旅行の余韻も収まり、さあ、記録の取りまとめにかかろうかと、デジカメで撮り溜めた画像を整理しようとしたところ、何故か最後の24ファイルしか読み取れない。メモリーカードのプロパティによればデーダ容量は1Gの半分程度使用済みになっているし、旅行中も何回かは撮った写真の確認で見返しているので少なくとも記録された事は間違いない。今回の画像は1枚1.7MBで300枚程撮っているので、使用容量とも合っている。ファイルが壊れてしまったのだろうか。オマケに訳のわからないファイルやホルダーがカード内に出来ている。
ショックの余り立て続けに煙草を5本くらい吸ってしまった。全く心当たりがないのだ。私としてはどうする事も出来ず、とりあえず近くの「PCデポ」に持っていき修復を頼んできた。調査だけで5000円、修復できたら更に15000円だそうで、当初は「金に糸目はつけないぞ」と思いつめていたけれど、現実に金額を聞いてしまうと「高けー」と感じてしまうのは貧乏人の悲しさだ。
19日には結果がわかるのだが、なんとも気がかりで夜も眠れない。
2009年6月15日月曜日
本日横浜に戻りました
予定より早く本日15時自宅に戻りました。
札幌では去年お世話になった友人Sさんの奥方の御実家が経営するレストラン「グリュス・ゴット」でまたも美味なハンバーグステーキをご馳走になったのみで通り過ぎ、その日の内に苫小牧を出航寸前のフェリーに間に合わせて(これが我が人生最高の自転車苦労で、後日HPに詳しく書きます)戻ってきました。
初日に右足を痛め、今回のツアーは断念かと思われた事を想うと夢のようです。良くぞ持ち直してくれたというところです。
結局、横浜→仙台 469.6㌔、道内 1060.6㌔、大洗→自宅 142.8㌔ 合計1673㌔ 23日間の自転車ツアーでした。
終わってみれば、毎回そうですが、楽しさだけが残っています。
追ってHP上でその楽しさを(本当は多少の辛さも)お伝えしていきますので、折をみて覗いてみてください。
2009年6月11日木曜日
留萌に足止め
6月4日に名寄のユースホステルを出てからのルートです。
5日 途中からひどい雨になり、ちょっとした峠を越えてひたすら東に走り、ついにオホーツク海岸に出る。50キロを越えたあたりから足が痛み始める。少し北上して「雄武(オウム)」という町の旅館に宿泊。95.90キロ
6日 ひたすら北上。まあまあの天気。「クッチャロ湖畔」のキャンプ場泊。夜9時近くまでライーダー達といろいろな話で過ごす。ジンギスカン鍋等をご馳走になる。 84.49キロ
7日 途中の「道の駅」で自転車旅行中の若者の一緒になり「稚内」まで同行する。追い風に恵まれ結構な走りが出来、彼から「凄いっすね」とほめられいい気持ちになる。ユースホステル泊。 97.84キロ
8日 7:50分のフェリーで「利尻島」に渡る。良い天気。途中の「沓形」という町で昼食を食べ地元の少年と釣りをする。メバルを2匹釣り、その晩はソテーにして食べた。キャンプ場からは携帯が圏外となる。天気には恵まれる。一日中「利尻富士」の姿を見ながら走る。37.20キロ
9日 早朝に出発し、「逆さ富士」が美しいといわれる「姫沼」に向かう。観光客など誰もいない清新な風景を堪能。フェリーにて稚内に戻り、ノシャップ岬を経て日本海側を南下開始。これが最悪の状況となる。12~15メートルの向かい風がずーっと吹いている。こいでも進まない。進んでも非常に疲れる。手持ちの食料がなくなっても、途中どこにも店が無く調達不能。何度も「ここで今日は止そう」と思ったか知れないが、そんな町は通過しない。結局夜の8時に「天塩」のビジネスホテルにチェックインできた。最高に疲れた。 101.95キロ
10日 天気良し。途中「ママチャリ」の青年と出会い、しばらく歓談。彼より一足早く出発したのに次の道の駅までに追い越されてしまった。ショック。ソフトクリームをご馳走して喜ばれた。別れた後はマイペースで行ったのだが、海沿いの平坦な道が多く、しかも追い風に恵まれメーターは常に時速25キロ~28キロくらいを表示する。そんなに速く走る積りではないのに自然とそうなる。足の痛さはこいでいると気にならないから不思議だ。降りたとたんに「痛てて」となる。「留萌」まで一気に来てしまった。 明日の天気が不安なので安ホテル泊まり。118.06キロ(今回の北海道で最長)
11日 起きてみると案の定、ひどい雨と風。走行断念。連泊決定。町の図書館で1日を過ごす。この天候では歩き回れない。 問題は明日からの計画。天候は相変わらずはっきりしない。
