2012年8月6日月曜日

7月5日(木) 18日目

第18日目 7月5日(木)  八雲連泊

5:30 起床

朝食(詳細記録なし)後、撤収作業が60%終わったところで雨が降り出す。昨夜言葉を交わした若者は既に出発したようでテントは見当たらない。大慌てで少し離れた炊事棟へ逃げ込み、とにかく、作業を続けて

7:30 積み込みが完了

ここで、同じく避難してきた、昨日下方でテントを張っていたキャンパーと初めて顔を合わせる。(彼の事は後で詳しく)

話し合っているうちに、どうも今日一日中降り続けるらしいという結論に達し、両人とも雨の日は走らない原則だという事で

9:00 連泊に決定

揃って事務所に行き、追加の500円を払う。マネージャーのN田さん(私と同年代)から、雨が続くようだったら炊事棟にテントを張ってもいいし、昼間は事務所内で寛いでいて構わないというありがたい対応をしてもらった。

そんなところに、昨晩の若者が加わってきた。この雨の中、キャンプ場の池の掃除を手伝っていたというので、ずぶ濡れだった。どうも、このキャンプ場とは深い因縁のある少年のようで、半分身内のような扱いで、さっさとシャワーを浴びて来て、我々と合流した。

少年はY本クンといい奈良県からの15歳!。昨晩は夜の到着で、テントの設営段階で挨拶がてら見にいったのだが、自転車が風呂屋で見かけたグレイトジャーニだったので、もしやと思って話しかけてみたのだ。

というのは、函館からフェリーで一緒になった東京のT垣クンから、友人が先行してグレイトジャーニーで彼とは逆周りで北海道を回っていて、どこかで会えるかもしれないという話しをしていたのを思い出したのだ。先程のもしや、というのはひょっとして、この若者がそうかなと想像したのだ。

しかし、それは人違いだとわかった、が、もうひとつ、彼のテントがモンベルのムーンライト(予て興味があった)だったので、使った感想などを聞いたりしたのだが、どうも「変なオヤジ」と思われたのか、話しが続かず、早々に引き上げてきた、という経緯があった。

先のN田さんの話しで初めて15歳だと知り、以前父親とここに来たことがあり、今回の事も父親から「よろしく」という話しを聞いているのだというので納得。後で本人から聞いたところによると、費用は親持ちで、当面の予定や宿泊地を計画書にして親に送り承認を得て、旅を続けているのだという。面白い。というより、その父親に興味が湧きました。

もう一人はK田クンといって下関の出身で現在は愛知在住の25歳。休職扱いにしてもらって旅に出てきたそうだ。旅先で出会った人に寄せ書きをしてもらったり、メッセージを預かって旅行ルートをそれに合わせて届けたりという、これまた面白いテーマをもって旅をしている。
自転車はルイガノのキャンピングモデル。

二人とも相応の自転車を駆っているが、今回のために新規購入(Y本少年は父親が買ってきたそうだが)したという初心者で、年齢と自転車歴は私のほうが先輩だ。

そんな紹介をし合って、先の炊事棟で自転車整備(特にK田クン)をしたり(この場では私が先輩風を吹かせて道具を貸してあげたり、オイルを分けてあげたりしました)、荷物の積み方や自転車ツアーの楽しさ、苦しさを話していると、マネージャーのN田さんが昼食に誘ってくれた。おにぎりと美味しい漬物でした。

午後は 読書をしたり、メールを書いたりで過ごしたのだが、雨は時折激しく降り、こんな日に走らなくて良かったと、しみじみ思ったものだ。

おまけに夕食までご馳走になってしまった。N田さんは「いつも従業員とやっている事だから遠慮は要らない」と言ってくれるのだが、本当にこんなに好意に甘えて良いモノだろうかと感謝しながら、腹一杯いただきました。こんなに肉と野菜を食べたのは久しぶりだ。

(ご好意の鉄板焼き夕食)


(夜の炊事場で記念撮影:K田クン、Y本クン、私)

3人とも面倒臭がりで、夜はテントも張らず調理台の上に寝袋で就寝。テント生活者にすれば、屋根と壁があって雨が凌げればそれで十分、いやそれ以上にありがたいというのは共通認識のようだ。

(こんな寝場所でした)

2012年8月5日日曜日

7月4日(水) 17日目

第17日目 7月4日(水) 大沼 → 八雲

5時起床

起きると直ぐに50分位かけて大沼を一週(14㌔)した。殆んど起伏が無く、もちろん気温はまだ低く、清清しいサイクリングが楽しめた。理想的なキャンプツーリングの朝だ。


