2011年10月11日火曜日

2011ツーリング 16日目(9/02)

7:00 ホテル 出発 いよいよ今回の主要テーマの第四ステージが始まる

まだ雨は降っていないが、台風12号が気になる。(当日13:00 室戸岬沖南270㌔ 965hPa 最大風速35m/s  速度が遅く、既に紀伊半島に甚大な被害をもたらしている雨台風だ)

走り始めて直ぐにちょっとした峠を越え、由良川に架かる大川橋を渡り、川に沿って河口に向かう。下の写真はその河口にある海水浴場。(7:50 10㌔)ここで持参のパンとアイスコーヒーの朝食。
9:20 24㌔ 天橋立 着

北近畿タンゴ鉄道宮津線
に沿って走り栗田トンネル(600㍍)を抜けてしばらく行くと天橋立に出る。地図上では、その砂州の中を道路が走っているので、そのまま行ってみると、松並木の気持の良いダートコースだ。途中休憩したり、宮津湾の水に足を浸したりして、その3㌔を充分に堪能した。尤も、以前こちらには来た事があるので、周辺に立ち寄る予定はなかった。

現時点では曇りながら蒸し暑い程で、台風の影響は殆んど感じられなかった。
10:00 天橋立を抜け丹後半島周回コースに入る。目指すは伊根の船屋

下の写真は10:55頃、40㌔、伊根の少し手前の大島の町並み。概ねこんな道路を走って行く。

 
11:00 42㌔ 伊根湾めぐりの遊覧船乗り場
伊根の船屋は何度かTVの旅行番組で見たことがあり、以前から行きたい所だった。今回のツーリング中でも数少ない観光をした場所だ。

11:30~12:00 遊覧船にて観光
丹後半島を周回する道路としては国道178号線があるのだが、伊根から先は殆んど内陸部を通っている。やはり半島はなるべく海岸線近くを走ってみたい。そこで六万部という地区の辺りからR178を外れて海岸寄りの地方道を選択した。それが下の図。
結果として、これが良かったのか悪かったのか今でも判らない。

この頃から雨が降り出し、12:30頃にはかなりの降りになってきた。しかも道は上り下りを繰り返すトンネル含みの難所だった。雨具は着用したが、内側からの汗でグッショリ。登りで歩いている時など4年前の阿寒横断道路を越えた時の辛さを思い出した。おまけに空腹だったが食堂など見当たらない。

13:30近くに一つのミニ峠を越えて下り切った小さな集落(本庄浜)「何でも屋」風の店を見付けて入った。この時は心底ホッとした。実はここは漁協で手持の地図にもそのように出ている。確かにそうなのだが、それは昔の事で(奥には使われていない無線装置なども見える)現在は集落の住民のための日用品を販売する機能だけが残っているそうだ。

菓子パンとチキンフライというなんとも可笑しな昼食にはありつけたのだが、外の雨はますます激しくなってくる。たったの50㌔少々走って来ただけなのに「今日はもう終り」という気分になっていた。そこで例によって、店員のオネエサンにこの先どこか泊れる所はないか尋ねると、親切にも心当たりに色々電話で当たってくれたが、どうもかなり先の方にしかないらしい。それも途中には登りがきつい峠があるという。伊根まで戻る他なさそうだが、どうにもその気になれない。
その時点では、いざとなったらその漁協の片隅にでも泊めてもらおうかとすら考えていた。寝袋もマットもエマージェンシーマットすら持っているのでどうにかなる。そんな様子を見かねてか、この地区の民宿を当たってみようという事になり(始めからそうしてもらえれば良かったのだが、私がこの先の宿泊場所は…と訊いたのがまずかったのだ)何とかその内の一軒がOKだと言ってくれた。但し電話で話した所では食事は大したものは出せないと言っていたが、そんな事はこの際全く問題ない。

14:00 民宿 着

直ぐ近くにその民宿はあった。もちろん客は私ひとり。台風情報が必要でしょうと女将さんが言ってくれTVのある部屋に通してくれたが、そこのエアコンは故障していた。すると、隣のTVはないがエアコンは健在の部屋も使ってよいと言われ、結局、メインはそちらで、TVを見たい時にはもう一方と二部屋を使わせてもらった。本日の夕食が下の写真。
雨は激しくなっている。明日は連泊になりそうだ。

