2024年3月27日水曜日

久しぶりのポタリング

 久しぶりの晴天に恵まれいつものコースに本妻号でポタリングに出かけました。出発前にサイコンが死んでいる事に気付き、リセットし直したりしたため11時半くらいの出発になりました。理由は不明なのですが何せ10年以上前の年代物なので深く追及はしませんでした。加えて、ワイヤレスの物を購入済で今週中には交換予定なので、今回の使用が多分最後です。数日前にフロントキャリアを取り外し、ペダルも取り換えたので(ヒマだと自転車をいじりたくなるのが悪い癖です)試走の意味合いもありました。満足の結果でした。

鶴見川土手の桜はまだまだ小さい蕾でしたが、ニッサンスタヂアム下の遊水地公園の菜の花は盛りでした。20㌔程走りました。


前後しますが、24日(日)ベイサイドマリーナとパシフィコでの国際ボートショーに行ってきました。お世話になっているクルーザーのオーナーSさんから入場券をいただいたのです。
最終日の24日にパシフィコ会場で辛坊治郎氏のトークショーがあり、それが主目的です。
先ずはベイサイドマリーナに行きAKATSUKIをざっと目視で点検し、船上で持参の昼食を食べてからシャトルバスでパシフィコに戻りました。30分の行程でした。

トークショー開始まで1時間ほど余裕があり、ザっと会場を回ったのですが釣り関係が多く、せめて記念に何か出物があれば買おうかと物色しても、それなりのものはそれなりの値段がして結局なにも買いませんでした。

さすがにトークショー会場は満員になりました。私はほぼ毎日午後3時半からのニッポン放送の「辛坊治郎ズームそこまで言うか」という番組を、約3年前のガン手術入院中以来、太平洋単独横断中継の頃から聞き始めて今に至っている関係上、”講演では何を言うのかな”という興味から聞きたかったのです。

40分ほどの時間でしたが内容は乏しいものでした。「日本中の島を巡ろうという企ては諦めた」と「成功よりも失敗から学ぶ事の方が大事」という内容でした。
恐らく聴衆は海・ヨット関係者が多いので、セーリングそのものの話ではかなわないという思惑からか、無難なテーマでお茶を濁した感じです。私は放送やYouTubeでは聴けないような「ここだけの話」的な危険なものを期待していたので拍子抜けでした。
翌日の25日の放送では早速ボートショーでの出来事をネタにしていましたので、まあ、彼にしては元はとれていたのでしょう。

2024年2月17日土曜日

珍しいものが出てきました

 今週に入って確定申告の準備を始めました。ようやく書類が出来上がって、さてまとめようかという段階の時、マイナンバーカードのコピー添付が必要となりました。

それが見つからないのです。それこそ「絶対ここにはない」と思われる場所の隅々まで探し回りました。同じ個所を3回はさぐりました。そんな事を丸一日かけてやったのですが、遂に発見には至りませんでした。この徒労感たるやとめどなく出てくる溜息ではどうにもならず、なにか捨て鉢なアナーキーな気持ちになりました。暗い気持ちのまま床に就きましたが、別に寝付けないなど言う事は全くなくストンと寝落ちしました。

翌朝、「もうこれは再発行の手続きをとる他はない」と思い定めて何か所か電話をかけた挙句、紛失の手続きをとり、面倒くさいけど自分が悪いのだからしようがない、区役所に行くかと腹をくくりました。

その直後、ふと「ある所」をもう一度さぐってみたところ(この行為の意識の動きが今でも不明です)ありました。多分これを天啓というのでしょうか。確かに睡眠中にこれが見つかった夢を見た事は事実ですが。

その時家人は外出中で自分一人だったのですが、思わず「あったー」と叫びましたね。本当に良かった。しかし、そこにしまった記憶が全くなかった事は本当に困った事です。

その過程で出てきたのが下の切手つき封筒でした。20年近く前ニュージャージー在住の友人から送られたクリスマスカードです。その時は「面白い切手が貼ってある」というのでその封筒を仕舞い込んだのだと思われますが、もちろんそんな事は忘れていました。

ジャズピアニストのセロニアス モンク、と俳優で若くして亡くなったジェームス ディーンの2枚です。USAの記念切手なのでしょうがこんな切手があるのですね。

さて、これをどこに保管?しましょうか。

2024年2月14日水曜日

先ずは一安心

 昨日「内分泌内科」、本日「外科」の検査結果を聞きに行ってきました。双方とも「異常は認められず」という事で、一先ずホッとした次第です。何と、血糖値関連の数値など殆ど正常値になっていて、薬は弱いものに処方が変更になりました。おまけに、現総合病院との縁切りを宣言され、これからは近くの個人医院に面倒を見てもらう事になりました。