札幌までは120キロ余りなのだが、日曜日まで「ソーラン祭」とかでホテル事情が心配。また帰りの苫小牧発のフェリーは日曜日には無い、といって13日の土曜日では無理だ。さあ、どうするかというのが目下の問題。
5日 途中からひどい雨になり、ちょっとした峠を越えてひたすら東に走り、ついにオホーツク海岸に出る。50キロを越えたあたりから足が痛み始める。少し北上して「雄武(オウム)」という町の旅館に宿泊。95.90キロ
6日 ひたすら北上。まあまあの天気。「クッチャロ湖畔」のキャンプ場泊。夜9時近くまでライーダー達といろいろな話で過ごす。ジンギスカン鍋等をご馳走になる。 84.49キロ
7日 途中の「道の駅」で自転車旅行中の若者の一緒になり「稚内」まで同行する。追い風に恵まれ結構な走りが出来、彼から「凄いっすね」とほめられいい気持ちになる。ユースホステル泊。 97.84キロ
8日 7:50分のフェリーで「利尻島」に渡る。良い天気。途中の「沓形」という町で昼食を食べ地元の少年と釣りをする。メバルを2匹釣り、その晩はソテーにして食べた。キャンプ場からは携帯が圏外となる。天気には恵まれる。一日中「利尻富士」の姿を見ながら走る。37.20キロ
9日 早朝に出発し、「逆さ富士」が美しいといわれる「姫沼」に向かう。観光客など誰もいない清新な風景を堪能。フェリーにて稚内に戻り、ノシャップ岬を経て日本海側を南下開始。これが最悪の状況となる。12~15メートルの向かい風がずーっと吹いている。こいでも進まない。進んでも非常に疲れる。手持ちの食料がなくなっても、途中どこにも店が無く調達不能。何度も「ここで今日は止そう」と思ったか知れないが、そんな町は通過しない。結局夜の8時に「天塩」のビジネスホテルにチェックインできた。最高に疲れた。 101.95キロ
10日 天気良し。途中「ママチャリ」の青年と出会い、しばらく歓談。彼より一足早く出発したのに次の道の駅までに追い越されてしまった。ショック。ソフトクリームをご馳走して喜ばれた。別れた後はマイペースで行ったのだが、海沿いの平坦な道が多く、しかも追い風に恵まれメーターは常に時速25キロ~28キロくらいを表示する。そんなに速く走る積りではないのに自然とそうなる。足の痛さはこいでいると気にならないから不思議だ。降りたとたんに「痛てて」となる。「留萌」まで一気に来てしまった。 明日の天気が不安なので安ホテル泊まり。118.06キロ(今回の北海道で最長)
11日 起きてみると案の定、ひどい雨と風。走行断念。連泊決定。町の図書館で1日を過ごす。この天候では歩き回れない。 問題は明日からの計画。天候は相変わらずはっきりしない。
札幌までは120キロ余りなのだが、日曜日まで「ソーラン祭」とかでホテル事情が心配。また帰りの苫小牧発のフェリーは日曜日には無い、といって13日の土曜日では無理だ。さあ、どうするかというのが目下の問題。
2009年6月4日木曜日
降ったり止んだりの1日
12日目になりました。
昨日は旭川のPCすらないような駅前の安ホテルに泊まり、今日は85キロ北へ走って名寄の少し先のユースホステルに居ります。85キロを平均時速18キロで来られたので、足は何とかなりそうでほっとしています。
当初の予定では近くのキャンプ場に泊まる予定でしたが、天候が気になりユース泊まりにしました。でもここはきちんと昼に予約電話をしたのに夕飯は出せないと言う上に、富良野と比べると数段高い。場所は申し分無く建物もきれい・清潔なので「まあ、許せるか」という感じ。
昨日の富良野から美瑛を通っての旭川までの54キは峠をひとつ越えるだけのほぼフラットなコースで、うねうねとした丘を臨みながらの楽しい走りが出来ました。但し例のラベンダーにはまだチト早いので斜面は裸。「ケンとメリーの樹」なんかも見てきましたが、これは期待外れ。
今日も峠ひとつ越すだけの走りやすい道で、柔な右足を抱えた私にも何とかこぎ切れたのですが、雨が降ったり止んだりでカッパの上下の脱ぎ着を6回くらい繰り返し、そちらが忙しかった。でも皮肉なもんで、これを書いている今は青空すら見える爽やかな景色が広がっています。
第1回目の北海道と何か違うなと思いながら走っていましたが、例の飼料と糞の混じった臭いが無いのに気づきました。そうなのです。この辺りは「稲作地帯」なのです。牧場はほとんどありません。やはり道東とは違っています。
いよいよ明日は東へ向けてオホーツクに抜けます。天候が気になりますがとても楽しみな明日です。
昨日は旭川のPCすらないような駅前の安ホテルに泊まり、今日は85キロ北へ走って名寄の少し先のユースホステルに居ります。85キロを平均時速18キロで来られたので、足は何とかなりそうでほっとしています。
