今朝一番で選挙に行きました。
帰り際、もしやと思いサイコンの残骸を探したところ、道路際に無残にも転がっていました。何回も轢かれて弾き飛ばされたのでしょう。
昨日の事です。
翌日の町内会の組長会準備のためにクラブへ行く途中の事です。出発前からサイコンの調子が悪かったのですがとにかく走り始めました。走り始めたものの不調は治らず、走りながらボタン操作をしたところ、取りつけ部分の爪が甘かったせいで、向こう側へ押し出す格好になってしまいスポンと外れた拍子に道路へ飛び出してしまいました。
直ぐに停まって回収しようとしたのですが車の往来が止まらず機会をうかがっていたところ、折悪しく大型トラックの餌食になり無残にもつぶされてしまいました。
物自体は安価なもので、諦めがついて帰宅後AMAZONで後継機を発注はしました。
その時、過去の走行距離の積算値を継承して、そこに入力するためのデータがない事に気付いてしまいました。凡その数値でも何とかならないかと、このブログをググッたところ以下の事が判明しました。
①この電動車は2020年7/10(丁度2年前)納車。
②同年10/28にはすでにサイコンを取り付けている
③同年12/31の項で推定650㌔走っている。
④2021年1/31の項で402㌔表示となっていた。
さて、ここからが思案です。昨年5月の手術までは真面目に乗っておりその間の平均のひと月の走行距離は150㌔、体が相当戻ってきて普通に乗り始めたのが昨年の9月くらい。しかし、今年に入ってからは訓練のために愛人1号を多用しており電動はあまり乗っていない。などを考慮して電動車の月の平均走行距離を100㌔として、積算値を100㌔×21カ月=2,100㌔とする事にしました。
来週には代替サイコンが届きますので早速設定の上取り付けようと思っています。
昨日の事です。9時からの グランドゴルフの練習会からの帰宅後、昼飯前に床屋に行こうと考えていました。ラウンド中にホールインワンをだして気分良く帰宅したのですが、もう既に外気温は30℃オーバーで「年寄りはこんな時には外出などもってのほか」と考え直し一旦は床屋を諦めました。
抗がん剤治療の影響で一時は完全脱毛のツルツルになった頭髪も、ある時から生え始め(順調な回復という事でしょうか)今ではむさ苦しく感じられるようになっていました。今まで何回かは家人にハサミで短く切ってはもらっていたのですが限界になってきました。
家人は「なんか後ろの方の毛がモワモワしてカッコ悪いのよね」などと言うのでそれに乗じて、「わかった。そこまで言うなら思い切って丸坊主にしてくれ。失敗しても決して文句は言わないし、自分には見えないので気にしないので。」とか言って我が家の子供に使ったバリカン(家人は毛の長さ調整がダメになっていると言い腰が引けてはいましたが、検分したところ調整アダプターは正常でした)で6ミリにセットして全体をカットしてもらいました。はじめは恐る恐るやっていたのですが、しばらくすると自信ができたのでしょうか、スイスイとやってもらいました。30分くらいかかったでしょうか。
出来上がりが上の写真です。本人も会心の出来と満足だったらしく写真を撮りました。もちろん私も納得です。このところ腹の具合が落ち着いているので、今日は10時20分発で、亡くなった母がお世話になったセンター北にある老人施設を目標に走りました。
古巣のスポーツ会館の近くで鶴見川を渡り、IKEAを過ぎ新栄高校の坂を上り、わざわざ勝田団地の坂も上り8㌔程で着きました。
本妻号を買ったばかりで、しかも自分も若かった?のか毎週のように通ったものです。と言っても当初は一緒に食事をしたり、色々と話をして過ごしたのですが、だんだんと認知症が進んで来て話も通じなくなってくると、母の顔を見ればそれで十分な気がして殆どの場合は滞在10分なんて言うのが多くなりました。
8月26日(土)
11時半に、今日は氷のペットボトル麦茶を忘れずにホールダーに入れて、母の居る「茅ヶ崎老健」に行く。小机駅の手前を日産スタジアム方面に右に曲がるルートをとる。これだと新横浜駅付近のぐちゃぐちゃして走りにくいところを避けられる。ちょうどスタジアムを過ぎた所で従来のルートと合流する。真面目に走るとどのくらいのタイムが出るかを試そうと思っていたのでかなり無理をして真面目に漕ぐ。途中信号ストップの際にお茶を飲んだだけ。
「老健」まで9㎞を25分で着いた。平均時速21.5㎞は悪くない。
