2013年10月2日水曜日

9月の走行実績・狩野川100㌔サイクリング

9月の走行距離 408.76㎞  累計距離 35,593㎞

9月は狩野川100㌔サイクリングに参加した事もあり難なく300㎞を超える事ができた。完走を目指して事前の走り込みをした積りなのだが、実際は殆んど効果はなかった、と言うのが実相かもしれない。距離はそこそこ走ったが殆んど負荷がかからない道では強化にならないという事だ。

さて「狩野川100キロサイクリング」です。

実はこのイベントには去年も甥と参加しているのだが、生憎の台風接近でコース短縮となり、42㎞ほどになってしまい、 残念な思いを残していた。今年はリベンジでもある。

前日の9月28日(土)に車移動で前泊し、コース付近で足慣らしをして、29日(日)イベント参加。当日は、下田在住の姪夫婦も、生後1年の赤ん坊を旦那の両親と実母(都下から馳せ参じ)に預けて合流する。我々はその晩も連泊して30日(月)に車載で帰宅するという2泊3日のプランだ。

甥には昨晩から我が家へ来てもらい、28日は早々と横浜を出発し、大仁温泉に宿をとり、早速近くの河川敷にある大会本部へ行き本番への事前登録を済ませた。そのまま狩野川土手を下り(一部は明日のコースでもある)韮山の反射炉などがある地域をグルリと巡り夕方帰着。40㎞足らずの足慣らしの積りなのだが、心なしか疲労感が残る。連れの甥は全然大丈夫と言ってケロっとしている。温泉で入念にマッサージを施す。明日も天気は上々との予報に期待が膨らむ。

29日(日)大会本番の日

6時半から受付開始となっているのだが、既に受付は済ませてあるので7時会場に着いてみると、既に大勢が参集していた。800人の参加だそうだ。やや興奮してくる。

7時半から全体説明会があり(伊豆の国市長、国交省の役人、地元警察所長などの挨拶もある)
8時から1分間隔で10人程度づつスタート。去年は気後れもあり後ろの方からのスタートで苦い思いをしたので、今年こそは前列からと意気込んでみたものの、全体の1/3ほどで8時20分のスタートだった。

しばらくは土手沿いを遡るが、まずは最初のポイント、300㍍高のキャンプ場を目指すコースにはいる。一般道や村中の道を抜けながら徐々に高度を上げて行く。所々にはそこそこの登りがあるが、難なくこなしていけたのだが、とある急坂で30㍍程歩いてしまった。これが痛恨の出来事。 それからも幾多の登りがあったのだが、停まって休む事はあっても、歩きはしなかったので、なんとも悔やまれる。やはり日頃の癖は恐ろしい。

想定より大分早く第一ポイントに着いて寛いでいると、姪夫婦が、もう追い着いてきた。確か大分後ろからのスタートだったはずなのに、ガンガン走ってきたのだろう。この夫婦、恐るべし。

再スタートして快適な下りを過ぎ、二つ目のピークを目指そうかという頃、姪から「連れの脚が攣っている」メールが入り、気の毒にリタイアかと思っていたら、次のチェックポイント(狩野ドーム・約60㎞)で、また追い着いてきたのには驚いた。なんでも攣り用の飲み薬を飲んだという。そんな薬がある事は自転車乗りの間では常識らしい。

出発地点に戻り(大体ここで70㎞)おにぎり弁当が支給される。そしてこの地点のリミットタイムが14:40.つまりこれを過ぎるとスタンプがもらえず「完走」とみなされなくなる。我々は14:00位に到着。余裕でおにぎりを食べていたら、運営側から再スタートする人は14:30までにスタートするようにというアナウンスがあった。「おかしい」とは思いながらも従ったが、その時点で該当者は十数名しか居なかった。思っていたより後ろに下がっているようだ。

しかしゴールリミットタイムは17:30なので楽勝のはずだ。3時間で30㎞は楽なのだが、13時くらいから私自身の両腿が攣り始め、ややもするとペダルが踏めないほどの痛みになる。ここまではその都度停まって数分さすったりしていると一応は回復するのだが、余り負荷をかけられない。最後の30㎞は、本来なら、平坦な土手道を景色を楽しみながらポタリングというご褒美になるはずだが、今回は違っていた。

