベンチで朝食。食パン、タバコなども買い込んで、街外れまで走り国道2号線に乗る。


いよいよ第二ステージ(山陽地方)の始まりだ。


7:40 10㌔地点 R2は海岸沿いの光市方面に行くR188と分かれ、内陸へと進んで行く。JR岩徳線と山陽新幹線に沿ったルートだ。



9:15 28㌔ 西長野(山の中の町です)の郵便局に寄り、いささか現金を引き出す。どうも今回はホテル・旅館泊まりが多いせいか、現金の減りが早いような気がする。


10:00 37㌔地点(上の地図で赤線と青線が分かれるところ)


長い登りの後、道路が左右に分かれる地点に差し掛かった。左はR2、右は県道15号となっている。丁度、道路地図(ツーリングマップル)のページがわずかな距離で2ページも変わる変則的な部分にあたり広域がわかりにくかったのだが、改めてよく見ると、どうも、R2よりR15のほうが錦帯橋への近道のように見える。しかもそこから先R2はかなりの峠がいくつかある。それに、目の前に見えるR15は明らかに下っている。これはここを行くしかない。


ものの数百㍍下ると、左側に駐車場風の広場があり、駐車中の軽のワンボックスの側で男がしきりに手招きをしているのが見えた。


何だろうと思いながら近付くと、「どこから来たのか」から始まり、いつもの会話が進んで、もとより当方そのような会話が嫌いなほうではないので、休憩がてら話していると、唐突に「この先は行かない方がいいよ」と言われた。そのおじさん(私より年上)によると、このR15は元はといえば県営の有料道路で、この先の長いトンネルなども、歩行者や自転車を考慮して作られておらずとても危険だというのだ。しかもそのおじさんは元道路公団勤務で、界隈の道路事情には通じていて、危険さは保証?するというのだ。確かに眼前の交通も激しい。


と言われても、また坂道を登ってR2に戻り、さらにそこを走るのには抵抗があり、何度もそのようなトンネルを通ってきたことだし、半分危険は承知でこのまま進もうと思いはじめていると、「軽トラなら自転車ごと載せてやれるんだけど、これじゃあ無理だろうなあ」と言っていただいた。嬉しかったです。私は直感的に「載せられる」と信じた。「いえ、多分載るだろうと思います。やってみます。ありがとうございます」と反射的に応えていた。


載せられました。で、結局、荷物を積んだままの自転車ごと錦帯橋まで運んでいただいた。途中3つのトンネルを抜けたが、特に最初の長いモノは、気のせいか一般国道より幅員が狭い感じがして、大型車とすれ違う時など、きっと、寿命が縮む思いをした事だろう。


あとからの知識だが、このR15は通称「欽明路(きんめいじ)道路」といい、近くにある欽明天皇ゆかりの同名のお寺から付けられた名称だそうで、やはり同名の難所の峠をくりぬくように出来たそうだ。


トンネルを抜けた辺りで十分と思っていたところ、錦帯橋のたもとまで連れてきて頂き、なんとお礼を申したらよいか、石原さん、本当にありがとうございました。



10:45分 37㌔(自転車走行距離) 錦帯橋 着


錦帯橋には以前出張のついでに来た事がある。2度目にこんな形で来るとは思いもやらなかった。時間を少し得したような気持で、河原で足を流れに浸して遊んだり(例によってカンカン照り)そこの小屋でダンゴの昼食をいただき、カキ氷を食べ


11:30 出発 再度R2に戻り


12:15 小瀬川を渡り広島県(大竹市)に入る


13:40 宮島口 着


宮島には2回来た事があり、今回はこちらから眺めるだけにして、殆んど休憩に充てる。休憩には当然アイス・氷は欠かせない。




海岸線に沿った平坦なR2を廿日市を過ぎ、


6:20 82㌔ 広島市内に入ってから橋をいくつも渡って、平和記念公園 着



原爆ドームを眺めながらしばし休憩。この後かなりホテル探しに苦労して4軒目で決まる。


17:30 ホテルチェックイン


走行距離 85.53㌔  走行時間 5:58  平均速度 14.3㎞/h

2011年9月27日火曜日

2011ツーリング 8日目(8/25)


