2022年1月29日土曜日

自転車いじり

このところの懸案(妄想)だった折り畳み自転車(愛人1号)をいじりました。当面どうでもいい事なのですが、「輪行、ツーリング」を想定してのいじりです。妄想的希望としての「輪行、ツーリング」なのですが、頭の中でいろいろとシュミレーションをしている毎日でした。ツーリング期間はどの位でどっち方面にするのか、持ち物はどの程度にするのか、どのように積載するのか、畳んだ時にどのような姿になるのか等々です。

その手始めに「余分なものを外す、軽くする」を目的に下記の2点を取り外しました。ダイナモランプとフロイントキャリアです。

特にフロントキャリアは外してみたところアルミパイプ製なので結構軽く、下の写真の自作物とあまり変わらないような気がしました。取り外しに際しては取付金具と連結させた小さいボルト・ナットがどうしても回らず、結局金具の方をカットしました。こんなことに数時間を費やしています。できあがり、セットしたのが下の写真です。

このキャリアは輪行袋を載せる積りなので、あった方が良いと判断して、たまたまあった以前取り外した前籠の支えと本妻号のリアフェンダーのステーのステンレス棒を整形して作りました。取付には現場合わせの要素が強く、また、金属加工の技術も道具もないので相当苦労しました。ココはそんなに荷重が加わる部分ではないので、見た目はともかく実用には耐えられると思います。まあ、75点という所でしょうか。
        
ハンドル廻りはこんな具合です。右上には内側にたためるサイドミラーを付けました。ハンドル中央にある黒いものはバッグを取り付けるアタッチメントです。

この際ですのでリアのブレーキパッド交換し、さらにフロントブレーキの「片効き」の修正をしようとしたのですが、こちらはどうしてもうまく行かず断念して、注油、汚れ落としをして2日がかりの作業を終えました。

しばらくはこの艤装で普段使い、サイクリングに使って色々と試そうかと思っています。


 

2022年1月25日火曜日

誕生日のロングラン

今日が74回目の誕生日です。別に何の用もなく、天気も良さそうなので永らくお蔵入りしていた折り畳み自転車で少し長い距離を走る事にしました。その前にサイドミラーを昨日AMAZONから届いたものに換装したのですが、これが意外と手間取り、我が家を出たのが10:45でした。

目的地は10㌔程のところにある娘の家と漠然と決めていました。大雑把にいうと一山超える事になるので、足慣らしには丁度よいのです。

やはりこの1年電動アシストばかり乗っていたので10㌔は相当足にきました。それでも途中一回小休止しただけで何とか着くことができました。

別に何の用もないのですが、そこに着いてみると娘の旦那のまあ君が一人在宅勤務とかで自分の昼食用の餃子を作っているところでした。そんな積りはなかったのですが、「お父さんもいかがですか」の言葉に甘えてご馳走になってきました。(本日の昼食)前にも書いたのですが彼の餃子には年季が入っており結構なものです。超・頭の良いエリートの作るものは違います。

13:30には帰路につき、殆ど来た道をたどって帰ってきました。帰りは途中二回の小休止をとりました。上の写真は二回目の時のもので小机駅の付近です。(写真にあるフロントキャリアとダイナモランプは後日取り外しました。詳細は次回にて)ここまで来ればあと一息なのですが、写真撮影の為に停まりました。改めて愛車(愛人一号)を眺めながら、自分の躰も含めて十分ツーリングに耐えられるかななどと思ったりしました。実は密かな計画?もあり、最近愛人一号を乗り始めたのですが、車体も若干の改良余地があり、自身の躰はもっと改善の余地(主に筋力)があることを認識した20㌔走でした。

15時帰着。多分平均時速は12・3㌔くらいでしょう。


誕生日

あと10分くらいで私の誕生日になります。書き終わる頃は25日になります。私の74回目の誕生日です。これまで誕生日に際してそれ程の思いを感じた事はありませんでした。しかし今回は色々な思いを持ちました。

上の写真は22日に私と誕生日が近い孫A(娘の長男、中一)と合同で開いた誕生会の様子です。息子の一家も参集し合計9名の集まりになりました。私と家人の2人で始まった所帯が9人になったという事です。娘も息子も幸いにも良い伴侶に巡り合い、両人とも親となりそれなりに暮らしている様子で何よりです。何かというとこうして集まってくるのは家人の献身的な優しさのなせる業だと思っています。孫たちも「ばばの家に行く」と言います。何度「そうじゃないんだよ、ここはおじいさんの家で、ばばはそこで一緒に暮らしているんだよ」と言い聞かせても納得した様子が見られないので、諦めました。

