2022年11月22日火曜日

先週自転車で転倒しました

11月15日(火)夕方、本妻号でリハビリサイクリングの帰り途、もうすぐ自宅という所、セブンイレブンの前の横断歩道での事です。

赤信号で向こうへの渡りを待っており、青に代わったところで渡ろうとしました。渡ったところでUターン気味に右折して10㍍程戻り、今度は左折して自宅前の路地に入るというコースです。

子連れの若いお母さんが渡るのを先に行かせて、その後から 渡り始めたのですが、その2人が気になったのか、余りスピードが出ていないときに右にハンドルを切ったせいかバランスを崩し右側にステーンと倒れてしまいました。バス通りの真ん中でした。余りの痛さにしばらく立ち上がれずにいたところ、どこから来たのかわからない(横断歩道を渡ろとしていた人か、停車中の車から降りてくれたのか)若い男に抱きかかえられ向こう側に連れられ、自転車も運んでくれました。若いお母さんも「大丈夫ですか」としばらく立ち止まって見守ってくれました。その間、信号は変わっていなかったのか車も両車線とも停止していました。

(多分)ものの1分くらいうずくまっている内に何とかなりそうな気がして皆さんに「大丈夫です。ありがとうございました。」とお礼を言って立ち上がることができました。痛みはあるものの感覚的に骨折などの大事には至っていないなとは感じていました。また、頭は打ってはいません。

そこから100㍍程の自宅には自力で漕いで戻れました。車体にも大きなダメージはありませんでした。右に倒れるとバックミラーが破損するのですが、それすら無事でした。

家に帰ってズボンを脱いで調べると右脚の脛に壮大なやつと中小の擦過傷があり、血まみれで、見た目は大怪我のようでした。左にも少々の個所がありましたが、所詮擦過傷ですから特に治療はせず水洗いのうえ、消毒薬(無色の赤チン?)を塗布しておきました。

それで時間が経てば何という事もなくなるだろうと思っていたところ、左手の平、親指の付け根辺りの痛みが全然引きません。18日位から甲から手首にかけてかなりの内出血と思われる変色が出てきました。

痛みは相変わらずです。特に左手を突いたりするとズシンと響くのです。親指は普通に動かせるので、ひょっとしたらヒビでも入ったかなと感じつつ今日(22日)に至り、近くの外科に行ってきました。レントゲン写真を5枚ほど撮って調べてもらったのですが、明らかな所見はありませんでした。長い付き合いのその女医さんは「どうします、湿布薬でも出しましょうか?」と言う程度の事なので、「どうせすぐ剝がれちゃうし、鎮痛剤という程でもないので」と言って様子を見る事にして(特に何もしない)帰ってきました。

歳はとりたくないものです。転倒もそうですが、直りが遅いのも困ったことです。

2022年11月4日金曜日

本妻号、リアサイドバッグ変更

 これで多分最後です。

昨晩寝ながら、フト思いついてしまいました。

前回の写真でも分かる通り、リアのサイドバッグがいかにもチンチクリンなのですね。そしてそれ程容量もない 。(もちろん、それでも一向にかまわないし、その気なら昔キャンピングの際に着けたリアバッグだって健在です。)

写真のバッグを再利用できないかというアイディアが睡眠に入る寸前にひらめいたのです。これはもう10年近く仕事に使っていた物で、ターポリン素材でちゃんとしたメーカー製でまだまだ使えるのですが、最近めっきり出番がなく、お蔵入りしていました。思い入れのあるショルダーバッグではあります。


まだまだ使えそうです。少しは痛みがあるので、買い替えようとしたのですが、廃盤となっており、同サイズの物もありませんでした。(それ程気に入っていた、という事です。)

          

こんなふうに上に2か所紐をつけ、下にマジックテープを取り付けました。

          

リアキャリアに取付けて、こんな風になりました。結構恰好いい。常時着けっ放しにする積りです。ショルダーベルトは残してバッグ内に畳み込んであるのが難点ですが、カットする決断ができませんでした。簡単な作業でしたので昨日中に出来上がっていました。

