あと10分くらいで私の誕生日になります。書き終わる頃は25日になります。私の74回目の誕生日です。これまで誕生日に際してそれ程の思いを感じた事はありませんでした。しかし今回は色々な思いを持ちました。
2022年1月25日火曜日
誕生日
2021年12月29日水曜日
今日は孫Bと鶴見川43㌔
昨晩、孫B(長女の次男 小3) から「明日暇ですか」と電話がありました。なんでも自分は暇で「一緒に自転車で海を見に行きたい」という何とも一方的なお誘いでした。しかも朝の7時位に我が家へ来るというのです。Bの家は我が家から約9㌔です。7時と言えば私はまだ寝ている時間です。それを何とか9時我が家着、10時出発という事で納得させ、「ちゃんと朝飯は食べてくるんだよ」と言って聞かせて応諾しました。私に何の予定が無かった事が運の尽きでした。
しかしながら海を見に行くと言っても雲を掴むような話だし、Bがまだ小3という事を考えると交通量の多い町中を走るのは腰が引けます。やはり引率者としてはBを自宅まで送り届けなくてはいけないとの思いもあり結局鶴見川を上流方向に行けるところまで行き、そこから適当な時間にBの自宅に行き、そこからは単身で我が家に戻るというコースに独断で決めました。これなら主に土手道を行くので安全です。
今朝、Bは9時半に我が家に着きました。一人で来たので感心はしましたが、途中で道を間違えたと言っていました。まあ、結果オーライでしょう。
しかし、若い?というのは恐ろしいもので「すぐ出発しよう」とするので、「待て、こういう時には出発前に打ち合わせ・ブリーフィングというものをするのだ」と言って今日のコースの概略を説明し、(殆ど上の空でしたが)持ち物などのチェックをして多分9:45頃に出発しました。「海へ」という希望が通らなかったのでいささか不満げではありました。
絶好のサイクリング日和で遠く富士山も望める鶴見川の土手道を気持ちよく走ることができました。
途中1回小休止。持参のお菓子や水分を補給。私がのんびりとタバコを吸っていると「早く出ようよ」とせっつくので、「自分の都合を人に押し付けてはいけない、きちんと状況判断をしなさい、今おじいさんは何をしている?」とたしなめて出発。
我が家から20㌔くらいの地点(ここには過去何回も来たことがありちょっとした東屋があります)に11時20分くらいに着きました。もう少しで川崎市という所まで来ました。
ここで残りのお菓子を空にして写真撮影をして、さあBの家に向かうぞという時に「おしっこがしたくなった」と言い出しました。こんな時には通常コンビニのお世話になるのですが、スマホで探すのも面倒なので「その辺でしてこい」と言っても「恥ずかしい、我慢する」とおじいさまのいう事に逆らうので「おしっこを我慢して走ると注意が散漫になって事故の元になる、あそこでやれば人からは見えないから」と適当な場所まで連れて行きました。実をいうと、私は過去何回となくそこで立ちしょんをしたことがあるのです。ココは河原に降りる事が出来、川に背を向けて石垣めがけて致すと、ほぼ人の目をさえぎる事ができる事を知っていたのです。それでやっと納得して、晴れ晴れとした顔で戻ってきたので「立ちしょんができれば一人前の自転車乗りになれる」と褒めてやりました。そこを最遠地点としBの家に向かいました。基本的には来た道を戻る事になります。左手の高台にあるごみ処理場の青白の煙突が見え始めた頃、脇を走る上麻生通りへ出て一気に坂を登れば、後はダーと下りBの家まで行けるハズでした。
その辺りまで来ると、Bが「この辺はよく知っているので俺が前を走る」と言うので任せたのですが、かなり無駄な走りをしていましたが、任せた以上黙ってついて行きました。それでも12:45にBの家に到着しました。
我が家を出がけには、昼飯はウチで食べる、1時頃には戻るよと言って出てきたのですが、なにか良い匂いがしてきたので結局お昼をご馳走になりました。娘が自動調理器で作った鶏と大根のほろほろ煮と、まあ君(娘の旦那で超のつく頭の良いエリートです)自慢の餃子をいただきました。まあ君に「これは本当によくできてるね」と礼を言ったら「もう何千個も作ってますから」とまんざらでもない顔をしていました。本当に美味しかったのです。
結局3時頃に辞して4時頃に帰着しました。
なんやかんだで42.76㌔と退院以来最長距離を走る事ができました。娘宅で大分休んだので足の疲れも大したことはなく済みました。これも誘ってくれたB君のおかげで、とても気持ちの良いサクリングができました。6時間程一緒にいたおかげでB君の気性や性格も大分理解できるようになってきました。面白い子です。
最後に電動アシスト自転車のバッテリーはフル充電100%で出発しましたが、帰着時には7%となりアラーム状態でした。尤もカタログ値では(ノーマル設定で)36㌔が限界となってるのでよく持ったと言うべきでしょう。
2021年12月7日火曜日
昨日はサンタの日
2021年11月6日土曜日
体調確認サイクリング
今週は秋晴れの気持ちの良い日が続き、浮かれて4回もサイクリングに出かけました。すべて電動アシスト車ではありますが…。
概ね20㌔程度のものですが、横浜港を中心にした市の中心部にも行ったのですが、景色はいいのですが走りはあまり楽しくはありません。何せ車と人が多過ぎます。