去年胃がんの手術をしてからは抗がん剤治療を継続している関係で、殆ど療養生活状態でしたが、大分以前の状態に戻ってきたようで、なるべくいろんな活動に参加するようにしています。自転車も電動アシストなしの折り畳み自転車をなるべく多く使うように心がています。以前と決定的に違うのは「疲れ方」です。同じ事は出来たとしても後の疲れはやはりまだ戻っていません。そのうちに何とかなるでしょう。

74歳の思いを書こうと思っていたのですが、うまくまとまらないのでこの辺でひとまず終わります。



2021年12月29日水曜日

今日は孫Bと鶴見川43㌔

昨晩、孫B(長女の次男 小3) から「明日暇ですか」と電話がありました。なんでも自分は暇で「一緒に自転車で海を見に行きたい」という何とも一方的なお誘いでした。しかも朝の7時位に我が家へ来るというのです。Bの家は我が家から約9㌔です。7時と言えば私はまだ寝ている時間です。それを何とか9時我が家着、10時出発という事で納得させ、「ちゃんと朝飯は食べてくるんだよ」と言って聞かせて応諾しました。私に何の予定が無かった事が運の尽きでした。

しかしながら海を見に行くと言っても雲を掴むような話だし、Bがまだ小3という事を考えると交通量の多い町中を走るのは腰が引けます。やはり引率者としてはBを自宅まで送り届けなくてはいけないとの思いもあり結局鶴見川を上流方向に行けるところまで行き、そこから適当な時間にBの自宅に行き、そこからは単身で我が家に戻るというコースに独断で決めました。これなら主に土手道を行くので安全です。

今朝、Bは9時半に我が家に着きました。一人で来たので感心はしましたが、途中で道を間違えたと言っていました。まあ、結果オーライでしょう。

しかし、若い?というのは恐ろしいもので「すぐ出発しよう」とするので、「待て、こういう時には出発前に打ち合わせ・ブリーフィングというものをするのだ」と言って今日のコースの概略を説明し、(殆ど上の空でしたが)持ち物などのチェックをして多分9:45頃に出発しました。「海へ」という希望が通らなかったのでいささか不満げではありました。

絶好のサイクリング日和で遠く富士山も望める鶴見川の土手道を気持ちよく走ることができました。                 

途中1回小休止。持参のお菓子や水分を補給。私がのんびりとタバコを吸っていると「早く出ようよ」とせっつくので、「自分の都合を人に押し付けてはいけない、きちんと状況判断をしなさい、今おじいさんは何をしている?」とたしなめて出発。

我が家から20㌔くらいの地点(ここには過去何回も来たことがありちょっとした東屋があります)に11時20分くらいに着きました。もう少しで川崎市という所まで来ました。         

ここで残りのお菓子を空にして写真撮影をして、さあBの家に向かうぞという時に「おしっこがしたくなった」と言い出しました。こんな時には通常コンビニのお世話になるのですが、スマホで探すのも面倒なので「その辺でしてこい」と言っても「恥ずかしい、我慢する」とおじいさまのいう事に逆らうので「おしっこを我慢して走ると注意が散漫になって事故の元になる、あそこでやれば人からは見えないから」と適当な場所まで連れて行きました。実をいうと、私は過去何回となくそこで立ちしょんをしたことがあるのです。ココは河原に降りる事が出来、川に背を向けて石垣めがけて致すと、ほぼ人の目をさえぎる事ができる事を知っていたのです。それでやっと納得して、晴れ晴れとした顔で戻ってきたので「立ちしょんができれば一人前の自転車乗りになれる」と褒めてやりました。

そこを最遠地点としBの家に向かいました。基本的には来た道を戻る事になります。左手の高台にあるごみ処理場の青白の煙突が見え始めた頃、脇を走る上麻生通りへ出て一気に坂を登れば、後はダーと下りBの家まで行けるハズでした。

その辺りまで来ると、Bが「この辺はよく知っているので俺が前を走る」と言うので任せたのですが、かなり無駄な走りをしていましたが、任せた以上黙ってついて行きました。それでも12:45にBの家に到着しました。

我が家を出がけには、昼飯はウチで食べる、1時頃には戻るよと言って出てきたのですが、なにか良い匂いがしてきたので結局お昼をご馳走になりました。娘が自動調理器で作った鶏と大根のほろほろ煮と、まあ君(娘の旦那で超のつく頭の良いエリートです)自慢の餃子をいただきました。まあ君に「これは本当によくできてるね」と礼を言ったら「もう何千個も作ってますから」とまんざらでもない顔をしていました。本当に美味しかったのです。

結局3時頃に辞して4時頃に帰着しました。            

なんやかんだで42.76㌔と退院以来最長距離を走る事ができました。娘宅で大分休んだので足の疲れも大したことはなく済みました。これも誘ってくれたB君のおかげで、とても気持ちの良いサクリングができました。6時間程一緒にいたおかげでB君の気性や性格も大分理解できるようになってきました。面白い子です。