当初の予定では近くのキャンプ場に泊まる予定でしたが、天候が気になりユース泊まりにしました。でもここはきちんと昼に予約電話をしたのに夕飯は出せないと言う上に、富良野と比べると数段高い。場所は申し分無く建物もきれい・清潔なので「まあ、許せるか」という感じ。
昨日の富良野から美瑛を通っての旭川までの54キは峠をひとつ越えるだけのほぼフラットなコースで、うねうねとした丘を臨みながらの楽しい走りが出来ました。但し例のラベンダーにはまだチト早いので斜面は裸。「ケンとメリーの樹」なんかも見てきましたが、これは期待外れ。
今日も峠ひとつ越すだけの走りやすい道で、柔な右足を抱えた私にも何とかこぎ切れたのですが、雨が降ったり止んだりでカッパの上下の脱ぎ着を6回くらい繰り返し、そちらが忙しかった。でも皮肉なもんで、これを書いている今は青空すら見える爽やかな景色が広がっています。
第1回目の北海道と何か違うなと思いながら走っていましたが、例の飼料と糞の混じった臭いが無いのに気づきました。そうなのです。この辺りは「稲作地帯」なのです。牧場はほとんどありません。やはり道東とは違っています。
いよいよ明日は東へ向けてオホーツクに抜けます。天候が気になりますがとても楽しみな明日です。
2009年6月2日火曜日
今日はユースホステル
今、中富良野です。 昼前に富良野に着いて、昨日道中でそこの主人公と出会った「唯我独尊」というカレー屋で「オムカレー」を頂きました。朝からおにぎり1ヶと菓子パン1ヶしか食べていなかったせいもあり、非常に美味でした。特にオムレツが絶品でしたよ。
小学校の運動会を1時間ほど眺めてから、キャンプ場を求めて中富良野まで来たのですが、当てにしていたところがクローズで止むを得ずということでもありませんが、ユースホステル泊まりにしました。たまには良いものです。何しろ安い!チェックインまで相当時間があったので、バッグの補修や(途中でソーイングセットを買いました)寝袋やカッパの乾燥、読書でゆったりとしました。こんな旅行の醍醐味です。
今日は58キロしか走っていません。登りは計10キロ程なので大半は下りの極楽サイクリングでした。おまけに快晴。
富良野を満喫しています。明日は観光をしてから旭川へ向かいます。
小学校の運動会を1時間ほど眺めてから、キャンプ場を求めて中富良野まで来たのですが、当てにしていたところがクローズで止むを得ずということでもありませんが、ユースホステル泊まりにしました。たまには良いものです。何しろ安い!チェックインまで相当時間があったので、バッグの補修や(途中でソーイングセットを買いました)寝袋やカッパの乾燥、読書でゆったりとしました。こんな旅行の醍醐味です。
今日は58キロしか走っていません。登りは計10キロ程なので大半は下りの極楽サイクリングでした。おまけに快晴。
富良野を満喫しています。明日は観光をしてから旭川へ向かいます。
2009年5月31日日曜日
今日は雨降りにつきお休み
昨日苫小牧に上陸、北に40キロほどの所にある「追分」にいます。
とても北海道ォーと言いたくなるような道で、清清しい2時間程の走りができました。途中の昼飯を食べた店では楽しいことがありました。(これは後日HPに書きます)
「鹿公園キャンプ場」に泊まったのですが夜はかなり冷えました。明けてみれば雨でしたので、今日は「お休み」と決めて、近くの温泉施設「ぬくもりの湯」で1日を過ごすことにしました。 地方ではこのような施設をよく見かけます。一昔前の「ヘルスセンター」です。入浴ができて、休憩室があり食事もでき、いろいろな会議室まであります。おまけにネットに繋がったPCまであるのですから大したものです。 まあ、もっともここがあるので「連泊」を決めたのですがね。そして、もちろんあらかじめ地図上で位置関係を確認しておいた事は言うまでもありません。なんと言っても、出発前かなりの回数でシュミレーションをした成果です。
ここで十分「療養」をして明日からまた元気に走ります。天候は回復基調で足も80%復旧しています(昨日はフロントーミドル、リアー5速で時速22~25キロで走れました。平均時速18キロでした)のでなんとかなりそうです
とても北海道ォーと言いたくなるような道で、清清しい2時間程の走りができました。途中の昼飯を食べた店では楽しいことがありました。(これは後日HPに書きます)