しかし、今日は全く違う工作に1日中取り組んだ関係でサイクリングはできませんでした。明日はそこそこの天気なようなのでチョイ乗りには出かけたいものです。

2022年11月3日木曜日

2日続けてサイクリング

やっぱり出かけました。2日続けての遠乗りです。30㌔程走りました。

ダウンのベストと毛糸帽で出掛けたのですが、途中で脱いでしまったほどの暑さでした。一応の目的地は10㌔程の娘の家としましたが、別に事前連絡もしていなかったのですが、近くから電話をしてみると案の定、4人とも留守でした。

裏庭の濡れ縁で暫し休息をさせてもらい、亡くなった母がお世話になった老人施設に向かいました。


以前と変わらぬ風景でした。

ここは鶴見川の支流が作る谷沿いにあるのですが、帰り道はそこから尾根筋へ登る長い坂道になります。もちろん何百回となく通った道なのですが、「本妻号」で行くのは久しぶりの事でした。

ギアを落として何とか漕ぎ上がれました。ちょっとホッとしました。躰も車体もまだいけるなと思わせてくれました。

IKEAの前を通り、新横浜で「レバニラ炒め定食」を食べて帰りました。実はラーメンが食べたかったのですが、祭日のせいか、何軒か寄ったラーメン屋が軒並みウェイティング数十分というので残念ながら「レバニラ炒め定食」となった次第です。

家に着くと、息子と孫が来ていました。

2022年11月2日水曜日

余りの天気の良さにつられて40㌔

今日は朝からの余りの天気の良さにつられて40㌔を走ってきました。

行く先はベイサイドマリーナ。そちらの船の上でマックのビッグマックでランチという計画がすぐにでき上がり10時の出発。

実は先日オーナーのS氏からメールがあり、先のレースの結果「飛び賞」となって、その賞品が船内にあるのでいつでも引き取りに来てくださいという事なので、それもこの際実行しようと考えたわけです。

もちろん「本妻号」使用です。これでベイサイドに行くのは何年振りだか想い出せない程昔の感があります。やはり「愛人一号」よりはスピードがでますね。

予定通り昼を挟んで「AKATSUKI」船上にてまったりと過ごし、帰途はのんびり走って3時頃帰宅。

こんなスタイルで出掛けました。前籠は外し、バッグが3つ着いています。
前籠を外したのに伴ってライトを付け替えようと色々やったところうまくゆかず、結局ダイナモライトを新しく購入(2000円位)して、苦労の末何とか取付けたのが上の写真です。

多分これで「本妻号」をいじるのも最後でしょう。

それにしても気持ちの良い一日でした。明日も良い天気だそうで、やはり遠乗りに行こうかなと目論んでいます。

2022年10月23日日曜日

本妻号蔵出し再整備

永らくカバーをかけてお蔵入りしていた「本妻号」をこの4・5日かけて再整備しました。一応今日の午前中に終了したので、好天の午後30㌔程鶴見川コースを走ってきました。

色々と思うところがあり再整備したのですが、やっぱり本妻に戻ってくるという事なのでしょうか。(以下の写真はクリックしますと拡大されます。)


    

( 元はこんな姿でした。これを分離したのです。)                


一番の改造はライトです。元々同じようなスタイル(前輪にダイナモ、前籠にライト固定)でセットしてあったのですが、いかにも暗く、何とかならないものかと思っていたのですが、そこで、ふと遊んでいるダイナモライトがあることを思い出したのです。それは愛人1号についていたのですが、輪行を考え取り外したものです。明るさは問題なかったのですが一体型で、そのままでは本妻号のフロントフォークにはどうにも付けられません。

そこで「何とかしよう魂」が沸き起こり実施した結果が上の2枚です。まず、ダイナモ部分とライト部分を分離しました。ダイナモはほぼ元の位置で取り換え、そしてライト側を分解しプラス線を基板からハンダで外し長めの物と交換し新ダイナモからのプラス線とハンダづけして一本化。問題はアース線です。アース線はライトの内側からダイナモの取付金具を通して車体に流れているのです。今回はそのライトとダイナモをつないでいた金具をちょっと細工をして、籠の固定ビス(これを利用してライトを固定)経由フロントキャリアの固定金具へとつなぎアースとしました。これが思いの外うまくいき、昨晩のテスト結果もOKでした。        


次はバックミラーです。これには散々苦労してきた歴史があり多分4台の保有自転車全体では30個くらい取り換え・付け替えをした記憶があります。つまり決定打がないのです。今回のは新しく購入しました。しばらくこれでいきます。走った結果はOKなのですが、倒れた時や接触した時の強度がわかりません、というよりハンドルバーとの差し込み固定部分とミラー本体をつなぐ細い部分がネックなのです。ついでにバーテープも巻きなおしました。