本日の走行距離 53.51㌔ 走行時間 3:34 平均速度 15㎞/h

2011年10月10日月曜日

2011ツーリング 15日目(9/01)

7:45 雨の中をお世話になった民宿のおばさんに見送られて出発。
午前中はかなりの雨で、写真を撮る余裕すらなかった。

昨日走ってきたR477に復帰して10㌔足らずで250㍍程の峠を越える時、ピークに農産物販売所があったので屋根の下で一息入れた。そこに地元農家の方が販売準備に来て、例によって「どこから来てどこへ行く」の質問から始まる話しが始まった。

今日は舞鶴まで行く積りだというと、まだ大分あるな、大変だあと感心やら同情をしてくれた。私は持参の地図を見せながら「こんなコースを行くのですが・・・」とこれからの予定を説明して「どうでしょうか」と意見を求めた。

ここでその「地図」を少し説明しよう。ネット上に「NAVITIME」というソフトがあり、ここで「自転車ルート選択」を指定し、出発地、目的地を指定するとGoogle Map上にルート・距離などを示してくれる。また、コース選択も「最短距離」とか「主要道路」などと選べるのだが、私は「高低さが少ない」を選んでいる。只、その図はそのままではA4サイズの手頃な大きさの印刷には適さないので、別の地図ソフトを印刷し(尼崎ー舞鶴で16枚)、そこにマーカーでプロッティングした物をケースに入れてハンドルの前に置いてある。

すると皆さんが私のコース図を見て、舞鶴に行くのにこんなコースをとる者はいない、この先をこう行って、園部から国道9号線観音峠を越えて、あとは標識に従って「舞鶴方面」をダーっと下るだけだと言うのだ。

当初のルートは薗部からは山陰本線に沿って走り、山家駅付近からほぼ北上して舞鶴に至るというものなのだが、確かにそれなりに山道で大変そうだ。何しろ観音峠を越えればあとは下りという単純さが気に入った。もちろん、そのままを鵜呑みに信じたわけではないが、地元の人が言うのだから損はないだろう。

9:50 22㌔ 観音峠(300㍍)を越える

10:30 27㌔ 国道27号線に入る

11:00 下山駅近くで山陰本線を越える。由良川沿いの全般的には下りのコースだが、まだ山間部で、時々登りがあるが大した事はない。(下の写真)


画像を追加11:40~12:15 道の駅 和でコロッケを食べて、これが昼食。 雨が上がる。

下の2枚は由良川越えるR27の風景
綾部からはR27はJR舞鶴線に沿うように北上する。

全般に走りやすい道路で、普通に走れる限り側道も良く使うのだが、下の写真(淵垣駅)のように側道が駅のホームに吸収され行き止まりというのには驚いた。(14:05 舞鶴までもう一息)
15:20 76.2㌔ 西舞鶴駅

前に書いたような事情で、この辺りの地図は持っていない。それがちょっと困った結果をもたらした。実はこの西舞鶴駅前を通過した時、しばらく走れば当然舞鶴駅という駅(実際には東舞鶴駅はあるが舞鶴駅はない)があり、そこからは舞鶴港が近いはずだと思っていた。ところが持参の地図の最終(16枚目)の舞鶴周辺部分には今走っているR27が海岸沿いに東西に通っており、おかしいなとは思いながら走っていると唐突に海にぶつかってしまったのだ。
15:30頃 舞鶴港

ところが、ここは同じ舞鶴港でも西港で、本来の軍港・舞鶴はもっと東にあるのだ。そして私が観たかったのはそちらだ。横須賀・呉・佐世保と殆んどの海軍基地を観てきた私としては、旧海軍鎮守府所在地としての舞鶴は見ておきたいところだ。
だがそれには10㌔近く進行方向とは逆行しなくてはならない。だが、80㌔以上走った後の老体には、そのエネルギーは残っていない。せめてこの西港で宿泊し、明日朝一番で東港を見に行こうかと考えたが、たまたま目に入った「舞鶴ホテル」に行ってみれば、そこは葬儀場だったりして、結局ホテルはない。