「鹿公園キャンプ場」に泊まったのですが夜はかなり冷えました。明けてみれば雨でしたので、今日は「お休み」と決めて、近くの温泉施設「ぬくもりの湯」で1日を過ごすことにしました。 地方ではこのような施設をよく見かけます。一昔前の「ヘルスセンター」です。入浴ができて、休憩室があり食事もでき、いろいろな会議室まであります。おまけにネットに繋がったPCまであるのですから大したものです。 まあ、もっともここがあるので「連泊」を決めたのですがね。そして、もちろんあらかじめ地図上で位置関係を確認しておいた事は言うまでもありません。なんと言っても、出発前かなりの回数でシュミレーションをした成果です。
ここで十分「療養」をして明日からまた元気に走ります。天候は回復基調で足も80%復旧しています(昨日はフロントーミドル、リアー5速で時速22~25キロで走れました。平均時速18キロでした)のでなんとかなりそうです
2009年5月28日木曜日
やっと仙台たどり着き
何とか仙台に着きました。452㌔でした。2泊3日の予定が4泊5日になりましたが、最初に水戸のホテルに泊まった他はキャンプでした。
我ながら「偉い」と感じたのは「騙し騙し」が非常にうまくなったことです。 フロントギアはインナー(28枚)のみを使用。少し説明すると、このギアは普段では先ず使わない。よほどの劇坂で使う非常用のようなものです。私でさえ普段はフロントアウター(48枚)を使っています。多分いきなりインターを使えば「空回り」してしまうほどの小さいギアです。これとリアは中ほどの4~5段目でくるくる回して時速20キロ程度というのが今の私に一番負担が少なく効率が良いのを発見しました。少し調子が良いからとフロントミドルに変えてみたりすると、たちまち響きます。
坂は押し歩きます。コース基本的には平地なので峠などはなく、多少長い坂があったりする程度です。歩いても数分です。
よく休みます。今日などは10キロ毎に休んでいます。
それでも初日は145キロ 平均時速17.1キロ
2日目 56キロ 12.1
3 75キロ 12.8
4 96キロ 13.6
5 79キロ 15.3
というように、「騙し騙し」が上手になって走行距離も平均時速も増しています。
それで、北海道へいく決心をしまして明日のフェリーを予約してしまいました。
今回の仙台コースは基本的には国道6号水戸街道を使うのですが、出来るだけそこから離れ、「海岸線を走る」に徹してみました。「どうせ急げないのなら、ゆっくりのんびり海を見ながら走ろう」という事なのですが、これが大正解。毎朝、朝日と共に起きだし、岬をかわす毎に変わる景色にどぎまぎしながら、また時には、松林の中の一本道をただ一人だけで走ったり、火力・原子力発電所の産業的な大きさも体験できたし、漁港も多数見ました。1時間でしたが釣りもしました。(釣果はなし)
故障を楽しみに変えた「おじさんの生き方」でした。
我ながら「偉い」と感じたのは「騙し騙し」が非常にうまくなったことです。 フロントギアはインナー(28枚)のみを使用。少し説明すると、このギアは普段では先ず使わない。よほどの劇坂で使う非常用のようなものです。私でさえ普段はフロントアウター(48枚)を使っています。多分いきなりインターを使えば「空回り」してしまうほどの小さいギアです。これとリアは中ほどの4~5段目でくるくる回して時速20キロ程度というのが今の私に一番負担が少なく効率が良いのを発見しました。少し調子が良いからとフロントミドルに変えてみたりすると、たちまち響きます。
坂は押し歩きます。コース基本的には平地なので峠などはなく、多少長い坂があったりする程度です。歩いても数分です。
よく休みます。今日などは10キロ毎に休んでいます。
それでも初日は145キロ 平均時速17.1キロ
2日目 56キロ 12.1
3 75キロ 12.8
4 96キロ 13.6
5 79キロ 15.3
というように、「騙し騙し」が上手になって走行距離も平均時速も増しています。
それで、北海道へいく決心をしまして明日のフェリーを予約してしまいました。
今回の仙台コースは基本的には国道6号水戸街道を使うのですが、出来るだけそこから離れ、「海岸線を走る」に徹してみました。「どうせ急げないのなら、ゆっくりのんびり海を見ながら走ろう」という事なのですが、これが大正解。毎朝、朝日と共に起きだし、岬をかわす毎に変わる景色にどぎまぎしながら、また時には、松林の中の一本道をただ一人だけで走ったり、火力・原子力発電所の産業的な大きさも体験できたし、漁港も多数見ました。1時間でしたが釣りもしました。(釣果はなし)
故障を楽しみに変えた「おじさんの生き方」でした。
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