最後がチェーンカバーの交換です。今までは同型のものが付いていたのですが、中央のねじ込み部分がうまくいかずバンドで4か所留めてあり格好悪かったので、ほぼ同型の物を新規購入しました。すっきりと収まり、30㌔走ったところではガタも来ず取り換えてよかった。

こんなに手をかけて又しばらくは乗ろうと思ったもう一つの理由は、2019年10月、変速部分一式とタイヤを新調して以来あまり使っていなかった事です。せっかく数万円かけて修理したのにこのままお蔵入りではもったいない、とふと思ってしまったのですな。


ついでにハンドル廻りはこんな具合です。アホな事にデジタルウォッチまで付けています。本当は前籠は外したいのですが、目下ライト固定の関係でそのままにしてあります。まあ、これはこれであれば便利ではあります。他に良い方法が見つかれば何か考えるかも知れません。

これからは、この本妻号、愛人1号、電動車の3台を機会に応じて乗り分ける事になります。楽しいなあ。

2022年10月15日土曜日

久しぶりのレース

15日(土)、久しぶりのレースに出場してきました。「第25回YBMオープンヨットレース」 です。このレースは横浜ベイサイドマリーナ(YBM)主催の年に一度のかなり大掛かりなもので、我々「AKATSUKI」チームはオーナーS氏を中心に過去6回程参加してきたものです。

        (このメンバーの他に息子の友人3名)

その都度メンバーを募ってのチームです。もともとがレースを目指す艇ではなくファミリーユース目的なので「勝つ」のが目的ではなく、ある程度レースの緊張とスリルを味わって、ヨットの奥深さを感じたいというオーナーと私の考えから参加を始めたのが6年前でした。しかしオーナーと私だけではレース操作に不安があり、経験のある若い乗員に頼ってきました。最近では息子やそのジュニアヨットクラブ時代の同級生やそのクラブ関係者が乗ってくれるようになりました。今回は、息子は不参加でしたがその同級生3人(といっても中年おじさん)と元クラブコーチの計4人が集まってくれて計6人のメンバーでのぞみました。

今回のための練習はたった一回でしたが、若い頃躰で覚えた技術や感覚はすぐに取り戻せるようで、当日は全てこの息の合った4人にお任せで、S氏と私は専らバラストと観戦者でした。とは言いながら、「そろそろタックした方がいいんじゃない」とか「フィニッシュラインの何処を狙っていくんだ」などと余計な発言を結構したような気がしますが「次のブローを待ってからタックします」など打てば響く反応があり、楽しい限りです。老ヨット乗りの理想かもしれません。

幸い天気にも恵まれ楽しい一日を過ごす事ができました。成績は「今いち」といったところでしたが久しぶりの海を存分に楽しみました。

2022年8月16日火曜日

娘家族としまなみ海道サイクリング旅行

8/11~8/14の日程で娘家族(娘夫婦と中2、小4の男子)と自分達老夫婦計6名で「しまなみ海道」弾丸ツアーに行ってきました。無事全員戻れたのが何よりの事でした。

詳しい旅程等は後にしますが、使った交通機関だけでも、航空機、新幹線、在来線、タクシー、レンタカー、渡船(フェリー)、リフト、自転車という具合で、こんな旅行は今までしたことがありません。スケジュールや諸手配は一切娘達に任せました。実は旅行中に孫のイベントの関係で一日早く帰らなければならなくなり、急遽一泊減の調整をして、それでも何とかまとめ上げて、概ねの目的達成ができたのは大したものです。娘夫婦の企画能力は素晴らしく、それも殆どスマホとタブレットで処理をしていたようです。

私達に「パパたちはどうする?」と聞かれても「一緒に動きます、同行させてください。」と答えるのみで、「おんぶにだっこ」状態でした。

(一日目)

早朝、前日から泊まっていた息子親子に羽田空港まで送ってもらう。そこで娘と孫A(中2)と落ち合う。搭乗券の予約購入一切を任せてあるので会えてホッとする。

セキュリティーチェックでこの自転車用マルチツールが引っ掛かりました。たまたまこの中に4㌢程のブレードがあるのがダメなのだそうです。別送させられました。             

松山空港から道後温泉近くのホテルへタクシー行、荷物を預け、昼食、松山城・坂の上ミュージアムなどを見学。

夜遅く娘の旦那マーくん、孫B(小4)が到着。


(二日目)