 
(早朝の大沼)

さて、昨日から隣でキャンプしている人だ。
昨日私が設営を終り、近場を検分に出かけた頃テントを広げ設営を始め出した男が居た。30分程後戻ってみると、未だ立ち上がっていない。しかももう一人の男が手伝っているようだ。やはり見ぬ振りはできないので手助けに行ったのだが、手助けの男も通りすがりの人で、当の本人は側で見ているだけなのだ。
テントは買った時の梱包のまま持参したようで、一回も予行演習をしていないようだ。普通ではあり得ない事だ。手助けの人も説明書を見ながら悪戦苦闘している。テントの構造など大体どれも同じようなものなので、大した時間もかからず何とか立ち上げは完了し、扱い方などを説明したのだが、どうも本人の右腕は相当不自由なようなのだ。おまけに言葉もはっきりしない。
会話をしようにも、当人のもどかしさが先立ち、地面に指で文字を書こうとするのだが、それも読み取れず、結局荷物の中から手帳を取り出し、ページを指差してもらい、やっと、状況が理解できた。
それは一級の障害者手帳だった。脳梗塞の後遺症で右腕麻痺と言語障害があるとの事なのだ。
年齢は私より一歳年上で、函館在住とわかる。
幸い下肢に異常は無いので、リハビリを兼ねて(伝動アシストではあるが)自転車でキャンプに来たという。 しかしキャンプ用品や装備からみてアウトドア生活は初心者だ。ただ、自転車には本体のバッテリーを電源としたナビが完備し、同じくバッテリーを電源にコンプレッサーでタイヤに空気注入ができるようになっていたりして十分にカスタム化されている。何ともそのアンバランスに驚いた。
その後はあまり手出し・口出しはしないで、それとなく見守りはしたが、荷物の運び込みや夕食の調理にかかる様子には何も心配する必要はなかった。
それにしても凄い事だ。片手運転で坂道を登って降りるのは(私にすれば)無謀とも言える。家族はどう思っているのだろう、止めても聞かないので止むを得ず…、という事かなとも考えられるのだが…。何と強靭な意志なのだろう。畏敬の念を覚えました。

当日、早朝の一走りから戻ると、件の男はもう起き出して湯を沸かし朝食の準備にとりかかっていた。私は私でラーメン、おにぎりの朝食を済ませると、湖の桟橋で飯粒を餌に釣りを試みたが何の魚信もなく、撤収作業にかかった。

尚、ありがたい事に、椅子を貸してくれていた湖畔の店が、ゴミを無料で引き受けてくれた。ありがとうございました。

二人で記念写真を撮って、私は発ったのだが、彼のこれからの行動については、ついに不明だった。いづれにせよ、函館の街まで戻るのだろうが、長い下りの安全を願わずにはいられなかった。

( 左が函館のY本さん )

 9:00 キャンプ場 出発。今日の目的地は事前の調査で環境が良さそうだった「オートリゾート八雲キャンプ場」


早朝に走った周回道路を外れR5へと向かう。今日のルートは全てR5でJR函館本線に沿った海岸道路だ。天気は晴れ。

(9:33 周回道路からR5へと向かう)


 (10:30 R5:安全に走れる車道なのにさらに立派な側道?)


(10:36 R5 駒ケ岳を右に見ながら快走)

JR東山駅付近から道の駅「YOU・遊・もり」にかけては概ね200㍍から30㍍までを下る快適コースなのだが、感覚的には、大沼に函館から上るより辛いように見える。道の反対側を若いチャリダーですら、押し歩きするのを見てしみじみと、「この上りを走らずに済んで良かった」と思った。

北海道を走っていて本土と違う点はいくつもあるが、軍用車輌の有無は大きい。本土の国道では、まず軍用車輌を見かけることは無いだろうが、ここ北海道では極普通に走っている。中隊規模の車列すら珍しくない。私は北海道は5回目だが、毎回出会っている。

下の写真は道の駅「YOU・遊・もり」の駐車場だが、ここにも居た。北海道で自衛隊は有力な地場産業なのだ。


11:05 39.4㌔ 道の駅「YOU・遊・もり」

名物「いかめし」の昼食(これで500円)


12:15 道の駅 出発


(13:04 R5 内浦湾を右手に見ながら快走)