案の定、攣りの痛みは酷く、且つ頻繁に訪れる。連れの3人からはどんどん遅れてゆく。おまけに向かい風が強くスピードが上げられない。何度か自転車から降りて土手に脚を投げ出してひたすらマッサージを繰り返し何とか走り始める…、というようなのを繰り返して、結局、最後のチェックポイントを出た時には、最終走者となってしまった。

この30㎞は本当に辛かった。疲れと痛みと向かい風の三重苦に遭いながらも何とかゴールできた。16:40くらい。私の直後には最終走者を確認する運営スタッフ2名が追従していた。

最高速度 46.5㎞/h  走行時間 5:36  平均時速 17.85㎞/h

この一年の甥の成長には目をみはる物があった。「私より若いから」だけでは済まされないモノを感じさせられた。初めての100㎞挑戦だったのだが、よほど自信をつけたのか、次はセンチュリーライド(160キロ)に色気を見せている。変態の誕生か?

晩にはとれたての鮎をふんだんに使った料理を堪能し、2回も温泉に浸かりマッサージをし、熟睡。

30日(月) 家族や職場用の土産品を買いに「東京ラスク」の工場へ寄って、帰宅。

皆さん、ありがとうございました。(多分)また来年も頑張ります。

2013年8月31日土曜日

8月の実績など

8月の走行実績 201.37㌔  累計 35,184㌔

とてもではないが、目標の300㌔には及ばなかった。 とにかく暑すぎた。

昨日(8/30)は仕事がない日だったので、少しでも距離を稼ごうという、セコイ気持ちから走りに出かけたのだが、鶴見川コースを走っているうちに頭痛がし出し「熱中症」という言葉が頭をよぎり、早々に引き上げてきた。それでも35㌔程は走ったのだが、帰宅後夕方まで冷房の効いた部屋でゴロゴロ過ごして、ようやく人心地がついてきた。

やはり今月は無理してサイクリングに出かけなくて良かった、という結論です。

それにしても35㌔でクタクタ、消耗度90%というのはいかがなものだろう。こんなことで「狩野川100㌔サイクリング」は大丈夫かな、と心配になってきた。

さすがに9月になれば多少は涼しくなるだろうから、走り込みをして「足」を作らなければ、と思う今日この頃ではあります。

2013年8月2日金曜日

7月の実績など

まず、7月の実績から
走行距離  405.58㌔  累計 24,947㌔

6月は、その半ばに長期ツーリングから戻ったのでひと月の記録としてはとらなかった。7月からは正常に戻ったのでまた、記録をとり始めた。

前回に書いた事だが、9月に「狩野川100㌔サイクイリング」に参加するので、そのためにも何とか脚力を維持しなくてはというモチベーションがあり、7月は通常の月としては思いもかけない距離を走っていた。目標が300㌔なので、大きくオーバーした。

それも先月は陸自富士学校創立記念事業を見学に行ったり、友人の白馬の山荘に2泊3日で出かけたりしたり事を考えると相当なものだ。

八景島コースには2回、これで100㌔、鶴見川コースを多分5回150㌔、このサイクリングで合計250㌔走った事が大きく寄与している。その他は実用使用だ。しかも車体は絶好調だ。

ブレーキは前後とも全交換しようとし、そのためにパーツは買い揃えたのだが、リアのブレーキが台座のネジごととれてしまい、交換できなかった。しかし、レバー、ワイヤーは一新した。もちろん、洗浄液で油汚れなどは徹底的に落としグリスアップも徹底したおかげで、購入7年目にしては良く維持されている方ではないかと思う。

