2010年2月1日月曜日

1月30日の遠乗り

申し分の無い天候に恵まれ三浦半島方面に出かけてきました。

データから先に書いてしまうと

スタート : 09:30  帰着 : 19:00
走行距離 : 118.28㎞
最高速度 : 44.5㎞/h
走行時間 : 6:27
平均時速 : 18.3㎞/h

8時出発予定のところ寝坊したので大分出遅れてしまいました。その為に帰着が夜になる事が確実となり、明るい内に帰ろうというモチベーションが薄れ途中からダラダラ走りとなり、休みも多くなりペースとしては不満足なものでしたが、120㎞近くを走れた事に満足はしています。100㎞以上走ったのは本当に久し振りでした。

今回のコースには実に過去の色々な事を思い出させるものでした。以下はその辺を列挙していきます。

走り始めて1時間20分程で国道16号に再度出ましたが、その辺りからは「京浜急行」と並行するようになります。そもそも京浜急行自体が中学・高校通学に使っていたものです。「京浜田浦」が下車駅でしたが、駅前は相当変わっており、旧校舎は現在「海上自衛隊艦隊司令部」になっています。

横須賀の町を抜けて観音崎方面に進むと灯台のすぐ下が「走水海水浴場」です。確か高校生の頃かと思いますが、友人と海水浴にきて遭難しかけた事がありました。少し沖へ出てから、さあ岸に戻ろうとしても潮流が強くどんどん外海の方に流され、泳いでも泳いでも岸に近付かないのです。結局相当離れた場所に泳ぎ着いたのですが、あの時の焦りや恐怖感は今でも忘れられません。

観音崎の根元を回り、浦賀、久里浜を過ぎると長い三浦海岸に出ます。「野比海岸」はその一部なのですが、当時「都市の論理」なんていう本で変に有名になった羽仁五郎の家がここにあり、すぐ近くにA子さん(と言ってももちろんご存じないでしょうが)の別荘だか親戚の家があり、学生時代夏休みなどよく泳ぎに行きました。ワンピース水着の似合う美少女でしたが、後日、先輩の所に嫁に行きました。




                          ( 野比の海岸 )




「剣崎」「城が島」をショートカットして内陸部に入り、長い坂を登りきると「引橋」の交差点。ここをヘアピンで右に曲がると相模湾沿いに入ります。

京浜急行「三崎口」駅前を過ぎ、坂道を下り切った辺りに西武が所有する「初声」のマリーナがあります。噂では付近一帯を開発する積りで西武が買い占め、ハーバー的な整備もしたのですが、計画が頓挫してしまったそうです。寂れた漁港といった趣きだけが残っており、当時は堤義明氏所有という噂のクルーザーだけが真中に停泊していました。ここでは息子のヨットクラブの役員として何回も夏休みの合宿を実施しました。大体2泊3日なのですが手配・準備で相当大変だった思いがあります。毎回無事終了すると、コーチ仲間と心から「お疲れ様」と言い合ったものです。 色々な事があった思い出の場所です。

さらに北上すると「佐島マリーナ」があります。ここでは前職時代よく企業研修をさせてもらいました。研修会場などは実際どこでも良いのですが、私個人の好みで毎年使っていました。何せ研修は始まってしまうと事務局としては暇で、余程気分の良い所でなくてはイヤになってしまいます。まあ、ひとつの役得でしょうか。

さらに北上すると「葉山マリーナ」にがあります。ここは小学生の娘と一緒にヨットの練習合宿に来た事があります。当時の練習艇はY15でした。安定の良い艇なのですが、かなりの強風と乗り手の未熟さで「沈」してしまい、早めに引き上げ、一緒にマリーナの風呂に浸かりながら沖の練習を見ていました。娘にもヨットの手ほどきをしようとしたのですね。

尚この「走水」→「逗子」は中・高時代、学校行事として「40㎞を歩く会?」があり、そのコースでもありました。

あとは一路「江ノ島」に向かうのですが、ここのヨットハーバーには何回通ったか分かりません。息子がジュニアヨットの現役時代から10数年間、レースや練習のために通ったものです。今回も橋を渡ってハーバーに行こうかとも考えたのですが、既に16時を回っており断念しました。沖では(多分江ノ島ジュニアヨトクラブの)OP艇が練習をしていました。


                         ( 江ノ島海岸 )

この頃には既に90㎞以上走っており、相当足にきていました。以前150㎞以上走れた事が唯一の拠り所なのですが、練習不足か体力の衰えか分かりませんが、ちと情けない思いで19:00帰着しました。

2010年1月31日日曜日

1月の走行距離

実は昨日三浦半島・江ノ島方面に遠乗りに出かけ、120㎞ほど走ってきたので今月の走行距離は

359.67㎞

となり、累計では

19,157㎞

となりました。近い内に30日の様子をお目にかけます。

2010年1月26日火曜日

HPアクセス数が3000になりました

自転車旅行のホ-ムページを2007年7月25日に開設以来2年半でアクセス数が3000になりました。一般のアクセス数からみれば微々たる数字ですが、こじんまり運営している素人管理人としては密かに喜んでいます。

こんな愚にもつかないいたずら書きを2年半も書いてきた動機は色々ですが、少なくとも楽しかった事は事実です。寝る前にその日の走行距離を更新すると「ああ、これで今日も終わった」という気分になれる事も事実として生活の一部になりました。

おそらくこれからもそんな生活が続いていくのでしょうけれど、このHPを時々は覗いてくださる皆様方、よろしくお願い申し上げます。

2010年1月22日金曜日

やはり魚は消えてしまった

今日で連続3日間釣行しました。 釣り場も象の鼻、新港パーク、臨港パークと3箇所を試し、餌も沖アミとアオイソの両方を試しました。 もちろんタナを変えたりとか、いろいろやってはみたのですよ