13:45 65.26㌔ ヤクモ飲料到着

ここには2回目の北海道で道南を回った時にも寄ったことがある。R5の直ぐ脇のJR線路を越えたところにヤクモ飲料の工場?があり、敷地内の自然水を一般に開放して利用できるようにしてくれているのだ。確かに美味しい水で、以前もコーヒーで一服したものだ。

今回もゆっくり時間をとってコーヒーを淹れ、おやつをいただきました。

(ヤクモ飲料 : 地元の人もたくさん汲みに来ている)

(おやつ風景)

今回のツーリングにさいして、『09-10北海道キャンプ場ガイド』の必要部分だけを切り離して持参している。ついでに言うと『ツーリングマップル』も同様で、過去にもそのように扱っているので本体はもうズタズタです。

そのガイドによるとこれから目指すオートリゾート八雲はフリーサイト一泊500円と北海道としては設営料が高いキャンプ場だが、環境、管理、景色は申し分なさそうに思われるものだ。しかもR5から近い。やや高台にあるのが(私にとって)難点だが、想像に違わず素晴らしいキャンプ場だった。

15:00頃 69㌔  オートリゾート八雲 到着

受付に行くと入場料なるものがあと1000円かかると聞かされ、エッと思ったが、よくガイド を見ると確かに一番初めに書いてある。もとより私はケチでもビンボウでもない。それ相応のモノは払うのは当然と考えている者だ。気持ち良く了承してサイトに案内してもらった。

今回初めてフル装備の設営です。ブルーシート・ターフの前室付き。小一時間程はかかったが、張り上がりに満足。実はブルーシートの支柱用に古い釣竿を改造したものを用意してきたのだが、少しの風でたわんでしまい使いものにならず今までフル装備にできなかったのだ。今回は実際の釣竿を使用して、やっと完成させた経緯があった。


設営が完了してから、事務所で買った割引入浴券(400円)を持って、丘を2.4㌔下りR5脇の温泉ホテル「遊楽亭」で入浴、そしてカツカレーの夕食。

帰りがけにふと見ると、フル装備のグレ-トジャーニー(私と同じGIANT製のキャンピング仕様の自転車で意外と多く見かける)が停めてあったので、しばらくその主を待ってはみたが、なかなか現れないので、また丘を上ってテントに戻った。

サイトの下の方にもテントがひと張りあったが、挨拶はせずにテントにもぐりこみ寝る準備にかかる。

8時頃だろうか、外で一人到着の気配があり、起き出して言葉を交わしたが、彼らの事は明日の項に譲ります。

走行距離 70.73㌔ 走行時間 4:27 最高速度 41㎞/h 平均速度 15.9㎞/h

2012年8月2日木曜日

7月3日(火) 16日目

第16日目 7月3日(火) 函館 → 大沼公園

3年ほど前道南を走った際に函館には立ち寄り2泊したし、それ以前にも何度か函館には訪れたことがあり、ここ函館は、私にとって滞在時間が永い部類の地方都市かもしれない。

前回は函館から海岸線を東に走り、恵山の西側をぐるっと回って長万部方面に向かったのだが、今回は直に北上して大沼公園でストップオーバーして、長万部・苫小牧を目指す積りです。

6:45 ホテルのサービス朝食をいただく。 天気は曇り。

8:00 ホテル出発

昨日上陸して走った道を逆に辿り、途中、やはり五稜郭には立ち寄った。この時間だと、主に地元の方だろうか、散歩・ウオーキングの人が多く、観光客も集まり始めている。

面白いのは上の航跡図でも五稜郭の輪郭が読み取れる事です。GPS恐るべし。

9:45 国道5号線(R5)に乗る。同じ名称で函館新道が並行しているが、こちらは自動車専用道で自転車は走れない。
(10:27 七飯付近)

この道は「日本名道?100選?」等に選ばれているはずで、松並木が続き気持ちが良い。

10:35 21.12㌔ 七飯

ここまでじわじわと登りにはなっていたが、近くの美容店の店主に拠ると、ここから大沼トンネルまでの10㌔くらいがややきついかなという事だった。私の事を健脚ツーリストと勘違いしてか、峠の内には入らないでしょうとも言った。行くしかない

実は「ツーリングマップル」の北海道版を使っているのだが、縮尺が本土版の14万分の一から20万分の一に変わり、今までの感覚でマップルを見ていると、「もう着いて良いはずなのに、オカシイなあ」という事になりかねないので、早く慣れなくては‥‥。

(11:25 30㌔ 大沼トンネル)