最後に電動アシスト自転車のバッテリーはフル充電100%で出発しましたが、帰着時には7%となりアラーム状態でした。尤もカタログ値では(ノーマル設定で)36㌔が限界となってるのでよく持ったと言うべきでしょう。

2021年12月7日火曜日

昨日はサンタの日

実は、私、地区の民生委員をかれこれ6年近くやっております。ひょんな事から引き受けてしまったのですが(ここだけの話ですが)余り楽しい事はありません。そんな中で地域活動(行政から補助金がでる事業です)の中で「子育てサロン おおきくなあれ」という未就園児童とその保護者の交流会のお手伝い(主体は主任児童委員で民生委員は児童委員でもあります)は心和むものです。

月に一回の催しなのですが、12月はクリスマス会を実施しています。民生委員には男性が割合少ないせいもあって毎回サンタクロース役をやってきました。なぜか私が衣装一式をもっていたのでそれを着用していたのですが、今年は気合を入れて息子の物を借りてきました。

                     

      

会場は地元の町内会館なので使いやすくありがたい事です。コロナ禍で集会が色々と制限される中この集まりは何とか出来る範囲でやってきました。主任児童委員の女性には頭が下がる思いです。

当日は相当寒い日でしたが我々担当者、保護者も入れて25人も集まり盛況でした。色んな子供が居て実に楽しい。少しは自身の孫たちと過ごした経験が役に立っているような気がします。

自分で言うのもおこがましいのですが、私のサンタは意外と好評なのですよ。ボランティアさんの紙芝居や寸劇が終わり、私の出番となりプレゼンントを一通り子供たちに配り終えると、「子供と一緒に写真を撮ってほしい」というリクエストがママたちからが相次ぎちょっとしたタレントでした。中には泣き出す子もいますがそれもまた面白く楽しませてくれます。

そんなこんなでサンタ役ができるのも体が大分戻ってきた証左かなと思っています。

2021年11月6日土曜日

体調確認サイクリング

 今週は秋晴れの気持ちの良い日が続き、浮かれて4回もサイクリングに出かけました。すべて電動アシスト車ではありますが…。

概ね20㌔程度のものですが、横浜港を中心にした市の中心部にも行ったのですが、景色はいいのですが走りはあまり楽しくはありません。何せ車と人が多過ぎます。

今日を含めての3回は全て鶴見川サイクリングでした。もう何十回走ったかわからないくらい走った馴染みのコースと言えます。今日のコースは鶴見川上流を目指してのサイクリングです。自撮り棒のテストもしました。うまくいった結果が下の写真です。もうすぐ「中山」という所です。

        

今日の最終到着点は下の写真のところでした。10時15分に家を出て11時35分到着です。13時には戻りますと言って家を出たので、逆算してここに決めました。実はここも馴染みの場所で以前もよく休んだ所です。水際まで下りられるテラスのようなすスペースになっています。黒い鯉がウジャウジャ泳いでいました。そういえばここも2年ぶり位ではないでしょうか。この写真の右手前は「市ヶ尾高校」です。          

帰りはほぼ同じコースを戻りました。追い風のせいか思ったより早く、丁度13時に帰着しました。          

走行距離は26.44㌔でした。昨日は鶴見川下流方面でしたが24㌔程度でした。

そんこんなで今週を過ごしたのですが体調は明らかに戻りつつあり、自信も少しは持てるようになりました。

次回は従来の本妻号でも試したいと思っています。きっと相当へたばると思いいますが、それをしないと本当の回復度(少なくても自転車能力の)がわかりません。

2021年10月18日月曜日

ヨットレース参戦、無事終了

近況報告です。

前のブログで触れました、10月16日(土)東京湾金沢八景沖で行われたクラブヨットレースに参戦してきました。参加艇は我々のクラスだけで32艇、天候は曇り、風はモノ足りない程度の平均3m程度、気温はトレーナーだけで丁度よい気温でした。8時集合9時頃出艇、レース終了後マリーナに帰着したのが15時10分。(風がなくスタート時間が30分程延期になりました)

メンバーはオーナーSさん(私より4,5歳年長)、レースキャプテンを依頼した私の旧知のNさん、Sさんの旧友Tさん(彼は半分ゲスト、主に記録を担当)、愚息、そして私の5名です。実際の操作はNさんのヘルムス・指揮の下、私と愚息の3名で行いました。オーナーは入出港時のみ舵をとり、出てからはNさんに任せるというスタイルです。レースに関しては我々の好きなようにさせてくれます。

成績はそこそこというところですが、事故もなく、適度の緊張感と爽快感を味わうことができ、全員満足で終わることができました。マネージャー的な私としても良いチームで良いレースができたと満足しています。                             

何より私自身が一日海上でそれなりの働きができ、翌日も普通に過ごせた事は自信につながりました。また、レース終了後、迎えに来てくれた息子の嫁さんも加わって船上での団らんもまた楽しいものでした。