前日コンビニで買っておいたソバを食べて


6:00 ホテル 出発 写真のように、まだ薄暗い。向こうは宿泊のホテル。


別府の町中のコンビニでクロックス擦れのためのバンドエイドを買ったりしてから、湾沿いを快走。


6:30 5㌔地点 写真のように空が明るくなってゆく。 なんとも気持が良い。


7:10頃 「陽谷」(別府湾の北端)辺りで、一旦日豊本線から離れ国東半島のショートカット道、国道10号線に入る。


7:50 赤松峠(132㍍)を越える、といっても私にも登れる「町中」の峠だった。この後「川久保」辺りでまた日豊本線と並行するようになり    
    


9:25 立石峠(147㍍)を越える。こちらも大した事はなく拍子抜けした。地図上に標記がある程度の峠で、しかも半島を横切るルートだからと覚悟をしていただけに肩透かしを食ったようなものだ。いや、喜んでいるのですが…。

9:50 42㌔地点 殆んど平坦な鉄道沿いの道が続き、計算通りのペースで進んでいる。宇佐神宮は近い。

10:25 46㌔ 宇佐神宮 着





竹田津へ行くにはいささか遠回り・寄り道にはなるのだが、ここに寄らない手はない。以前から訪ねたい神社の一つだった。宇佐神宮はまたの名を宇佐八幡とも言い、全国に散らばる八幡神社の総元締めらしい。私が走ってきたルートは神話に満ちた地帯なのだが、この神宮も例外ではない。宇佐神宮には三柱の御霊が祭られており、応神天皇・神宮皇后までは何となく理解できるが、もう一柱の御霊はどうも従来の土着の神様由来の三姉妹なのだ。しかも見方によっては、伊勢神宮をも凌ぐ程、皇室との結び付きが強い。とにかく、謎の多い神社だ。かなりゆっくりと参拝と見物をしてから

11:10 神宮出発 竹田津へ向かうのに、来た道を引き返すのがイヤだったので、何とか違うルートで行こうとして、結局6㌔程無駄な走りをしてから国道213号線に戻り、国東半島を時計回りに回るコースに入る。当初は平坦な走りやすい道が続く。

12:00 53.3㌔ 昼食(ラーメン)

この食堂で、思い切って、初めて、サーモスに氷をいただくお願いをした。快く応じてくれてサーモスの口切一杯まで氷を詰めてくれた。こんなうれしい事はなく、以後できる限り、昼食時に氷をいただく習慣?ができてしまった。

14:30 73.71㌔ 地点 あと少しだ。

後半に入ると、かなり複雑な海岸線沿いの、短いトンネル混じりのアップダウンの激しい道が続き、最後には

14:55 76.8㌔ 新竹田津トンネルを抜ける。

これも1010㍍の歩道・側道の無い恐ろしいトンネルだった。本当に怖かった。(過去何度もトンネルの怖さについて触れたので、簡単に言うに留めます)

15:10 79㌔ 竹田津フェリー乗り場 着



ここでお恥ずかしい話しをする。事前の調べでは、ここ竹田津から広島の徳山へは2時間毎に便があるはずだった。一体何を見たのだろうか? 待合室で時刻表を見ると午後は2便しかなく14:20、19:00発だ。あと4時間もある。オーバーに言えば、目の前が真っ暗になった。待合室と言っても冷房はなく、座りにくい椅子がいくつかあるだけだし、岸壁で釣りをして過ごすには暑過ぎる。別に急いでいるわけではないのだが、4時間は長すぎる。                                     


と、その時、明日の始発が4:20というのが目に入り、同時に岸壁の入り口付近に旅館があったのを思い出した。こんな待合室で時間をつぶすより、近場の旅館でシャワーでも浴びて、寛いで、明日の始発で出発すれば、万事上手く収まるじゃないか!


早速フェリーの事務室に相談してみると、直ぐにその旅館に電話をしてくれ、「夕食は出せないけれど…」という条件で受け入れてくれる事になった。ばんざーい。我ながら頭の切り替えの速さに惚れ惚れした次第。ピンチはチャンス。


そこの女将は親切な方で、「丁度自分も食べるところだったから」と美味しいそうめんを出してくれた。もちろん美味。夕食は改めて、先ほどのフェリー乗り場の売店で弁当を買ってきて食べた。


これで第一ステ-ジが終了し、走行距離は469㌔となった。



計画より1日多くかかっているが問題は無いだろう。1日平均78㌔走っているのだから満足だ。明日からは山陽・瀬戸内海沿いを走る。

2011年9月23日金曜日

2011ツーリング 7日目(8/24)

写真は津久見でのホテル亀の井だが、ここの2階にファミレスのジョイフルがあり、ホテルのサービス朝食が6:00から食べられる。これはありがたい。当然いただいて

6:30 ホテル出発

今日のそもそもの予定は上の航跡図とは違い、臼杵からは佐賀関半島をショートカットして、大分、別府へと行く積りだったが、臼杵の町で変更。その辺の事情は後で…。結果として正解だったと思う。