何とか漕ぎあがりました。そして聞いていたとおり、トンネル内の右側には安心して走れる側道があった。ありがたい。

(11:35 トンネルを抜けたところ:前方の橋を右に渡る)

11:45 35㌔ 大沼公園 到着

平日だが、観光バスも多く結構賑わっている。意外と若い人も多いが、その多くは中国、韓国からの人だ。大沼には小島が多く「松島」のような景観がみられ、丁度この日、「ラムサール条約」へ登録されたと言う事で、関係者が忙しく動き回っていた。

ラーメンを食べたり牛乳・コーヒーなどを飲んで寛いでいると、中年おじさん観光客が「今朝、五稜郭にいらっしゃいましたよね」と話しかけてきた。きっと私のグリーンのシャツが記憶にあったのだろう。そこからはわずか30㌔程度しか離れていないのだが、自転車に縁のない人には、その機動力が想像もつかないのだろう。しきりに「大したものですねえ」を繰り返すので、さりげなく「いえ、普通より脚が弱い方なんです」と返しておきました。
(大沼湖畔にて)

今日は最初からキャンプをする積りだった。それも近くの「流山温泉キャンプ場」でと考えていたのだが、先ほどの七飯の美容店主から「東大沼キャンプ場」なら無料で、湖畔の絶好のロケーションで、函館市民は皆そちらを好むと聞かされて予定を変更した。別に、「無料」に惹かれたのではありません、念の為。

大沼湖畔の快適な道を5㌔ほど行くと、なるほど、申し分ないキャンプ場でした。

テント左の椅子は近くの店が無料でレンタルしてくれている。こんなことも他では信じられない事です。

他のキャンパーは少なく、自転車は後ろの炊事棟の屋根の下に置いてある。ここがシーズン中には超満員になるなんて想像もつきません。

17:40 夕食も終わり、珈琲を淹れ(今日はインスタントではなくドリップ)まったりと時間が過ぎてゆく。

実は、写真の近くにはもうひとりキャンパーが居るのだが、そのことは、明日の項に譲る。

走行距離 47.67㌔ 最高速度 38.5km/h    走行時間 3:27 平均速度 13.8km/h

2012年7月31日火曜日

7月2日(月) 15日目

第15日目 7月2日(月) 弘前 → 青森 → 函館 

いよいよ本州の目的地、青森を目指す日になった。一応青森を最終目的地として走ってきたので、何とか目的が達成できそうだ。のんびりと走って来たつもりだが、「意外と早く着いたな」というのが感想。(まだ、着いたわけではないが) 今日も40㌔余り走って13:30位に青森のフェリーターミナルに着けば十分なので余裕だ。しかも大した難所はない。


早朝からサッカー・ユーロ決勝戦、スペインvsイタリアを見てしまう。あのスペインチームの完璧な強さに、日本人は絶望的な思いを抱いてしまうのではないかと不安にすらなった。

ホテルのサービス朝食をいただいて
   
8:00 ホテル発 うす曇り
今日もR7を避けて10㌔も行かないうちにR285に逸れる。この道は殆どR7の東側を走りJR奥羽本線に沿っており、間違いなく旧道だ。
(9:34 21㌔ 浪岡の町)

10:15   27.51㌔ 大釈迦峠(102㍍)

峠を越えるためにR7に出て、再度旧道(名前がR247になる)をヘルメット着用にて下る。出発以来ずーっと4~6メートルの向かい風だったが、急がない・焦らない旅なのでそれ程苦にはならずに済んだ。

(11:30 44㌔ 青森駅前)

青森駅前に着いてみれば、いつ降ってきてもおかしくない晴れ?になっていた。
これにて、一応、横浜 → 青森 1040㌔の旅は完了した。大したトラブルもなく良かった。
お祝いに駅前の吉野家でうなぎ2枚盛りのうな丼を食べ、フェリー乗り場へ向かう。
ところが、下の地図でもわかるように、JRの線路の東側に居る現在では長大な青森ベイブリッジを渡らなければならない事が判明し、ガソリンスタンドで聞いても、回避するには延々と大回りしなければならないと言われ、エッチラオッチラと漕ぎ上って行きました。その代わり、景色はそれなりに楽しめましたが。