汗でびっしょりになったので入口で着替えてお茶を飲み煙草を吸い一息入れてから中に入る。小学生の八木節とお囃子+獅子舞を見てから無料のお菓子・食べモノ・飲み物などをもらうが、結局ほとんど私が食べる。一度外に連れ出し自転車を見せたら「高かったんだろう?」ともっともらしい事を言う。このところ、かなりまとも。只、「公代(注:母の妹、今は故人だが、当時まだ元気だった)にも乗せてやっておくれ。」という発言は意味不明。やっぱりおかしいのだ。 4時近くに出発。違うコースで帰るが20㎞には足り ないので六角橋プールに寄って一休みしてから帰宅。 (夜はまた植田に誘われて六角橋で飲む) ここまではおおむね1日20㎞のペースを達成できている。この調子だ。 本日走行距離合計20.82㎞ 累計120.6㎞ |
久しぶりに港の赤レンガ倉庫街までのポタリングです。往復14㌔です。
多分半年ぶりではないでしょうか。10年前の遊び場所(釣り場)、インターコンチネンタルホテルの前の大岡川河口も通ってきました。そう言えば当時の仲間だった爺さん達はどうしているのだろう、釣れなくなったせいか、釣り場には人影もなく寂しい限りです。その頃は毎日のように通ったものです。常連の仲間達の何人かは亡くなったと、風のうわさで聞いたような気がするのですが…。ひょっとすると私もそんな風に言われているのかも知れない。
平日の午後ですが観光客と思しき人はかなりのものでした。赤レンガ倉庫自体は改装・休館でしたが、広場では何かのイベント準備でしょうか、数十張のテントが置かれていて作業員が忙しく働いていました。相当リキの入ったイベントと見受けました。
大桟橋には「飛鳥Ⅱ」が停泊していました。次の航海は何処行きなのでしょうか。
5月8日(日、母の日、家人誕生日)、午前中は恒例のNHK将棋トーナメントを観て午後気持ちの良い天候だったのでチョイ乗りに出かけました。もちろん愛人1号です。本当は新設の荷台に数㎏のバッグを積んで走ってみたかったのですが、括り用のショックコードをサドルバッグに入れただけでした。
古巣の小机スポーツ会館の前を過ぎ、Uターン気味に鶴見川土手に出て日産スタジアムで一息。
スタジアムには鯉のぼりがたくさん泳いでいました。今日でGWも終わりです。確か前日の土曜日、小学生サッカー大会がスタジアムで催されたというスポーツニュースがあり、鹿島の下部が優勝していました。圧倒的に上手。マリノスの下部は準決勝敗退。何人かのスーパープレイが紹介されていましたが、皆達者なものです。親御さんの熱狂ぶりにも驚きました。またもやりました。構想・設計一週間、製作・後始末に三日の大事業でした。
実はこのリアキャリアは4年前の北海道旅行前後から色々と試行錯誤を繰り返し、未解決となっていたのです。当初は廃車から取り外した物の再利用、手持ちの物の再活用など「再」にこだわっていました。数年前のブログにその顛末は書きました。
輪行・折り畳みを想定した時、邪魔になってはいけない、シートポストを下げたときそれが地面に届いて欲しい、荷物を積むのにある程度は幅と強度が必要、軽量にしたいなどいろいろな条件があって、旅行が具体的になったら考えようと保留しておいたのです。
別に旅行が具体化されたわけでも、必要に迫られたわけどもないのですが、ある夜ベッドに入って寝付くまでの間に「全て自作で完璧なモノができないか」とうっすらと青写真が浮かんできたのです。
翌日からその具体化に挑みました。材料はアルミの幅2㌢、厚さ1.5㍉の細長い板。これは過去にも使った事があり、手持ちの工具で切断、折り曲げ、穴あけができ、軽量でそこそこの強度もあるので他の選択肢はありません。しかも80㌢と50㌢くらいの部材が手元に残っていたので勿論使う予定です。
構造は市販製品を参考にしました。只実寸を出すのには相当苦労しました。荷台は水平が必要だしステーの長さで荷台の高さが変わってくるし、車体の取付穴とどう連結するかなど解決する課題がたくさんありました。
ある程度設計が固まった段階で総計を計算してみると手持ちの部材では足りず、結局、新たに2㍍を近くのホームセンターで買ってきました。この時ついでに柄付の平ヤスリも買って合計約千円のかかり、今回の出費はこれだけです。
結論から言うと、相当余るだろうと目論見は見事に外れほぼ全部使い切りました。部材を全部切り出し終わると(合計12本)、今度は連結方法です。溶接の技術はないので、ドリルで穴をあけビス留めするか、ブラインドリベットでかしめるかの二択で考えましたが、分解するときの容易さからビス留めにしました。
一旦組み上げてみたところ想定より積載面の高さが2㌢程高くなり気に入らないので分解して、ステーを4本2㌢程切りました。それにつれて車体との連結部材も作り直しです。何とか出来上がって取り付けたところが下の写真です。これ以上手は加えず、これが完成形です。