8月もこの調子で脚力維持に努める積もりだ。

2013年7月14日日曜日

狩野川100キロサイクリング

大分先の話だが、9月28日・29日の「狩野川100キロサイクリング」という自転車イベントに申し込んだ。文字通り伊豆の狩野川を中心に、時間制限はあるが、100キロを走ろうというものだ。レースではない。400㍍程の高低さがあるかなりのコース設定(私にとっては)となっている。

http://www.izunotabi.com/kanogawa100km/

去年も参加したのだが、台風の影響でコース短縮(42.2㌔)されたので、そのリベンジの意味合いもある。去年も同行してくれた義理の甥が今回も一緒に走ってくれるというので、自転車運搬も含めて心強くもありがたい。

その甥が練習も兼て、私が立て替えた参加費を払いに、百草園から我が家へ走ってきた。それ程の自転車歴は無いのだが、暑い最中、かなりの速さで到着した。相当の意気込みと見た。

負けてはいけないと、練習と今朝取り替えたチェーンカバーの様子見の積りで、彼の復路を二子玉川まで 同行し、少し回り道をして我が家へ戻ったのだが、わずか40㌔足らずの道程にも拘わらずくたびれました。それ程のスピードで走った積りはなかったけれど、「若い者に負けてなるものか」意識があったのか、やや、オーバーペースではあったようだ。あと2ヵ月半、強化の必要を感じたのだが、多分、大した事はしないだろうと思う。距離を走っても「強化」にはならないのだ。現状維持にはなると思ってはいるので、その意識だけはもっていようと思う。

ただ、後ろのブレーキは、この際だから、レバー・ワイヤーも含めて 交換しようと思う。やはりイベントにはベストの態勢で臨みたい。もうしばらくは愛車を維持しようと思う。


2013年6月11日火曜日

無事帰着しました -まとめとしてー

今回のツーリングは上の図のようなコース・日程で計画したのだが、出来過ぎと言っても良い程上手くこなせた。あり余る時間を何ヶ月もかけて練りに練った計画・準備だっただけの事はある、と、これは自画自賛。でも終わってみればよくこなせたと思う。

まして、途中家人と5泊6日の同伴旅行を挟んだのだから尚更だと感じる。老夫婦二人の体調・行動 が上手くかみ合うというのは、それはそれで大変な事なのだ。これで、ここ何年かはお互い壮健で過ごせそうだという自信じみたものが感じられるじゃありませんか。

これが今回のツーリングの一番の収穫。

次にデータ的なものを。

横浜・自宅~帰宅までの走行距離 1,151㌔

これは当初の想定より186㌔ほど多い。個々の日に少しづつ多く走っている事と、阿蘇・高千穂など観光に当てていた日(その日の想定はゼロ㌔)にもかなり走り回っていたことによるものだ。過去何回かのツーリングと比べてもそれ程長いとは言えないが、まあ、よく走ったと思う。

次にフィジカル面


               出発前           帰着後

体重           73.9㌔          70.7㌔

体脂肪率        22.5%          18.4%

内臓脂肪レベル     15              13    (これは意味が不明)

ツーリング中は普段以上食べて飲んで(酒は飲まない)いた事を考えれば、結構いい感じで帰れたかなというところ。これからはなるべくこれを維持しよう、と少しは意識しよう。

次に費用関係

フェリー料金 約5万円を含めて195,000円. 但し 家人同伴中の5泊6日分は一切含んでいない。

全ての宿泊がホテル・民宿等だった事を考えると概ねこんな処かな、と思う。自転車旅行と言えども、それなりに費用がかかることがわかっていただければ幸いだ。

その他

1. 今回初めてPCを持ちながら走ったのだが、これが意外と想定どおり?上手く機能したと思う。その日の記録はブログに残せたし、メールの対応も旅行を楽しくしてくれた。LANケーブル持参も良かった。そのためにタブレットを止めにしてPCにしたようなものなので正しい選択だったかもしれない。ビジネスホテルといえども、何処でもWIFIが可能ではなく有線LANならOKというところもたくさんあった。PCが使えなかったのは一部の旅館・民宿だけだった。重い思いをした甲斐があった。

2. 今回持参したもので全く使わなかったものは
 
      フリースのジャケット  半ズボン  折り畳みの傘  反射テープ付きのベスト 薬類
      ラジオ 
      (スペアとしての) タイヤチューブ×2  バックミラー  バックライト