青森港から函館には「青函フェリー」と「津軽海峡フェリー」と2社が就航しており、時間はそれ程変わらないのに、料金は圧倒的に青函フェリーが安い。

当然、その事務所に行き、手続きをとろうとすると、係員が「今日は海が荒れ気味なので、ひょっとすると、自転車の積荷は降ろしてもらわなければならないかも知れない」と言い、それは積み込みの寸前に、船側の係りが判断するのだと言う。それを承知ならば乗船手続きをとると言うのだが、冗談じゃない。そんなの、こちらからお断りして、高いのを承知で「海峡フェリー」の事務所ビルへ移動して手続きをとった。ひょっとすると、両社でそんな密約でもあるのだろうか。フェリー代金は自転車込みで4200円。


13:00 雨が降り出す。走り終わってから雨とは、何とラッキーなのだろう。

14:20 青森港出航
18:00 函館港入港 函館も雨

青森のターミナルで一緒になった、本格的なランドナーのTクンと船内で歓談。彼は東京から自走してきた猛者だ、が、ロングツーリングは初めてだそうだ。その後何人かのツーリストと話す機会があるのだが、全員私より若く、且つツーリング歴は私よりはるかに乏しい。何だか「俺ってベテラン?」と思ってしまいましたよ。そう言えばこんな旅を始めてからもう5年が経った。

ライダーズハウスに泊まるという彼とは函館のターミナルで別れ、

(Tクンと愛車のランドナー)

18:40 又も老人割引、3480円で予約してあった、スーパーホテルにチェックイン。自転車を屋根の下に停める事につき、やや、行き違いがあったが、まあ、解決。

夕食は町に出て、ほっけの焼き物、蟹汁など北海道モノでまとめる。

走行距離 54.88㌔ 最高速度 36km/h  走行時間 3:37 平均速度 15.1km/h

7月1日(日) 14日目

第14日目 7月1日(日) 大館 → 弘前


今日の目標は弘前、と言うより弘前城。数少ない現存する天守をもつ旧津軽藩の居城だったところだ。江戸時代初期に豪壮なモノが築造されたが焼失してしまい、末期になって現在の3層3階の天守が再建された。北海道・松前の城が焼けてしまい、日本最北端の天守となった。桜の名所でもあり、なかなか綺麗な咲き振りでシーズンには賑う。私は城が好きだ。現存する天守は殆んど訪ねていると思う。

8:30 ホテル出発  天気晴れ

(8:57 6.7㌔)
街を出るとR7は直ぐに JR奥羽本線と並行するようになり、田舎道となってくる。

(9:22 11㌔)

9:45 15.3㌔  陣場駅

無人駅だ。この辺になると緩い登りにはなっているのだが、苦しさは殆んど感じない。曇り空になり湿度が高い。いよいよ330㍍の矢立峠にさしかかる。
(10:00 16.2㌔ ここも脇道、本道への登り)

ピーク付近は道路工事中で、工事人に誘導されるままに走っていると、温泉施設のある道の駅に到着

10:13 18.5㌔ 道の駅 「やたて峠」到着。 結局、漕ぎ通しました。




(道の駅付近の様子:携帯写真)

「結構きついよ」と教えてくれた同僚へ「無事到着」のメールを書いたり、付近を散策したり、エビ天蕎麦の昼食を食べたりして、だが、入浴はせずに

12:00 出発

矢立峠は県境に当たり、直ぐに表示が現れ、青森県に入る。

久しぶりにヘルメットを被り、気合を入れて峠を下る。やはりなんと言っても、これ、最高。


メモによると 12:10・19.35㌔から12:18・23.12㌔までを8分で下る、と嬉しそうにかいている。また、26㌔㌔地点の道の駅「いかりがせき」とは150㍍くらいの標高差がある。

弘前城は市の中心部からは北西の方角にあり、石川付近からは R7を離れ、標識に従い、お城を目指す最短距離の地方道へ逸れる。

(13:41 39㌔ 石川 岩木山が正面に)

(14:02 45㌔ 奥羽本線と交差 岩木山が近付く)


14:10 49㌔ 弘前城 到着





追い風に助けられ、意外と早くお城に到着。思ったより街中にある。平城なだけに城域が広く、上の案内図にある部分を回りきるには一時間は必要だ。保存状態がよく、堪能できました。

お城でアイスクリームを売っているおじいさんに、駅への道を訪ねたが、まるで何を言っているのか理解できなかった。「ありがとうございます」とお礼を言ってから、勘を頼りに駅方向に向かい、

15:40 ホテル到着 

夕食は町へ出て「にぎり寿司セット」を食べたのだが、歩いていると観光案内板に「旧弘前階行社」・「太宰治まなびの家」とあるのが目についた。

又も、事前調査の不行き届きに思い知らされた。ここ弘前は「八甲田山死の彷徨」の第8師団の本部があった軍都だし、太宰が高校時代を過ごした町でもあったのだ。その他にも歴史的建造物が多く残っているはずなのだ。