朝食後タクシーにてJR松山駅に移動、今治まで鉄道移動。

駅前のサイクリングターミナルでレンタサイクルを借りる。当初は自前の愛人一号を輪行する事を考えていたのですが、細かい移動が多いので涙を飲んで断念しました。マアマアのGIANTのクロスが借りられ、そこに以前改装したフロントバッグを着けて準備完了。その間にマー君はレンタカーを借り、孫ABは事前に送った自車を組み立てて、駅前に全員集合。


当日は駅前から、来島海峡大橋、伯方・大島橋大橋、大三島橋、多々羅大橋と4つの橋を渡り生口島まで37、5㌔を走ったのですが、驚くべきはマー君はその全てをランニングで通した事です。娘と家人はレンタカーです。しまなみ海道の起点「サンライズ糸山」で昼食。

             (ランニング中のマー君)               

マー君は日常的に10㌔~20㌔を走っているそうで、当初はダイエット目的で始めたのですが、今では走らないと心身の均衡が保てないという「中毒」状況です。いづれにせよ私の理解を超えた存在です。


                       


        

基本的には私が先頭、BAの順です。Bは何だかんだ言って私を追い越そうとします。確かに御ジイさんは足が衰え(そもそもそれ程強くない)術後の回復を確認するのが目的なので、マーペースで進むのですが、そのスピードがBには我慢できないらしい。

Bは「権威」というものを認めにくく「世の中には秩序が必要だ」という事を教えるのに苦労します。今回私は「保護者」「引率者」としての責任を自覚しているのですが、Bにすれば「そんな責任を頼んだ覚えがない」という事になるようです。

何とか6時前にペンション「輪空」(LINK)に到着。しばらくしてマー君もランニングで到着。32㌔を走り切りました。やっぱりおかしい。

熱中症気味ではありましたが、取敢えず今日の全行程を事故無く走り切れた事に満足しました。

ここに2013年に同じようなコースを走ったブログ記録を挿入しておきます。目的地の輪空(LINK)を今回も予約しています。

6:06 ホテル出発。

6:50 サンライズ糸山到着 ロビーはどこかの社員研修の若者で一杯だった。これが満室の原因だった。

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こんなお洒落なプレートをいただき、8時頃出発。


家人は自分が選んだ「ママチャリ」で一応内装3段。荷物が積めるからという理由だそうだ。

来島大橋→大島(山越えに相当苦労して、村上水軍資料館に寄る)→大島大橋→伯方島→大三島(多々良大橋の付け根の道の駅でのんびり昼食)ここで12:40  40㌔


橋へのアプローチの登りがママチャリではややきついかも知れない。少なくとも自分はしたくない。



本日最後の多々良大橋を渡り、生口島の東側にある開業したてのペンション輪空(RINK)に到着したのは

15:15 50.76㌔

予定より大分早く着いてしまったが、コールドレモン水のウェルカムドリンクで迎えていただいた。ここは名前のとおり「自転車野郎」が開業したペンション。食事も最高。お勧めです。



明日は尾道までの、予定35㌔。

            以上過去ブログ挿入終わり


(三日目)

本日は新しく橋が開通した「ゆめしま海道」を走り因島のホテルまでのメインの日です。

只、私は疲労回復のため車移動。(因みに私は運転ができず、すべてのやり繰りが難しくなっている元凶なのです)私の自転車には前半マー君、後半の島巡りは(驚く事に)娘が乗ると言い出しました。確か45歳を超えているのではないかと思われるのですが、すっかりその気になって楽しそうにするので仕方がありません。そういえば学生時代には距離スキーの選手だったので多分大丈夫なのでしょう。
                 

ペンションの裏で記念写真を撮って9:00位に出発。

まず、ABの希望で、昨日のコースを逆行して大三島に戻り、海釣りパークに行きました。この区間はマー君が自転車を漕ぎます。私は娘の助手席で涼しく楽ちんをしています。娘は大分前に免許をとっているのですが、最近まで車を持っておらず、必要な時はレンタカーで済ませ、それも運転巧者のマー君が担当するので殆ど運転経験がありません。そこでこの日のために少しは練習をしてきたというのですが、きわめて慎重な運転で安心しました。私からすれば「大したものだ」という事になります。