パンクが無かった事は幸いだった。ラッキーだったとしか言えない。また、多分要らないだろうと思いながらも持っていった予備のブレーキシューには助けられた。阿蘇の雨ですっかり溶けて無くなってしまい、本当はもう一組欲しかったところだ。文庫本2冊持参も正解。

概ね準備した装備類は順調に機能してくれたと思う。只、サイクルコンピュータにはヒヤヒヤさせられた。何度か反応しなくなり途中で新品に買い換えようかとすら考えたが、何とか持ちこたえてくれた。そうなった原因は全く不明。

3. 全く別の収穫として

丁度九州では田植え時期という事と水利関係の見聞をした事が重なり、「稲作」とは「水の管理」だと改めて知らされた。稲作とはまず水利という土木作業があって初めて成り立つのだ。水の管理といっても、多分水温の管理なのだと思う。流しながら水温を上げる・保つというところが大変なのだろう。そして、こんな狭い一枚の田んぼにもと思えるほどトラクターが多用されていたのにも驚いた。手植えは一度も見かけなかった。逆に苗を積んで走る軽トラはイヤと言うほど見かけたものだ。

4. 改めて感じた

今回ほど「押し歩いた」ツーリングはなかったんではないか。一般的な感想としては登りで押し、下りはダーっという感じで、漕いだ部分が少ないのではないかなとすら思う。そんな事は決して無いのだが実感としてそう感じる。本当に漕ぎ登れない。

5. 最後にどうでもよい事だが

ある連想から、ある車の車種名がどうしても思い出せず、折に触れて悩ましい思いをしながらペダルを踏んでいたのだが、本当に最後の有明→横浜で思い出した。

レガシーでした。

また、思い出した事があったら書き加えていきます。ありがとうございました。







2013年6月9日日曜日

最後のサイクリング 志布志へ下りる

23日目 6月9日(日) 実質最終日

8:15 国民宿舎出発

横殴りの雨。そう言えば、走りはじめの徳島も雨だった。

出発時 玄関先に鹿の親子が居た


配膳のおばさんによれば、ここから霧島神宮まではニュートラルのままで行けるそうだ。 これは本当だった。ブレーキの利きが甘くなり(ブレーキシューが減ってくる)途中3回ワイヤーを締め直す。

どしゃ降りなので霧島神宮へ寄るのを止めようかとも思ったが、「これが最後」になるかも知れないと思い直し、2㌔程寄り道をして参拝だけはしてきたが、本当に寄ったというだけ


基本的には標高800㍍から、0㍍へ下りるので、走りは約束されたようなものだ。おまけに10時位には雨が上がった。

いくつも考えられる志布志へのコースから考え抜いて選ん道から、ほんのちょっと外れたところに、下の写真の関之尾滝がある事を、これまた道を聞いた方に教えてもらい立ち寄ることも出来た。

雨上がりでもあり水量豊富で豪快なものだった

そして、最後は崖から転がり落ちるようにして志布志港フェリーターミナル到着。

15:00 73.26㌔


明日の朝7時の出航。多分6時には手続きをとらなくてはならないので、ホテルにチェックインする前に下見に来た次第。

一応これでツーリングは終わった。何とか動き続けてくれたサイクルコンピュータによれば横浜出発以来、1082㌔走った事になる。予定では横浜・東京往復も入れて965㌔予定だったので、それより157㌔程余計に走った訳だ。誤差にしては大きすぎるかな。

それでも、95%以上は予定のコース・宿泊地を巡れたのは素晴らしいと自画自賛しておこう。

総括は、また、改めて…。

遂に荷車になった自転車 えびの高原へ

(以下は6/9 志布志にて書いています)

6/8の事を記す前に、昨日書き忘れたことを…。

1.大口は、確か、西南戦争の際、熊本城攻略に失敗した西郷軍が鹿児島へ退く際、通過した所だと記憶しているが、見聞したものはナシ。

2.昨日から初めて進行方向がE(東)を示すようになった。今まではほぼW-S、つまり西か南方向に進んできたのが、初めて東方向に進むようになる。コンパスを見て一瞬戸惑う事があった。