町を出ると直ぐに登りとなる。下の写真は6:53頃、先にはこれから登っていく道路が見えている。この辺りではまだ漕ぎ続けていたのだが、こういう景色が目に入ると、脚が弱く根性がない私は気分が滅入る。そして歩き始める。
7:30 6.52㌔ 新臼津トンネルを抜ける

140㍍の臼津峠を登りきるとトンネルがある。その手前で、例によって一息入れていると、傍らの野菜売り場からおばあさん(と言っても70歳なのだが)が出てきて、いろいろ話しをした。不思議なもので、横浜から来たと言うと(このような立ち話をした方は10人以上になるが)殆んどの場合、自身住んだ事があるとか息子や姪が居るとかで、横浜には縁があるという話しが出てくる。そして意外と菊名とか日の出町とか馴染みの地名が出てくるのだ。皆さんよく覚えていらっしゃる。



そんなおばあさんに励まされて、1600㍍を越える側道がない恐怖のトンネルに飛び込み、抜けた時は本当に安堵の溜息がでる。そこからは下り一本で臼杵の市街地に出るのだが、そのためには本線(R217)からは一旦降りなければならないが、これが今回は予期せぬ好結果を生んだ。


臼杵の町では小一時間程観光客になった。古いこじんまりとした城下町の風情が残っている。楽器店の店頭には「海援隊」のポスターが貼ってある。「まだ九州ではいけるんだ!」 ライブではなくトーク&ライブとは正直で良い。成功をお祈りしています。


ここからは大分を目指すのだが、半島を横切る県道21号線が近道で、当初はその積りでいたのだが、町外れで通りすがった郵便配達に、念のためにR21に至る道を聞いてみると、九六位峠がきついので、半島の海岸線沿いに行った方が良いというアドバイスをもらった。地元の方のアドバイスは貴重だ。それに従った。


9:00 26.3㌔ 佐志生(さしう)着


 


右手に臼杵湾を見ながら漁村から漁村へという細い道を走る。これで半島を回れたら最高だと思いながら佐志生で一息。下半身だけの水遊び。上の写真佐志生の海岸で、近くでは2箇所でご老人、主におばあちゃんがグランドゴルフの練習をやっていた。(実は私も町内代表選手だ)結構盛んなんだ。


ところがその少し先(下の写真)付近で行き止まり。土地の人に聞くと左手の斜面を登っていくと国道217号に出られるという。当然、それに従ったが、これが坂というより崖。殆んど持ち上げ運ぶように、10歩進んでは1分休みを繰り返しながら、ようやくの思いで国道に出られた。


それでも、なるべく海岸線を走ろうという執念は止まず、下へ降りる道を見つけては、しばらく行くと「行き止まり」というのを2回もやってしまった。下の写真・図は10:17頃 30㌔付近。往復で700㍍のロス。



10:52 36.5㌔ レストラン佐賀関





頃合もよく、ここで昼食。11時開店というタイミングだった。

この辺りを走る予定が全くなかったために、一帯は手持の地図からは外れ、また、事前の調べもなく、予備知識がゼロだった。ここが「関サバ・関アジ」のご当地だったんですねえ。店内をブラついていて知りました。思わぬ収穫だ。

いただいたのは「リュウキュウ丼」+クロメ汁。リュウキュウ丼はある種のズケ丼で美味。クロメはかなり珍しい海藻で珍味ということだが、味噌汁好きの私としては値段の割にはイマイチ。このブログ作製に際して改めてツーリングマップルを見ると、近くには「関の漁場」という漁協直営店や「関の亭」という地元で人気の店などもあり、今になってから、こっちの方が良かったのかなあなどとも思うのは、無いモノねだり、或いは、貧乏人根性というのだろうか。

12:00 出発

半島周回の(途中からはR197)快適なサイクリングのうちに次第に市街地に変わってきて



15:00には大分中心部を過ぎ(68㌔)



15:45 別府の町中心部よりやや東のビジネスホテルにチェックイン。さすがに日本を代表する温泉地だけあり、相当賑っている。



酷暑の1日ではあったが、色々楽しい事も多かった日だった。夜はホテルから程近い温泉施設で温泉三昧。私は別に温泉趣味とは全く縁のない者だが、やはり別府といえば温泉、十分に堪能した。マッサージ器にも座ってきた。夕食はファミレスで刺身中心の定食をいただく。

本日の走行距離 79.29㌔ 走行時間 5:22 平均時速 14.7㎞/h