それなら舞鶴に泊る理由はなくなり、そこで聞いた5㌔ほど天橋立方面に走った所にある温泉施設付属の宿泊施設に宿泊することに決定。

今日のコースは「日本海に出てから西に向かう」というツーリング全体から見れば、多分、効率的だったかもしれないが、今現在(10/10)では少し残念な気がしないでもない。

これで第三ステージが終り、明日からは最終でメインの第四ステージが始まる。それにしても、動きが遅い台風の動向が気になる。

写真は温泉施設部分。中で食事もとれる。但しここでは携帯(Softbank)は繋がらなかった。

本日の走行距離 85、77㌔ 走行時間 5:18 平均速度 16、2㎞/h

2011年10月8日土曜日

2011ツーリング 14日目(8/31)


7:45 ホテル 出発 

出発前に車体整備と注油。気分的に「気合」を入れた積りなのだが、ハンドルバーに取り付けたデジタル時計の液晶画面が真っ白になっていた。長時間の日照に耐えられなかったのだろう。(帰宅後確認したところ復旧していた。)今日の予定は「とにかく行けるだけ北に行く」、それだけだ。

御影・芦屋・西宮などの馴染みのある地名が過ぎて行く。

9:15 19㌔地点で既に31℃になっていた。


9:45 24㌔地点 尼崎市内


あと数㌔で大阪・梅田というところで、いよいよ日本海・舞鶴に向けて国道2号線を左折、北上を開始。これより第三ステージとなる。JR東海道線、名神高速道路、阪急神戸線、山陽新幹線と順に交差し、伊丹空港を右手に見ながら中国自動車道と交差し阪急宝塚線「川西能勢口駅」を越えた辺り(11:15 37㌔)から県道12号線となり、しばらくは能勢電鉄妙見線に沿って行く。とにかく北上。


11:50 38㌔ 鶯の森駅 先 橋を渡り対岸の国道175号線へ出る。


11:55-12:20(39㌔) 吉野家で昼食


この辺から徐々に本格的な登りが始まり、一の鳥居駅で二股の右ルート・国道477号線(今後の主要道路)へ進路をとる。これからのコースは兵庫・大阪・京都が入り組んだ地域で、今日は兵庫→大阪→兵庫→大阪→兵庫→大阪→京都と何度も県境を越えることになる。その県境は殆んど峠になる。


能勢電鉄妙見線の終点妙見口駅真如寺(能勢妙見)への玄関口。地図で見る限り道路脇からケーブル、リフトがある妙見山(660㍍)に位置する由緒ある寺で観光地でもあるようだ。事前の計画段階では「寄ってみようか」とも考えていた所なのだが、そこまでの登りの疲れと時間の関係で、迷う事もなくパスした。因って、今でもどう云う所なのか全く知らない。


13:50頃 48㌔地点 兵庫・大阪の県境大槌峠を越える。


下ったところの野間稲地で一旦バイパスに入り、再びR477と合流した所でひと休みしていると郵便配達の車が通りかかった。


2時半前だった。まだ、50㌔ちょっとしか走っていないのだが暑さと登りの疲労のせい、というより、もう走るのがイヤになってきており、ここから先の最初に見つけた旅館に泊ろうと思い始めていたのだが、それまでの集落には民宿すら見かけなかった。そこで、郵便配達に情報を求めたのだが、R477沿道にはそれらしいものはないというのだ。郵便屋さんが言うのだから確かだ。


ただ、6㌔ほど先を右に折れて亀岡方面に向かうと「湯の花温泉」があり、そこなら旅館が数軒あるという話しだった。自転車でも1時間もあれば大丈夫だという言葉を信じて、最後の力と気力を振り絞って走り始めた。