今日を含めての3回は全て鶴見川サイクリングでした。もう何十回走ったかわからないくらい走った馴染みのコースと言えます。今日のコースは鶴見川上流を目指してのサイクリングです。自撮り棒のテストもしました。うまくいった結果が下の写真です。もうすぐ「中山」という所です。
今日の最終到着点は下の写真のところでした。10時15分に家を出て11時35分到着です。13時には戻りますと言って家を出たので、逆算してここに決めました。実はここも馴染みの場所で以前もよく休んだ所です。水際まで下りられるテラスのようなすスペースになっています。黒い鯉がウジャウジャ泳いでいました。そういえばここも2年ぶり位ではないでしょうか。この写真の右手前は「市ヶ尾高校」です。
帰りはほぼ同じコースを戻りました。追い風のせいか思ったより早く、丁度13時に帰着しました。 走行距離は26.44㌔でした。昨日は鶴見川下流方面でしたが24㌔程度でした。そんこんなで今週を過ごしたのですが体調は明らかに戻りつつあり、自信も少しは持てるようになりました。
次回は従来の本妻号でも試したいと思っています。きっと相当へたばると思いいますが、それをしないと本当の回復度(少なくても自転車能力の)がわかりません。
2021年10月18日月曜日
ヨットレース参戦、無事終了
近況報告です。
前のブログで触れました、10月16日(土)東京湾金沢八景沖で行われたクラブヨットレースに参戦してきました。参加艇は我々のクラスだけで32艇、天候は曇り、風はモノ足りない程度の平均3m程度、気温はトレーナーだけで丁度よい気温でした。8時集合9時頃出艇、レース終了後マリーナに帰着したのが15時10分。(風がなくスタート時間が30分程延期になりました)
メンバーはオーナーSさん(私より4,5歳年長)、レースキャプテンを依頼した私の旧知のNさん、Sさんの旧友Tさん(彼は半分ゲスト、主に記録を担当)、愚息、そして私の5名です。実際の操作はNさんのヘルムス・指揮の下、私と愚息の3名で行いました。オーナーは入出港時のみ舵をとり、出てからはNさんに任せるというスタイルです。レースに関しては我々の好きなようにさせてくれます。
2021年10月5日火曜日
気合を入れて
来る16日のレースに気合を入れる意味でチームトレーナーを独断で製作しました。これを着込んで頑張ろうという事なのですが、それ以外にもお世話になっている艇、オーナーを核としたティームづくりを目指しています。
前は胸元にクルーザーのワンポイント、襟のように見えるのは重ね着をしているポロシャツの物です。身長174cm、体重60kgの私が来ているのはMサイズです。
背中はこんなふうです。娘はこれを見て「普通」と言っていました。まあ、標準には達しているという意味かなと解釈しました。
2021年9月21日火曜日
かなり回復したかな
この連休中いろいろな事を体験・実施してして実感としてかなり体力的に回復してきたかなと思えるようになりました。
19日の日曜日は前日の台風一過好天に恵まれ、10月のヨットレースに備えて艇のオーナーSさんと一緒にベイサイドマリーナに行って艇の整備、稼働確認に行ってきました。もっとも滞在時間6時間の内4時間ぐらいはコクピットでのおしゃべりでした。それでも、通常のオンデッキ作業や水洗いは何とかこなすことができました。
その後息子に迎えに来てもらって、息子宅で長女一家も加わり息子の長男(これが可愛い盛り)の誕生祝いで楽しいひと時を過ごしました。つまりゴロリと横になって過ごすいつもの時間が全然ないという一日を送ったわけです。おまけに長女の長男、私の3人の孫の最年長のA(中一)に腕相撲を挑み楽勝したのです。大人げないとは思いつつ、嬉しかった。
翌20日はのんびりとぐうたら過ごそうと思っていたところ例の孫Aから、「今小机にいるけど、これから一緒に鶴見川サイクリングに行こう」という誘いの電話が入りました。もとより嫌いな遊びではないし、半分娘の差し金ではないかと疑いつつ、待ち合わせの場所までいつもの電動アシストバイクで飛び出しました。
Aは弟のフットサルの練習に付き添ってきた父親たちと自転車を車載してついてきたそうです。着いてみると準備万端で「どこへ行きますか」と聞いてくるので、「少し距離的にきついかな」と思いつつ、土手道を下流方向に東海道線の鉄橋にぶつかるまで10数㌔行こうと提案して走り始めました。すると何と父親のマー君は途中までランニングで走るとの事で、驚きました。ダイエットに異常に執念を燃やす超・頭の良いエリートなのに、とても堅気の衆とは思えないほど真っ黒に日焼けしたマー君にはいつも驚き呆れさせられます。
通いなれた道なので何とか走り通せたのですが、行も戻りもともに向かい風という事もあって、電動アシストに助けられたという実感があります。何度か小休止は入れましたが相当息が上がりました。脚の筋肉も悲鳴を上げました。ゴールは我が家なのですが、ついてみるとマー君が玄関先に心配そうに出迎えてくれました。
当日の走行距離は写真のとおり30㌔を超えています。
もちろん手術後としては最長距離です。電動シストとは言えかなりの自信になります。もっとも当日午後からはソファーにマッサージ機を据えてゴロリ生活でしたが…。
2日続けて活動的な生活を送ったのですが(これも退院以来初めて)、問題はその翌日・つまり本日の体の具合です。
基礎的な体温、血圧、飽和酸素量などは異常なし。若干の筋肉疲労アリというところで、大丈夫だなという印象です。
孫Aに感謝しつつ「かなり回復してきたかな」と思える本日21日の朝です。