そもそも日常の生活感覚的にも異変は感じられず、日々の体温、血圧、血中飽和酸素量の計測でも安定していたので、結果を聞くのに不安は無かったのですが、やはりホッとしたのも事実です。日頃病気の事など殆どお構いなしの生活を続け、、決して模範的な養生生活を送っていない自覚はあるので、かえって「これでいいんだ」とお墨付きをもらったような自信?を持ってしまいました。それでも当分病院とは縁が切れない生活は続きます。

あと数年はこんな生活が続けば十分です。

2024年2月1日木曜日

1月最後は本妻号で

今日で1月が終わります。

23日には孫Aと合同で誕生会を開いてもらいました。はい、76歳になりました。孫Aはあと60年も生き永らえないとこの歳になれないのかと思うと、「大変だなあ」と思わず溜息が出てしまいました。


やはり健康・体力維持が何よりとかなり意識して走りに出ています。お決まりの「鶴見川コース」を15㌔程走っています。鶴見川を上流方向に「鴨居」まで走り、対岸へ渡り、戻って「日産スタジアム」下の総合グラウンドをグルーッと回ってくるコースです。 

今日も天気が良く、久しぶりの「本妻号」も絶好調で何よりでした。

2024年1月25日木曜日

今日、誕生日 76歳です

今日で76歳になりました。しかしながら何の感情・感動も湧かず 、ああ今日も無事終わったなと感じるだけです。そして今日はいつもより早めに起きて「きしねの郷」を運営して、町内会会長と組の再編について相談して、午後は少しポタリングサイクリングをしようかななどと、うすぼんやり考えています。つまり普通の日常が普通に流れていく感じです。

2024年1月7日日曜日

自転車生活開始

 2024年になり1月5日(金)から自転車生活を始めました。まず、カバーをかぶって半年近く放っておかれた本妻号を点検、空気充填の上、鶴見川コースを鴨居近くまで往復17㌔程走ってみました。車体快調、天気晴朗気持ちの良いサイクリングでした。6日は同じようなコースを愛人1号で。日産スタジアムでは少年サッカーのかなり大規模な大会と港北区の消防出初式が相俟って人が溢れていました。

7日(日)は愛人1号で久しぶりに横浜港方面に行ってみました。

やはり海は気持ちがいいですね。(クリックして拡大すると、ベイブリッジの下にこれから入港する客船が見えます。)
只、犬連れの人の多さには辟易しました。それも玩具のようなちっこいヤツを2・3匹も連れていたり、赤ちゃん用の乳母車に乗せている人までいて、何故かそういう人種には共感がいまいち持てないのですね。(いや、ここだけの話です。)赤レンガ倉庫街では横浜市の消防出初式が行われていて大層な人出でした。
帰り道、一休みしているとすぐそばの手摺にカモメが止まりました。

18㌔しか走っていませんが、車体も自分の躰も好調でした。

2024年1月3日水曜日

2023年(令和5年)の走行記録

      2023年 走行記録

       走行距離     累計

本妻号    117㌔   46,147㌔
愛人1号   727       6,091
電動車    1,211          2,551
愛人2号   172       172
合計     2,227㌔   54,961㌔

以上が昨年の走行記録です。2022年との大きな差は、何と言っても愛人2号の新加入です。ルノープラチナライト8という16㌅のフォールディングバイクで8.8㌔という軽さと小ささに目がくらみヤフオクで買ったものです。年末に銚子➡水戸で輪行旅行に使ってみましたが、今後も利用価値がありそうです。整備して畳み仕舞い込みました。

昨年は電動車を普段使いに、愛人1号(20㌅ ダホンルート)をサイクリングに使っていました。また愛人1号で仙台➡大間の輪行旅行も実施できました。今年も原則は変わらないと思いますが、本妻号の出番を増やしたいとも思っています。18年前に購入した老妻ではありますが、何度もパーツを交換したり、駆動系は殆どリニューアルしてまだまだ使える状態です。最後まで見届けてあげる義務のようなものを感じています。

今年は愛人2号を使って何回か輪行旅行にチャレンジしたいと思います。