A、B共に釣りは初めてでボウズ。終いにはマー君も竿を借りてトライするもうまくゆかず、
そこで、御祖父さんがちょいとやらせてもらうとたちまち3匹の子カマスが上がりました。
いささか名誉回復。 
         

多々羅大橋のたもとのしまなみ公園で昼食をとり、お決まりの「サイクリストの聖地」で記念写真。後ろは多々羅大橋。 
          

再度多々羅大橋を渡り生口島へ戻り、昨晩停まった輪空の前を通り過ぎ、「ゆめしま海道」の岩城島への渡船口「洲江港」へ走る。ここ迄が娘の運転で、このフェリーへの車持ち込みは自信がないとみえ、ここでマー君と交代。母が息子2人を連れてサイクリングに変わります。        




岩城島、生名島、上島、弓削島と4つの島を巡り、3つの橋を渡ります。途中かなり急な坂道があり、さらに岩城橋は、前半部分が空へ続く登坂がズーっと続くような、うんざりする景色で、車から見ると小さな粒がへばりついて動いているように見えます。母子3人ようやるわ。

更に驚くべきは生名島から因島へ渡るフェリーから、今晩の宿「ホテルいんのしま」が相当高い山の中腹に見えるのですが、急峻な登りが予想され母子3人には艱難辛苦が待っていそうな雰囲気です。

マー君の運転で、思った通りウネウネと曲がる細く急な山道を登って行ったのですが、その間、マー君が後から来る3人を心配する様子が感じられました。

先に着いて待つ事数十分、孫A.Bの姿が見えました。これはこれで大したものですが、母は未だです。どうした事かと心配になり(娘はいくつになっても娘ですので)迎えに坂を降りていくと、ヒイヒイ言いながら押してきました。よくやった、と思いながら自転車を受け取り、最後の登りは私が漕いでフィニッシュしました。
          

       

これにて3日目が終わったわけではありません。何と食事前にマー君と息子Bとで山頂まで登ってきたとのことでした。理解不能です。

(四日目)
            
朝食後、9時出発。
    

実は当初の計画ではこの日は広島泊りという予定でしたが、急遽孫Bのサッカーの練習日か試合日が翌日に決まったとかで本日帰りとなりました。娘夫婦は子供たちの自転車返送やレンタカーの返却変更やら相当頑張って本日帰りのスケジュールに変えてくれました。今の人たちは皆がこんな事がスイスイとできるのだろうか。

今日は「しまなみ海道」に戻るので私が自転車、マー君はランニング、娘の運転に戻ります。因島大橋を渡り向島、尾道へフェリーで渡り自転車を返却してサイクリングは終わります。トータルで約40㌔の旅程です。

途中しまなみビーチでおやつ休憩をとり、何とか走り通しました。

驚いたのはランニング中のマー君と自転車の孫A(中2)は互いに何処にいるかが地図上で確認できるアプリをもっており、Aは時々「今パパは1㌔後ろで、ここで待つとあと4分もあれば見えて来るよ」と情報を流すのですね。すごい世の中になったものです。

少し迷いましたが、12時くらいに尾道の対岸、向島のフェリー乗り場へ到着。これで私のサイクリング旅行は一応終着。ふう。

孫の2人は見事走り切ったし、マー君も気の済むまで走ったり運転をしてくれたり、娘も慣れない運転を慎重にこなし無事大役を果たし、家人は全員の健康を気にしつつ世話役を果たしてくれました。

皆さん、ありがとうございました。
          

尾道の町には滞留せず、折角だから宮島を見て帰るというので、娘は新幹線で残りはレンタカー(定員の関係で5人しか乗れない)で広島駅で合流することになりました。

広島から宮島口まではJR、私達老夫婦は宮島へフェリーで渡っても厳島神社見学はしないで、ひと休みしただけで宮島口へ逆戻りして駅前のカフェで涼んでいました。なんたって耐えがたく暑い。

帰ってきた娘夫婦と合流して広島駅に戻り、マー君はレンタカーを返し、17:48発の新幹線で戻ってきました。我が家着は22:30でした。

                お疲れさまでした。