確かにそれはあった。が、最初に見つけた××荘という民宿はいかにも泊めたくないという風情で、感じが悪かった。で、一車線なのに大型トラックが行き来するような危ない道を下り、温泉街(といえるかどうかは微妙)を走って他を探してみたが、営業をしている店が見当たらない。1軒だけは営業中なのだが「政府登録~」とか「国際~」などの看板が仰々しくその気になれない。(要するに宿泊料が高すぎる予感) 困り果てて、今来た道を引き返し、先ほどの××荘近くに観光案内所を見つけたのだが無人の様子。困った。


案内所前に佇んでいると、明らかに地元の方と思しき女性が通りかかったので、事情を話し、どこか何とかなりそうな所はないかと聞くと、亀山方面へしばらく行くと民宿が2軒あると教えてくれたが、営業しているかどうかわからないという。丁重にお礼を言って、その方向へしばらく行くと、確かに聞いた名前の民宿があったが、声をかけても応答がなく人の気配がない。直ぐ近くのもう一軒にも声をかけたが同様だった。止むを得ず、玄関先の看板にある電話番号に電話しよう、でも市外局番が判らないなあ、などとオロオロしている時だった。


ガラっと戸が開き、おばあさんが出てきてくれたではないか。地獄で仏とはこの事だ、と思った途端、「今日は休みなのよね、その積りで何にもしていないので泊めるのはちょっとねえ…」という地獄へ逆戻りのお言葉。目の前は真っ暗。そんな様子を見かねたのか、「まあ、それ程の事は出来ないけれど、とにかくお上がりなさい」という言葉に、再度仏に出会った想いだった。15:45 民宿チェックイン


それでも風呂は温泉。夕食は下の写真。自転車は空になった車庫に入れさせてもらい、夕刻から降り出した雨にも 問題はなかった。


しかも夕食時、タヌキが餌をもらいにくるおまけまで付いてきた。

本日の走行距離 62.16㌔ 走行時間 4:58 平均速度 12.5㎞/h 

2011年10月6日木曜日

2011ツーリング 13日目(8/30)

6:15 ホテル 出発

今日で山陽・瀬戸内地帯の第二ステージが終わる。最終目的地は尼崎だが大体その辺りまで行く積りだ。ザーっと「マップル」を眺めると大した登りはなさそうだし、概ね国道2号線を行けば良さそうだ。確か、今日のコースでは殆んど歩道を走ったのだが、最終的には時速が14.8㎞/hと普通だったのは何故だろう。

7:30頃 13㌔付近

姫路の手前に太子町がある。後で調べると、聖徳太子の荘園があったとかで、また、持統天皇陵などがある歴史地区なのだが、その中に「角鳥」(これで一文字:角偏に鳥、「いかるが」と読む)という地区名の表示を見つけた。こんな字があるんだ。長生きはするもんです。しかも近くに「斑鳩寺」というのも現存する。歴史の重みがある。

8:30 25㌔ 姫路城前

目下修復中とかで足場にシートがかけられ、全容は見えない。朝が早いせいか、見物客はいない。尤も、この城には数年前、まだ息子が大阪勤務だった頃、思いもかけない事情で見学した事があるが、その事情は省略。


11:00 47㌔ ショッピングセンターの食堂でランチ


ランチといいながら、時間のせいで「朝定食」というのがあり、卵かけご飯にかけうどんで180円。13:00 61㌔ 明石


以前、山陽本線で明石駅に停車した時「東経135度」を示す塔が見えたのを思い出した。今回、明石に来た記念に是非ともその写真を撮ろうと、それを探し求め、見つかってからは、自転車と一緒に収められるポイントを求めてあちこち走り回ってしまった。それが下の写真。
気持がよいので、近くの大蔵海岸の公園を通っていると右手前方に明石海峡大橋が見えてくる。結構な橋ではあるけど、自転車は通れない。




13:50 68㌔ 明石海峡橋の下をくぐり抜ける。


その後、垂水などの記憶にある町を通過して走っている時だった。15時くらいだった。携帯のベルが鳴った。そもそも私の携帯番号を知っている人は少ないし、最近は緊急事態が考えにくい生活をしている。因って、滅多にベルは鳴らないのでドキッとして、急停車の上取り出して見ると、表示されたのは氏名ではなく携帯番号。恐々「もしもし」と出てみると、何と義理の弟(厳密には義理の妹のダンナ)だった。彼は目下豊橋で病気療養中だ。嬉しい事にこのブログを読んでいてくれて、今どの辺を走っているのか、スケジュール通り進んでいるのかな等気にかけてくれて電話をくれたのだ。こちらが励まさなければいけないのに、反って励まされてしまった。嬉しかった。どこかこの先途中から絵葉書を出そう。


