2013年6月9日日曜日

遂に荷車になった自転車 えびの高原へ

(以下は6/9 志布志にて書いています)

6/8の事を記す前に、昨日書き忘れたことを…。

1.大口は、確か、西南戦争の際、熊本城攻略に失敗した西郷軍が鹿児島へ退く際、通過した所だと記憶しているが、見聞したものはナシ。

2.昨日から初めて進行方向がE(東)を示すようになった。今まではほぼW-S、つまり西か南方向に進んできたのが、初めて東方向に進むようになる。コンパスを見て一瞬戸惑う事があった。

では22日目6月8日の項です。

予定では50㌔走って霧島神宮側のユースホステルに投宿。えびの高原を通って行くので相当の登りを考え、ホテルのサービス朝食も断り

6:00 ホテル発

昨日夕食を食べたすき家で朝食の後

6:20 出発

昨日見に行った伊佐農林近くでえびのへ向かうR447(左方向)の分岐点にでるのだが、右方向へもえびの方面の表示がある。こういう時には迷う。そこで通りがかりの車に停まってもらい説明をしてもらった。

確かにR447は直接えびのに行くのだが、相当急な坂が待っているらしい。確かに地図上ではダブルで曲がりくねった(2重螺旋のように)部分が相当続いている。そういう道は決まってきつい。それより、三角形の一辺と他の二辺の関係のように一旦右のR268で南下して、栗野というところから北上した方が楽だと、(多分経験から)教えてくれたので、従う。(これが最初の予定変更)

7:45 19,12㌔ 栗野に着き、改めて地図を眺めると、そこから北上するR268には相当長い川添トンネルが待っている。しかしそれと並行して県道102号があり、そこにはトンネルはない。当然そちらを選択。(これが2回目の予定変更)


写真は8:05のもので、この辺りでは「良い選択だった」とほくそえんでいたものだが、この先は相当の「峠越え」となり(例によって歩く)下りきった吉松に着いたのは

8:44 27.34㌔ ここで橋を渡って従来のR268に戻り、えびの駅近くを通過したのが

9:50 38.84㌔ この時点で本来のルートR447をとったときに復帰した事になる。遠回りしたが、早目に出発したおかげで「まだ余裕がある」と前途を楽観していた。

じりじりと登りになってきたかなと思われる頃、10:20、本日の目途もついたと考えて、霧島のユースホステルに予約の電話をしたところ、ペアレントさんが翌日婚礼に出なければいけないので宿泊は受けられないという衝撃の反応だ。ついでに?心配になり、帰りのフェリーもと思い電話したところ土・日は休みだという留守電でこちらもダメ。これにはちとめげた。

10:30 「えびの高原 13㌔」の表示 43㌔ 本格的な登りが始まり、以後はきつい登りとそれよりややゆるい登りの連続、歩いた。覚悟はしていたものの、漕げる部分が全然ない。

11:50 48.16㌔ 白鳥上湯 温泉場で、ここで昼食。一息入れた格好だが、快復とは程遠いようだ。同じく食事をしていた夫婦から、「あと7㌔」だと言われた。ズーッと登りだけど、後はズーッと下りだというありがたいお言葉だった。

その7㌔の苦しかった事は筆舌に尽くしがたい。よって省略。

13:05 あと5㌔の表示。ここで標高900㍍。しかし最後の1.5㌔は下りになっていた。、


14:08 55、19 えびの高原到着。やっと着いた。「上高地」のような雰囲気で、登山客と観光客の双方でななり賑わっていた。撮った写真が上のものだが、後ろの看板に「えびの高原」と書いてあるのだが、こんな写真では分りはしないのに。

ここからは一気に霧島神宮目指して下る。ひたすら下る。途中で宮崎県から鹿児島県となる。という事はどこかで鹿児島県から宮崎県に入っていたんだ。マップル上では「高原地帯は快走できる」と書いてあるが、ヘルメットを被り、必死のブレーキ操作の連続だった。高原地帯というより森林地帯を縫って…、という北海道を走っているような感覚だ。

宿泊先が未定だった事もあり、また、今日はもう終い!との思いから、目印にしていた分岐点に建つ「国民宿舎みやま荘」に走り込み、飛び込み投宿。

14:50 64.01㌔ チェックイン。

源泉かけ流しの湯で2回も入浴した。登山客の間では有名な温泉らしく、立ち寄り客が多い。

夕食は所謂旅館食だが、てんぷらあり、刺身あり、焼き魚あり、しし鍋あり、茶碗蒸しあり、その他盛りだくさんだった。

ああ、疲れた!

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