階行社とまなびの家は、幸いそこから徒歩圏内なので、見学に行ったが、閉館時間を過ぎていたので、全て外からだけの見学。階行社はルネッサンス洋式のレンガ建の集会所が残っており、現在は弘前厚生学院という保育科を主とする学校が管理しているようだ。
まなびの家は大正期の上流の一般民家の暮らしが再現されているようで、太宰が下宿時代に使った部屋が残されて、家具・調度、諸道具類が見られるらしい。まあ、外から概観できただけで良しとしよう。結局、弘前はお城が目当てだっただけに、観光としてはこれだけで終わった。

走行距離 54.39㌔ 最高時速 46.0㎞/h 走行時間 3:34 平均時速 15.2㎞/h

2012年7月27日金曜日

6月30日(土) 13日目

第13日目 6月30日(土) 能代 → 大館

ホテルのサービス朝食をいただいて

8:30 のんびりとホテル出発。 晴れ

今日の目標は大館。約60㌔。ここまで来ると、日程の余裕が十分にある事がはっきりと計算できるようになってくる。大館→弘前が55㌔くらいなので、少し気合を入れて早朝に発てば、弘前まで十分に行けるのだが、同僚から聞いていた「矢立峠」が気にもなり、のんびりと大館まで行く事にした。

基本はR7奥羽本線に沿って進むのだが、とにかくできるだけ脇道・旧道を選択し、ポタリング(自転車散歩)感覚で楽しむことだ。天気も良いし…。

9:15頃 11㌔地点 早速脇道を見つけ(大した見通しも無く)村落の中を進む。大した見通しも無くとは言え、マップルを眺めると、R7・奥羽本線は概ね米代川に沿ってもいるので、そちらに向かえば大きな間違いは無かろうという程度の目算はあるのですよ。

 (9:15頃からの部分軌跡)

この選択は大正解で、

9:35 富根橋を渡り米代川対岸の土手道 、R64に出る事ができた。



(上2つ:富根橋)

(9:50 R64の土手道 専用道ではないが快適)

さらに川沿いを進むと、うれしい事にトンネルを2つかわした先のR7と合流する。

10:40 25㌔ R7に合流。気温25℃、湿度50%。

それでも上の地図にもあるように、勘を頼りに走ると時としてルートを外れてしまう事もよくある。そんな時は、早くそれに気付き修正するのが大切だ。そのために私はハンドルバーにコンパスをつけている。数百円の大雑把なモノだが、何回もそいつに助けられています。

11:45 40㌔ 道の駅 たかのす

大太鼓で有名な所らしいが、あまり興味はなく、買い置きのおにぎり・パンとジャム(これも買い置きでフロントバッグにいれてある) の昼食。

快晴、28℃まで気温が上がっており、アイスクリームを2つも食べる。

13:30 発 2時間近くの昼食休憩とは我ながら呆れるが、当時のメモには「暑い」とあるので、日陰で昼寝でもしたのかもしれない。

走り初めて間もなく、勘が狂い、又もコースを誤り、それでも、再度脇道に行ったのが下の部分図だ。
(13:45~14:00 脇道を走った部分軌跡)

たかが2㌔だが、車がビュンビュン行き交う国道を離れ、このような旧道を走れただけで満足してしまう。

14:00 R7に合流 以後は街中の側道をのんびり走り

15:30 61.6㌔ 大館駅 到着
(15:30 大館駅前)

大館は「秋田犬」の本場らしい!

最初に訪れたホテルは自転車の扱いにまるで愛情が感じられず、店外の料金表示より高い金額を要求するのでこちらから断わり、直ぐ近くのホテルに向かったのだが、先のホテルより1500円も高い料金だった。一瞬、しまった!と思ったが、対応が良かったので、にこやかに快諾しチェックイン。

当ホテルでは1000円でPCが借りられ、のんびりとメール処理やブログ更新ができた。さらにありがたいことに、明日の弘前のホテル情報が得られ、スーパーホテル弘前の老人割引3480円という予約ができた。

夕食はコンビニで買って来た寿司と蕎麦。夜10時過ぎにはホテルの大浴場温泉でゆっくりと疲れを癒した。

テレビではどこかでの最高気温が32.8度だったと報じていた。

走行距離 63.52㌔ 最高速度 37.5㎞/h 走行時間 4:24 平均速度 14.4㎞/h