15:30 85㌔ 神戸 元町到着


この辺はある程度土地勘があるので、記憶を辿りながら、三宮まではブラブラと歩いた。久しぶりの大都会・繁華街だ。えらく場違いな感じ。街もこのサイズになるとホテルが探しにくくなる。相当探し歩いて


16:15 ホテル チェックイン


これで概ね第二ステージが終わった。ほぼ当初のスケジュール通り。密かにもう1日は早く着けるかもしれないと考えていたが、1日で走れる距離が以前程伸びなかった。まあ、無理して苦しい思いをするまでもないだろう。それより熱射病にやられないように注意しなくては。要は楽しく終わればいいのだから。


本日の走行距離 88.11㌔ 走行時間 5:56 平均速度 14.8㎞/h

2011年10月5日水曜日

2011ツーリング 12日目(8/29)



7:00 ホテルのサービス朝食をいただいて出発


今日の計画は、先ず山陽本線沿いに岡山 へ出て、国道2号線(R2)ではなく従来の山陽道(R250)播州赤穂まで(約70㌔)。その先に行くかどうかは、その時点で決める事とした。姫路まではどうだろうか?


8:30 19㌔ 岡山市街を抜けR250にでる。この辺りからは新幹線沿いに変わる


10:50 45㌔ 一旦R2に合流して再度R250に分かれる 小休止。下の地図でピンの位置。 


ところが、どう間違ったか、又もR2に戻ってしまい、あわてて?R250へ復帰したのが上の図。おかげで4㌔程余分に走る事ができた。そのままR2を行っても良かったのだが、「マップル」によると、トンネルの多い峠地帯で「交通量多い」とあるのでR250に復帰した次第。以降JR赤穂線に沿って行く。


11:50 55㌔ ひなせ海の駅 マグロ丼の昼食


12:30 出発 


13:00 60㌔ この辺りからちょっとした峠地帯となり(といっても100㍍程度なのだが)「押し歩いてはダーッと下る」を繰り返す。


13:35 65㌔ そんな峠の一つで兵庫県赤穂市に入る


14:45 73㌔ 播州赤穂駅前


ここで少し迷った。本日は赤穂でストップという選択もある。現在時刻が微妙なのだ。これがあと30分遅かったらためらわずそうしたと思う。結局、13㌔先の相生まで頑張る事にした。


ところが走り始めてものの30分位で、下の写真のような峠地帯に差し掛かってしまった。


改めて「マップル」を見直すとJR赤穂線の高取トンネルが下を走っている。結局2㌔以上押し歩くハメとなる。しかも九十九折の登りで、碓氷峠のようにカーブ毎に番号がふってあり、下の写真の少し先がピークとなる。70㌔以上走った後の登りはきつかった。

本来下りは楽しいのだが、ここからの下りは怖かった。大型車の通行が多く、後方を気にしながら、時には無いに等しい路肩に停車しつつやり過ごし、後続車が見えない隙を縫って走り下りる、そんな連続だった。


相生には縁がない。只、亡くなった義理の叔父が石川島播磨重工勤務で、良く相生に出張していた話しを聞いていた程度だ。それも結構楽しい事があるような口ぶりだった。確かにかなりの工業地帯だ。


16:30 ホテルチェックイン


ホテルのオヤジが「うちに泊ったら、ここで食事を食べなければ損だ」と言うので+800円で払った。かなり期待したが、別に……?という程度だった。


本日の走行距離 85.26㌔  走行時間 5:42 平均速度 14、9㎞/h

2011ツーリング 11日目(8/28)