結果は雑魚のみ合計6匹とは情けない、というより笑えてきます。本当に魚影が薄いのです。私以外の釣り人も同様で、去年の私に関する噂のように「誰々が大物を上げたようだ」という話だけが飛び交っているだけです。

このシリーズはこのような結果に終わってしまいましたが、来月からまた、新たに挑戦を致します。当面は本拠地の新港パーク・インターコンチネンタルホテル前の川にこだわってみようと思います。

2010年1月20日水曜日

久し振りの釣りなのに…

今年に入って初めての釣行だ。

別に何が忙しいというわけではないのだが、このところご港に行きそびれてしまっている。どうも仕事の関係で「続けて通えない」(餌の関係で)という事がネックになっているようだ。

今日からは3日通えそうだし、何より陽気が良いのに誘われて出かけてきた。但し、餌は昨年から持ち越しの冷凍沖アミ。冷凍庫にあるのをすっかり忘れていた。

ああ、それなのに…、釣果は上の写真のような雑魚4匹だけ。

最初はいつものインターコンチネンタルホテル前の運河河口。ここで2匹。午後からは臨港パークの太鼓橋側で2匹。去年の1月24日にはここで46cmのカレイを上げているので密かに期待をしていたのに空振りに終わった。言い訳ではないが、他の釣り人も釣果は上がっていない。小さいイワシがちょっとだけだ。今年はどうも未だらしい。

明日はきちんと「イソメ」を買ってトライしてみようと思っている。

2010年1月11日月曜日

新年初仕事


実は昨年末娘一家が我が家へ遊びにきた時に、娘が私のレコードの一枚を聞きたいというので、我が部屋のプレーヤーに載せたところ、どこか痛んでいたのだろうか回転しなかった、という事があった。そう言えばここ何年もレコードをかけた事はなかった。ついでにと思い、オープンリールテープデッキも試したところ通電はするもののリールが回転しない。恐らく伝動のベルトが切れた、リレースウィッチがいかれた程度の故障なのだろうが、修理をしようという意欲が湧かない。とは言うものの、手持の音源(LPレコードやオープンリールテープ)がかなりあり、それぞれ思い入れがあるものも相当数あるので結局、レコードプレーヤーとテープデッキは新たに購入する事にした。


とは言っても新品を購入すれば両方で数十万円にもなり、(そもそも現在ではメーカーが限られており、製造されているのは超が付くほどの高級品しかない)私の余命と経済力の関係からヤフオクで落した。


両方とも入手してみると現金なもので、システムをきちんと並べたくなり今度はラックが欲しくなってきた。                                                           
写真でお分かりのように、我が部屋は屋根裏部屋で垂直な壁というものがほとんどない。そこに納めようとすると、もう自作するしかない。設計には3日かけた。ミリ単位の線を引いて何遍もチェックして完璧を期した。今回は切断作業を減らすために1×4木材だけで組み立てたのだが、出来上がってみると、しみじみ己の技術力の拙さがイヤになってくる。設計は問題ないのに出来上がりは、平気で数ミリの狂いが出てきてしまう。多少は元の木材のカットが怪しい面もあるのだが、やはり材木への線引きのいい加減さとその線に沿ったカットが満足にできない未熟さが原因だ。修行が足りない。            
ラックの出来とは全く別の話しだが、オープンリールテープの音の良さには改めて感心した。40年前にエアチェック(多分死語だろう。レーコードが買えないというより、なかなか手に入らない音楽を主にFM放送からテープ録音したもの)したテープが素晴らしい音質そのままに再現される。気のせいかCDなどより余程クリアではないかと思う。                                          
これで、老後の楽しみがひとつ増えたのだが、以前使っていた台の解体や部屋の模様替えまで絡んできたので、相当疲れた。


2010年1月2日土曜日

初走りは湘南海岸


余りの天気の良さに惹かれて、つい、走り初めをしてしまいました。湘南海岸を走ろうと思ったのですが、今日は「箱根駅伝往路」の日で下手をして東海道を走るとコースが重なってしまいそうなので、横浜~金沢~鎌倉~江ノ島~茅ヶ崎~戸塚~横浜のコースにしたのですが、家を出て3㎞程で国道1号線を渡るタイミングがドンピシャリになってしまいました。信号は赤で目の前を選手や報道車、警備車が次々に通り過ぎて行き、結局15分程「箱根駅伝」を見物してしまいました。イヤー、皆速い。でも考えれば自分もあのくらいのスピードで走っているのです。


金沢から鎌倉に抜ける鎌倉霊園のある朝比奈の峠では少し歩いてしまいましたが、下ってからどこでどう間違ったのか鶴ヶ丘八幡宮ではなく逗子にでてしまいました。まあ、そのおかげで湘南海岸を余計に走れたというわけです。


去年はこの湘南道路を反対方向ではありましたが姪と義理の息子の3人で走ったものですが、その姪は結婚が決まり、義理の息子は父になりと、1年間で色々な変化があるものです。


稲村ガ崎をかわすと江ノ島が見えてきます。サザンの世界ですね。サーファーもたくさん集まっていました。烏帽子岩が見えてきた辺りで海岸から離れ国道1号へ向かい、駅伝コースを逆行して帰ってきました。


結局80㎞ほどの初乗りでしたが、久し振りなのでかなり疲れました。それにしても、こんな素晴らしい天気の日に湘南海岸を快適に走れるなんて幸せと言うものです。なんとか平均時速が20㎞/hで走れた事も、ちょっぴり自慢しておきます。