では22日目6月8日の項です。

予定では50㌔走って霧島神宮側のユースホステルに投宿。えびの高原を通って行くので相当の登りを考え、ホテルのサービス朝食も断り

6:00 ホテル発

昨日夕食を食べたすき家で朝食の後

6:20 出発

昨日見に行った伊佐農林近くでえびのへ向かうR447(左方向)の分岐点にでるのだが、右方向へもえびの方面の表示がある。こういう時には迷う。そこで通りがかりの車に停まってもらい説明をしてもらった。

確かにR447は直接えびのに行くのだが、相当急な坂が待っているらしい。確かに地図上ではダブルで曲がりくねった(2重螺旋のように)部分が相当続いている。そういう道は決まってきつい。それより、三角形の一辺と他の二辺の関係のように一旦右のR268で南下して、栗野というところから北上した方が楽だと、(多分経験から)教えてくれたので、従う。(これが最初の予定変更)

7:45 19,12㌔ 栗野に着き、改めて地図を眺めると、そこから北上するR268には相当長い川添トンネルが待っている。しかしそれと並行して県道102号があり、そこにはトンネルはない。当然そちらを選択。(これが2回目の予定変更)


写真は8:05のもので、この辺りでは「良い選択だった」とほくそえんでいたものだが、この先は相当の「峠越え」となり(例によって歩く)下りきった吉松に着いたのは

8:44 27.34㌔ ここで橋を渡って従来のR268に戻り、えびの駅近くを通過したのが

9:50 38.84㌔ この時点で本来のルートR447をとったときに復帰した事になる。遠回りしたが、早目に出発したおかげで「まだ余裕がある」と前途を楽観していた。

じりじりと登りになってきたかなと思われる頃、10:20、本日の目途もついたと考えて、霧島のユースホステルに予約の電話をしたところ、ペアレントさんが翌日婚礼に出なければいけないので宿泊は受けられないという衝撃の反応だ。ついでに?心配になり、帰りのフェリーもと思い電話したところ土・日は休みだという留守電でこちらもダメ。これにはちとめげた。

10:30 「えびの高原 13㌔」の表示 43㌔ 本格的な登りが始まり、以後はきつい登りとそれよりややゆるい登りの連続、歩いた。覚悟はしていたものの、漕げる部分が全然ない。

11:50 48.16㌔ 白鳥上湯 温泉場で、ここで昼食。一息入れた格好だが、快復とは程遠いようだ。同じく食事をしていた夫婦から、「あと7㌔」だと言われた。ズーッと登りだけど、後はズーッと下りだというありがたいお言葉だった。

その7㌔の苦しかった事は筆舌に尽くしがたい。よって省略。

13:05 あと5㌔の表示。ここで標高900㍍。しかし最後の1.5㌔は下りになっていた。、


14:08 55、19 えびの高原到着。やっと着いた。「上高地」のような雰囲気で、登山客と観光客の双方でななり賑わっていた。撮った写真が上のものだが、後ろの看板に「えびの高原」と書いてあるのだが、こんな写真では分りはしないのに。

ここからは一気に霧島神宮目指して下る。ひたすら下る。途中で宮崎県から鹿児島県となる。という事はどこかで鹿児島県から宮崎県に入っていたんだ。マップル上では「高原地帯は快走できる」と書いてあるが、ヘルメットを被り、必死のブレーキ操作の連続だった。高原地帯というより森林地帯を縫って…、という北海道を走っているような感覚だ。

宿泊先が未定だった事もあり、また、今日はもう終い!との思いから、目印にしていた分岐点に建つ「国民宿舎みやま荘」に走り込み、飛び込み投宿。

14:50 64.01㌔ チェックイン。

源泉かけ流しの湯で2回も入浴した。登山客の間では有名な温泉らしく、立ち寄り客が多い。

夕食は所謂旅館食だが、てんぷらあり、刺身あり、焼き魚あり、しし鍋あり、茶碗蒸しあり、その他盛りだくさんだった。

ああ、疲れた!