6:00 ホテル出発

今日の目的地は倉敷、(およそ80㌔) ざあっと「マップル」を眺めても、それほどの難所はなさそうなので、まあ、のんびりと行けそうだ。

走り始めて間もなく前方に尾道大橋が見えてくる。実はこの道を2008年10月5日にも走っている。

四国ツーリングの途中、どうしても「しまなみ海道」が走りたくて松山からにフェリーで渡り、その日は呉から、かなりの雨の中を尾道を通り向島→因島→生口島まで115㌔を走っているのだ。途中の風景など殆んど記憶にない。しかも宿泊地すら目途が立っていなかったので、少し焦り気味で走っていた。

尾道の町の記憶は観光案内所を兼ねたガソリンスタンドで休ませてもらい、しまなみ街道の地図や旅館情報をいただいたりできて嬉しかった、という事に尽きる。今回もここで観光をする積りは無いので、駅前の写真を撮ったくらいで、さっさと通り過ぎてしまう。

7:02  14㌔ 尾道大橋の下を通過

今日も基本的には国道2号線を走っているのだが、「こんなに多いか!」と思う程バイパスが多い。これを避けて走るように心掛けているのだが、道路標識ではこちらが「本道」扱いなので、うっかりすると、そちらに誘導されてしまう事がある。それでも現実問題として(危険度など)走れればそのまま行ってしまうことがあるが、場合によっては「自動車専用」となっており、それはそれで、悔しい思いをすることがある。


8:20 30㌔ 何か音が気になったのだろう、小休止をとり携行している潤滑油を注した。


9:30 広島県から岡山県へ これでようやく第二ステージも道半ばに差し掛かった。


10:00 50㌔ 笠岡のスーパーで休憩


スーパーはコンビニよりゆったりしており、休むには適しているし、また、安い。


11:00 57㌔ 鴨方付近の食堂でランチ(カツ定食) それにしてもよく休むもんだ、と自分でも思う。


11:45 出発


12:50 70㌔地点


ここでも成り行きで「玉島バイパス」に入り込んでしまった。しばらくは普通に走ってきたが、高架に差し掛かるともういけない。首都高を想像してもらえばいいだろうか。あそこを自転車で走るのにはよほどの豪胆さが要求される。私は小心者なのだ。とても怖くてできない。


インターチェンジ風のところで降りて、下の道を走リ始めた。午後からは猛烈な暑さとなっており、高架下の日陰を見つけ縁石に腰を下ろし、ほっとしたとたんに眠気に誘われ寝込んでしまった。



多分、数分しか経っていなかったと思うが、クラクション音で起こされた。パトカーだった。一応「大丈夫ですか」と声をかけられ、当方の安否を気遣う言葉遣いではあったが、あれは、一種の不審尋問だよ。もっとも、尋問されても仕方ない状況だとは思うが…。寝転んだ足先が道路にはみ出しているので、危険だから引っ込めてください、と言い残して去っていった。また、寝込む。


13:20 73㌔ 倉敷まで数㌔なのに、またスーパーで白熊クンを食べたりしてお休み


14:15 78㌔ 倉敷美観地区到着

朝早くスタートしたせいか、それほどの難所が無かったせいか、かなり早く倉敷に着けたので、「美観地区」に足を伸ばした。日曜日だということもあり、相当の人出。それらに混じり歩いた。日陰の店先ではお約束のようにカキ氷をいただき、景観を心ゆくまで楽しんだ。実は当地には30数年前に来た事があり、大原美術館やアイビースクエアーなどにも行ったものだが、今回は全くその予定はない。


町中に戻りホテルの目星を付け、とりあえず予約だけして(チェックイン時間には1時間程あった)また、町中へ戻る。大通り脇の店先のベンチで寛ぎながら、一日中気になっていた車体に固定するボトルホルダーの付け直しをする。ここでは携行品の細引きが出番となる。そんな応急修理でも帰着まで十分耐えてくれた。


その店で売っているどれでも100円というソフトクリームやカキ氷は飛ぶように売れていたね。私は両方とも買いました。別におカネに困っているわけではないが、100円は嬉しい。きっと皆さんもそういう事なのだろう。上手い商法だといえる。


16:00 ホテルチェックイン


(以下は、ルーティーンとなった感のあるチェックイン後の大体の過ごし方)


部屋に入ると先ず冷房を最強(温度設定があれば20℃)にして、着ているものを全部脱いで、シャツ、パンツ、タオルハンカチを全て洗面所のシンクに浸し洗剤をパラパラと振りかけてから、ベッドにひっくり返りウトウトとする。目覚めたら(概ね30分後)風呂場でシャワーを浴び、その際には走行中使用していたタオルを使う。タオルの洗濯が不要となる。その後、髭をそり、洗濯を仕上げ、それを適当な場所に干し、部屋着(ポロシャツと長パンツ…、宿泊先滞在中はこのワンセットで間に合わせる)に着替え、テレビなどを見て世間の情勢を眺める、特に天気予報は重要だ。そして、町に出て夕食をとる。


このテルにはサービス夕食があるので館内食。因みに朝食もついて¥4590。


下の写真は当ホテルのサービス夕食 これで十分です。


食後は、人通りが殆んどない美観地区を散策


本日の走行距離 79.78㌔  走行時間 5:20  平均速度 14.9㎞/h

2011年10月4日火曜日

2011ツーリング 10日目(8/27)

  5:45 ホテル出発  平和公園まで走り、元安川を見ながらパンとミルクコーヒーの朝食。鳩にもパンを少し分けてやる。 (お断り : 今日は走りがきつく撮影の余裕がなかったらしく、途中の写真がない)


6:15 公園出発 心積りとしては、少し頑張って、尾道まで(約90㌔)行こうと思う。

市街地を抜けると、R2は山陽本線に沿ったコースを辿る。「マップル」にも「大型車多し 注意!」の注釈がある通り、私のメモにも「8:05 23㌔ R2アブナイ」と書いてある。そろそろ登りにさしかかろうかという辺りだったと思う。幅員が狭く(全く側道がない、普通はある白線すらない)大型車がビュンビュン走り、こちらは全くスピードが出せない状態で、最悪。以前、北海道の釧路湿原の横断道路でも同じような羽目に陥り、そのときは引き返した、が、今回はそうもいかない。行くしかない。この8:05のメモは逡巡しつつ立ち止まっていた時に書いた記憶がある。標高300㍍位まで登る。

9:10 30㌔ 八本松辺りで峠を越えると山陽本線から離れるバイパスに入り、下りとなり一息つく。

9:50 40㌔ 今度は山陽新幹線の「東広島」近くでバイパスが終わる。以降は新幹線に沿って走るのだが、その区間殆んどトンネルとなっている、つまり、山岳地帯ということだ。

10:30 43㌔ セブンイレブンでおにぎり昼食

10:45 45㌔ 登りの後、ちょっとしたトンネルを越えると、今度は数㌔の下り。嬉しい。しかし

11:30 53㌔辺りの新庄からはまた登りが始まり、殆んど歩いて

12:00 56㌔ ピークに至る。ここで標高約200㍍。200㍍というと箱根峠や碓氷峠と比べると何でもないと思うかもしれないが、勾配がきついのか、脚が弱すぎるのか、25㎏の荷物が重過ぎるのか、それとも暑さのせいか、とにかく大変な思いをする。しかし、そこからはかなり長い、多分10㌔近くの下りがあり、今日一番の快感。これがあるから峠は楽しい?

14:00 72㌔ 既に三原市に入っている。ここで丸亀製麺の看板を見つけ立ち寄り、カキ揚げうどんの間食をいただく。この丸亀製麺は自宅の近くにもあり、美味しい讃岐うどんを、立ち食いソバの値段で食べさせるので贔屓にしている。

この頃にはもう尾道は諦め、三原泊りを決めていた。とにかく疲れた。小さいものも入れると5つ位峠を越えたのではないだろうか。

三原の街に入ってからは、港(三原港からは瀬戸内海の島々へたくさんのフェリーが出ている)の待合室でアイスを食べたり、体を冷やしたりして時間をつぶし

15:30 ホテル チェックイン 一刻も早くグダーっとなりたい一心で早すぎるとは思うがチェックイン。

夕食はラーメンセット(コーヒー込みで¥830)

本日の走行距離 77.02㌔  走行時間 5:26  平均速度 14.1㎞/h